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謀略

 一行の視線が声の主へと向けられた。

 素早く弓を構えたルルナは目を細める。

「ずいぶん、遠くから叫んでるわね……」

 溶岩の河の上には大きな空間ができており、視界が開けた場所で、周辺に危険は無いとの判断でくつろいでいた。

 大きな橋の両端にそれぞれある通路的な洞窟のうち、ミコトたちが来たほうではない、つまり奥側と思われる方に魔族はいた。

 その洞窟入り口脇の、小さな岩の陰から顔を出している。

 他に、勇者一行に見つからずに様子を伺う場所が無いという現実的な理由だった。

 あまりにも理解できない状況から、もとより(はかりごと)を好む魔族は深読みに深読みを重ね、奇襲という選択肢を選ぶことができなかった。

 常識外れの存在を放置することもまた、自分のダンジョンがどうにかされそうで、看過できなかった。

 それで得た結論が、ストレートな問いである。

 いそいそと休息セットを片付け始めるシュロと、ゆっくりと伸びをしたり欠伸をしたりして、のそのそと立ち上がる面々。

 慎重な魔族は警戒を解くことができず、多少の怒りに不安や混乱が入り混じる複雑な表情で岩陰から姿を現した。

 大きな翼を広げて飛び上がると、河の上、遠くのモンスターたちとの間に位置取りをする。

 飛行に伴い上下する額の真ん中に、全体が金属でできた矢が直撃した。

 魔族は、何が起こったのかを判断し損ねていた。

 落ちていった矢を見て歓喜の表情を浮かべ、哄笑し始める。

「ふっはっはっは‼ 死んだと思ったぞ‼」

 本当にうれしそうな様子を見て、ルルナは呆れる。

「正直ね……」

 落下した矢は溶岩に飲み込まれる前に空中で横に滑り始め、招き猫のような仕草をしていたシュロの足もとに落ちる。

 エルフはすでに次の矢をつがえていた。今度は樹の枝を整えずにそのまま使っているような矢柄に、宝石のような石の(やじり)だ。

 一瞬、魔族はびくっとしたが、胴体に撃ち込まれたそれも、効果は見られない。

 立て続けに放たれる様々な矢。

 魔族は本能的な条件反射を抑えきることはできないようで、わずかにびくびくしながら、しかしそのすべてを、身体を張って受け止めた。

「シュロ、なんかわかった?」

「何もわからないのよね。それが、おかしいと思うわ」

 招き猫をして矢を回収しながら、お姉さんは首を傾げている。

 とりあえずルルナは、それらの矢をすべて異次元収納(インベントリ)へ戻す。長年かけて集めた、貴重な代物ばかりである。

 眉を寄せたままのシュロは、堂々と宙を漂う魔族に問いかける。

「人質の人たちを助けた時に聞いたんだけど、あなたも遊びで何人も殺したそうね? 間違いない?」

「ああ。人間を殺すのって、どうしてあんなに楽しいんだろうな! 特に、身内の目の前で殺すのは、本当にたまらん!」

 思い出すように愉悦の表情を浮かべる姿に、ミコトたちはそれぞれに怒りを露わにした。

「神聖都市に入り込んで結界を解除したのも、あなたなのかしら?」

「ああ、あれも楽しかったなあ! あんな経験、滅多にできるもんじゃない‼」

 憤怒で青筋を浮かべた魔王は深呼吸して少し落ち着き、手を突き出した。張り切って、気合いを入れる。

