異世界はバグとともに
オレはソンを残してトテトテと小屋から走り出た。
おぉ……村は草原の中に木造の小屋が点在しているような作りで、周囲を木の柵で囲まれているようだ。モンスターでも湧くのだろうか。
「うーん、せめてどっちが村の入り口なのか聞いておけばよかったな」
とりあえず村の中をあてもなく歩く。村に存在している小屋は恐らく十数棟。小さな村だな。小屋は皆似たような形をしていて区別がつかない。とりあえず誰か人に入り口はどこなのか聞くかな。ソンのやつに聞くのも癪だし。
おっ、ちょうどいい奴がいた。村の外れの木の柵のところで、ひたすら柵に阻まれながらも外に向けて歩こうと無駄な努力を続けているポンチョのような服装の男だ。
よし、落ち着け、こういうのは第一印象が大切だ。びっくりさせないように笑顔で丁寧な口調で……。
「あのー。すみませんっ」
しかし男はオレの声が聞こえているのかいないのか、ひたすら柵に顔をぶつけながら歩いている。クソッ聞いてんのかこいつ? もしかして言葉が通じない? いやそんなことは無いはず。ソンも日本語話してたし。
「え、えくすきゅーずみー! ぼんじゅーる! ぐーてんたーく! うぉーあいにー! ぱんにはむはさむにだ!」
ザッザッザッ……男は一定のビートを刻みながらひたすら柵に突撃し続ける。なんだコイツは、アホなのか?
「無視すんなぁぁぁぁっ!」
メイコのようじょキック! ――――▼
きゅうしょにあたった! ――――▼
アホなおとこはもんぜつした! ――――▼
ようじょキック再び炸裂! 男は背後から急所に強襲を受けて「あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」とか叫びながら股間を押さえて悶絶している。
「……大丈夫ですか?」
とりあえず素知らぬ顔で声をかけた。
「……へ? あ、あぁ。助かったぜい、可愛いお嬢ちゃん」
男は顔を顰めたままこちらを振り向く。ほう、助かったのか?
「お? 見ねぇ顔だな? 新入りか? ああ、そういや新しい子が来るって噂あったな。それか? ようこそ『はじまりのむら』へ! この村のことは村長のソン・チョーから聞いていると思うが――」
青い短髪、ポンチョ姿の男は結構イケメンだった。アホじゃなければモテるだろう。
「ストップストップ!」
オレは慌てて男の言葉を遮った。男は首を傾げる。
「『はじまりのむら』って、もしかしてこの村の名前……ですか?」
「ん? そうだが?」
そうだが? さも当然みたいに言うなよ。そんなふざけた名前の村あってたまるかよ! ……いや待てよ? RPGとかの最初に主人公が暮らしてる村って『はじまりのむら』って呼ばれてなかったか? ゲームにもよるが、そう読んでいるゲームもあったはずだ。
ってことは、ってことはだ。オレはもしかして「ここははじまりのむらでーす♡」みたいなことを言わなきゃいけないってことか? 嘘だろ?
「もっとマシな名前なかったんですか?」
「なんだ、ソン村長から解説されてなかったのか?」
あー、聞く暇もなく飛び出してきちまったからなぁ。
「聞いてないですね」
「そっか、じゃあ俺が説明してやろう」
おう、果てしなく不安だが。お願いするか。
「そうだな。まずは俺の自己紹介からだな。俺の名前はバグ・リー。職業は『バグる人』だ」
バグ? なるほど、だからさっきひたすら柵に突撃してたわけか。
「たまにバグるってのが仕事でな。バグってしまうと誰かが衝撃を与えてくれるまでは元には戻れない。呪いみたいなもんだ」
「それは……大変ですね」
こいつも転生者なのだろうか? だとしたらどうしてこんな職業を選んだんだろう?
「なかなかないようなレアな職業がいいとミカエルにお願いしたらこうなった。全く、困ったもんだぜ。だがおかげで俺は村の莠コ豌苓??&縲ょ庄諢帙>縺雁ャ「縺。繧?s縺ォ繧ゆシ壹∴縺溘@縺ェ縲」
「ようじょキック」
ゴスッ!
「ぐぁぁぁぁっ!? すまねぇ、助かった」
訳の分からないことを口走り始めたバグの向こう脛にようじょキックをお見舞すると、バグは蹴られた場所を押えて悶絶し、頭を振りながら正気に戻った。
「あ、そうそう。私の仕事は村の入り口で『ここははじまりのむらです』って言う仕事なんですけど、村の入り口ってどこですか?」
バグは、真っ直ぐにある方向を指さした。
「あっちに柵の切れ目があるからそこが入り口じゃないか?」
「ありがとうございますっ! じゃあ私も仕事に行ってきます」
「おう、頑張れ!」
バグは気さくに手を上げてオレを見送ると……再び柵への突撃を開始した。ダメだありゃ。放置しとこう。あれがやつの仕事なんだ。
木造の小屋の間を縫うようにしてバグに示された方向へとひたすら歩いた。幼女の小さな足ではゆっくりとしか進めないのと、村が予想外に広がったのがあって、なかなか柵の切れ目にたどり着けない。その前にオレは疲れてきてしまった。うーん、幼女は非力だ。
ふうっと息をつきながらとりあえずその辺の地面に腰を下ろした。
「……つめたっ!」
オレは慌てて立ち上がった。最悪なことに、地面は少し前に雨が降っていたのか、湿っていた。クソッ! 全く気づかなかった。ワンピース状の服と下着のお尻の部分が濡れて気持ち悪い。着替えなんかあるのか分からんし。異世界だからドライヤーで乾かすとかもできない。我ながら迂闊だった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。立ち上がったオレの目の前に水たまりがあることに気づいた。ガラスや鏡すらもなさそうなこの世界で、自分の姿を確かめるにはこれしかない。オレはどんな幼女になってしまったのか見てみようじゃないか。
恐る恐る水たまりを覗き込むと……そこには同じようにこちらを覗き込む緑髪の女の子の可愛らしいお顔があった。緑の髪は肩にかかるかどうかという短めで、頭のてっぺんからは立派なアホ毛が生えていやがる。でもオレアホちゃうで! 多分。
「べーっ! れろれろ……ぷーっ……きぇーっ!」
とりあえず水たまりに映る自分に向けて変顔の練習をしてみる。顔も変わったので変顔のバリエーションも変わってくる。それは重要な事だ。どの顔が変でどの顔がかっこよくてどの顔がかわいいのか、理解しないと社会は上手く渡っていけない。
あともうひとつ、今まで気づかなかったが、首の辺りに黄色いスカーフのような布が巻かれている。これにはどういう意味があるのだろうか。まあいいや、そのうち分かるだろう。とにかく一つだけわかったことがある。
――オレはめちゃくちゃ可愛い女の子になってる
これは悲劇だが、上手く使えばこの世界を楽しめそうだ。チヤホヤされて貢がせたりとかな。へっへっへっ。と、オレは小屋の陰で一人ニヤついていた。




