弱点
「どうした、リゼ?」
「ミロが勝手に…… !」
そういえば、腹の辺りに巻かれていた、黒い紐状の冥獣がいない。それは後ろのリゼに体を掴まれながら、大暴れしていた。
「そいつは何をしているんだ?」
「わかんない…… ! ミロ、そっち行っちゃだめ!」
どうやらミロは下に向かおうとしているらしい。その必死さは、何かに取り憑かれているのではないかと思う程。
このままではリゼが誤って滑り落ちかねない。アドニスは片手でミロをしっかりと掴んだ。
「俺が持っておく」
「落としちゃだめだよ?」
「ああ」
リゼは相当この冥獣を気に入っているようだ。
チラリとミロの方を見やる。それは依然脱出を試みていた。
「ちょっ!? アドニス、大変だよ!」
先頭にいたペイルが大声を上げる。
「どうした?」
「あの巨人! 黒くなってく!」
アドニスは前方に目を向けた。
確かに、巨人の根元の方が少しずつ黒くなっている。やがて、その黒はシミかカビのように、樹皮を斑にした。すると、巨人は頭を押さえるのを止める。
「やはり、あいつは他の生き物を吸収して、自分のエネルギーに変えているようだ」
「そういうこと!? え、待って! じゃあ、この周辺に冥獣がいる限り……」
「あれは倒せないだろう」
ペイルは愕然としたように口を開ける。
先程の冥獣たちは、巨人の栄養分として連れて来られたものなのかもしれない。
「だが、あれも冥獣の可能性が高い。核がどこかにあるはずだ」
「あ、そっか! 君には核の位置がわかるーー」
「わからん」
一瞬全ての動きを停止したペイルだったが、こちらに鬼気迫る顔を急接近させてきた。
「なんかすごい上げて落とすじゃん! もう落とすのやめて! 心臓とお腹に悪いから! うっ…… ほら、僕のお腹が……」
「俺は謝るべきか?」
「い、いいや…… 今のはちょっとした文句というか…… 僕の方が悪いから…… ぐっ……」
お腹を押さえ、うずくまるペイル。なんだかとても辛そうだ。
と、巨人の表面から、大量の枝がこちらに向かってくる。かなりの本数だ。
「やばっ!」
ラードーンは体を上に傾け、一気に上昇する。後方からは、根が物凄い速度で徐々に追い上げてくる。
「でも、どうするの!? 核を破壊しないと、冥獣は倒せないんでしょ!?」
「ああ。だから、まずは核の場所を特定することが先決なんだが」
アドニスは目を細める。一体どこに隠してあるのだろうか。
皮膚が分厚いから、体内の核が見えないのかもしれない。もしくは、ここから離れた位置に核が存在するのか。
「どこかにあるはずだ」
探せ、見極めろ。さもなくば、誰も守れない。
「ねえ、アドニス! あ、あそこ! 塔の上の方にある穴! あそこから手出してるのって!」
ペイルが叫ぶ。
今やほぼ全体が樹皮や根に覆われてしまった塔。その頂上付近に、小さな穴が空いていて、そこから細い腕が出ていて、動いている。穴が小さ過ぎて、その表情までは見えない。
「サラ・フラムと見て間違いないだろう」
「じゃ、じゃあ、サラが灯晶塊に光を灯せればーー」
「できないよ」
いきなりリゼが否定する。ペイルは少し困惑気味だ。
「なぜだ?」
「花のおばちゃん、力使えない。あの人のせい」
リゼの指が差し示したのは、アパテーだ。
「力が使えないって、どういうこと!?」
「あれ、ママの手のやつに似てる」
「俺の…… ?」
この手の紋様のことだろうか。確かに、目を凝らすと、サラの手の甲でも何かの模様が仄かに光っているように見える。
アパテーには何か特殊な力があるらしい。
「で、でも、例え灯晶術が使えなくても、光を灯すことはできるはずだよ! うろ覚えだけど!」
