パンツ&マジック
また数時間ほど経ったような気がする。
日が昇ってきた。朝だ。
異世界生活二日目。今日はどんなヘンテコな出来事が起こるのだろうか。いや、既に先程のロリコン紳士とのエンカウントだけでも十分にヘンテコなのだが、すでにオレはこの世界に一定の耐性ができてきたらしく、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなってきていた。
「ふぁぁ……」
ゾンビ騒ぎとロリコン紳士のせいで寝不足なオレは村の外をぼーっと眺めながらあくびをした。朝の空気がなんとも美味い。村の外に広がる森に小鳥のさえずる声が響いている。平和だ……。
しかし、こんな時間に村に帰ってくる人はいなそうなので、もしかしたら村の外よりも中を向いて立っていたほうがいいのかもしれない。それかいっそまた柵にもたれて居眠りするかな? 口うるさいミョルニルの野郎はまだ寝てるようだし。
そんなことを考えながらオレが村の方に視線をやると……。
――ダダダダッ!
と土煙と共に何かが走ってくる音が。
「いっけなーい遅刻遅刻ぅー!」
「なんかきたぁぁぁぁっ!」
は、速すぎる! ぶつかる危な――
「ぶべらっ!」
そいつはオレに思いっきりぶつかり、オレは数メートル飛ばされて木の柵に尻を打ちつけ、ぶつかってきたバカもその場で尻もちをついて頭をぶんぶん振っている。お尻とお尻でお知り合いってやつだ。
オレは立ち上がると、打ったお尻を擦りながらそのバカに歩み寄った。
ってこいつは……!
そいつはまさに『女子高生』って感じの少女だった。
茶色の長めの髪を後ろで縛り、紺色のセーラー服を身につけている。そしておまけに口にはお決まりの(お決まりの?)食パンをくわえているし、ぶつかった拍子にか分からないけど、短めのスカートが乱れて大変なことになっている。大変なことというのは、見えてはいけないものが見えてしまっている。オレが幼女で助かったな。
「……おはようございます。ここははじまりのむらです」
とりあえず声をかける。
「……い、いたたたぁ」
女子高生は食パンをくわえたまま器用に話す。
「あのぅ、大丈夫ですか?」
主に頭は大丈夫ですか? そしてスカート直せ。
オレが女子高生に手を差し伸べると、女子高生は潤んだ瞳でこちらをじっと見つめながら――
――トゥンク♡
女子高生の心音がハッキリと聞こえてしまった。いや、トゥンクじゃねえよ! なに幼女にときめいてるんだ! アホなのか? いや、そもそも食パンくわえて走ってる時点でまともではないか。あとスカート早く直せ!
「私の名前はジョシ・コーセー。どこにでもいるごく普通の女子高生。でも大変! 今日は大切な高校の入学式なのに寝坊しちゃった! 私が学校へ急いでいると、曲がり角で誰かとぶつかってしまう! 見るとそこには可愛い幼――ぶべらっ!」
メイコのようじょキック! ――――▼
ジョシ・コーセーに216のダメージ! ――――▼
ダメだこりゃ。勝手に乙女ゲームのオープニングを始めやがった。典型的な話が通じないタイプのやつだ。
女子高生は蹴られた顔面を手で押さえて呆然としていたが、やがて
「蹴ったね! お父さんにも蹴られたことないのに!」
「あなたがアホなこと始めるからですよ! あと早くスカート直してください!」
「え、ああこれ? やっぱり男の子相手じゃないと効果ないみたいだね」
計算ずくだったのか? やはりな。とんだクソ〇ッチじゃねえか!
