5 選挙演説でのハプニング
ゆいは選挙運動初日に公開告白をしてしまってから、校内ではすっかり有名になってしまった。
廊下を歩けば、ひそひそとゆいの話をしている声が聞こえ、ちらちらと見てくるひとが多かった。
「もう、今度こそ、高校生活が終わったかもしれない……」
体育館の舞台裏で気落ちしているゆいを、サラはなだめた。
今日は生徒会選挙の当日だ。
「で、でも、もはやクラスだけじゃなくて、学校じゅうに私の醜態が知れ渡ってしまい……。しかも、会長にも間接的に告白してしまったというか……」
ゆいは舞台袖から、徐々に集まる生徒を見て、がくがくと震えていた。
「あ」
唐突に、ゆいの横をすっと生徒会長が通った。
選挙の準備のために、舞台の最終確認をしているようだった。
「立候補者は多くないから、もう少し席にゆとりをもてせようか。あと、マイクの音量の調整は裏でやるから、担当のひとは調整よろしくね」
「会長、トラブルです! 照明がつかないみたいで……」
「大丈夫だよ。それなら、暗幕はしないで、カーテンを開けようか。今日は晴れているから暗くならないだろうし」
「了解です!」
生徒会長は凛とした佇まいで数名の選挙管理委員の生徒に指示をだし、てきぱきと設営を行っていた。
「私も、あんなふうに、おろおろしないで堂々としたひとになりたいな……」
ゆいは生徒会長に魅入っていた。
「では、初めに、生徒会書記の立候補者。哀川ゆいさんです」
選挙管理委員会の生徒に促され、ゆいは深呼吸して呼吸を整えてから、舞台の中央へでた。
すると、全校生徒の目はまっすぐにゆいに向けられていた。その無数の視線が身体の奥まで突き刺さるようで、ゆいは心臓の鼓動が速まった。
ゆいはブレザーの内ポケットからメモを取り出した。
「みなさん、こんにちはっ! この度、生徒会書記に立候補いたしました、一年一組、哀川ゆいです。はじめに、私が立候補した理由について――」
ゆいは順調に話し始めたとほっとした。あとは予め用意しておいたメモを読み上げるだけよい、とゆいは心を落ち着かせようとした。
——ビュゥウウ
ゆいの演説が終盤に差し掛かったとき、突然、強い風が体育館の窓から吹いた。
思わず目を瞑ったゆいは、風にメモを取られてしまった。メモの紙はひらひらと舞台の下へと落ちていった。
「あ……!」
メモに気を取られた瞬間、ゆいの頭は真っ白になってしまった。ゆいはメモの内容を暗記していたわけではないので、どうすれば良いかわからなくなり、口ごもってしまった。
「え、ええと……」
体育館がざわざわとし始めた。
不審な目を向ける生徒たちに、ゆいは焦ってしまった。しかし、内容のほとんどは話し終えたので、最後に締めの言葉だけ言おうと考えた。
「み、みなさん! ……が、御存知の通り、生徒会長の高峰先輩はすごいひとです! いつも冷静で、笑顔で、えっと、指示も的確で……まさに、理想の人物像で、す、好きにならずにはいられない、というか……」
ゆいは自分の口からでた言葉にはっとしたが、つづけた。
「わ、私は、ご覧の通りのあがり症で、こんな……自分が嫌で。だから! 私も会長みたいになりたくて、その、そのために先輩を間近で観察できる生徒会に入りたいで、す! 清き一票をお願いします!」
早口になりながらも、ゆいはなんとか演説を終えた。
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その日の帰りのホームルームで吉沢先生はゆいの話をした。
「いやー、お疲れさん、哀川。まあ、当選したら哀川、頑張れよ。生徒会長はモテる」
ゆいは吉沢先生の軽口に対抗する元気もないほどに消耗していたので、何も言い返さなかった。
「まあ、選挙結果は明日の朝、昇降口に張り出されるそうだから、首を長くして待つんだな」