「なら、今はそれができない状況にあるということか」
何かがサラの行手を阻んでいるのか。未だ殺されていないということは、死に直結するような物ではなさそうだが。
思考を巡らせていると、ふと手の中の冥獣が奇妙な動きをしているのが目に入った。
「何をしている」
冥獣はその丸い体を、リズム良く収縮させていた。暴れ回っていた、先程の様子とは違う。そして、アドニスには、その動きにピンとくるものがあった。
「この動き…… まるで冥獣の核のようだ」
冥獣は続いて、体の一部を長く伸ばして塔の方を指した。やはり、何かを伝えようとしている。
その何かは、すぐにわかった。
「まさか、灯晶塊の周りに核をまとわり付かせて…… 俺が探知できなかったのは、それが原因…… ?」
無論、今までそんな奇抜な手法で核を隠す冥獣はいなかった。だから、アドニスもそこまでは思い至らなかったのだ。
「おそらく、核は塔の中だ」
「本当に!? じゃ、じゃあ早くサラに伝えてーー」
「待て。そんな大声でやり取りをしたら、アパテーに全て筒抜けだ。すぐに対策をされる」
相手はまだサラの存在に気づいていないはず。もし彼女が生きていると気取られれば、今度こそ確実に殺される。
「でも、早くどうにかしないと、こっちもいつ捕まるかわからないよ!」
ラードーンは縦横無尽に飛び回り、枝の追跡を躱している状態。早く打開策を考えなければ、いずれ捕まる。
塔の周辺は、あの危険な根で包囲されている。特に、塔の外壁には何本かが巻き付いていて近づけない。いかなアドニスでも、あそこに突っ込むのは自ら死にに行くようなものだ。
サラに灯晶術が使えさえすれば、万事解決するのだが。
「灯晶術…… そうだ、ペイル。自分の灯晶術を他人に持たせることはできるのか?」
「え? まあ、できると思うよ。その間、使用者が灯晶術を維持していれば」
「よし。お前の灯晶術を、あの塔の隙間に投げ入れてくれ」
それで、サラが核を破壊できれば。だが、ペイルからは予想外の反応が返ってくる。
「何が『よし』だ! あんな小さな隙間に、しかも動き回ってる状態で、上手く投げられる訳ないよ! 僕を何だと思ってるの!? 騎士団万年最下位だよ!」
「なに? できないのか?」
「うん、絶対無理!」
はっきりと否定されてしまった。
「それなら、無理か…… 他の方法を考える。ごめんなさい、お前ならできると思ったんだが」
「リゼが届けに行く?」
「それは無理だ」
すぐに断る。なぜ急にお使い感覚で聞いてきたのか。
だが、どうすればいいだろう。良さそうな代案は浮かびそうもない。
「やはり、俺が突っ込むかーー」
「だぁぁっ! わかったよ! やるよ! やればいいんでしょ!?」
突然叫び出すペイルに、二人の視線が集まる。
「なんだ? どうして、急にそんな大声を出す?」
「怒った?」
「違うよ! 特殊な方向からのツッコミやめて!」
アドニスとリゼに、思わぬ方向からのツッコミ受け、ペイルは面食らったようだ。ペイルは大きく深呼吸してから、再び話し始める。
「ほ、本当は誰かに期待されるの、大嫌いだし…… それも、みんなの命がかかってるって…… でも、僕がそれを成功させる以外、方法はないんでしょ? それなら、僕が……」
言葉の途中で、ペイルは自分の左胸を押さえうずくまる。大きく肩息を吐き、非常に苦しそうだ。
しかし、再び上げられた、汗の滲んだその顔には、強い決意の色が表れていた。
「僕がやるよ…… !」
「わかった。俺は巨人の方に行って、できるだけお前に注意が向かないようにする」
ペイルはこくりと頷いた。
