テイマーと冒険者
ミコトとクレス・イン・リビングアーマーは、ミコトの村の領主の屋敷を訪れていた。
屋敷は村よりも、街道の町に近いところにある。
ミコトは、領主とテーブルを挟んで向かい合っている。テーブルの上には、伝説級アイテムがいくつも置かれていた。
少女の傍らに立つリビングアーマーは、椅子に座ろうとして椅子が軋み、血相を変えた領主に止められたので佇んでいた。
「もう一声願えませんか? わらわたちは、別の者に売りますこともできましたのに、領主様のところへまず参りましたのです」
「うん……。しかしな……」
「これほどの伝説級アイテム、冒険者ならば、そうそう売りに出すことはありませんはず」
提示額を上げることをどうしても避けたい中年男は、ちらりとリビングアーマーへ視線を送った。まともに見る勇気はない。
きょろきょろと周りを見回していたリビングアーマーはそれに気づき、じっと見返す。
焦った領主は慌てて視線を逸らした。
兜の中のクレスはきょとんとしたが、威圧感のある兜の上からは彼女の害のない表情はわからない。
「ええい、わかった! 現金分は、倍にしてやる!」
「では後日、村の者たちを寄越します。約束を違えました場合、わらわと一緒に友人が怒るかと思いますので、よろしくお願い申し上げます」
リビングアーマーは、身をこわばらせた男に向けて小さく手を振った。
日暮れ時、町へ向けて歩きながら覚書を見るミコトは複雑な面持ちだった。
「どうしたのー? ミコトー? 交渉はうまくいったんじゃないのー?」
「まあ、思ったよりはいい条件を引き出せたのじゃが、ふつうに売るのに比べれば、大損も大損だと思うのじゃ」
「じゃあ、売ってから、そのお金で土地を買えばよかったのにー?」
「いや、わらわたちは、どうしてもあの土地でなければならないという前提があるからの。長期的な継続収入源じゃし、あの男の性分じゃと、相手の足もとを見ると、相手が出せる限りどこまでも値を釣り上げると思うのじゃ。同じく限定品の現物限りという条件をぶつけたので、マシな選択だったと思いたいのじゃ」
本人なりの最善策だったのだが、もっといい手があった可能性を拭えない。
町へとさしかかったふたりは、騒ぎが起きていることに気がついた。
「モンスターだ!」「気をつけろ!」「また盗られたぞ!」
建物から、齧歯類のような小さなモンスターが何匹か飛び出してきた。
モンスターたちは、貴重品を咥えて同じ方向へ走って逃げる。
居合わせた熟練の冒険者らしい通行人たちが咄嗟に攻撃魔法や妨害魔法を飛ばすが、まるでモンスターに影響はない。放たれた矢が刺さることなどもなかった。
モンスターたちは、ミコトたちのいる方へ向かってきていたが、リビングアーマーに気がつくと、全力で迂回した。財布や貴金属ばかりの中、一匹は花柄の巾着を咥えていた。
後ろを気にしていた一匹が、うっかりクレスに向かう。
「ダメだよー?」
魔族は軽くチョップしたつもりだったのだが、叩かれたモンスターは弾け飛び、光になって消えてしまった。
咥えられていた財布が地面に落ちたので、ミコトがつまみ上げ、ふたりは混乱している人々へと向かう。
「誰のじゃ?」
ひとりの女が恐る恐る出てくる。
「あ、私のよ。ありがとう」
「どういたしましてなのじゃ」
「あーん、あたしのお花の巾着ーー‼」
泣いている幼女をクレスがしゃがんで撫でようとして、全力で逃げられる。
周囲の人々、特に冒険者たちは戸惑っている。
中のひとりが、ぽつりと呟く。
「リビングメイル?」
「リビングアーマーだよー」
クレスは軽い声で答えて、かわいらしく手を振る。
あたりはいっそうざわついた。
年配男性の冒険者がミコトに向けて進み出た。
「君はテイマーかな?」
「いや、違うのじゃ。リビングアーマーを着ているのは、ちょっと珍しい種族の友達じゃ。その友達の友達が、リビングアーマーなのじゃ」
