ただの幼女に成り下がり
とかなんとかやっているうちに、日が暮れてきたぞ。早いな一日が。
今日も色んなことがあった。これでもまだ異世界二日目っていうんだからびっくりだ。どんだけ濃密でツッコミどころ満載な異世界ライフをおくっているんだオレは……。
真世のやつは散々オレたちで遊んだ挙句に、新しいおもちゃを探しに村の中に入っていった。あんなのが村の中にいると、ろくなことがない気もするが、残念ながらオレの仕事は『説明子』であり、村の番人ではないので、止める義理はない。まあ、この村の住人どももろくな奴がいないから、なんとかなるだろ(適当)
勇者や魔王四天王がやってくるかもっていう非常事態だからか知らないが、村を出ていく人間も、村に入ってくる人間もほとんどいないので、正直オレは暇しはじめていた。暇な仕事をミカエルにリクエストしてこの仕事をやっているので別に文句はないのだが、問題は、寝るとミョルニルに叩き起されるということだ。
「誰も来ないですから寝させてください。睡眠時間が足りてないんですよ」
『知ったことか。こんな非常時だからこそしっかりと挨拶せねばならぬのだ』
「いや、なんでだよ」
挨拶は関係ねぇよなぁ?
『口ごたえするのかキャベツ? よかろう。その腐った根性を叩き直して――』
「わ、わかった! わかりましたからやめてください!」
全く、オレが頑張ってミョルニルの全身についていたマヨネーズを綺麗に掃除した瞬間に元気になりやがって……掃除するんじゃなかった! オレだって、少し可哀想だと思ったからやってあげたのに、恩を仇で返すつもりがこのボロ看板!
『我はただのボロ看板に非ず! 神の力を宿した聖遺物、『極槌ミョルニル』である!』
「あー、はいはいよかったですねー」
『――このっ、腐れキャベツがぁぁぁぁっ!!!!』
あ、やべ、しまっ――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
夕暮れの村に、幼女の悲鳴が響き渡った。
*
すっかり日も暮れた夜中。ミョルニルが寝始めたのでオレもウトウトしていると、村を囲んでいる柵の外から何やらガサゴソと音がし始めた。
なんだ? 勇者? 魔王四天王? はたまた幽霊か?
オレが目を凝らすと、建物から漏れる明かりに照らされて、柵の外に一人の人影が立っていた。……にしてもはっきりとは見えない。
「こ、こんばんは、ここははじまりのむら……です?」
オレが声をかけると、そいつはゆらゆらと揺れながら村の中に入ってこようとした……が
――ビシッ!!!!
「グァァァァァッ!!」
あれ、なんか結界に弾かれてやがる。ということはモンスターの類なのかな?
「あのー、この村にはモンスターさんは入ってもらっちゃ困るんですよ」
「ワイがモンスターやて? どの口がそないなこと言うとんねん!」
人影からキレッキレの関西弁ツッコミをいただいてしまった。よく見るとそいつは赤髪の中肉中背の男で、オマケに足の部分が透けて見えな……
「やっぱりモンスターじゃねぇかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「せやから違う言うとるやろ!」
「なんでやねん!」
「なんでもや! どアホが!」
オレと男幽霊がそんなコントじみたやり取りをしていると、騒ぎを聞きつけたミョルニルが目を覚ましたようだ。
『何をしている騒がしいぞ。人がせっかく気持ちよく寝てる時に――』
「ま、また出たんですよお化けが!」
『ゾンビ?』
「ゾンビじゃなくて、今度はマジもんの幽霊ですよ!」
『ほーん、まあ村には入って来れないみたいだから別に構わないのだが』
ほーん、じゃねえよこの腐れ看板! 目ぇちゃんとついてるのか? あ、看板だからついてるわけないか。……ん? ちょっと待てよ、じゃあなぜオレの尻を叩けるんだこいつは?