「あ、待ってアドニス。ほ、本当に僕にできるかな…… ?」
もう少しで飛び降りるという時になって、ペイルが恐る恐る聞いてくる。相当不安な様子だ。
「わからん。だが、お前が嫌いだと言っていた期待だが。別に俺は期待していない」
「え…… ?」
「俺はオートマタだからな」
「…… ふふっ、なんか君らしいアドバイスだね…… ちょっとだけ安心したかも」
着地点を見るのに集中しているから、ペイルの顔色は窺えない。だが、さっきまでその声に含まれていた、余計な震えは消え去っていた。
「リゼ、やはりこいつを持っていてくれ」
「わかった」
アドニスは、ミロをリゼに手渡した。ミロは先程よりかは幾分落ち着いている。
ラードーンが徐々に巨人の頭上へと接近していく。高度は十分にあるから、腕の攻撃は来ない。
「行ってくる」
「死なないでね! 二人とも!」
ペイルの言葉を背に受け、アドニスはラードーンから飛び降りた。
巨人はそんな彼を目敏く発見する。体の至る所から飛び出す大量の枝。それらは網の目のように、彼を捕らえようとする。だが、彼の爪の一振りでそれらは消し飛んだ。
「粗い網だ。その程度で、俺たちを止められると思うな」
網の目を抜けると、次は巨大な手のひらがアドニスを叩き落さんと迫る。彼はそれを爪で貫く。そして、そのままめちゃくちゃに掻き回した。すると、巨人の手のひらは真っ二つに引き裂かれた。続けて来る、もう三本の手も同じ手際で破壊していく。
巨人の頭部はもう目前。邪魔をする物はない。
「喰らえ」
快音響かせ、巨人の頭はぱっかりと寸断された。中身は途中から空洞になっている。
「頭は空っぽか」
と、切断面から細かいツルが飛び出し、あっという間に頭の再生が始まる。その速度は、並の冥獣の比ではない。
「お前の再生と、俺の破壊。どちらが速いか確かめてみよう」
そこへアドニスは再び渾身の一振りを放つ。
すぐさま再開する再生。間髪入れず、アドニスによる破壊。その度に、巨人の悲鳴のような甲高い音が響く。もはや襲い掛かってくる枝や手では、彼を止められない。傍目からすると、彼は猛り狂った冥獣のように映っただろう。
「お前は見てるだけか?」
アドニスが問いかけた相手は、未だ巨人の肩からこちらを静観しているアパテー。
「アパテーちゃんは傍観者役ですし」
「理解できない。お前の目的はなんだ? 見てることに何の意味がある?」
「それはプロロゴスちゃんを倒せたら、教えてあげますよ」
てっきり何か仕掛けてくるのかと思っていたが。それよりも、アパテーはまだこちらの作戦に気づいていないようだ。
「そうか。なら、すぐにでも話を聞けるようになる」
「え〜、そうです? たぶん、その調子じゃ無理だと思いますよ? あ、ヒントをあげちゃうと、その子の再生はほぼ無限にできちゃうんですよ。だから、別の方法を考えないとーー」
アパテーが得意げに講釈を垂れていた途中。その声に被せるように、ペイルの声が響き渡った。
「サラ! これを受け取って!」
ラードーンの背から、キラキラと藍色に光る小さな塊が放たれた。それは塔に向かって真っ直ぐ伸びていく。
「なんだ、やっぱり気づいてたんですか」
アパテーはようやくこちらの作戦に気づく。
「でも、そう簡単にはいかないと思いますよ?」
アドニスの妨害をしていた枝が、一斉にペイルの結晶を追い始める。
「頭部は治り切っていない。なのに、場所がわかるのか」
視覚や聴覚が機能しなくなると思っていたが。
頭部以外の部位が、それらの役割を担っているのか。それとも、アパテーが何か関係しているのか。
いや、この際どちらでも構わない。
