第一章 第三節
やがて「なぁ、君?」とふんぞり返るのをやめた白磁猫が「何か言ったらどうなんだい?」とルルに問いかけました
さっきまでの威厳は何処へやら、その真ん丸な顔には明らかに困ったようで、不安そうな表情が浮かんでいました
対してルルはまた一層不思議そうな表情をし、この変な場所に来て初めて言葉を口にしました
「『礼儀』ってなに?」
弱々しくて小さくかすれた声でしたが、湖畔を飛ぶカワセミのように美しい声音です
「なんだって?」少しの間あっけにとられていた白磁猫がまぬけな声を出しました「ああ!まったく!」
そう言って立ち上がるとグルグルその場を回ってからルルの周りを歩き、しばらく彼女のことを観察し始めました
「人間っていうのは、こんなにも幼稚なのかい?」歩き回りながら白磁猫はぼやきます
「それとも君が特別なのか?まるで物を知らないんだなんて!人ってのは『愚かにも賢い』って聞いたけど、賢いとこを落っことしてきたのかい!?」
ルルはなんだか悲しくなってしまい、服の裾をぎゅっとつかみ、同じぐらいぎゅっと口を閉じて俯いてしまいました
その様子を見た白磁猫はなんだかばつが悪くなったのか、長い尻尾をパタパタとふって考え込みましたが
「ふむふむふむ・・・ いやいやいや、そうだそうだ、僕は『貴族』なんだ!今は違うけど、きっとそうなる!だから君に色々教えてあげよう!だって君は、話に聞いてた人よりずいぶんちっぽけなんだもの!きっとこれから愚かにも賢くなるんだろうね!うんうん!」
と言って尻尾をぐるりと回すと、彼の頭の上に大きな山高帽が現れました
目を真ん丸にして驚くルルに自慢気な表情を向けつつ白磁猫は「ゴホン」とひとつ咳払いし
「君の名前を教えてくれるかな?」
と、とても丁寧に尋ねたのでルルは少し安心し
「ルル」とようやく自分の名前を言うことができました
「ほうほう、ちっぽけでいい名前だね。まるで崖の途中にある葉っぱみたいだ!」
貶したのか褒めたのかわからない感想を述べたのち、白磁猫はルルに目線を合わせてあげると優しくこう言いました
「いいかい?さっき僕は君を怖がらせてしまった。だから、怖がらせてごめんなさい、って言うよ。だから君も、僕にぶつかったことに、ごめんなさい、って言うんだ。これが『礼儀』だよ」
そして白磁猫は厳かに、頭を下げてお辞儀をして「ルル、君を怖がらせてごめんなさい」と言いました
そして幸いなことに、ルルはとても素直な子だったので、同じようにお辞儀をして「ぶつかってごめんなさい」と謝ることが出来ました
その様子を見て、白磁猫はすっかり嬉しくなりましたし、あっという間にルルのことが大好きになり
「よしよし、君はいい子だね!僕、君が気に入っちゃったよ!」と言って前足でルルの頭を撫でてくれました
その時ルルは一瞬身体を強張らせたのですが、肉球の部分はお日様を吸ったまくらのようだったので、とってもいい気分でした
「でも不思議だなぁ、どうしてこんないい子がここにいるんだい?人間は空と大地とキャラメルがある場所に住
んでるんでしょ?」
「わかんない・・・気が付いたらここにいたの。真っ暗なところで浮かんでて、そうしたら光が見えて、お水と一緒にお外に出てきたの」
白磁猫の優しさにすっかり気持ちが楽になったルルは正直に答えますが、白磁猫はよくわからない、という顔をしていました
そのせいでしょうか、ルルはまたとっても不安になり、とっても怖くなり、今度は涙も出てきてしまいました
「わぁ!どうしたんだい?どこか痛いのかい?それともお腹がすいたの?」
驚いた白磁猫は優しく優しく声をかけてくれますが、それでもどうしてもルルは悲しくて怖くて仕方ありません
だから何も答えることが出来ず、俯いて、小さな泣き声と共に、大きな涙を流すだけ
ああ、可哀想なルル!泣いてばかりで、ちっぽけな上に愚かにも賢い人間のルル!
さてさて、困ってしまった白磁猫はルルになんて声をかけようか困っていたのですが、ふと何かに気が付きました
「ねえねえ、ルル、ルル、君が持っているそれはなんだい?」
その言葉にルルは顔を上げ、ずっと持って歩いていたランタンを見ましたが、涙を拭いながら再び「わかんない」とだけ答えました
「そうかそうか、ならば一緒に『貴族』のところに行こうよ!きっと色々教えてくれるよ!君がどうやって来たのか、帰り道や、そのまんまるのものとか、色々とね!」
そう言って白磁猫が笑顔を見せてくれたので、ルルはようやく泣き止んでうなずくことが出来ました