干物女は異世界でも余裕で生き抜くようです!
はあなるほど、こいつは所謂アレだな? 予言者ぶってデマを垂れ流すはた迷惑なやつもしくは、妄想と現実の区別がつかなくなっちゃった可哀想なやつだな?
「信じてないみたいだねー?」
当たり前ですよ。なんでそんな突拍子もないことを信じないといけないんですか。
「ひーちゃんも偶然知っちゃったんだけどね。魔王四天王のサイ・ジャックちゃんとオンラインゲームでフレンドになっちゃってね。こっそり教えてくれたのー」
……なんでやねん! なんでそんなことが起こるんだよ! てか魔王四天王! 呑気にオンラインゲームしてんじゃねぇよ! しかもフレンドにポロッと秘密を話すな!
まあこの世界はそういう突拍子もないことが往々にして起こるってことはわかってたことだし、そういうことも有り得るかなとオレは無理やり理解した。
「……その魔王四天王とやらはなんのためにやってくるんですか?」
「さあ知らなーい。勇者が現れなくて暇だからじゃない?」
適当だなおい。そんな理由で村が襲われてちゃ理不尽すぎる。
「そのサイ……ジャックは……強いんですか?」
「別にー? だって、『奴は四天王の中でも最弱』のサイ・ジャックちゃんだから」
出たよミカエルネーミング。そういうことなら気にしなくていいか。いや待てよ? ソンやバグの話からすると、この村の人達は一部を除いてみんなオレよりも圧倒的に弱いってことにならないか? ってことは、四天王が攻めてきたらオレが戦わないといけないってことになりかねない。それは嫌だめんどくさい。
「はぁ……」
まあいざとなったらミョルニルにお願いしたり、戦えそうなあの女騎士女神官姉妹に助けを求めたりしてみよう。皆、幼女一人に村の運命を託すような無情なことはしないだろうし……ってほんとにしないかな? ここにだってオレ一人で来させたわけだし……不安になってきた。
「どんまいどんまいー」
引きこもりのひーちゃんはそこら辺に落ちていたマジックハンドで、これまた少し離れたところに落ちていたポテチの袋を器用につまみ上げる(どんだけ面倒くさがりなんだよ!)と、ポテチをバリバリと頬張りはじめた。うわ、こんなことしてるからお肉がつくんだよ!
「……」
「……ん? ほひひほ(意訳:欲しいの)?」
別にそう思ってはいないのに、都合のいい時だけ思考を読むのを放棄したひーちゃんは、ポテチの袋をオレに押し付けてきた。
中身を見ると、カスしか残ってなかった。
オレは黙ってポテチの袋を大きなクッションの上にペタンと座っているひーちゃんに投げつける。
「はぶぇっ!?」
オレのアクションを予測できなかったのか、彼女は奇声をあげながらクッションから滑り落ちた。その拍子に彼女のTシャツが大きく捲れ上がって、見えちゃいけない大事な部分が見えそうになったので、オレは慌ててクッションの陰に隠れて難を逃れた。ふぅ危ない。危うく穏やかなヒーリングミュージックにあわせて湖の上を船がゆったり進んでいくような映像が流れるところだったぜ。
しかし引きこもりのひーちゃん。あいつはマジで火薬庫だな。扱いには細心の注意を払って、用が済んだらさっさとずらかるに限る。
「……で、いい知らせはなんなんですか?」
オレはクッションの塹壕に隠れたまま尋ねた。酷い目にあった分しっかりと情報は抜き取っておかないとな。
「あ、うん。それはね……CMの後で!」
「なんでやねん!」
オレは目の前に落ちていたテレビのリモコンを、ノールックでひーちゃんに投げつけた。こっちはふざけている場合ではないのに。
――ゴッ!
