立て看板に出会いを求めるのは間違っているだろうか
またしばらく歩くと、やっと木の柵が切れている部分にたどり着いた。近くには古びた木製の立て看板が設置されており、下手くそな字で『はじまりのむら』と書かれている。なるほど、ここが入り口だろうか? ってことはオレはここで待機しながら、入ってくる旅人に「ここははじまりのむらでーす」って声をかければいいんだな?
しかし、旅人なんて来るんだろうか。旅人はおろか人の姿すら、転生してからソンとバグ以外は見かけない。これはサボってても何も言われなそうだな。よーし、と決まれば引き続き探検だ。
と、入り口を素通りして歩き去ろうとした時
『おい娘』
と頭の中に直接響くような低い声が聞こえてきた。なんだ? 魔法か?
『娘、お前のことだ。そこのキャベツヘッド』
「キャベツちゃうわ!」
相手の特徴でディスり返してやろうと思って辺りを見回してみたが、それらしき人影はなかった。ったく、気味が悪い。超常現象の類はあまり得意ではないんだけどな。
『はっはっはっ、人影を探しているうちは我は見つけられんぞ』
「舐めやがって……」
とは言ったものの、全く手がかりなしだ。となれば話は早い。頭の中の声を無視してそのまま歩く。
『おい、待てと言っているだろう! 我を何者だと思っている!?』
「いや知らんわ。こういうのって自分から名乗るのが筋ではなくて?」
『全く、態度のデカい娘だな。……いいだろう、特別に名乗ってやる。我の名は『極槌ミョルニル』、神の力を宿した聖遺物……のはずだ』
そこで、ミョルニルと名乗った声は一旦黙った。まるでこちらの反応を伺っているようだ。これは驚いた方がいいのかな? よくわかんないけど。
「な、なんだって〜!あのミョルニル様ですかぁ!?」
『いかにも、あのミョルニル様である! 頭が高い跪けキャベツ娘!』
「はは〜っ!!」
調子に乗りまくるミョルニルの声が面白すぎて、オレはその場でノリノリで土下座して額を地面に擦りつけた。しかし、地面が濡れていることに気づいて少し後悔した。
うーん、でもどちらの方向に土下座すればいいのか分からないぞ。まあいいか。あと、オレはキャベツ娘ではない。
『貴様! 馬鹿にしてるのか!? 跪く時にこちらに尻を向けるやつがあるか!』
あ、これは失礼……
――バシンッ!
「んうっ!?」
背後から何かが空を切って飛んできて、土下座するオレの尻を打った。平たい板のようなもので叩かれているような感覚だった。いってぇ! 何しやがんだこんにゃろう!
――バシンバシンバシンバシンッ!
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
連続で叩かれるお尻。逃げようにも逃げられない。うわ、死ぬか? オレ死ぬか?
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
オレは涙目でひたすら謝り続けた。すると、気が済んだのか、衝撃はおさまった。
クッソぉ……と思いながら(口にするとまた叩かれそうなので)体を起こすと、その目の前の地面にグサッと突き刺さったものがあった。
それはなんと、高さ1mほどの木製の立て看板だった。木の棒の先に板がくっついるという単純なシロモノだったが、板の部分には青いペンキでこんなことが書いてあった。
『はじまりのむら』
ほう、さっき見かけた村の看板かこれ。で、なんでそんなものが飛んでくるんだ?
考えられることは……。
「ミョルニル……様?」
オレは立て看板に声をかけた。いや、奇妙な言い回しだが、声をかけたんだ。案の定返答があった。
『いかにも、我が『極槌ミョルニル』である!』
「はは〜っ!」
オレは立て看板に向かってもう一度深々と土下座をした。事情を知らない人から見たらだいぶ頭のおかしいことになってんな。
『うむ、くるしゅうない。我が貴様に声をかけたのは他でもない。貴様が『説明子』だからだ』
「はぁ……?」
『分かっていないようだな。貴様は勇者が旅立つまで一生ここで村に入ってくる人物に対してひたすら『ここははじまりのむらです』と告げることになるのだ』
「一生!?」
オレは思わず驚きの声を上げた。てっきり適当に村をぶらついてればいいと思っていたが、その考えは甘すぎたようだ。
『当たり前だ。このはじまりのむらは、この世界に再び勇者が現れた時に真っ先に訪れる村。いつ勇者が現れるか分からない以上、一瞬たりとも気を抜くことは出来んぞ』
勇者って……やはりこの世界はRPGのような世界だったか。しかも再び勇者が現れるということは、すでに勇者は現れたのだが何らかの原因によって目標が達成されなかったか、もしくは目標が達成されて2周目に入るか。よくあるよね、全クリした後に2周目に入るゲーム。
とりあえず二人目の勇者を送り出せばオレは御役御免ということになるのだろう。
うーん、でも二度あることは三度あるというし、二人目の勇者を送り出した後、三人目が現れるまでまだ続けなさいって言われるかもしれない。それは嫌だ。
「嫌です。私はおうちに帰ります」
オレは立て看板を見上げながらそう告げた。
『……どうやら折檻が足りてないようだな』
「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさい!」
ダメだった。ここまで出会ったソンやバグは、ようじょキックで黙らせることができたが、ミョルニルは男っぽいけどようじょキックがクリティカルヒットする股間がないし、尻叩かれたら反撃できずにハメ殺しされるし、なによりこいつは何故か飛べるっぽいので圧倒的に不利だ。オレは不利な戦いはしたくない。
『分かればよろしい』
クソぉ……ちょーしにのりやがってぇ!
『話の続きをしようか。我がこの世界に転生したのはもうかれこれ数年前になる――』
「はぁ……」
と、自分の身の上話を始めたミョルニル。要約すると、伝説の武器としてミカエルに転生させられる予定だったミョルニルさんは、何故か職業『立て看板』としてこの村に降臨し、同じく村の入り口で旅人を出迎える、職業上の相方となる『説明子』の転生をひたすら看板として待ち続けていたらしい。
『長く辛い日々だった……雨の日も風の日も雪の日もそこに立っていなければならない。話し相手もいない。ひたすらミカエルを恨んだ。しかし看板としての仕事を放り出すわけにもいかない。我は心を閉ざしひたすら待った。……そこに現れたのが貴様だ。待ちに待った『説明子』がキャベツ幼女だと? ふざけるな』
キャベツ幼女で悪うござんしたね!
「で、何が悲しくて武器なんかになろうと思ったんですか?」
『我は……美少女剣士に握られて戦う剣になりたかったのだ。美少女と冒険の間片時も離れず一緒にいて、その優しい手に触れられて敵を倒す……これこそが――』
「あーはいはい、だいたい分かりました。ミョルニル様は変態であらせられますね!」
『うるさいぞキャベツ!』
美少女ってんならオレだって十分美幼女のはずだが、どうやらミョルニルのストライクゾーンではないらしい。もっとボンキュッボンのグラマラスな美少女がいいのかね?
「……ごめんなさい」
『うむ、許してやってもいいが、相方として一つだけお願いというか……命令だ!』
「なんでしょう?」
どーせ鬼畜なことしか言わんぞこのボロ看板は。あまり無茶なこと言うようならパワハラとして訴えてやる。あ、でもこの世界には裁判所とかないんだっけ? つくづく不便だな異世界ってやつは。
『長い間寒空に晒されてきて我もさすがに人肌恋しくてな……その、我に優しく触れてくれないか?』
「はーい!」
さすがに気持ち悪くなったオレは、ミョルニルに思いっきりようじょキックをお見舞した。
程なくして、村に幼女の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。