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魔王だよね?

 この少し前、仲間から武器を使わないのか尋ねられた魔王は答えていた。

「昔は、フレイルとかを使ってたこともあるんだけどー」

 フレイルは、柄から先がぶらぶらして扱いが難しい打撃武器である。

「武器を使うと、うっかり相手を殺しちゃいかねないしー。だから、一番好きなのは、これなんだー」

 そう言って、グーを示す。

「自分の身体だと、少しは相手の痛みも感じられるし、うっかり殺しちゃうことも減らせると思うからー」

 彼女の人となりを知っていれば、すべて「優しさ」に基づく発言だとわかる。

 しかし、「魔王」であることを前提にすると、より長く相手を苦しめ、相手の苦しみを愉しもうとしているようにも捉えられる。


 今、犬歯の目立つ魔王は笑顔で馬乗りになり、魔族を殴り続けていた。

 相手は、大陸有数の強さを持つとされ、「四魔衆」と呼ばれる魔族のひとり。その第二形態である。第二形態は、一定以上の強さを持つ魔族だけが持つ強化形態である。体型の変化も能力の変化も、素質などに左右される固有のものである。

 第二形態にもなっていない魔王は、一方的に殴打している。

 勇者は戸惑いながら、その光景を見守っている。

 静寂の中、鈍い音、液体が飛び散るような音だけが響く。

 やがて魔王は、右手の人差し指と中指を揃えて掲げた。

「我、汝と主従の誓約を交わさん」

 指先が光を帯び、困惑した魔族の額に触れる。

 突如、魔族は姿勢を正して直立した。

「なんなりとお申し付けください! 魔王様!」

「もう、人を襲ったり、傷つけたりしたらダメだよー」

「はい、わかりました! 魔王様!」

 魔族の第二形態は、勇者パーティーのテイマーの「使い魔」になった。


        *          *          *


 ダンジョンは辺境の田舎にもある。

 だから冒険者ギルドの窓口は辺境の田舎にもある。

 とある宿場町に、かつては需要があったのか、古くてボロい割に大きめの窓口施設があった。

 ある晴れた日の朝。

 人間には十代後半の少女に見えるエルフのルルナは、見た目は十二、三歳ぐらいの相方の少女を連れて窓口施設を訪れた。

 緑の髪のエルフは入口のドアを開け、一歩も動かず、そしてそのまま閉める。

 相方は怪訝な顔をして、耳を建物の中とルルナに交互に向けた。

 人間とワーウルフのハーフであるオウカは、イヌ耳と尻尾のある人間といった感じだ。

 褐色の肌に銀色の体毛の小柄な少女は、怪訝な顔で試しにといった様子でドア越しに臭いを嗅ぐ。

 瞬間、オウカの髪と尻尾の毛は、ぶわっと総毛だった。

「いや、遅いよね。索敵で役に立たなかったら、あんたの存在意義って何よ」

 ルルナは目も耳も、人間に比べれば抜群にいい。聴覚はオウカと一長一短だが、嗅覚だけは間違いなくオウカに分がある。

 ガチャリと内側からドアが空き、ふたりは全力で走り出した。

「開いてますよー」

 あっけらかんとした声とともに戸口に姿を現したのは、禍々しい甲冑だった。

 ルルナも相当身軽な部類なのだが、オウカはその彼女を置いて、すでに豆粒の大きさになっていた。