「だが、手出しはさせない」
アドニスは頭部の破壊を中断する。
彼は巨人の体を自在に移動し、次々に枝の根元を断ち切っていく。肩からリゼが、「首の方」とか「右腕」とか指示を出してくれるため、対処はスムーズにできる。
もう少しだ。あれがサラの下へ渡れば。全てが終わる。
だが、往生際の悪い巨人だ。それは四本の手を伸ばし、何としても結晶が届くのを阻止しようとする。その姿は、何か大事な物を守ろうとする子どものようにも見えた。
「お前も自分の命を守ろうとしてる訳か。だがーー」
アドニスは猛然と巨人の体を駆け上がる。そして、腹部を蹴り飛ばすと、その反動で腕の方へと飛ぶ。
「俺は皆を守る。それを阻む者は、俺が尽く倒す」
だが、アドニスの決意に反対する者がいた。彼の右手が光を発する。
「またお前か」
毎度タイミングが悪い。今度は何が来る。
と、急に前への勢いが衰える。見ると、先程切り刻んだはずの枝のいくつかが、奇妙に絡み合いアドニスの体を投げ縄のように捕らえていた。さらに、真上からは彼の頭に影を落としたのは、大きな木片。直撃すればひとたまりもない。
「リゼ、できるか?」
「うん、頑張る」
リゼの声の後、蝶の紋様は明滅を繰り返し、そして消えた。
すると、枝同士の結び目が緩んだ。抵抗がなくなる。
「よくやった」
「たあいもない?」
いつの間にやら、アドニスの口癖を覚えてしまったようだ。彼自身、この口癖はウルカヌのものが感染ったのだが。
「ああ、他愛もない」
伸び行く巨人の腕は、肘の辺りから切り落とされた。巨人は腕の一本を高速で再生させるが、もう間に合わない。
結晶が塔の中へと消える。
「サラ! その剣で、中にある核を壊して!」
ペイルが叫ぶ。
「は、はい! 確かに受け取りました!」
どうやらサラに届いたようだ。それから数秒後。
「はあっ!!」
塔の中から、サラの威勢の良い声。
直後、巨人の方から耳をつんざくような悲鳴が起こった。その巨躯が激しく震え出す。全身からは、出血でもするように、大量の木製の塊が流れ出てくる。
本当に、人間が苦しみながら死に行く様を見ているようだ。
「や、やった! やりました! 核を破壊しました! 外はどうなりましたか!?」
サラの報告を受け、アドニスはアパテーの方を向いた。今彼は振動する巨人の肩にいる。
彼女は目の前。
「核は破壊された。俺たちの勝ちだ」
アパテーはまだ泰然自若として、その場から少しも動かない。
「約束だ。話を聞かせろ」
「いやですね〜。まだプロロゴスちゃんは負けてないですよ」
「何を言っている、核は破壊した。こいつの力が急速に弱まっていくのがわかる。こいつはもう風前のーー」
「ママ、危ない!」
リゼが急に後方に体重を乗せる。咄嗟のことで、アドニスそのまま後ろに倒れていく。
そんな彼のすぐ上を、何かが物凄い勢いで通過していった。巨人の腕だ。反対方向からすぐに次が来る。彼は巨人の胴体を蹴り、それから大きく離れる。
彼が着地したのは、近くの家屋の屋根。
「リゼ、助かった。ありがとう」
「怪我してない?」
「ああ」
アドニスは巨人の方を見やる。
少し目を離した隙に、それは朽ちかけた枯木のように全身が細くなっていた。地面を覆っていた根も痩せ細り、機能していないように見える。腕の一本はぽきりと折れ、下に落ちていった。
だが、その顔は真っ直ぐに彼を見ている。
「吸収した力が残っていて、まだ動けているのか。だが、もう再生はできないはずだ。それでも、戦うか」
巨人は手を広げると、最期の鬨の声でも上げるように、高く弱々しい音を鳴らした。
「わかった。今度こそ、これで終わらせる」




