再出発
夕食を終えた一行は、宿の部屋にいた。
例のペンダントのお陰で、クレスとアルマも、神聖都市内にも関わらず、まるで問題なく過ごすことができていた。
ミコトとクレスは、オウカとともにドロップ品から見繕った防具をいろいろと試着してみている。
ルルナは自分の装備の手入れをしながら、その様子を眺めていた。
シュロが部屋の入り口から入って来た。
「ただいま。やっぱり、この街ぐらいになると、アイテムの品ぞろえも豊富で助かったわ。使った分も、今後に向けても、かなり補充できたわ」
各々におかえりを言われながら、お姉さんはひとりひとりに金貨を手渡していく。
「渡し忘れていたけど、これが、みんなのぶんよ」
一同は驚き、あるいは怪訝な顔になる。
「お姉さんが受けていた、人質救出クエストの報酬よ」
「「「いいの-かの?/かなー?/ワン?」」」
「私も普通なら受け取りますけど、シュロさんが使ったアイテムを考えると、バランスがとれていないんじゃ……?」
「ほとんどお姉さんの都合で巻き込んだんだもの。受け取ってもらえないと、お姉さんが困るわ。それに、本当は少ししか受け取らないつもりだったのを、みんなのためにもらったのよ?」
「じゃあ、遠慮なくもらいますね」
仕切るようにルルナが言い、流されるように一同はとりあえずしまい込む。
「ところでそう、そのことで、シュロさんに聞きたいことがあったんですけど」
「なにかしら?」
「よかったら、あのダンジョンで死ぬ可能性があったのが私たちの誰なのか、教えてもらえますか?」
シュロは悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「お姉さんよ、って言ったら、信じてくれるかしら?」
「私は意地悪なので、信じませんよ」
ルルナは素直じゃない微笑みで返した。
「お姉さん、まだ少しはみんなと一緒にいることになったし、言っておきたいんだけど、子ども扱いさえしなければ、お姉さんに敬語は使わなくていいのよ?」
ルルナやミコトたちは、複雑な表情で顔を見合わせた。
頭にあるのは、大聖堂での出来事だ。
「あんなのを見せられた後で言われてもねえ……」「のじゃ」「ねー」「ワン」
「まあ、私も大体、年下ばっかり相手してるから慣れてないんで、助かるけど」
「わらわはどちらかと言うと、敬語を使う代わりに、撫でさせてほしいのじゃが……」
「だ、め、よ?」
「仕方ない。オウカ、おいでなのじゃ」
素直に近寄るオウカを抱き寄せ、ミコトは撫で始める。
オウカは、ちょうどミコトとシュロの間ぐらいの年の頃に見える。
気持ちよさそうに撫でられるオウカを、クレスも一緒になって撫で始める。
「オウカはー、いくつなのー?」
「ワンは、5歳ワン」
「のじゃ⁉」「ふぇー⁉」
シュロは、ほのぼのとした視線を送る。
「年の割に、しっかりしてるわね~」
「その程度ですむ話なのじゃ⁉」
見た目はこの中でおよそ最年長、それでも十代に見えるルルナがにやりと笑う。
「ちなみに、私は、軽く三百歳以上だからね?」
「おばば様と呼べばいいのかの?」
「種族的には、見ての通り、まだまだ若いのよ!」
「お姉さんの年は、秘密よ?」
一番年下に見えるシュロだが、少なくとも、冒険者ライセンスは五百年以上前に発行されていた。
「そう言えば、シュロは、登録種族は『プクウンクル』になってたわよね……?」
ルルナは、なんだかんだ、言葉遣いが砕けている。
「登録上は、そうよ?」
「あ、うん、わかった」
お姉さんと、何かを察したエルフとを、クレスとミコトは不思議そうに見つめる。
「そのプクウンクルってー?」「のじゃ」
「私も、ほとんど又聞きぐらいでしか知らないと思うのよね。実際にも見たことがあるような、無いような。長命で小柄、成人しても人間の子供みたいな見た目で、おまじないとかアイテム採取、加工が得意っていう。そういう種族が実在してたのはたしかみたいだけど、今はもう、半ば伝説の存在みたいになってると思う」
「まんまじゃの」
「だねー」
にこにこしているお姉さんに、エルフは疑惑の目を向ける。
「そうなのよね。特徴を列挙したら、たしかに一致するんだけど……」
「なにかしら?」
「なんでもありません」
あまり深入りしたくない気持ちがあるところに、深入りしてはいけないような気配を感じ、エルフの少女は目を逸らした。
「そうだワン!」
オウカが不意に立ち上がり、一同を見回す。
「みんな、ワンの髪飾り、取りに行くの手伝ってくれて、本当に、本当にありがとうワン。すっごく大切なものなのワン」
ペコリと頭をさげた少女に、みんな朗らかな笑みを浮かべる。
「どういたしましてじゃ」「どういたしましてだよー」「どういたしまして」
「いいのよ。というか、私からもお礼を言うわ。みんな、ありがとう」
「なんのなんの」「気にしないでー」「お姉さんは、ついでだったから」
笑顔の面々に、ルルナは少し複雑そうな顔になった。
「どうしたのじゃ?」
「いや……」
お姉さんが、急にぷっと膨れ、ミコトとシュロを指さした。
「あなたたち! どうして、『そんな大切なものならしまっておけ』とか言わないの!」
ぷんぷんと芝居がかった言い方に、勇者と魔王はきょとんとする。