「ちょ、待て、待てーー‼」

「みんなおどろくけど、だいじょうぶだよー?」

 軽やかな乙女のような声は禍々しい兜から響き、そしておどろおどろしい甲冑が小さく手を振る仕草は乙女のようだった。

 振り返り、敵意が無い様子を確認しつつも弓に矢をつがえたルルナは、鎧に恐る恐る数メートルまでにじり寄った。

「それ、リビングメイルじゃないの⁉」

 リビングメイル。

 所謂生きた鎧なわけだが、中級ダンジョンからよく見られるようになり、中級冒険者が調子に乗っていると、割と殺される。上級冒険者への登竜門的存在のひとつである。

 だが、目を疑うルルナ自身、違和感があった。

「違うよー、リビングアーマーだよー」

 ルルナは腰を抜かしてへたり込んだ。

 違和感の正体はそれだ。

 リビングアーマー。

 リビングメイルの上位種であり、上級冒険者にとっても難敵である。基本的には、中級ダンジョンの主よりも強い。

 なんの準備もしていない状態での遭遇は危険すぎる。不用意だったとは言えない。こんなところにいるのは本来ありえないのだから。

 脚が言うことをきかないルルナは、リビングアーマーに歩み寄られ、心臓が自分のものではないかのように拍動するのを感じた。寿命が数十年は縮んだと思う。エルフなので。

「だいじょうぶー?」

 リビングアーマーに手を差し出され、ちびりそうになりながらそれを掴む。

 紙のように圧縮するだけの握力があるだろうに、加減して力を貸してくれる。

 立ち上がったものの、まだ膝に力が入らずにリビングアーマーにもたれかかってしまう。

「死ぬ。死ぬ。死ねる。ナニコレ」


 ルルナは建物の内部へ連れ込まれていた。

 大きさの割に、ほぼ無人である。

 がたつくテーブルとセットのがたつくイスに座らされ、とりあえず一息つく。

 逃げようにも身体が言うことを聞かず、もはや割り切る他ない。

 連れ込まれる際、リビングアーマーに手を貸した少女がいた。

 人間で、十代半ばといったところか。艶やかな直毛の黒髪に、意志の強そうな切れ長の目。

 偉そうに椅子に座る態度と、そのあたりの農民と変わらない簡素な貫頭衣が違和感を醸し出す。

「だいじょうぶかの?」

 ルルナは偉そうな少女にも疑問を感じつつ、

「えーと、思ったよりはだいじょうぶみたいだけど、それは、なに?」

 椅子に座ろうとして重さで歪んだことで慌てて立ち上がって以降、しょんぼりと直立しているリビングアーマーを指さした。

「アタシは、クレスだよー。よろしくー」

 甲冑は手を小さく振り振り、口調は軽い。表情が見えないので、どうしても調子が狂う。

「クレス、一度顔を見せてはどうか」

「そだねー」

 リビングアーマーは、頭を取り外した。のではなく、兜を脱いだ。

 現れたのは、十代後半ぐらいに見える人懐こい少女の笑顔だった。

 水色の頭髪。黒に近い灰色の肌。縦長の瞳孔。尖り気味の耳に、目立つ犬歯。

「ま、ま、ま、魔族じゃん!」

 魔族。

 要するにモンスターを束ねる種族であり、基本的にはやはり中級ダンジョンの主よりは強いのが標準だろう。しかし、ランクが高くなればリビングアーマーすら比較にはならない。

