ファンタジー好きの下克上〜最強になるためにはおトイレも我慢しないといけません〜
ハゲ村長、バグりイケメン、老害、オタクロリコン紳士……この村の住人はキャラが濃すぎる。
ん? ちょっと待てよ?
「もしかしてだけど」
『もしかしてだけど?』
「この村って男しかいないんじゃないの〜?」
『は?』
「そーいうことだろ」
『そんなことはない』
オレの予測はミョルニルによって呆気なく否定された。
「でも、この世界に転生してから、出会う人は全員男なんですけど」
『たまたまだ。実際我は何人もの女に出会ったことがある』
「ほ、ほんとですか!?」
『あぁ、ほらウワサをすれば、来たぞ』
おぉ!? ついに初の女子との遭遇か!? オレは目を凝らして村の外を凝視した。どんな可愛い子が来るんだろう。いや待て、ここはミカエルの作った世界。ということは、またヘンテコなやつがやってくる可能性だって……
ん? なにかが土煙を上げながら猛スピードで走ってくる。
「いっけなーい! 遅刻遅刻ぅー!」
びゅーん!
と、擬態語で表現するならそんな感じだろうか。目の前をなにかが物凄いスピードで通過して行き、村の中に入っていった。呆気に取られて挨拶することも、そもそも女の子なのか確認することすら出来なかったが、通り過ぎざまにドップラー効果を伴いながら聞こえた声は恐らく女の子の声だ。
「なんだったんだ……」
『あいついっつも遅刻してんな』
「速すぎて声掛けられませんでした」
『まあそういう時もある。次は気をつけろ。特別に尻叩きは十回で許してやろう。尻を出せ』
「あぁぁぁぁぁぁっ!?」
結局オレはミョルニルに尻を叩かれ、その場でぴょんぴょん飛び跳ねながら悶絶することになった。……誰か、誰か火炎放射器を持っていないか? 今すぐこのふざけた立て看板を焼き払いたいのだが!
日がだいぶ傾いてきた。かれこれ半日近く立っていただろうか、当然オレは疲れてきた。と同時に、オレの身に避けがたい事象が発生していた。
「あのあの、ミョルニル様」
『……』
「あのあのあの!」
『なんだキャベツ幼女、騒がしいな。居眠りの邪魔をするな』
寝てたんかい! 気楽でいいな! こっちは真面目に突っ立ってるのによ!
って、今はそれどころではなかった。
「あの、……私、おトイレに行きたいのですが!」
『……は?』
「だから、おトイレに行かせてください! ずっとここに立っててもうそろそろ限界なんですけど」
『……我慢しろ、仕事中だぞ』
あぁぁぁぁぁぁっきちくぅぅぅぅぅっ!!
「ミョルニル様の近くでしますよ!?」
『そしたら我は逃げるだけだ』
……オレも逃げよ。やってられんわこんな仕事。だいたい何が悲しくてこんなパワハラ鬼畜立て看板のもとで働かなきゃいけない? しかもこの世界の人間はよく分からないヤツらばっか! こんなの転生せずに大人しく死んだ方がマシだった。
『言っておくが、逃げようとしたら……分かっているな?』
「……知るか!」
オレは逃げた。まっすぐに村の外に……。こんな村出てってやるっ!
――ゴンッ!
いってぇぇぇっ!
柵の切れ目から村の外に駆け出そうとした瞬間、オレはなにか見えざる壁のようなものに顔面からぶつかった。目の前に星が舞う。一体何が起きやがった。
『愚かな。『説明子』である貴様が村の外に出れるはずがなかろう!』
「マジですか」
『マジです。それが説明子に付与されている制限だ。その代わり村の中にいる限り余程のことがない限り死なんが』
なんと不便な制限!
『というわけで、余程のことがない限りしなないキャベツ幼女には、とっておきのお仕置ができるということ……だぁぁぁぁぁっ!!』
「やぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇっ!?」
村にまたしても幼女の断末魔の悲鳴が響き渡った。
「……ぐすっ、酷い、なんてことするんだ」
すっかり真っ暗になってしまった村で、オレは嘆いた。いやこれは幼女だろうと幼女じゃなかろうと泣きたくなる。
『全く、服を綺麗にするのも魔力が必要なのだぞ』
と、反省した様子のないミョルニルのアホ。結局このパワハラヤローにおトイレに行かせてもらえることはなく……ひたすらお仕置きとか言いながら追い回された。
「はぁ……」
ため息しか出ない。あとはもうご想像どおりだ。しかし幸い(?)にも、ミョルニルがオレの服を魔法で新調してくれたので、寒空の下で幼女が裸で晒されるという頭のおかしな事態は避けられた。……のだが。
オレは胸の前で腕を組んでそれを隠すしかなかった。こんなの恥ずかしすぎる。
ミョルニルの新調した服にはなんと胸の部分にでかでかと「私はおトイレを我慢できませんでした」と黒文字で書かれていた。
誰か、誰か油性ペンを貸してくれ。このふざけた立て看板に男性器を落書きしてやる!
