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光の大神官

 ブレイたちと別れた後、ミコトたちは神聖都市の手前、街道の脇に来ていた。

 ここへ来る前、彼女たちは遺跡からしばらく行った村のギルド窓口に寄り、シュロが受注していた人質救出クエストの報告をした。

 それから、この近くへお姉さんの転送術でやって来たのだ。

 移動後に地図で現在地を教えてもらったミコトは、ずいぶん遠くへ来たものだと驚いていた。

 彼女たちが入った洞窟ダンジョンからは、脱出先の遺跡前の時点でそれなりに北へ移動していた。離れた位置のダンジョンが融合していたためである。今はさらに北西へ来ていた。

 人通りの多い街道の通行者は、道端の一行を気に留めない者も多いが、クレスに気づいてぎょっとする者もいる。が、魔族に見える存在の連れの面々が自然体であることから、首を傾げつつスルーしたりしている。

「うー、ごめんねー、アルマちゃんー……」

 アルマの前に立ち、クレスは不安そうに顔を顰めていた。

 傍らのシュロは、宥めるように微笑んでいる。

「だいじょうぶよ」

「我、汝と主従の誓約を交わさん」

 中指と人差し指が宿した光で、兜にそっと触れる。

 アルマは、きょろきょろと首を動かし、手足や全身を確かめるようにする。

 リビングアーマーは、軽く兜を傾げた。

「ね? クレスちゃん自身に『相手を自分に仕えさせてやる』って気持ちが無いんだもの、クレスちゃんに対して反抗心が無い場合は、自我に影響は無いのよ。基本的には、テイムされた側がマスターのステータスに応じて強化されるぐらい。ただでさえリビングアーマーの中でも強かったアルマちゃんも、もっと強くなっただけみたいなものよ」

 ミコトが眉を寄せる。

「つまり、あの時の魔族は?のじゃ?」

「反抗心が大きいほど、縛りが強くなるのよ。クレスちゃんの意志じゃなくて、本人の自縛みたいなものね。一般的な形とは違うけど、クレスちゃんがテイムする場合、された側の反抗心が無くなるほど、実際には逆らうこともできるようになると思うわ」

「なるほどなのじゃー」

「ギルド窓口に行って冒険者の使い魔として正式に手続きをすれば、マスターから離れるほど、他の冒険者からの攻撃とかスキルを受け付けなくなるはずよ。逆も同じ。マスターから離れるほど、他の冒険者を攻撃したりはできなくなるわ。大切なパートナーとか貴重なモンスターを間違ってテイムとか転送でもされたら困るから、普通の冒険者には重要なのよね。シノちゃんにやられちゃった時ぐらいの距離だと、効果はほとんどないでしょうけど」

「ああ、見たよねー、ミコトー」「のじゃ」

「そうなの? あと、使い魔なら、カードに入れて連れて歩くこともできるわよ?」

「なんか、かわいそうなんだよねー」

「お姉さんの特製カードなら、快適だし、いつでも外の出来事もわかるのよ?」

 アルマ本人は、ふたりのやりとりを交互に見つめている。

「このままでいいよー。困ったことがあったら、お願いするねー。ねー、アルマちゃんー」

 仲良く頷き合う主従の様子に、お姉さんも微笑んで首肯する。

「わかったわ。とりあえず、冒険者と使い魔の形になったことで、ここの結界もだいじょうぶだと思うわ。行きましょ」

 世界中にその名が知られる神聖都市は、視覚的にさえ確認できる大規模な結界に守られている。

 シュロの見立てで、クレスは問題ないが、アルマはそのままだと野良モンスターとして結界に引っかかるということで対策したのだ。

 今はもうクレスは普段着が標準で、アルマを着るのもやめていた。

 例のごとく呑気に歩みを進めた一行は、都市を囲む城壁に設けられた門で、ばっちり衛兵に制止された。

「それは魔族だな⁉ お前たちは、いったいなんだ⁉」

 魔族があまりにも堂々としているため、彼らは困惑し、それでも職務を遂行していた。

 ミコトたちによる助けを求めるような、あるいはルルナの非難するような視線がシュロへと向けられる。

 シュロはピカピカのライセンスを取り出し、仲間たちにも促した。

「見ての通り、ただの冒険者よ。光の大神官様の知り合いなの。『ネコ耳のシュロ』が来たって伝えてもらえるかしら? 伝えなかったら、あなたたち、どうなっても知らないわよ?」