「やっぱり被ってたほうがいいよねー」

 兜を被りなおしたクレスを見据え、ルルナは愕然としていた。

 リビングアーマーがそのあたりを歩いていてもヤバいが、魔族がそのへんを歩いているのは超ヤバい。

 一般人には趣味が悪いだけの鎧にも見えるリビングアーマーのほうが、たしかに少しはマシなのかもしれない。

「さて、そなたが、パーティーメンバーを探しているレンジャーということでよいのかの?」

 この言葉に、ルルナはカウンターに立っている高齢男性を見据えた。

 百歳を超えていると言われても信じられる年季。

 先日、および昨日来たときと同様、開いているのかわからない瞼。

 微動だにせず立ち尽くす姿は、起きているのか寝ているのか、はたまた死んでいるのかの判別もつかない。

 さきほどルルナが引きずり込まれてからも、ずっとそのままだった。

 加齢に伴う聴力や記憶力等々の低下によるものか、簡単な応答も非常に難儀な相手であるため、ルルナは黒髪の少女に視線を戻した。

「たぶん、私であってると思う。ここ利用する人って、そんなにいないだろうし」

 気まずそうに答えたエルフに、黒髪の少女はにっこりと笑った。

「では、わらわとクレスでよければ同行しよう」

 ルルナは思案する。

 こんな片田舎で待っていては、引き受けようなんて冒険者が次にいつ来るかは知れたものではない。

「……だけど、中級ダンジョンよ? 前回は、五人で行って、途中で逃げ帰ったの。今回は、落とし物探しがメインだから、苦戦したらけっこうリスクもあるわ」

 黒髪と兜は顔を見合わせた。

「いや、つい先日、そこはふたりで奥までぐるっと一通り見て回ったんじゃ」

 考えてみれば、そこの主を倒せるだろうリビングアーマーと、最低でも同水準でおかしくない魔族のセットである。実際、余裕なのかもしれない。

 が、そもそも前提がおかしかった。

「いや、あのさ、そもそもあんたたち、なんなの? いや、待って」

 ルルナは、空中から冒険者ライセンスのカードを取り出した。ピカピカである。

「私は、レンジャーのエルフ。ルルナ」

「おお、そうか」

 納得した様子で、謎の二人組も空中からピカピカのライセンスを取り出した。

「わらわはミコト。クラスは『勇者』じゃ。高貴な血を引く姫という設定で親に育てられたのじゃが、実はそんなことはない由緒正しい凡人の血筋じゃと最近知った」

「アタシはクレス。クラスは『テイマー』だよー。冒険者初心者だよー。よろしくー」

 胸を張っての自己紹介と、うきうきした自己紹介に、ルルナは頭痛を催した。

「つっこみが追いつかないんだけど、とりあえず、最低限のリスク管理として聞きたいんだけど、クレスは、どうして冒険者なんてしてるの……?」

「なんか、身を守るために売られたケンカを買ってたら、魔族では偉いほうになってたみたいなんだよねー。だけど、こっちからケンカを売るのはやめようって言っても言うこと聞かないで人間とかを殺したりする魔族たちがいるみたいだから止めたかったのとー、冒険者とお話ししたかったのにアタシのいるところまで来てくれる人がいなかったから、ダンジョンから出てきちゃったんだよねー」

「聞くも涙の身の上話じゃった。魔族としては貧弱に生まれたために、いじめられ、親を亡くしたと思えば、今度は『魔王』などという仇名をつけられたのだそうじゃ。陰湿なやつらめ」

 うっすらと涙を浮かべるミコト。

「アタシは気にしてないよー。だいじょぶだいじょぶー」

「え? 魔王?」

「うんー。ひどいよねー。ようやく、いじめられないぐらいには強くなったと思ったのに、そんなあだ名つけるなんてー」

「えーと、まさか、その死んだ親は『魔王』だったの?」

「うんー。アタシは、『姫様』なんて呼ばれたりもしたんだー」

「わらわと同じじゃ」

「ねー」

 呑気なふたり。

「はハっ」

 思わず変な声が出て視線が集まり、ルルナは咳ばらいをし、真剣にクレスを見つめる。

「その……親を、殺したの?」

「いやいやいやー、アタシじゃないよー、殺したのはー……」

「そう、ごめん」

 あからさまに落ち込んだ相手に気まずそうに謝罪をしながらも釈然としない様子で、ルルナは異次元収納(インベントリ)から地図を取り出してテーブルへ広げた。

「クレス、どっから来たの?」

「ここはどこー?」

「ここ」

 ルルナは、大陸南東のやや内陸よりの一点を指さした。

「こっちが海で、こっちが山なら、こっち側かなー。でも、途中で村とか街に行っても、みんな逃げちゃったから、よくわかんないんだよねー」

「村とか街、いくつ通ったかわかる?」

「見かけたのも入れると、よっつか、いつつかなー。でも、寝ててもアルマちゃんが歩いてくれるから、もっとかなー」

「アルマちゃん?」

「うん。このリビングアーマー。いい子なんだー」

 嬉しそうな物言いに、ルルナはげんなりした。意志を持ち、自律稼働もするらしい。

 エルフは地図を睨んで考え込んだ。

 あてにならなすぎるいい加減さではあるが、クレスの証言は彼女自身が「魔王」である可能性を否定しない。

 いや、そもそも証言を信じていいのか?

「なんで冒険者ライセンスなんてとったの?」

「ダンジョン巡りして魔族と話したいなら、とっといたほうがいいんじゃないかってミコトが教えてくれたのー」

「うむ」

「お前か」

「わらわも冒険者としての活動を始めるにあたり、ちょうど連れがほしかったしの」

「どんな事情であれ、ライセンスが一度発行されちゃったら、規約に違反しない限り、冒険者は各国の法律を超えて保護されるって知ってるの?」

「うむ。だから、とっといたほうがよいと……」

「ダメだ、会話が成立しない……」

「ちょっと見せて」

「うんー」

 クレスは弄んでいたライセンスカードを手渡した。

「『テイマー』を選んだのもアレだけどさー、種族『マゾク』ってどういうこと。よく正直に書いたと思うけど、わざわざ表音文字で、よく通ったね」

 魔族をあらわす表意文字は存在しているために、意味を伴なわない表音文字で表記することは滅多に無い。

「そこの耳の遠いお爺さんに言われたとおりに申請しただけだよー」

「じじいーーーーー‼」

 ルルナの絶叫は宿場町に轟いたが、当の本人には聞こえていなかった。


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