「じゃあ遠慮なく、いっくよー!」

 お姉さんが、あわてて止めようとする。

「あ、ダメよ……」

 上位の爆炎魔法を、全力で。

 魔族は、咄嗟に魔力障壁を展開していた。例の魔族の固有障壁さえ超えそうなそれ。

 炸裂した圧倒的な爆発は、空間すべてを揺るがした。

 一方で、魔力障壁はわずかに揺らぐことすらしない。

 閃光と轟音に視覚と聴覚が大きく変調したところに、衝撃波が襲ってくる。

 察していたエルフは即座に短剣を二本地面に突き刺し、足場にした。極力衝撃波を逃がせる姿勢で背を向け、近くにいたシュロを抱きかかえる。

 地団駄のようにして脚を岩盤に突き刺したアルマは、片腕でミコトを抱え、もう片方の腕で、飛ばされかけたオウカを掴まえていた。

 一番魔族側にいて爆風で飛ばされたクレスが近くを通る時、ミコトは咄嗟に刀の鞘尻を掴んで差し出した。タイミング的に柄を掴むことになって鞘から抜け、魔王はそのまま刀とともに飛んでいく。

 一同が見守る中、魔王は足場の端から姿を消し、溶岩の河へと落ちていった。

 沈黙。

 間。

 ルルナが。

「あ」

 ほぼ同時にお姉さんも気づいた。

「みんな! 逆が来るわよ!」

 爆発の結果、魔族を中心に発生した準真空の空間に向け、強烈な吹き戻しが来る。

 さきほどと逆のような体勢でこらえている一同の横を、風に煽られながらクレスが転がっていった。

 今度はそちらの崖から落ちそうになって、上半身をひっかけて堪える。

 あわてて魔王を引き上げた勇者一行は、心理的に非常に疲れていた。

 ひとりだけ元気なクレスは、先ほど落ちたあたりの端へ行き、下を覗き込む。

「あったあった、よかったー!」

 壁面に突き刺すことで落下を阻止していた刀を回収してぶんぶん振ると、笑顔でミコトに返す。

「ありがとー。ミコトは命の恩人だよー」

「よかったのじゃ」

 ルルナは短剣を鞘に戻しながら、げんなりして呟く。

「ミコト大好き補正、強すぎるわよね……」

「さておまえたち、今のでモンスターどもが集まって来たぞ? 覚悟はいいか?」

 空中で腕組みをして堂々とする魔族は、あれだけの爆発の中心にいながら、まるでダメージは見られない。

 周囲には、ワイバーンやドラゴンなどを始めとした空を飛ぶモンスターが集まっていた。遠くにもまだまだ大量に見え、壁面の穴などからも、この空間へ入ってきているのが見える。

 それだけではなく、橋の両端の洞窟からは、飛べないタイプのモンスターも無数に現れ始めている。

 惨劇の幕が開く。


 宙を飛ぶ魔族は、沈黙したまま、長い闘いを見守っていた。

 空中の敵は、魔王が片手間で放つ低級範囲魔法と、エルフが矢継ぎ早に放つ精密射撃の餌食だ。

 本来、矢は有限のはずだが、ルルナは目いっぱい異次元収納を活用し、「矢束」単位で限界まで持ち歩いている。

 溶岩の河の上の宙で倒されたモンスターのドロップアイテムと矢を、招き猫と化したシュロが溶岩に落ちる前に回収している。

 上級ダンジョンのボスクラスのモンスターは、魔王の中級単体魔法で消し飛ぶ。

 近くへ来た雑魚は魔王とリビングアーマーが蹴散らし、撃ち漏らしなどは、感覚が鋭敏なハーフワーウルフの戦士が膂力を生かし、身の丈に似合わぬ斧を使ってフォローしている。

