森の喫茶と気まぐれな1杯
ひだまり童話館さまの『もこもこな話』とKobitoさま主催の『ほっこり童話集』の参加作品になります。
おはなしの最後に、イラストと頂いたFAがあります。
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よろしくお願いします♪
「ああ、今日も喫茶日和だな」
ぽかぽかとお日さまが気持ちのいい朝に頷いた。
わたしは、絵に描いたような青空の下に、喫茶『貝殻の耳飾』の看板を出した。
さて、今日はどんな森のお客さまが来るだろうか。
ここは、大きな森の奥にある喫茶『貝殻の耳飾』。
そして、わたしは喫茶『貝殻の耳飾』のマスター、くまごろうです。
以後お見知りおき下さいね。
「やあマスター、もういいかい?」
「朝から走り込みかい。さあ、どうぞ、今開いたところだよ」
今日、最初のお客様は、ハリネズミのハリヤマ様。
汗をぬぐいながらハリヤマ様が座る。
「トゲビル大会が近いからね。今年も、トゲてるよっ! て言われたいからトゲ追い込み中さ」
「おや、もうそんな時期かね。今年もハリヤマ様の優勝なんじゃないかい?」
「はは、そうだと良いんだけどね……」
「おや、何か心配事があるのかい?」
「実は……トゲテインの味に飽きて来てしまってね」
「なるほどね」
森一番の針山の美しさを競うトゲビル大会は、毎年ハリネズミやヤマアラシが多く出場する。
ハリヤマ様は三年連続優勝をしているトゲビル界を牽引する存在だ。
しかし、針山を艶やかに逞しく、そして美しく魅せる為のトゲテインに飽きてしまうのは大問題だろう。
わたしは、庭先で大きな苺を数粒摘み、苺果汁を絞り、トゲテインと混ぜ合わせ、ハリヤマ様の前に、ことり、と置いた。
「こういうのは、どうだい?」
薄ピンク色のトゲテインの匂いをくんくん嗅ぐと、ハリヤマ様は、漢らしく一気に飲み干しました。
「マスター、最高に旨いよ! これなら毎日飲めそうだ」
「それは良かった。バナナやヨーグルト、ココアと合わせても良いと思うよ」
「マスター、ありがとう! これはお礼だよ」
「またのお越しを」
ハリヤマ様は、お礼にトゲビルの大会のチケットを二枚置くと、トゲッスル、トゲッスルと叫びながら走り出しました。
わたしもトゲビル大会の掛け声を練習して、応援に駆けつけましょう。
今年もハリヤマ様が優勝出来そうな予感がしますね。
次のお客様は可愛い蝶々の三姉妹。
ひらり、ひらり、と優雅な三姉妹は、生けてある菜の花に優雅に羽を休める。
長女のモン様と次女のシー様、末っ子のロー様が揃うと喫茶『貝殻の耳飾』が華やかになりますね。
「ねえマスター、マスターはどの花の蜜が一番美味しいと思う?」
「私はね、レンゲの花だと思うの」
「私はね、アカシアの花だと思うのよ」
「私はね、たんぽぽの花だと思うわ」
「なるほど、これは難問ですね」
ふむふむ、三姉妹の意見が合わずに、わたしの意見を聞こうとなったのですね。
小さな蜂蜜のツボを取り出し、ハニーディッパーで淡い桜色の蜂蜜をそっと掬い、花模様の小皿に垂らすと、三姉妹の前に、ことり、と置いた。
「今なら、桜ですかね」
三姉妹が「まあ……!」と息を合わせたように、息を呑む。息がぴったりですね。
「朝露がキラキラした今朝、池の回りの野ばらに住んでいた蜜蜂のミツ家のお嬢様が、無事に分蜂し、巣立たれたそうですよ。そのお祝いで振舞われていた桜の蜂蜜です」
三姉妹が口のストローを伸ばし、桜の蜂蜜を吸い始める。
「お祝いは、やっぱり桜よね! この桜色も素敵だわ」
「分蜂祝いの時にしか、この桜色の蜂蜜は作らないものね」
「ええ、流石マスターね。これが一番だわ! ねえ、今からハーニちゃんの新居に遊びに行って見ましょうよ」
三姉妹が桜の蜂蜜を飲み終えると、ひらりと舞い、わたしの指に止まると、四つ葉のクローバーをお礼に置いて行く。
「またのお越しを」
わたしの声は、三姉妹がひらりと舞い去る青空に溶けていった。
次のお客様は、少し怠そうな白山羊のシーロ様。
シーロ様が、胃を押さえながら椅子に座ります。
「黒山羊のクーロと利き紙をしていたら、夕べは深紙をしてしまってね……あいたたた」