またも周囲がどよめく。
「ところで、今のはなんだったのじゃ?」
「魔法とかが効かなかったのは見たかな? 冒険者くずれのテイマーが、物盗りをしているんだと思う。ギルドで手続きをして登録した使い魔は、マスターから離れるほど、他の冒険者の攻撃やスキルを受け付けなくなるんだ。間違って使い魔を倒されたら困るし、本当は、お互いにとっての安全装置みたいなものなんだけど。昔から、冒険者ライセンスを悪用する場合の常とう手段のひとつでね」
「冒険者自身は、使い魔が拾ってきたものの出どころは知らず、盗品とは思っていなかった、といった逃げ道かの」
「そういうこと」
「へー。あ、アタシが倒せたのはー、アタシが冒険者じゃないからかー」
「そうだろうね」
すでに日が暮れており、ミコトとクレスは月明りを頼りに、領主との取引の報告のためにミコトの村へと向かっていた。
逃げたモンスターたちとは全然違う方向であり、ふたりは意識していなかった。
焚火の明かりが遠くに見え、ミコトは首を傾げた。
「珍しいの。旅人なら、村まで案内しようかの。もしも賊の類であれば、申し訳ないが、クレス、頼むのじゃ」
「まかせてよー」
甲冑は、胸を叩いた。
焚火にあたりながら、男は不機嫌に酒を呷っていた。
どういうわけか、使い魔が一匹やられ、一匹が持ち帰った収穫は「外れ」だった。
足もとには花柄の巾着が無造作に捨ててある。
くすんだライセンスカードを出せば、使い魔のギルドでの追加登録は審査が厳しくなるだろう。
そこへ、見張りに立たせていた齧歯類系モンスターが全力で駆けて来て、全身で身の危険を表して警戒を促す。仕事では、あえて大きく回り道をさせるので、追手の可能性は低い。
このあたりに、そう危険な野良モンスターの類はいないはずだ。兵隊や賊に対しても、こんな反応をすることはなく、男は混乱する。
「誰か! 助けてください!」
若い女の叫び声が聞こえ、焚火から離れて茂みに隠れて息を潜め、状況の確認に務める。
焚火のそばにやって来た黒髪の少女は、このあたりの村人のような恰好をしていた。
背後を窺うようにしながらも、少し安心した様子を見せて一息つく。
焚火のそばに座り込んだ少女は、そばに落ちていた空の巾着に気づき、拾い上げて帯に挟みこんだ。
落ち着いた様子に、切迫した危険はなさそうだと判断した男は茂みから姿を現した。
「おい」
突然の出現に戸惑う少女は、男を見て胸をなでおろす。
「よかった」
ずいぶん育ちがいいものか、まるで男に対して警戒するような様子はない。
「なにがあったんだ?」
使い魔モンスターは、いまだに男の足もとに縋りついて震えている。
「その、リビングメイルがいたので驚いてしまいまして。けれど、倒れて動かなかったから、よく考えると、たぶん、死にかけているんでしょうね。それでも、ひとりじゃなくなって心強いです」
男は驚愕し、計算を巡らす。失点を補ってあまりある収穫に繋がるかもしれない。
「おい、そこまで案内しろ」
「どうしてですか? 危険かもしれませんよ?」
「いいから!」
男は強い語気で少女を促した。
茂みからそっと様子を窺った男は、思わず声は出ないように口を動かす。
「こいつは、儲けもんだ……」
地面に倒れ伏し、ぴくりとも動かないところを見ると、本当に力尽きる寸前だろう。
それでいて、甲冑はまだ光と散っていない。
「俺はこういう運には、恵まれてるんだよなぁ」
意気揚々、慎重に小石を投げ、棒でつつき、たしかに鎧が動かないことを確認する。
男は兜の傍らにしゃがみこんで、右手の人差し指と中指を揃えた。
「我、汝と主従の誓約を交わさん」
指先に帯びた光を兜に向けて降ろす、その手首が、がっしりと甲冑に掴まれた。
「は⁉」
「やはり、そなたが、物盗りのテイマーで間違いないの」
リビングアーマーに抑えられながら立ち上がった男の前で、黒髪の少女は不敵に微笑んでいた。