「……いったぁぁぁぁいっ♡」
鈍い音がして、リモコンは彼女のどこかに命中したようだ。ちょっとやりすぎたか? 凶器がリモコンなので、オレが力士だったら懲戒処分は免れないところだ。
まあ、彼女の出した声があまりにもムカついたのでそういった後悔の念は一瞬にして消え去ったのだが。
「真面目に答えてください。ゲームのデータ消しますよ?」
「あ、それはマジでやめてー……」
よし、無敵かと思われたひーちゃんの弱点が判明したぞ。
「ふぁぁ……いい知らせはねー……もうすぐこの村に勇者が現れます」
「おぉ……」
ということはオレが(ひとまず)お役御免になる日は近いということか? ふっ、短い幼女人生だったな。次に転生するならこの変な村の住人だけはやめてくれとミカエルに厳しく言っておこう。
「で、もしかしてこれも?」
「うん、これもゲームで勇者とフレンドになったから分かったことなのー」
……狭い世の中である。勇者と、魔王四天王が引きこもりを通してゲームで繋がってしまうなんて……。
「わかりました。村長に伝えておきましょう」
「ありがとー!」
ひーちゃんは地面を這いながら(気持ち悪い)オレに近づくと、膝立ちしてオレの頭をわしゃわしゃと撫でる。近いのでやめてほしい。
「あのー、用事が済んだら帰りたいのですが……」
「ん、もう帰っちゃうのー?」
残念そうに言うなよ。ここにいたくないのは主にお前のせいなんだから。
「はい、私には説明子の仕事がありますから」
「うーっ……」
正直なところ、村の入口に戻ったところでミョルニルのパワハラが再開されるだけなので、それに比べたらまだここでひーちゃんと戯れていた方が……? いや、それもそれでだいぶ危険だ。結局、どっちもどっちだな。
ひーちゃんは手持ち無沙汰な様子で自分の体を抱いてもじもじしてたりしてだいぶ挙動不審だったので、オレが大きなクッションを背中で押してディスプレイの前まで持ってくると、引きこもり干物女はそのクッションに抱きついて再びゲームを始めてしまった。さすが引きこもりだ。
その隙にオレはこっそりと部屋から抜け出し、早足で家から外に出た。
……ふぅ、外の空気がうまい! ビバ、シャバの空気!
「おぉ……生きて戻ってきおったか!」
おいおい、開口一番そりゃあないぜソンさんよ。まるでオレが死んでいてもおかしくないと思われてたみたいじゃんか? 確かにひーちゃんは危ないやつだったけど、命の危険はあまり感じなかったぞ。
オレは諸手を挙げて喜ぶハゲ頭のソンに声をかけた。
「あれ、バグさんはどこに行ったんですか?」
「あぁ、バグならさっきバグって地面を貫通して遥か下に沈みこんでしもうたわ」
えっ、それってかなり詰みなのでは? バグのバグは衝撃を与えないと治らないのだから、衝撃を与えられないところに飛んでいくバグはどうしようもない。バグ……もうお前に会えないのか……良い奴だったよ。
「まあしばらくしたら戻るじゃろう」
……そうなのか? 相変わらず適当だなぁこの世界の住人は。
「あ、そうそう。あの家の住人は元気そうでしたよ。あと魔王じゃなくてただの引きこもりでした」
「ほうほう、なるほど。では放置してて良さそうじゃな」
とりあえずひーちゃんはあのまま放置してても、魔王四天王や勇者と楽しくゲームしてそうだし、いいんじゃないかな? 食料とか生活必需品がどこから湧いてくるのかは甚だ疑問だけれど、今まで何とかなってたんだから大丈夫だろう。
……オレもだいぶこの世界に毒されて適当になってきたな。まあいいか、ミカエルが作った世界なだけあって、深く考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ。
「で、そいつから、もうすぐ勇者がやってくることと、一週間後に魔王四天王がこの村に攻めてくることを教えてもらいました」
「ほうほう、なるほど。では放置してて良さそ――なんじゃとぉぉぉぉっ!?」
なにひとりでノリツッコミしてんだこのハゲは。
「そ、それは確かなことなんじゃな!?」
「うーん、よく分かりませんけど、なんかゲームのフレンドになった魔王四天王と勇者が教えてくれたみたいです」
改めて考えてみるとめちゃくちゃ信憑性の低い情報だな。オレは反射的に信じてしまったが、ソンはそう簡単には信じてくれな――
「それならば間違いなさそうじゃな!」
それでいいんですかソン・チョーさん!?
「こうしてはおれぬ! 勇者殿の迎えの準備と敵を迎え撃つ準備をせねば!」
ソンは切迫した様子でそう口にすると、杖をつきながら走り出そうとして……ビタンッと盛大にすっ転びやがった。おいおい大丈夫かぁ? もう歳なんだから無理するなよ?
「……こほん、と、とりあえず皆を集めるのじゃ」
ゆっくり起き上がると、服についた泥を払って一つ咳払いをすると、何事も無かったかのように落ち着いた口調で言うソン。その様子にオレは笑いを堪えながらも、少し可哀想な気もしたので大人しく頷いた。