「それは二日紙酔いで、辛いですね」
「ええ、全く……いててて。でも、今の紙は素晴らしくて、ついつい話が弾んでしまいました」
「針葉樹パルプで作られる紙が、やはり良いのですか?」
「そうですね、松や檜の針葉樹も大切ですが、ユーカリやアカシアの広葉樹パルプとのバランスが取れていないと、良い紙とは言えませんね。風味や舌触りも大切ですので」
「なるほど。紙は、奥が深いんですね」
「ええ、最近はサトウキビや竹などを材料にした紙もありますからね。マスターが利き紙を試したくなったら、いつでも声を掛けて下さいよ」
わたしは、ありがとうございます、とシーロ様に伝えながら、森で摘んだばかりの新芽と若芽を数種類、それに先程頂いた四つ葉のクローバーを軽く刻むと、ミキサーにかけた。
青々とした若草色の液体をグラスに並々注いで、シーロ様の前に、ことり、と置いた。
「シーロ様は、利き草も得意ですか?」
わたしの言葉にシーロ様は「挑戦してみましょう」と目を細めて笑う。
シーロ様は、グラスに鼻を近づけて香りを嗅ぎます。「ああ、いいね」と頷くと、軽くグラスを回して空気を含ませてから再度香りを嗅ぎます。最後に一口含み、舌の上で転がすように味わいます。
「素晴らしい春の訪れを感じさせる味ですね。そうだな、口に含んだ瞬間に、爽やかな甘みを感じるから、桜と梅と桃の新芽だね。後味に、春独特のほのかな苦みを感じるから、ヨモギやたんぽぽも入っているね。ああ、だけど……隠し味に何か入ってるね。うーん、これは何だろうな?」
目を瞑り、もうひと口含んだシーロ様ですが、口角がニィと上がり、四角の瞳孔が益々四角になりました。
「幸せな味、ズバリ、四つ葉のクローバーだね!」
「お見事です」
全ての草を当てられるとは、シーロ様の鋭利な舌には驚かされました。
「マスター、お陰で二日紙酔いの胃もたれが、すっかり良くなったよ。折角だから春の森へ、草バイキングに向かおうと思うよ」
「それは、素敵ですね。またのお越しを」
元気になったシーロ様は、お礼に上質紙の束を置いて行きました。
次のお客様は、うさぎのうさっこ様。
目の縁の色濃い隈を擦りながら、腰を下ろしました。
「マスター、私が寝そうになったら、これで叩いてくれない?」
うさっこ様が大きなハリセンを、わたしに差し出しますが、受け取るのを躊躇いました。
これは、困りましたね。
「……理由を伺っても宜しいでしょうか?」
「私は、絶対眠ってはいけないの」
「何故、眠ってはいけないのですか?」
「マスターは、うさぎ族の悲願だった再戦レースが行われるのを知ってる?」
「ええ、勿論です」
「その再戦レースで走るのがね、私なの」
「それは大役でございますね」
大昔、うさぎと亀のどちらが速いか競争をして、うさぎが負けてしまった。うさぎ族にとって悲願の再戦レースが百年ぶりに行われる。
「私はね、亀に負けたうさぎの直系の子孫なの。やっと、ご先祖様の雪辱を果たせるのよ。亀族には、絶対に負けないわ!」
わたしは、うさっこ様の言葉に、なるほど、と頷きながら、小さなミルクパンに搾りたての牛乳を入れ、火にかける。
「ご先祖様が負けたのは、眠ってしまったからでしょう? だから私は、眠らない練習をしているの。もう三日寝てないの」
「なるほど」
温まった牛乳に、とろりと蜂蜜を加え、よく溶かします。マグカップに注ぎ、シナモンパウダーを少々振りかけた物を、うさっこ様の前に、ことり、と置いた。
「ハリセンを預からせても宜しいでしょうか?」
頷いたうさっこ様からハリセンを預かる。
うさっこ様が、ふうふう冷ましながら、ゆっくりマグカップを傾けていくのを眺める。
飲み終わる頃には、うとうと、と舟を漕ぎ始めるうさっこ様がおりました。
「ま、マスター、早くハリセン、して……」
「いいえ、レディにハリセンは出来ませんね」
「ふえ? じゃあ、自分でやるから、返して」
駄目ですよ、と首を横に振ると、うさっこ様が目に涙を浮かべる。
「うさっこ様、よく聞いて下さいね。うさぎ族は、お昼寝をするものですよ」
「ふ、ふえっ?」
大きな赤い目をぱちくりさせ、驚いた様子のうさっこ様。
昔からうさぎ族は、薄明薄暮性で、明け方や夕方から夜は活発的、午後はお昼寝をしていることが多いのです。
