番外編 ガラス職人の見た夢
第3話冒頭のガラス職人が見た夢のお話です。
不死鳥(と言ってもこの時はただの渡り鳥ですが)は海の上を飛んでいました。
ほかの仲間たちとともに緑の豊かな島へ向かっているところでした。
群れには彼の恋人もいましたが、渡っている間は合図以外に口を開くことはありませんでした。
はじめ、彼の心には仲間と話すことのできない寂しさが沸きましたが、今は疲れて物を考える余裕すらなくなっていました。
しかしそれももう少しのこと。
島はもう見えているのです。
あとは毎年、群れが冬を過ごすあの場所を見つけるだけ。
それまで、必死に身体の姿勢を保ちます。
島の上に入ると、一番年上の鳥が先頭になりました。
彼がもっとも土地勘があるからです。
そして一晩飛び続けると、いつも来るあの場所へ着きました。
皆がほっとした顔で羽を休めます。
不死鳥も恋人と寄り添って休みました。
次の日、彼らが今回の渡りも大変だったと語らっていると、群れのもとへ懐かしい顔がやってきました。
昨年、怪我をしてこの島に残った者でした。
彼は「渡ってくるのは大変だったろう」と言い、渡り鳥たちも「大変だったさ」と答えました。
「しかしな」
彼は語り出しました。
彼の話では、冬が終わるとこの島には暖かい時期がやってくるそうです。
そして、その次に恐怖の時期がやってきます。
彼はその時期を’夏’と呼んでいました。
夏は、太陽が身体を焼くように熱する時期であり、魚やほかの鳥が活発に活動するんだそうです。
水草もどんどん大きくなって鈍い味になり、暑さも相まって全然食欲がわかない、まさに地獄のようだと彼は言いました。
「だからおれは渡り続けられる幸せに気が付いたんだ。この冬が終わって次の島に渡るときはな、おれのなまった羽が疲れ切って辛くなったとしても、歌でも歌えるような想いだよ。おれたちは幸せなんだ。」
渡り鳥たちはしばらく仲間同士語らいながら過ごしました。
そして疲れも取れて活気が湧いてくると、若い鳥たちは続々と子育てに入っていきました。
不死鳥も恋人と結婚して子育てをはじめました。
卵が孵るまで妻を守り、子供が孵ったら妻と共に子供を守りました。
充実した時間でした。
冬が終わりに近づき、寒さが緩みはじめたころ、仲間の雛が行方知れずになりました。
ほかの雛たちの話では森に入っていったとのことです。
由々(ゆゆ)しき事態になりました。
彼らは捜索隊を結成し、森に入ることにしました。
不死鳥もその捜索隊の一員として、妻と共に森に入りました。
しかし、探せど探せど雛は見つかりません。
日も暮れはじめ、今日の捜索は終わりにしようと決め、皆で帰路に着きました。
湖に向かってしばらく歩きましたが、なかなか夕日が落ちません。
落ちないどころか徐々に明るくなってきたようにさえ感じます。
その上、周囲が徐々に暑くなってきたようでした。
「何か変だ。」
誰かが言いました。
不死鳥も、他の者たちも賛同して言います。
しかし原因はわかりませんでした。
わかりませんでしたが、周囲の暑さはどんどんひどくなっていきます。
不死鳥はもしかしたら’夏’になったのか、と思いました。
妻が息を切らし、辛そうです。
「飛んで帰ろう。」
隊長が言いました。
すぐさま何人かが飛び立ちましたが、何人かは飛びませんでした。
不死鳥は、妻にもう飛ぶ力が残っていなかったので留まりました。
それが幸か不幸か、飛び立った仲間はすぐに落ちていきました。
そのとき、上を見上げたそのとき、やっと気が付きました。
空が黒くなっています。
夜になっているのです。
明るいのは森だけのようでした。
夕日だと思っていた赤い光は、何か別のものが発しているようです。
気が付くと周囲の草や木が光っていました。
光はゆらゆらと揺れながら、草や木を食べるように大きくなりました。
不死鳥は妻に覆いかぶさりました。
ひどく熱い光が身体を焼きます。
そして、目を覚ましました。
ああ、ひどい夢を見たと思って顔を上げると、辺り一面、真っ黒でした。
夜とは違う、くすんだ黒。
あの熱さは夢ではなかったのです。
妻は死んでいました。
近くにいたはずの数人の仲間は見つけることもできませんでした。
彼は悲しみのあまり飛びあがり、湖へと戻りました。
しかし湖には誰もいませんでした。
彼が水面を見るとそこには真っ赤な鳥が映っていました。
しかもその身体から、あの’夏’の中で見た、夕日のような赤い光が立ち昇ってゆらゆらと輝いています。
はっと、ガラス職人は目を覚ましました。
上体を起こして不死鳥を見ると、昨日不死鳥が言っていたことを思い出しました。
「わたくしは炎というものを知らないまま炎に身体を焼かれたのです。」
ガラス職人は毎日火を使って仕事をしていましたが、話を聞いたときはそれがどんな気分なのか想像もできないと思っていました。
それが今の夢で、その怖さが少しわかった気がしました。
これにて完結です。
最後の最後まで、ありがとうございました。