「いや、何したって、無くすときは無くすのじゃ。しまっておいても、最悪、しまったまま死ぬのじゃ。髪飾りをただつけていることを迷惑に思う者は、そうおるまい。ならば、大切なものを身に着けていたい、その気持ち、心こそが大事だと思うのじゃ」
「ねー」
お姉さんはうれしそうに微笑み、オウカはミコトとクレスに順番に抱き着き、ルルナは複雑な表情を変えなかった。
翌日、一行は神聖都市からしばらく行ったところにあるダンジョンを目指していた。
ドロップアイテムを売却したぶんと、シュロからもらった報酬で、ミコトとクレス、オウカのものを中心に、店で装備を整えてある。
ドロップアイテムから見繕った超特級を主体に、店で買った超特級などを加え、一流パーティーに準じるぐらいの構成となっている。
ルルナは備えるために質問する。
「ところでクレス、大勇者のアレが効かない相手ってのが、あんまり考えたくないんだけど、残りの一体って、そんな感じあるの?」
「いやー? バリアみたいなのっていうならー、テイムで言うこと聞かせたアイツのほうが、全然すごかったと思うんだけどなー」
一行は目的地に辿り着いた。昨日の融合ダンジョンのうち、溶岩洞窟の前である。
残る一体の本来の居場所は、ここのはずなのだ。
ルルナとシュロも装備を切り替える。重量や付随するあれこれで、冒険者でも、危険地帯でなければダンジョン外では軽装などで過ごすことは珍しくない。シノのようなものだ。あれは少し違う部分もあるが。
シュロは前日とほとんど同じ装備だ。
ルルナは昨日の魔法特化ではなくレンジャー寄りでありつつ、ミコトたちと出会った時とも違う、伝説級も混じる弓主体準魔法使い装備といった出で立ちだ。
普段は余計なトラブルを避けるため、わざと無難な中級レンジャー装備を身に着けている。ただでさえ、エルフと幼いハーフワーウルフのふたり連れはおかしな輩に目をつけられやすいのだ。クラスを「レンジャー」で登録しているのも同じ理由である。その気になれば、クラス名だけで一流認定されるほどのクラスも選べる。
ミコトとクレスの視線を受け、エルフは肩を竦めた。
「さすがに、昨日の魔法特化装備はここのフィールドと相性が悪すぎるのよ」
あの構成はエルフであることも生かす形で、装備自体も木・風・水系などを得意とする。
「なるほどなのじゃ」「なるほどー」
「そう言えば、勇者様と魔王様は、冒険者初心者でしたね」
たった一日の付き合いだが、というか、それゆえに、ルルナは割と本気で忘れていた。
「そうなのじゃ」「そうだよー」
勇者はマップ周りと探索絡みのスキルは超一流で、そこだけもらえるなら欲しがる一流パーティーも多いだろうが、それ以外は初心者相応。戦闘スキルを伸ばし切ったとしても足を引っ張り、実際は入ったところで疎まれるだろう。逆に攻略対象ダンジョンの質を考えれば、二流以下にはマップ・探索周りは過剰性能なだけで需要は無い。
一方の魔王は、文字通りの意味も含めてモンスターは敵ではなく、準魔王級の第二形態さえテイムの対象とする。
魔王のバランスブレイカーぶりに、頭が痛くなる。
「じゃあみんな。高難度ダンジョンだから、ちゃんと気をつけるのよ? 忘れ物はないかしら? 適度な水分補給も忘れないでね? 足もとに気をつけて、しっかりお姉さんについて来るのよ?」
「はいなのじゃ」
「おー」
「ワン」
命がけの攻略に挑むために覚悟を決めようとしたエルフの目の前で、ほのぼのとした遠足が始まった。
ミコトのマップ・探索系スキルにシュロの技術やアイテムを合わせ、前日のシュロと合流前に影響を及ぼしていたような妨害系フィールド効果も含め、トラップや不意打ちの恐れは無くなっていた。
一応、アルマが殿を引き受けているが、すべてのモンスターの位置は把握しているはずだった。襲ってきたモンスターは、クレスが光に還す。
シュロによると、その気になれば、隠密・隠蔽系も加えて、モンスターから一切見つからずに本当に安全に進めるとのことだった。あくまでミコトの存在も大きいと念押しされ、それ自体はルルナもそうだろうと推測していた。
相談の結果は、ドロップアイテムとスキルポイント目当てで、向かってきたモンスターを倒すことに落ち着いたのだ。
一行は、大きく開けた空間の、広い溶岩の河にかかった巨大な橋のような地形にいた。
このあたりはモンスターの行動範囲から外れているということで、シュロが取り出した敷物を広げ、一応結界なども施したうえで、休息している。
シュロは、みんなが食べ終わった食器をバスケットへ片付けていた。
「シュロのくれたポーションのお陰で、ひんやりして気持ちよいのじゃ」
前日の追いかけっこでこの環境を通った時は、ルルナの補助魔法などでなんとか凌いだのだ。
ミコトはうつ伏せで顎を腕に乗せ、ぼんやりと遠くを見つめている。
ぐつぐつと煮え立つ溶岩はゆっくりと流れており、周囲の空間は強度の陽炎に歪んで見える。ワイバーン系などのモンスターや巨大で醜悪なドラゴンなどが飛んでいる姿が、ゆらめきを通して遠くに見える。
「ねー」
「ワゥン」
相槌を打ったクレスは、仰向けで転がっているオウカの腹を撫で、くつろいでいる。
「はいみんな、デザートよ」
「おまえたちは、いったいなんだ⁉ いったい何をしているんだッ⁉」
ルルナが言いたかったことを先取りして魂で絶叫したのは、目当ての魔族だった。