「そ、そう言えば、いつもこの時間はお昼寝しているわ」
「そうでしょう? 普通に走るならば、うさぎが亀に負ける筈がありません。前回もレースの時間を指定されたのは、亀ではありませんか? 相手は万年生きる亀ですから、うさぎ族の習慣を利用したのだと思いますよ」
「マスター、どうすればいいのかしら?」
「まずは睡眠不足を解消しましょう。その後は、早寝早起き、昼寝をしない習慣を身につけて、再戦レースに臨まれれば、勝てると思いますよ」
お勧めのホットミルクのレシピを、先程頂いた上質紙にさらさらと書いて、うさっこ様に手渡しました。寝不足は、美容の大敵でもありますからね。
うさっこ様から、お礼に大きなハリセンを頂きました。大きな欠伸をして、丸いしっぽをふりふり揺らしながら立ち去る、うさっこ様の背中に声を掛けました。
「お休みなさい。またのお越しを」
夜が更けて参りました。
最後のお客様は、アライグマのアライ様。
悲壮感たっぷりと席に着かれました。
「マスター、またやっちゃった……」
「今度は何をされたのですか?」
「うう……南の島から来たライオン王族のたてがみに小枝が絡み付いててさ、綺麗にして欲しいって言われたから、小枝を丁寧に取り除いて、もこもこの泡で綺麗に洗った後、似合うかなと思ってドレッドヘアにしたら——凄まじい咆哮でさ!」
「なるほど」
「ライオンは怒り狂って吠えまくるし、床屋の店長には明日から来なくていいって言われちゃったよ」
アライグマのアライ様は、もこもこした泡で洗うのは得意なのですが、思い込みで勝手に色々やってしまう癖があるのです。
はあ、と深いため息を吐くアライ様。
「なあマスター、ドレッドヘアじゃなくて、三つ編みにかわいいリボンを付けるのが、正解だったかな?」
わたしは手元にあった大きなハリセンで、思わずツッコミました。
——スパーン
「なんでやねん!」
とても良い音が鳴りました。
アライ様、正解は洗うのみですよ。
三つ編みにかわいいリボンをされて喜ぶのは、絵本の中の雄ライオンだけだと思います。
おっと、アライ様が驚き固まってしまいました。わたしのツッコミが鮮やか過ぎたようですね、申し訳ありません。
小鍋にココアを入れ、弱火でよく煎ります。色が濃くなり、香ばしい匂いが漂ってきたら一度火を止め、牛乳を少し加え、艶が出るまで練ります。ここが一番大切ですので、焦がさないように慎重に行います。
牛乳を加え、ココアが溶けたら弱火にかけ、静かにココアをかき混ぜます。沸騰寸前で火を止め、ココアを大きめのマグカップに注ぎます。
アライ様の好きな、もこもこに泡立てた生クリームを乗せたら完成です。
じっともこもこココアを見ているアライ様の前に、ことり、と置きます。
「アライ様の、運命のもこもこ糸は、他にありますよ」
もこもこココアを、こくこくと飲み干します。
アライ様にもこもこ髭が出来たのはお約束ですね。
「マスター、元気出て来たよ、ありがとう! 明日から仕事探しを頑張るよ」
「それなのですが、良ければ、喫茶『貝殻の耳飾』で働きませんか?」
「えっ? いいのかい?」
「ええ、実はわたし——洗い物が苦手なのです」
ちらりと流しに視線を送ると、アライ様も顔を向けました。洗い物が山になった流しを見て、あちゃ、と顔をしかめるアライ様。申し訳ありません。
「今から働くよ。こんなやり甲斐のある職場はなかなか無さそうだからね」
「それは有難いです。あと、一つだけ条件があるのですが……」
「なんだい?」
「わたしと一緒にトゲビル大会の観戦に行って頂けませんか? チケットを頂いたのですが、誰をお誘いするか悩んでいたのです」
「そんな事なら、お安い御用だ。早速、洗い物をさせて貰うよ」
アライ様が、洗剤とスポンジを使い、もこもこの泡を泡立てると、あっという間に洗い物がピカピカになりました。
流石、洗うのが得意なアライグマですね。
貴方も喫茶『貝殻の耳飾』に遊びに来ませんか?
マスターのくまごろうと、洗い物担当のアライグマのアライがお待ちしております。
えっ? 場所はどこにあるのか――?
それなら、花咲く森の道をまっすぐ歩いたところにございますよ――。