女子高生はくわえていた食パンを掃除機のように口の中に吸い込みながら立ち上がると、ホコリを払うと見せかけて、これ見よがしにスカートをバタバタとさせた。
はいはい、白ですね白。嫌でも目に入る。
「用がないならさっさと高校に行ってくださいよ。遅刻しそうなんでしたよね?」
「あっ……そうだった! じゃあねー可愛い幼女ちゃん!」
女子高生は小脇に抱えていたスクールバッグから、なぜか食パンをもう一枚取り出すと、口にくわえて「ちこくちこく〜!」と叫びながら土煙を上げて走り去っていった。
「なんなんだあいつは……」
『あいついっつも遅刻してんな』
あ、ミョルニルさんおはようございます。あとそれは昨日も聞きました。
『なんでも、ああやって一日中パンをくわえて走り回って、ぶつかった人と強制的にイベントを発生させるのが仕事らしい』
「じゃあ高校行ってないじゃないですか!」
『うむ、そんなところに行っている様子はないな』
一日中走り回りながら、パンとパンツを見せつけて回るとは、さすがの頭のおかしさだ。今までこの世界で出会った頭のおかしい奴らの中でも、頭おかしいランキングトップに位置づけておこう。
またしばらくすると、今度は昨日の白髪爺さん――ロウ・ガイがジャージを身につけて小走りに走ってきた。朝からジョギングだろうか。異世界でも老人は元気だ。
ロウはこちらに視線を向けたが、オレは咄嗟に目を逸らして絡まれないようにした。するとロウは何を思ったのか、ミョルニルが突き刺さっているところにやってくると、なんとジョボジョボと立ちションを始めた。
『……ん? なんだあったかい……って、あ、あぁぁぁぁぁぁっ!? 少しうとうとしてたら、なんてことしやがんだこのクソジジイ!』
ミョルニルは慌ててロウの前から逃げ出したが、その棒部分にはしっかりと爺さんのションベンがひっかかっていた。
「くくくく……ふひひっ」
昨日からオレにパワハラしていた報いを受けたな。反省しろクソ看板。
「忌々しい立て看板め、これに懲りたら二度とワシの邪魔をするでないぞ!」
どうやらロウは昨日のことを根に持っていたらしい。
『ジジイが舐めやがって! こうしてくれる!』
ミョルニルは空中でブンブンと回転して、ひっかかっていたションベンを撒き散らした。うわやめろ! こっちに飛ばすな!
「ふはははっ! 効かぬわ!」
ロウは今日は杖の代わりに持っていたビニール傘を広げてミョルニルの攻撃を防ぐ。なんで異世界にビニール傘があるのかとか考え始めたらキリがないのでここはスルーしておくぞ。
『きーっ! これでもくらえっ!』
ミョルニルが昨日ゾンビに放った攻撃――光の攻撃を放つ。
しかしその攻撃はロウに当たることはなく、途中でグニャッと方向を変えて、ちょうど通りかかった違う人物に命中した。
『あ……』
「うぐぁぁぁぁっ! これは効いたぞ! 洞窟でオークどもに散々辱められた時以来の苦痛かもしれん!」
「キシ姉さんーーーっ!」
どっと膝をつく女騎士と、悲鳴を上げながら姉に駆け寄る女神官。もしかしてあれか? 女騎士が全身に身につけている鉄の鎧が雷を吸収する要領でミョルニルの攻撃を吸収してしまったのか?
「今治療しますからね!」
女神官は左手で杖を構えると、右手でビシッと目元でピースサインをキメて
「みゅーじっく、すたーてぃん!」
……は?
「ズッチャ♪ ズッチャッチャッ♪ ズッチャ♪ ズッチャッチャッ♪」
とボイスパーカッションを始めた。完全に煽っているようにしか見えない。そして
「ピリカピリララ ポポリナペペルト♪ パイパイポンポイ プワプワプー♪ パメルクラルク ラリロリポップン♪ プルルン プルン ファミファミファー♪ ピピット プリット プリタン ペペルト♪」
と、ラッパーのポーズでリズムにノリながらノリノリで呪文を唱え始めた。長ぇなおい。しかもヘンテコな呪文だ。女神官が金髪の優しい美少女じゃなかったらぶん殴ってたところだ。
「キュア!」
女神官が杖でポンと女騎士の頭に触れると、女騎士の体を優しい緑色の光が包み込んだ。
唱え方は完全に不審者とはいえ回復魔法だろう。さすが神官だ。とりあえず騎士のほうは無事そうだな。
『……すまないことをした。ついカッとなって』
「ワシゃ知らん」
しゅんとしながら女騎士の傍に降り立ったミョルニルを後目に、ロウは傘を振り回しながら悠々と村を出ていく。しかし、皆女騎士が心配なので誰も彼を追いかけることはしなかった。