 ピカピカのライセンスを取り出した魔族たちと、たどたどしく語る謎の幼女を見比べ、衛兵たちは一層混乱した。

 道端で待たされる間、魔族たちはキャッキャウフフして過ごしていた。

 遠くから見張っている衛兵たちには、何が何やらわからない。

 伝令が血相を変えて走って来た。

「光の大神官様が面会なさるそうだ! 客人を、くれぐれも丁重に扱うように!」


 凡人勇者一行は、世界に名だたる神聖都市の中枢と言える大聖堂、その中核たる祭壇の間に通されていた。

 多数の神官などが広間の壁際などに並んで彼女たちを囲んで見守っているため、一同はそれぞれに畏まって待機している。

 ルルナは、隣に立つシュロに視線を送った。

 お姉さんは、ネコ耳風の装飾があるフードを脱ぎ、胸元に押さえて控えている。

 黄金色の金髪の頭にネコ耳はなく、見た目はふつうの人間だった。

「お姉さん、嘘ついちゃったのよね」

 苦笑しての呟きに、ルルナは眉を寄せた。

「実はお姉さん、大神官の知り合いじゃないのよ」

「え……」

 扉が開き、一際高齢に見え、一際豪奢な祭祀服に身を包んだ男が入って来た。

「あの方は⁉」

 ひどく興奮した様子で、神官のひとりにシュロを示されると、つんのめりながら早足で近寄る。

 幼女に見える相手に手渡されたライセンスをまじまじと見つめ、丁重な仕草で返した後、感極まった老人は恥も外聞もなく号泣していた。

「ああ、あなた様に会える日がこうして来るとは、思っておりませんでした。あなた様のことは、私めにも、たしかに、しっかりと伝わっております。なんという、望外の光栄。もったいのうございます。もったいのうございますぅ……」

 あまりの様子に、ルルナも含めた一行は唖然とする。ごく一部を除いた周囲の者たちも愕然としている。事情を知っているらしいわずかな神官たちは、もらい泣きをしている。

 困ったように苦笑しながら、シュロは相手が落ちつくのを待っていた。

「ああ、ありがたい、ありがたい……」

 シュロの足もとで、靴を舐め始めるのではないかと思わせるほど平伏した大神官は、はたと顔を上げた。

「お前たち! 頭が高いぞ!」

 一斉に、周囲の神官たちがひれ伏す。

「いいのよ。お姉さんたちも話しづらくて困るから、楽にしてもらえないかしら」

「はあ……。畏れ多いですが、あなた様がそうおっしゃるのでしたら……。お前たち、なおってよいとのことだ! ああ、あなたがたこそ、楽にしてくだされ」

 この言葉に、シュロはネコ耳風フードをかぶった。

 その姿をまた、大神官はありがたいもののように拝む。

 エルフはそれに呆れながら、実年齢的に許されるだろうということや、人の世の風習などに思うところがあるために、実際に立ち方から力を抜いた。

 ルルナが他の面々へ何気なく視線を向けると、ミコト、クレス、オウカは本当に躊躇わずにそれぞれ楽にしており、自分のことを棚に上げて呟く。

「あんたたち、さすがよね……」

「それで、何用ですかな」

「いやー、街に入ろうとしたら、そっちに止められただけなんだけどー」

「それは誠に申し訳ありませぬ」

 別に責める風でもなく事実として軽く言う魔族に、真摯に頭を下げる光の大神官。

 ルルナは頭が痛くなってきた。

「いや、魔族が神聖都市に入ろうとしたんだから、謝ることもないんじゃないかしら……」

「まあ、それなのよね。魔族のその子がいい子なのは、お姉さんが保証するから、身分保証みたいなことをお願いできないかしら。冒険者ライセンスを見せてもやっぱり警戒されちゃうし、ちょっと、行動しづらくて困るのよ」

 クレス自身、ピカピカのライセンスを取り出し、自慢げに大神官に見せた。

 老人はそれを受け取り、矯めつ眇めつする。

「ふむ。では、私めが勇者と認めるのはいかがですかな?」

 光の大神官が魔族を勇者と認める。仲間は、魔族どころか魔王であると知っている。

 あたりがどよめき、シュロ以外の仲間たちも驚愕し、凡人勇者はうろたえて呻く。

「わらわの、わらわの唯一の独自性(アイデンティティー)が……」

「それはダメだよー!」

 当の魔族に膨れて否定され、大神官は首を傾げ、ミコトの表情がぱっと明るくなる。

「アタシは本物の勇者を知ってるんだからー。勇者ってー、人のために一生懸命でー、誰かのために勇気が出せてー、かっこいいんだー。だから、アタシは、自分が勇者じゃないこと、仲間になることはできても、勇者にはなれないことを知ってるよー」

