転生編2
転生してから五年が経った。
あっという間だったが、それでも前世のように無駄な時間を過ごしたつもりはない。
毎日精一杯のことはしてきたつもりだ。
「うおりゃっ!」
「まだまだ腰が入っとらんぞ」
木剣と木剣がぶつかり、甲高い音が辺りに響き渡る。
最近では毎日木剣を持って師匠に稽古をつけてもらっている。
師匠とは転生した日に俺を拾ってくれた年配の男性で、昔は剣術の大会で優勝するほどの実力者だったそうだ。
五歳になってからは木剣を使う許可が出たので、専らこうして剣術を磨いている。
どうして剣術なんてものを学んでいるかと言うと、この世界は剣が全ての世界だからだ。
何もかもが……とまではいかないが、大抵のことは剣で決めるのがこの世界の決まりだ。
師匠から初めてそれを聞かされた時は冗談だと思ったのだが、一度遠くの町へ買い物に出かけた時に武器屋ではなく剣屋があり、テレビにはどこかの剣術大会が映し出されていた。
歩く人々もみんな剣を持っているのも印象的だった。
それを見てこの世界は本当に剣の世界なのだと理解した。
「うおあっ!?」
「ほれ、これで終いじゃ」
吹き飛ばされて尻餅をついたところに、剣先を向けてくる師匠。
また負けてしまった。
ここまで全戦全敗。
まあ当たり前のことなのだが、それでもやはり悔しい。
もしかして転生した時に自分にも何かの力が……何て思っていた時期もあったのだが、いつの間にかそんな淡い期待も打ち砕かれるほど、自分の身体能力は普通だった。
「ほれ、そろそろ昼にするぞ」
「はい」
差し出された手を取り、その場で立ち上がる。
こんな感じで毎日剣の稽古をつけてもらい、着実に実力をつけていった。
ここで一度情報を整理しよう。
ゼロ・シームレス。
それが師匠がつけてくれた、この世界での名前だ。
因みに師匠の名前はゼニス・シームレス。
この世界は地球……ではなくイアルスという星だそうだ。
そして現在住んでいる場所はナゲータの湖と言われている場所だ。
剣術の稽古をしている場所も湖の畔で行っている。
見晴らしがよく、朝日が反射してキラキラと輝いている水面はとても綺麗で、こんな場所の近くで生活が出来ているのは本当に幸せなことだ。
師匠は隠居してからずっとここに一人で暮らしているらしく、買い物に出かける時はここから五キロほど離れた町へ行っている。
言語も生まれた時から学べたので、特に不自由なく読み書きが出来る。
そんな環境でスタートした転生後の生活だが、最近では剣術を磨く毎日を送っている。
前世では何か目的を持って取り組んだことなどほとんどなかった。
それは大人になった時に何をしたいか、何が自分に向いているのか、そういったことが分からなかったから。
とりあえず勉強はした方がいいだろう、大学を出れば将来の選択肢は増えるだろうから、大学へは行こうといった感じだった。
しかしここでは違う。
剣が全てなら、剣術を極めればいい。
剣に全てを捧げ、全てを手に入れる……とまではいかなくとも、何かの決断を迫られた時に自分の剣術で道を切り開けるくらいにはなりたい。
それが出来る世界なのだから。
単純明快で分かりやすい。
だが、だからこそ酷な世界であるとも言える。
地球のように多様化した世界なら、誰でも自分に合った道、好きな道を努力すれば選べる。
少なくともその権利はあるのだ。
しかしこの世界ではそれがない。
剣が全てということは、剣に覚えがないと生きづらい世界と言える。
性格や才能を無視し、強制的にその道を進ませる。
それは持たざる者には死刑宣告も同義だ。
「……だからって俺がこの世界を変えてやる、何て大層なことは言えないんだけど」
まあこの世界の人達はずっとこの制度を甘んじて受け入れているのだ。
それなりに解決策や逃げ道があるのだろう。
そうでなければすでに革命や何やらが起きていそうだ。
現状分かっているのはこんなところだ。
「はっ!やっ!」
掛け声を発しながら素振りをする。
前世で剣術なんてやったことのない自分は、まずは基礎からしっかり叩き込まないといけない。
最適な角度で放ち、無駄なく動く。
最小限の動きで最大限のダメージを与える。
効率厨みたいな考え方だが、現実ではやはり効率がいいに越したことはない。
「ゼロ君!」
名前を呼ばれ、声のした方を見る。
可憐な瞳、整った目鼻立ち、綺麗に手入れされた銀髪。
絶世の美少女がそこにいた。
彼女は幼馴染のシル・ジ・リスレイン。
同い年の貴族のお嬢様だ。
シルのお父さんが師匠と昔馴染みらしく、こうして遊びに来ることがある。
因みに家族にはミドルネームとしてジがつくので分かりやすい。
「また剣のお稽古?」
「そうだよ」
シルの質問に答えて、木剣を見せる。
「私もお父さんにお稽古したいって言ったら、まだ早いって言われたの!」
「うーん、確かに五歳で剣術は早いかもね」
「でもゼロ君はしてるよね?」
「早く強くなりたいからね」
「どうして?」
どうしてか……この年頃の子に説明しても分からないと思うので、とりあえず大事なことだけ伝えよう。
「この世界は剣で全てが決まる。だから剣術を極めるんだ」
「ふーん……それなら私も剣術をたくさん練習して強くなる!それでね、ゼロ君と結婚するの!」
唐突にそんなことを言い出すシル。
どうしてそんな思考に至ったのか訊いてみることにした。
「どうして急に結婚の話を?」
「剣で全てが決まるってことは、結婚も剣で決めるんでしょ?」
「それは……どうなんだろう?」
「でも私のお父さんとお母さんは、剣の試合で結婚したんだって!お父さんが勝ったから、お母さんがお嫁さんになったの!」
マジか……。
それは何とも強引な方法だな。
それでシルのお母さんは納得したんだろうか。
今では仲睦まじい夫婦のようだが、昔は違ったのだろうか。
「因みにシルのお母さんが勝った場合は?」
「お父さんがお母さんのお婿さんになる予定だったんだって」
何だよそれ!
結局相思相愛で、あとはどっちの家名にするかってだけの話じゃないか!
まあ貴族だからその辺が大事なのも分かるけど!
「……何はともあれ、リスレイン家はみんな仲がよさそうで何よりだよ」
「?」
よく分からなかったようで、小首を傾げるシル。
その後もシルのお父さんとお母さんが来るまで、しばらくシルと会話をしていたのだった。