変なところが引っかかってオレが混乱していると、そんなオレの頭に何かがコツンと当たった。地味に痛い。
「いてぇなちくしょう!」
「何度言うたら分かんねん! ワイはれっきとした人間やでこのクソガキが!」
幽霊さんがオレに向かって小石でも投げたらしい。
「ちょっとミョルニルさん。幽霊に攻撃されたんですけど! シールドはどうなってるんですか!」
『あぁ? ……あぁ、シールドはあくまで悪いやつの侵入を防ぐだけだから、石ころが悪いやつ認定されない限りは普通に投げた石ころも入ってくるぞ?』
石ころが悪いやつ認定されるってどういう状況だよ……はぁ、使えねぇ、ミョルニルマジで使えねぇ。
「あー、はいはいわかりました。で、『人間』さんはこの村にどんなご用で?」
仕方ないのでオレは幽霊さんに話しかける。すると、幽霊さんは村の奥にじっと目を凝らす仕草をしながら、こう答えた。
「この村に『唐四面体 真世』ってもんが来てへんか?」
あー、さっきのカニバリズムマヨネーズ幼女じゃん。
「――来てますけど」
「ワイはそいつの父親やねん」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
村に幼女の絶叫が響き渡った。
「なんや喧しいな」
「え、いや、なんというか、あまりにもイメージがかけ離れていたもので」
というか、真世は関西弁じゃなかったし!
「せやろか? そっくりやと思うけどなぁ。こことか」
幽霊さんは自分の髪の毛を指さしながら呑気にそんなことを口にする。――確かに髪の色はそっくりだ。髪の色は。だがそれ以外が致命的に違いすぎる。雰囲気とか、雰囲気とかがだ。だが、今はそれ以上に問いたださないといけないことがある!
「で、なんで真世のお父さんが幽霊なんですか!」
「ワイは人間やとなんべん言うたら分かるんや!!!!」
――ゴツッ!!
いってぇぇぇぇぇっ!!!! てめえ、オレをなんだと思ってやがんだ! 石ばっか投げつけてるんじゃねぇよ!
オレはすかさず村の奥に逃げ込ん……
『おい、何処へ行く? 仕事を投げ出すなキャベツ!』
――ベシンッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
クソッ! クソが! クソ幽霊とクソ立て看板のクソクソコンビによるクソクソパワハラのせいで、オレの理性は崩壊寸前だった。やってられっかこんな仕事!
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
オレは最終手段、幼女らしく泣き出すを発動した。すると、近くの家から誰かが出てくるのが見えた。あれ、あの家には誰が住んでたっけ? うるさいからうるせぇって言いに来たのかな? ごめん、でも我慢できないんだ。この理不尽な世界に。
ん? あの大柄な人影は……? もしかして……?
いや、一人だけではない。大柄な人影は、半分以下の身長の小柄な人影を連れている。手を繋いで、まるで親子のようだ。
「おや、幼女氏。どうしたでゴザルか?」
やっぱり、やっぱりお前かロリコン紳士! だが、背に腹はかえられぬ。オレは藁にもすがる思いでロリコン紳士に声をかけた。幼女を愛するロリコン紳士であれば、きっとオレの味方になってくれるだろう。ざまあみやがれミョルニルめ!
「ロリコン紳士さん助けてください! こいつらが! こいつらが私をいじめるんです!」
『やめろ人聞きの悪い』
「うるせえ!!」
事実だろ! 事実だろうが! 幼女虐待! 人でなし! あ、ミョルニルはそもそも人ではないか……
「幼女をいじめるとは……バチが当たるでゴザ――」
「真世!!」
ミョルニルに言い返したロリコン紳士を遮って、幽霊さんが大声を上げた。ん? ちょっと待て? ってことは、ロリコン紳士が連れているのはもしかして?
「パパ!!」
よく見ると、ロリコン紳士にしっかりと手を繋がれているのは、なんと、唐四面体真世本人だった。……ロリコン紳士め、ちゃっかり幼女をお持ち帰りしてやがったのか! 全く、隅にはおけないやつだな!
「真世ぉぉぉぉぉぉ!!!! ……グァァァァァッ!!!!」
見るからに不審な大男に連れられている愛娘に駆け寄ろうとして、シールドに弾き返され続ける幽霊さん。オレ、ロリコン紳士、真世、ミョルニルの四人は、そんな幽霊さんの様子を暫し興味深く観察したのだった。