「ふむ。なるほど。たしかに、いい子であることは確かなようですな。魔族がこのように認める勇者とは、さぞや素晴らしい人物なのでしょうな。一度、会ってみたいものですな」

「んふふー」

 クレスは大神官の言葉に満足げに嬉しそうに笑い、己を恥じた本人は自分であると言い出すことができず、シュロは愉快そうに微笑んで、オウカは自分が言うべきことではないと判断し、ルルナは笑いを噛み殺していた。

 リビングアーマーが一生懸命にミコトを指さすのを見て、大神官はミコトを見つめた。

 凡人の少女は、気まずそうに目を逸らす。

「なんでもないのじゃ……」

「それで、できれば、見てすぐわかるほうがいいのよね」

「たしかに、ライセンスの中身で確認がいるのは不便ですな」

 大神官が異次元収納を操作し、シュロ以外は意外な気持ちで見守る。

「では、こちら、『光の大神官シリーズ』の首飾りですな。正規の譲渡品しか装備できず、知識などに関わらず、見た者に光の大神官による確かな身元保証を認識させるという聖別がされた伝説級(レジェンダリ)アイテムですぞ。使い魔にも、影響は及ぶでしょう」

 星を象ったようなペンダントを、ルルナは冷めた目で見ていた。

「すごい力のすごい無駄遣いを感じるんだけど……」

「わー、ありがとー」

 素直に受け取ったクレスは、さっそく身に着け、ミコトたちに見せびらかし始めた。

 シュロが大神官へ向け、ふんわりと微笑む。

「ありがとう」

「まこと、もったいなきお言葉。それがあれば、まずだいじょうぶと思うのですが、ちと今はこの街の警戒が厳しくございます。そのために、もしもご迷惑やご無礼がありましても、ご容赦いただきたい」

「何があったか、お姉さんたちにも教えてもらえる?」

「神聖騎士団の団長が遠出しており、しばらく不在なのですが、先日、その機を狙ったと思われる魔族どもの襲撃を受けましてな。離れた街が襲われ、そちらに戦力を振り向けたのですが、陽動だったのですな。時を同じくして、どういうわけか魔族が神聖都市に入り込み、結界を内側から解除したのです。魔族が率いる本命のモンスターの大群に攻撃され、下手をすれば陥落するところでしたな」

「団長って、クナイトー?」「じゃな?」

「さようですが、ご存じでなのですかな?」

「アタシたち、この前、助けられたんだー」「のじゃ」

「さようでしたか」

 ルルナが話題を戻す。

「そんな襲撃があったにしては、そんなに町は荒れてなかったわね?」

「たまたま大勇者が居合わせておりましてな」

「「「あ、あー……」」」

 街をひとつは守れても、同時にふたつは守れないとは、このことだったのかもしれない。

 一同が微妙な顔で納得したのを見て、大神官は首を傾げた。

「どうされました?」

「ブレイたちともー、会ったんだよねー」

「さようでしたか、では、あなたがおっしゃった本物の勇者とは……」

「ブレイじゃないよー」

 クレスがぶんぶんと首を振り、大神官は釈然としないながら言葉を続ける。

「さようですかな。とりあえず、逃げた魔族については大勇者が討伐に向かってくれたのですが、魔族がどうして結界の中に入り込めたのかも、わかっておりませんのですな」

「ブレイちゃんが忙しくて追いきれない魔族の討伐を私たちが引き受けたのよ。もしかしたら、その魔族かもしれないわ。大変だったわね。わかったわ。本当に、ありがとう」

 シュロにまっすぐに見つめて礼を述べられた大神官は、感極まって泣き崩れてしまった。


 大神殿から出たルルナは、暗くなり始めた空の下、堅苦しい空気で凝ったように錯覚する身体をほぐすように伸びをした。

 やはりそれなりに気を張っていたものか、「ふう」と溜息をついたお姉さんをじっと見る。

「なにかしら?」

「いや、前に、何をしたのかなって思いまして」「のじゃ」「うんー」「ワン」

 興味津々の視線に囲まれ、お姉さんは悪戯っぽく微笑む。

「もちろん、秘密よ。ルルナちゃんは、わかるんじゃないかしら? 伝承なんて、あてにならないものなのよ」

 誤魔化すような言葉にミコトたちは不満を露わにし、ルルナは肩を竦めた。

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