「おい! ネズミ! なんとかしろ!」
距離を見て怯えていたモンスターは、アルマの兜に飛びついた。全身を広げ、正面から抱き着く形で視界を塞ぐ。
「なにー⁉」
混乱して振りほどこうとしたクレスが、男を放してしまう。
すぐに距離をとった男は、懐からカードを数枚取り出し、放り投げた。
男の前を守るように、モンスター数体が現れた。
「こいつらは、リビングメイルより遥かに強い! 俺の使い魔を倒したのは、お前たちか?」
「あ、そうそう、ごめんねー」
クレスは後頭部に手を当てて謝った。
「ということは、冒険者じゃないな?」
「うんー」
動く甲冑(の中の人)の素直な肯定に、男はにやりと笑って冒険者ライセンスを取り出す。そのカードはくすんでいた。
「わるいことをすると、やっぱり、そうなるのじゃな」
「経験豊富でね。冒険者以外相手に、何をしたら、どの程度色が変わるか、詳しいんだよ。色が戻るまでは、気長に良い子で過ごすさ。今回は、身を守るためとしてある程度自分も誤魔化せる。お前たち、こいつらをやれ!」
瞬間、ライセンスは真っ黒になった。
何が起きたかわからない男の手の中で、粉々に砕け散る。
さらに男の周囲の空間から、旅の道具に雑貨、盗まれた財布などが現れた。
「すまんのじゃ。そう言えば、わらわは冒険者じゃった。冒険者への悪意ある行動はペナルティーが重いとは知っておったが、ライセンス喪失の瞬間など、貴重なものを見せてもらったのじゃ。異次元収納が無効化されると、そうなるのじゃな」
少女は謝罪か感謝か同情か、そのすべてかを示すように合掌している。
貫頭衣の少女はどう見てもただの村人で、男は想定外の状況に思考が止まっていた。
ミコトはピカピカのライセンスを取り出す。わりと普通に冒険者である自覚は無かった。
獣のように咆哮した男は、カードを一枚背後へと投げた。
巨大なドラゴンが姿を現す。
「お前たちは、必ず殺す!」
「ミコトはー、アタシが絶対守るよー」
ただの少女を守るように、リビングアーマーが立ち塞がった。
さらにその前に、颯爽と現れた人影があった。
月光に輝く軽甲冑に身を包み、マントを翻す若い男。
「そこまでだ! 神聖騎士団団長、クナイトだ! おとなしく投降しろ!」
「なんでこんなところに⁉ だが、もう、どうでもいいんだよ‼ やれおまえたち‼」
度重なる想定外の事態に、テイマーは破れかぶれになっていた。
ドラゴン以外のモンスターは、光を帯びる剣撃が瞬殺。
竜のブレスは魔法を併用した盾が海を割るように防ぎ、背後のふたりも守りきる。
次いで、魔力を纏って伸長された太刀筋がドラゴンを細切れにした。
「こ、これが大陸最強とも言われる、限られた者にしか使えない、『護聖の闘技』……」
次元の違う強さを見せつけられ、元冒険者は、がっくりと頽れた。
男を捕縛した騎士団長は、ミコトとクレスに爽やかな笑顔を向けた。
「大変だったね。別件でこのあたりに来てたんだけど、近くの知り合いに、モンスターを連れて悪事を働く者がいるから、なんとかしてほしいと頼まれてね。探っていたんだ」
「ありがとうなのじゃ」
「ありがとうー」
「なに。仕事の一環さ。君たちが神聖都市に来ることがあれば、歓迎するよ!」
ミコトとクレスは村へ歩き出していた。
「アタシも冒険者になるならー、テイマー、おもしろそうだねー」
「使い方さえ、間違えなければの」
クレスの言葉に、ミコトは複雑な微笑みで頷いた。
歩き出した少女たちを見送りながら、神聖騎士団団長は眉を寄せて呟く。
「彼女たちが悪事を働くとも、思えないが……」
彼が依頼を受けて探っていたのは、物盗りの男ではない。リビングアーマーを連れた少女だった。
翌日、ミコトとともに盗まれた金品を返却しに行ったクレスは、笑顔になった幼女を撫でることができて満足だった。