「お腹空いたんですけど」
『……は?』
「このままだと餓死します」
『……あっ、ほらまた来たぞ』
「あっそ」
もう知らんもんこんなやつ。
『ほーう、そういう態度取るなら……』
「嘘です嘘です! やりますちゃんと!」
まあ、オレが車で数年間一人で孤独だったんだから、多少のことは目をつぶ……れる域を超えてるよなさすがに!
オレは夜目が効かないので、村の外に視線を向けながらも、足音がするまで相手の存在を確認できなかった。が、ザッザッザッザッという足音が近づいて相手が近くまでやって来ると、村の家々から漏れでる明かりで相手の容姿が確認できた。どうやら二人組のようだ。
「やっと帰ってこれたぞぉぉぉ」
「お疲れ様です、姉さん」
おおっ! 姉妹っぽい。美少女なのかな? 姉さんと呼ばれた方は赤髪で鎧のようなものを着ており、妹の方は金髪でローブを着て、杖を持っている。ザ・ファンタジーだ! 異世界はこうでないと! 老害とかオタクとか、訳の分からない奴らしかいない村なんか……。
「こんばんは! ここははじまりのむらです!」
テンションの上がったオレは挨拶も自然とできた。暗いとはいえ、見えなくはないので相変わらず腕を胸から外せなかったけど。
「おっ、シンカン。こんな時間、こんな所に可愛らしい女の子がいるぞ! これは事件の匂いがしないか?」
「いえ、キシ姉さん。この子は『説明子』さんですよ。24時間365日、村に入ってきた人に挨拶をしなければいけないという大変な職業なのです。……メイコさん、お疲れ様です」
妹の方はオレの前にしゃがみこむと、にっこりと微笑みかけた。金髪の美少女……可愛い!
でも、名前! さっき呼びあっていたがもしかしてこいつらは……。
「女騎士……女神官……?」
「なんだ?」
「はいっ」
やっぱりかぁぁぁぁっ! ミカエルのやつ、ネーミングセンスが……ネーミングセンスが単純すぎる! なんで女騎士がオンナ・キシで、女神官がオンナ・シンカンで姉妹なんだぁぁぁっ! 目の前の神官さんの美少女っぷりが2割引されたような気がする。
『あひゃひゃひゃ』
おいこらオレの反応を見て笑うなミョルニル。ノコギリで切り倒すぞ。
「メイコさん、お腹すいてないですか? これ、つまらないものですが、私たちがオークから奪ってきたものです」
と、神官さんがなにやら包みをオレに手渡してきた。めちゃくちゃ優しいじゃんこの子!
「あ、ありがとうございますっ!」
オレは泣きそうになりながら、その包みを受け取った。しかし、神官さんの笑顔はそのまま凍りついている。あれ、どうしたのかな?
そしてオレは気づいてしまった。……包みを受け取るために、胸から腕を離してしまったことに! あぁぁぁぁぁぁっ!? よりにもよって美少女にまずいものを見られたぁぁぁぁぁっ!?
「……あぁ神よ、このか弱い幼女にどうか御加護を……」
なんか哀れまれてる!?
「ふん、まあ生きていればそんなこともある。私なんか何度オークに襲われたことか。そのおかげで今ではすすんでオークを狩れるほどまで強くなれた」
女騎士にまでフォローされた。
「……殺してください」
「や、ダメだぞそんなことを言っちゃ」
「そうですよ! 生きていれば必ずいいことがあります!」
「そうじゃなくて、殺してほしいなら『くっ、殺せ!』って言わないとダメだぞ」
「それは殺されないフラグですよね姉さん?」
「あっ、よく考えてみたらそうだな……ところでシンカン、私も腹が減った」
「そうですね。帰ってご飯にしますか。……それではメイコさん、また明日」
とかいうよく分からないやり取りをしながら、姉妹は家へ帰っていった。