第一章 第一節
あるところに、一人の女の子がいました
名前は『ルル』と言い、年の割にはちっぽけで痩せていました
真っ黒でボサボサに伸びた髪に、新雪のように白い肌
大きな目はとても無垢な冬の空の色で、ただ静かでした
そして彼女は今、何もない場所で静かに浮かんでいました
( 『何もない』というのは、本当に何もないということですよ)
周囲は真っ暗、でも不思議なことに光もないのに目が良く見えて
どこからか聞こえる、ドーン、ドーンという太鼓の音が、ルルを安心させてくれる
とても暖かくて、優しい空間
と、急に大きな機械の音が響き渡り、その暗闇の中に一筋の光が差し込んでゆっくりと
ゆっくりと、ルルを照らし始めました
ルルが不思議そうに眺めていると大きな揺れが響き、ルルの身体は光の中へと吸い込まれていき
そして、噴き出す水の中からルルは放り出されました
固い床の上で咳き込みながらルルが目を開けると、そこは薄暗い奇妙な部屋
低い機械の音がうっすら響き、赤い錆だらけで薄汚く狭く、形あるものといえばルルが放り出されてきた大きな大きな排水管と汚いカーテンぐらい
ただ、こんな奇妙な部屋をより一層奇妙にしている、大きな木の扉だけは非常に綺麗です
ルルは不安でいっぱいになりましたがとりあえず、ずぶ濡れの髪と身体をカーテンで拭くことにしました
そこで気が付いたのですが、どうもルルは酷く汚れた粗末な衣服しか身に着けておらず、しかも裸足でした
そのせいかとても寒くて、とても心細くなってきましたし、水から放り出されたときにぶつけたのか腕や足が痛みます
(どこなんだろう、ここ。お菓子屋さん、じゃないよね)
ルルはふとそんなことを考えてみましたが、ちっとも検討がつきません
ともかく、ルルは震える身体をさすりながら外に出てみることにして、扉のほうへ近づいてみました
近くでよく見てわかったのですが、黒くて丸いドアノブが付いた、見事な白樺の扉のようです
(もっとも、ルルは白樺なんて知りませんけどね)
ルルはちょっぴり怖がりながらも、ドアノブを掴んでひねってみました
すると、びっくりするぐらいに軽く、弾みでルルが尻もちをついてしまうほど軽く、ドアノブが外れてしまいました
お尻をさすりながらルルが何が起きたのかと見てみると、掴んでいたドアノブは不思議なことに別の形になってい
ました
それはルルのちっぽけな手ぐらいの大きさで、黒い輪の持ち手と、同じく黒いツタのような透かし細工の丸い籠、そしてその中にはちっぽけロウソクが入った、懐中時計みたいなランタンでした
なによりも不思議なのはルルがそのランタンを持ち上げると、同時にちっぽけな火が勝手に点いたことでしょう
ルルが呆気に取られていると、耳障りのいい音と共にちょっぴりだけ扉が開きました
そう、ちょっぴりだけ
まるで「早く追いでよ」と外が誘っているように、ちょっぴりだけ開きました
そしてルルはそれに応じるように、ランタンをしっかりと握りしめながら
ゆっくりと扉を押し、外へと出て行きました