この素晴らしい天使に祝福を!
「て、転生者のくせに大天使である私の攻撃を防ぐなんて……あなた何者ですか!? どんなチート能力を与えられているんですか!?」
ガブリエルは明らかに狼狽えている。ひーちゃんはボサボサの頭をゴシゴシと掻くとにへっと笑った。
「ひーちゃんはただの引きこもりだよー? たった今まではね」
「そんなはずは! 大天使の攻撃を防げるのは神か、同じ大天使だけのはずです! 勇者や魔王ですら――はっ、まさか!?」
突然なにかに気づいたように目を見開くガブリエル。
「そう、そのまさかだよー?」
オレには理解できないが、とにかくひーちゃんはガブリエルに匹敵するくらい強い存在らしい。オレや真世とは次元が違う。あのぐーたらな引きこもりがね……いや、能ある鷹は爪を隠すともいうし……てかあのひーちゃんが手に持っている木の立て看板はミョルニルじゃね?
「というわけで、これから本気出しまーす!」
ひーちゃんはペロッと唇を舐めると、ガブリエルを睨みつける。と、彼女の身体からブワッと青いオーラのようなものが溢れ出した。ボサボサの髪の毛とヨレヨレブカブカのTシャツもオーラを受けて広がる。
ちょっと、Tシャツの下になにもつけていないなら気をつけてほしい。危うく見えかけたぞ!?
だけど、気づいたらひーちゃんのボサボサの銀髪は鮮やかでサラサラの水色の髪に変化していて、Tシャツは白いドレスに変化している。そして、背中からバサッと広がった4枚の白い羽……あの見た目って。
「み、ミカエルさんっ!?」
ガブリエルがオレの言葉を代弁してくれた。そう、その姿はオレをこのよく分からん異世界に転生させてくれた元凶、大天使ミカエルに瓜二つだった。
「ウチみたいなめんどくさがりを極めたような天使は、お仕事は作り出した分身に任せて、自分の作った異世界でのんびり引きこもりライフを送っていてもおかしくないでしょー?」
「で、では、少し前から天界にいるミカエルさんは偽物ってことですか!? 全く気づきませんでした」
「甘いなーガブりんは……ウチはサボることに関しては全力だから。でもバレちゃったらしょうがないよね」
「そんなことが許されると思っているんですか! このことは天上神様に報告させていただきますからね!」
「それは困るからガブりん、ここであんたを始末するよ?」
「はっ、できるとでも? 忘れたんですか? 私は四大天使の中でも最強と言われる大天使ガブリエルですよ?」
「ガブりんこそ忘れたの? ここはウチの世界だよっ!」
ミカエルは、えいっ! と地面にミョルニルを叩きつけた。
――ゴゴゴゴゴッ!
轟音を立てて地面が割れる。地中から飛び出してきた数多の石ころが、凶器となってガブリエルに襲いかかった。エグい技だ。
「そんな子供だましで! はぁっ!」
ガブリエルは目の前に光の壁を展開して石ころを弾き返す。しかしその目の前にミカエルがミョルニルを振りかざして迫っていた。
「ちぇすとぉぉぉっ!!」
――バリンッ!!
光の壁はミョルニルによって破壊され、ガブリエルは衝撃で吹き飛ばされる。
「ガブりん覚悟ぉぉぉっ!! ミカエル☆インパクトォォォッ!!」
ミカエルは倒れたガブリエルに青いオーラをまといながら猛スピードで飛ぶように突撃し――
――あたりを爆発が包み込んだ
ミカエルとガブリエルだけではなく、オレや真世、シンカンなんかも全て爆発に巻き込まれ……熱いと思ったのも束の間、オレの意識は闇に飲み込まれていった。
最後に思ったことはなぜかこれだった。
――ミョルニル、ボインな美少女に握ってもらって戦うっていう夢が叶ってよかったな
*
……。
どうしてだろう。目を開けると、オレは刑事ドラマとかでよく見るような取り調べ室のような場所で机に座らされていた。デジャブだ。
ただ、前と違うのは、オレの目の前にはミカエルではなく、ピンクのショートボブの天使が座っていたことだ。ミカエルほどではないが胸もあって顔立ちも可愛げがあり、美少女といっても遜色ない見た目をしている。そして、白い天使のドレスの胸元には青いネームプレートのようなものがついており『カナ』と女の子っぽい可愛らしい文字で書いてある。その隣には『研修中です』という初心者マーク。天使に研修もクソもあるのか?
「あ、えーっとはじめまして! 私、カナ……いや、天使名は『カナリア・チェリー』といいます。カナって呼んでもいいですよ」
「えっと、じゃあカナ。オレまた死んだのか?」
「そうみたいですね。私見習いなのでよく分からないんですけど、なんかミカエルさんのせいでどうのこうのとか……」
やはりミカエルに殺されたのか! 傍迷惑なやつだ!
「で、オレは今度何に転生するんだ?」
「それなら是非転生して欲しい世界があるんですけど!」
カナは食い気味に身を乗り出してきた。ミカエルの時は完全にこちらの要望を聞いてくれていた天使さんだが、このように天使の方から要望を言ってくることもあるらしい。よく分からないけど。
「変な世界でなければいいけど……」
まあ、さっきまでオレがいた世界より変な世界なんてそうそうないと思うけど。
「えっと、私も少し前までいた世界なんで変ではないと思いますけど……」
「あれ、天使も普通に世界で暮らしてたんだな! なんか親近感湧く!」
「まあ、天使にも色々いるみたいですよ。私の場合は前世は魔王でその前は女子高生でした」
たまげた。どんな波乱万丈な転生生活を送っているんだこの子は。かくいうオレも前世は説明子でその前は……なんだっけ?
「なんか魔王の時の死に様がミカエルさんに気に入られたみたいでこうやって天使として転生させてくれたんですけど、当のミカエルさんが先程の騒ぎで謹慎処分に……で、代わりに見習いの私が仕事を任されるようになったわけです」
あれで謹慎で済むんだから天使の世界もよくわからないな。
「いろいろあるんだな……」
オレはツッコミを放棄した……というか、今まで体験したことがどれも衝撃的な出来事すぎて、ある程度のことでは驚かない耐性ができていたのかもしれない。
「で、お願いしたいのが、私が元いた世界に残してきた相棒の面倒をみてほしいんです。あの子、特別な能力を持った人しか触れられないからいつも孤独で……そのための能力は私が天使権限で授けますから……お願い、できますか?」
「あぁ、任せろ」
とりあえず、前の世界ほど酷い役回りではなさそうだ。その相棒とやらが恐ろしいモンスターとかでなければ、だけど。
「やったぁー! ありがとうございます!」
頷くと、カナは満面の笑みで喜んでくれた。
「それじゃあ転生させますね?」
オレの転生人生はまだしばらく終わりそうになさそうだ。
――おしまい――