婚約破棄?願ってもないことです!
「リナリア!お前のような女との婚約は破棄だ!」
「え、いいんですか!?やったー!!」
玉座に座る陛下の横から階段下にいる私を指差し、声高らかに宣言するのはこの国の王子、アルバン殿下。
そして、その宣言を喜んでいる私は聖女だ。
少し前までただの町娘だったが、なんの前触れもなく聖女の力に目覚め、城に知らせたところ呼び出され、陛下に謁見した時には既にアルバンとの婚約が決まっていた。私の意思は関係無しの決定事項。
そして今は、国内外の主だった貴族の皆さんが揃っている、私とアルバンの婚約発表パーティーが始まったところだ。
「アルバン!お前は何を言っているのだ!」
玉座に座っていた陛下が声を荒げる。アルバンから事前に相談はなかったらしい。
「父上!この聖女とは名ばかりの貧民と結婚するなど、私は嫌なのです!私は、このロザリーと結婚します!」
ほう?
こちらも嫌なのです!
「ロザリー?誰だその娘は?」
肩までのふわふわの髪をした可愛い系の女性は、アルバンの横で微笑んでいる。
「デュモン男爵令嬢です、父上!そこの貧民とは比べ物にならぬ美しさでしょう?」
たしかに美しいよ?出るとこ出てるし?こっちはささやか程度ですからね!
「聖女というわりに何もしないこの穀潰しの貧民とは大違いで、私を労り癒してくれるのです!」
酷い言われようだな。何もしない穀潰し、ね。まったく、何もしてないのはお前だろうが!
公務と言っては町に降り、目についた好みの娘に同衾を無理強いさせる無能王子。手をつけられた娘の中にはショックのあまり命を絶った者もいるらしい。
そんな、最低無能王子と結婚だなんて本当に嫌だったから、自分から破棄すると言ってくれて良かったわ。
「聖女が何もしておらぬだと!?この…っ大馬鹿者が!!」
「ひぃっ!」
ピシャーン!という効果音が似合いそうな陛下の雷が落ちた。直後に無能王子の情けない悲鳴も聞こえた。
「何もしておらぬどころか、常に聖女の力を使ってもらっていたのだぞ!お前にだ!!」
「…は?」
「お前が無能と呼ばれていることは私も知っていた。節操が無いのもな!そのせいで要らぬ災いを招いた事も、腐っても我が子と思い助けてやっていたというのに!」
「え?要らぬ災い…助け…?」
「それを…ここまで何も気づかず、剰えその為に力を使い続けてくれている聖女に対する暴言と無礼の数々…!」
「ぶ、無礼なのはリナリアです!婚約が決まったというのに床の相手もせず…」
「当たり前だ!婚約が決まったからと同衾する者がどこにいる!!…もうよい…お前はダメだ…聖女リナリア、今まですまなかった。力を使うのは止めてよい」
心底疲れた様子の陛下に同情する。
わかるよ、言葉は通じるのに話が通じないもんね。
「よろしいのですか?今やめてしまうと最悪の結末を迎えますが…」
まぁ、一応確認してからね。
「構わぬ。十分すぎるほど猶予は与えたのだ、あれはもう要らぬ」
「わかりました。では」
確かに、アルバンがいなくても、他にも王子がいるしね。
先立たれた最愛の王妃様の忘れ形見だったから甘やかしてしまったんだろうな。
私はアルバンの方を向くと、水平に切るように手を動かした。
すると、最初は微かだった腐ったような臭いが辺りに広がり、貴族の方々がざわつき始めた。
「みなさーん!慌てなくて大丈夫ですよー!みなさんには危害が及ぶことはありませんので落ち着いてくださーい!」
遠くまで聞こえるように大きな声で知らせる。パニックにならないといいけど大丈夫かな?
危害が及ぶのはアルバンだけだ。
「なんだ!?酷い臭いだ…っリナリア!お前何をした!!」
「何もしてませんよ?それより、愛しの彼女を気にしなくていいんですか?」
「は?ロザリー…っ!?ひっ、ひぃぃぃッ!!!!」
やっと気づいたみたい。
アルバンは腕を掴んでいたロザリーに視線を向けると情けない悲鳴をあげた。今にも腰を抜かしそう。
そりゃあ、叫びたくもなるわね。遠巻きに見ていた貴族の方々も悲鳴をあげてるもん。
今まで私が抑えていたモノ。
それはね…。
ロザリーと呼ばれた女性は、アルバンが紹介した先ほどとはあまりに違う姿に様変わりしていた。腐れ落ちた肌から覗く剥き出しになった骨や歯、暗く濁り淀んでいるがアルバンへの憎悪が溢れる眼。
「私が抑えていたのは死霊ですよ、アルバン殿下」
アルバンに弄ばれ蹂躙され、命を絶った女性たちの怨みの集合体があのロザリーだ。
「ロ、ロザリーは、デュモン、だ、男爵の…っ」
腕に絡みつくロザリーを振り解こうと必死のアルバン。
「デュモン男爵なんていないですよ?よく思い出してください」
「な、に?…あ、そうだ…デュモンなどという男爵はいない…!」
「死霊に騙されてたんですよ」
デュモン男爵などこの国にはいない。
アルバンに近づく為に都合の良い記憶を周囲に刷り込ませていただけだ。
「殿下に呪いの影が見えたので、聖女の力で加護をかけていました。ですが、それを解除したので殿下の身を守る物はありません。死霊からしたら待ちに待った復讐の好機ですね」
「た、助けてくれ!」
「…私は、聖女とは名ばかりの何もしない穀潰しですから?」
「悪かった!俺が悪かったから!助けてくれ!!」
必死の形相で泣きついてくるアルバンに微笑む。
「もう手遅れです。諦めて今までの罰を受けてください」
アルバンは目に涙を浮かべ、絶望的な顔で周囲に目をやるが、周りの者は誰も目を合わせようとはしなかった。勿論、陛下も。
完全に見捨てられたのだ。
「い、嫌だ…いやだぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
アルバンの足下から黒いモヤが湧き、もがくアルバンの体に絡みつくロザリーがアルバンを引き摺り込んでゆっくりと沈んでいく。
最後まで必死に伸ばされたアルバンの指先が完全に沈みきると、今起こっていたことが嘘だったかのように、周囲はしんと静まりかえっていた。
アルバンは死霊に地獄へと連れて行かれた。女性の怨みは怖いんだよ、アルバン。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「女性を弄んで死に追いやった罰だ、ざまぁみろ」