 戦闘開始時に意気揚々として刀を構えた人間は、結局一度もモンスターに当てることなく、所在なげに、あっちにうろうろ、こっちにうろうろしている。

 休憩時の食事には、お姉さん謹製のドーピング薬もふんだんに使われていた。

 一同は疲れ知らずで、衰えを知らない。

 シュロが周りを見回す。

「そろそろ、打ち止めみたいね」

 さきほどまでは、次々とモンスターが流れ込んできて、減らしている実感が無かった。

 今は目に見えて数が減ったままで、増援は来なくなっている。

「よかったわ。結界の無い街の防衛戦みたいな形なら、お姉さんたちだと対応は大変だったと思うけど、お姉さんたちへ向けての戦力の逐次投入だと、対応できるものね」

「なんだかんだ、結界が消えた神聖都市なら正攻法でも余裕で落とせる以上のモンスター、倒したんじゃない?」

「途中で見極めて、やめるべきだったわね。消費したぶんを無駄にしたくないと思って、さらに無駄遣いするのは愚策だわ」

 お姉さんの評価に、策謀が得意であると自認とする魔族は「ぐぬぬ」と唸る。

「よーし、あと少しなら、これでー!」

 張り切る魔王に、仲間たちの顔が青くなる。

 そんなことに気づかないクレスは、マイペースに足もとに手をつき、気合いを入れた。

「えいー!」

 溶岩大河の上を飛ぶモンスターたち目掛けて各々の真下から溶岩が噴き出し、対象を河へ引きずり込んでいく。

 ルルナたちは唖然とした。

「えぐいわね。属性相性的には、効果はいまひとつなんだろうけど……」

 高熱耐性のあるモンスターたちはまだ動いて足掻いているが、粘性のある溶岩に捕らわれて抜け出せない。ほとんどは溶岩による影響を完全には無効化できず、継続ダメージを受けている。苦痛に悶えるモンスターたちは、そのまま流され、沈んでいく。

 総体としては、決まった時点でほぼ確殺。無駄に苦しめる拷問技である。

 勇者はそれを愕然として見つめ、膝を折って両手を地面につき、わなわなと震え出した。

「な、なんということじゃ……」

 オウカはその横で、しゅんとして耳を寝かせ、尻尾を垂らしていた。

「さすがに、かわいそうワン……」

「ドロップアイテムが、手に入らぬ……」

「あ、ごめんごめんー。使えるところが限られるから、使ってみたかったんだよねー」

 残った地上型モンスターたちも、あっさりと瞬殺された。

 勇者パーティーと、ただ一体残された魔族は、互いの出方を探るように無言で睨み合った。

 この魔族は、戦闘中にクレスの魔法の余波に巻き込まれる位置にいる時にも影響を受けていなかった。

 じりじりと警戒して動く冒険者たちは自然とフォーメーションを組み、勇者が中心に位置した。

 役に立たないどころかパーティーの()なので守るために囲まれたとか、言ってはいけない。

 勇者はキメ顔で口を開いた。

「ずっと気になっておったのじゃが……」

 重要な事実を指摘するように溜め、一層、顔つきがキリっとする。

「……そなた、何もしておらぬな?」

「「おまえが言うな‼」」

 ルルナと魔族による激しいつっこみに、ミコトとクレスは本気で戸惑う。

「あら、ミコトちゃんが一番いい仕事したかもしれないわよ? みんな、一度戻りましょ?」

 シュロの言葉に、一行はきょとんとした視線を送る。

 魔族は疑念を抱いたようだったが、不意に何かに気づいたように満面の笑みになる。

「何を考えているか知らんが、いいだろう。おもしろそうだからな。この場は見逃してやる」

 シュロは含み笑いにも見える微笑みで、魔族を見つめていた。

「ありがとう」

 クレスはぷっと膨れていた。

「ふんだー。アタシをやっつける自信がないだけでしょー!」

「じゃあみんな、気をつけてお姉さんについて来てね? 宿に戻るまでが冒険よ?」

「はいなのじゃ」

「おー」

「ワン」

 リビングアーマーが、脱力したエルフを気遣う様子を見せた。

「あんなのがご主人様で、あんたも大変よね」

 健気に兜を振ったリビングアーマーとエルフは、後ろを警戒しながら歩き始めた。


 勇者一行は、シュロに連れられて、神聖都市の大聖堂の前へとやって来ていた。

 問いかけるような視線の雨に、お姉さんは困ったように微笑む。

「むかーしむかしから、人間の敵は、魔族やモンスターだけじゃないのよ?」


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