オタクですが、なにか?
それからしばらくの間、オレはミョルニルの隣でひたすら村に出入りする人物を待ち続けた。しかし、一向に誰も来る気配がない。くっそぅ……叩かれまくった尻が痛い。腫れてんじゃないかこれ? 痔にでもなったらどうすんだ? 結構辛いんだぞあれ。
と、幼女らしからぬことを考えていたら、オレの視線の先に、村に向かって歩いてくる一人の人物が確認できた。おっ、第三、いやミョルニルも入れれば第四の人物との遭遇だ。気合を入れて職務を全うしないとな。
そいつはどうやら壮年の男のようで、ハゲ頭のソンとは対照的に、頭は白髪で覆われており、更には同じ色の立派なお髭をたくわえていたりした。服装はソンと同様の着物だし、同じように杖を持っている。これがこの村の老人のデフォルトなのだろう。
白髪男は村の入り口に差し掛かり、ようやくオレの存在に気づいたようで「この村にこんな幼女おったか?」みたいな表情をしながらも、素知らぬ様子で村に入ろうとした。が、そんなことを許すオレではない。
「こんにちは! ここははじまりのむらです!」
決まった! オレの初仕事。ミョルニルに『良いか、これはとても大切な仕事ゆえ、大きな声で元気よく言うのだぞ』と言われていたとおり、大きな声で元気よく言ってやった。
「なぁっ!?」
しかし、白髪男は心底驚いたような様子で、ビクッと飛び跳ね、すぐさまオレに向かって一喝した。
「わかっとるわ! やかましいぞこのクソガキ!」
「……は?」
挨拶しただけなのにそんな罵倒されるいわれはない。これはようじょキックの出番かな?
「ワシはずっとこの村に住んどるんじゃ! 自分の村の名前くらい分かるわアホ! バカにしとるのか!?」
いや、だってこれが仕事ですし! おすし!
「ここははじまりのむらです!」
癪に障るのでもう一度言ってやった。年寄りだし耳が遠くなってるかもしれないしな!
「黙れ!」
完全に激おこになってしまった白髪ジジイは、杖を振り上げながらこちらに駆け寄ってきた。武器を使うのは反則だぞ! うわ、こっち来んな暴力反対! てか走れるのになんで杖持ってんだ!? ミョルニルさん助けて!
『今のはキャベツが悪いな』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 薄情ものぉぉぉぉぉっ!」
幼女の小さな手足では、大人の全力疾走から逃げられるはずもなく、オレはぬかるみに足をとられて盛大に転んでしまった。あーっ! 服が汚れたっ!
「覚悟せい! そいやっ!」
「やぁぁぁぁめぇぇぇぇてぇぇぇぇ!?」
おいおい、かよわい幼女を杖で叩いたら最悪死ぬぞ!? おい、ミョルニル! いいのかそれで!? またひとりぼっちになるぞ!?
『それは困るな。とうっ!』
オレの心の声が届いたのか、ミョルニルが何かびゅんっと飛んでくる気配があった。
――ガンッ!
という音がして、白髪男の杖にミョルニルが命中して、杖は叩き落とされた。た、助かった?
「おのれ、忌々しい立て看板め……命拾いしたなクソガキ」
「ひぃっ……」
この村では立て看板が飛んでくることなんか日常茶飯事なのだろう……多分。白髪男もあまり驚いた様子はない。
「ふんっ!」
杖を拾い上げた白髪男は、不機嫌な様子でそのまま歩き去っていった。
「……な、なんだったんだあいつ」
『奴はロウ。ロウ・ガイといって、やたらと人に難癖をつけて絡んでくる男だ。そういう職業らしいな。注意した方がいい』
老害……なるほど。迷惑極まりない。
「そういうことはもっと早く言ってください!」
『はっはっは、いやそのまま眺めているのもなかなか面白そうだったんでしばらく放置した』
おいこらミョルニル。お前の足元に立ちションしてやるぞ。あ、できないのか今のオレには。命拾いしたな。……おっと、ロウのセリフがうつった。
『いやー、数年ぶりに大爆笑した。やはり相棒というものは良いな』
笑われるのはムカつくが、まあミョルニルが喜んでいるようなのでいいか……。
「あーもう、つかれた……」
一気に疲れが出たオレは、その場にしゃがみ込んだ。
『何をしている? まだ仕事は始まったばかりだぞ?』
「ミョルニル様はいいですよね。ただじっとしてるだけで仕事ができるんですから。私なんか大きな声で元気よく話しかけないといけないんですよ?」
『ふむ、代われるものなら代わりたい。貴様は立て看板の仕事がどんなに辛く苦しいものか、分かっていないな』
「確かに分かりませんね」
『よし、では同じ程度の苦しみを与えてやろう。……尻を出せ』
「なぜに!?」
こいつは何とかしてオレの尻を叩きたいらしい。こちらとしてはたまったものではない。
「そういえば、ミョルニル様はこの村の村人、全員ご存知なんですよね?」
『いや、村に出入りする村人しかわからないな』
「というとつまり?」
『引きこもりはわからない』
「なるほど」
異世界にも引きこもりはいる。これは同期の飲み会で話の種になるぞ。まあ、もう同期会には行けないのだが。
『ほら、もう一人帰ってきたぞ』
ミョルニルの声で視線を村の外に向けると、なにやら大きな荷物を背負った大男がえっちらおっちらとこちらに向かってきた。
大男が近くまで来た時、オレはその容姿に驚愕した。
そいつは、前世でよく見かけたようないわゆるオタクだった。
美少女キャラがプリントされた白いTシャツにジーンズ。背中の大きな袋からは、何本ものポスターが武器のように突き出している。オマケに太めの胴体に黒縁メガネだ。
なぜ異世界にオタクがいる!?
呆気に取られているオレに、ミョルニルが『挨拶しろ』と促した。……怖いけど仕方ないな。
「こ、こんにちは! ここははじまりのむらです!」
オタクは立ち止まって、メガネの奥の細い目でオレを品定めするように眺めた。背筋がゾワッとする。今すぐ逃げ出したい。
「デュフフ、これはこれは、可愛らしい幼女でゴザルな!」
うーん、見事なオタク口調!
「怯えてるでゴザルか? 大丈夫、拙者は幼女は愛でるが『Yesロリータ Noタッチ』をモットーにしているロリコン紳士でゴザル」
「そ、そうですか」
『ふふふふっははははっひひひひっ』
おい笑うなミョルニル! こいつ、またしても完全に楽しんでやがるな!?
あまりにオレが怯えるからか、ロリコン紳士さんはそれ以上近づいてくることは無かった。なるほど、少なくとも危ないヤツではないらしいな。
「そうそう。拙者、隣町で開かれているアニメのイベントに参戦してきたでゴザル。これがその戦利品でゴザルよ!」
「見せなくていいですから!」
いや、なんで異世界でアニメのイベントが開催されてるんだ! しかもなんでこいつはそこに行く!? もうツッコミが追いつかないぞ!? あの破天荒天使のミカエルが作った世界だからこういうこともあるのか? それでいいのか?
オレは、背中の袋を下ろして中身を見せてこようとするロリコン紳士を手で制しながらミョルニルに視線を送って助けを求めた。
『……くすくすくすくす』
ミョルニルのアホは動く気配がない。もうこいつをあてにするのはやめよう。
「デュフフ、この村に可愛い幼女が増えて嬉しいでゴザル。毎日幼女に見送られ、出迎えられて生活するというのは天国でゴザルな」
などと口にしながら、怯えるオレを後目にロリコン紳士は去っていった。