窓際クランの「本当に大切なもの」
フィーがクランハウスに帰り着くと、ロビーは飾り付けられていた。
横断幕には祝初ダンジョン!!と書かれており、一つの机に所狭しとご馳走が並べられていた。
ユーリとレイラは不要な机を片付けたり、食器を用意したりとパーティーの準備をしていた。
「あ、フィーお帰り」
「・・・おかえりなさい」
二人の『おかえり』の言葉を聞いて、フィーは心が温かくなるように感じた。
同時に、自分の選択は間違っていなかったんだという気持ちを深めていた。
机に近づきながら二人に声をかけた。
「ただいま」
「?とりあえず、飯にしようぜ。もうお腹ぺこぺこで」
「・・・冷めないうちに食べたい。早く荷物を部屋に置いてきて」
二人は、フィーの反応に少し違和感を感じていた。
なんというか、あるべきものがないというか、軽やかな感じがするというか。
少しの違和感を感じながらも、二人は席についた。
しかし、二人はすぐに席から立ち上がってしまった。
違和感の正体に気づいたからだ。
「ふぃ、フィー?お前、大剣は?」
「(コクコク)」
フィーの背中にはさっきまで背負っていた大剣がなかった。
さっき別れたときには間違いなく背負っていたのに、いま、あの存在感のある大剣がなくなっているのだ。
驚愕する二人に対して、フィーはこともなげに言った。
「あぁ、あれは売ったわ」
そう言ってフィーはそのまま席に着いた。
そして、座りが悪かったのか、腰に下げていた短剣を机の上に置いた。
「売ったって」
「・・・よかったの?」
あっけらかんとした様子のフィーに驚きながら、レイラとユーリも席に着いた。
「わたし、短剣の方が才能あるもの。母さんに言われたことがあるわ。投擲とかも得意なのよ?」
「でも、お母さんの使ってた大剣だったんじゃ?」
「まあ、そうだけど。あれ?」
驚いた様にフィーはユーリの方を向いていった。
「どうしてユーリがそのこと知ってるの?」
「そ、それは」
「・・・ごめんなさい。わたしが教えた」
「そう。まあいいわ」
フィーはさらりと話を流してしまった。
普段のフィーなら絶対にここでおこっていたが、今はその気配がない。
ユーリは色々考えた後、あることに思い当たり、フィーに聞いた。
「まさか、俺たちのために?」
「・・・!別に、フィーが大剣でも問題なく戦える。私たちのために武器を変える必要はない」
「んー。なんていったらいいのかな」
自分のために必死になってくれる二人を見て、フィーは頬に手を当てて、少し考えた。
「さっき、ユーリが『こだわりを持たなきゃ面白くない』っていってたじゃない?」
「え?俺そんなこと言ったっけ?」
「・・・ユーリは適当すぎる。ちゃんと言ってた」
フィーは二人の様子を見ながら続けた。
「わたしね、その台詞、お母さんにも言われたことあるの」
「ならなおのこと・・・」
「でも、それには続きがあるんだ」
ユーリがフィーに反対しようとすると、フィーはユーリを遮るように話を続けた。
「『フィーの好きな武器で好きなように探索すればいい。それが探索者ってもんだ。こだわりがなくっちゃ面白みに欠ける』って。そう言って笑ってたわ」
フィーはその時の情景を思い出しているのか、幸せそうに笑った。
「そのあと、こうも言われたの。『でもね、こだわりと大切なものをはかりにかけちゃいけないよ。本当に大切なものの前では、こだわりなんて、重いだけのゴミクズみたいなもんなんだから』って」
「・・・フィー」
フィーはポケットを漁って、一つの召喚笛を取り出した。
「ユーリ、これが召喚笛」
「え、でも、これはフィーのお金で買ったものでしょ?フィーが使った方が」
ユーリは受け取りを断ろうとした。
フィーの武器を売って手に入れた召喚笛なら、フィーが使うのが当たり前だからだ。
しかし、フィーは首を横に振った。
「まだ短剣に慣れてないわたしが召喚獣持ちになるより、ユーリが召喚獣を持った方がいいと思うから、使って。次に手に入ったらわたしが使うから」
「・・・わかった」
ユーリは受け取ったホイッスルのような形の召喚笛をまじまじと見て、・・・。
まじまじと見て、あらゆる角度から凝視しだした。
「・・・ユーリ、どうかした?」
「いや、こんな笛、どこがで見たことがあるような・・・」
何度も見回したあと、ユーリはがたりと音を立てて立ち上がった。
「あ!」
「?どうしたの」
ユーリはポケットをごそごそとして、ポケットの中から一つの笛を取り出した。
その笛は、召喚笛だった。
「え?」
「・・・ユーリ、それ召喚笛?」
「多分そう」
困惑するフィーとレイラにユーリは申し訳なさそうな顔をしていた。
「それ、どうしたの?」
「ほら、前にフィーを助けに行った時、合図のためにと思って確保して、そのまま持って帰ってきちゃってて」
一瞬空気が凍った。意を決して買い求めた召喚笛をユーリがすでに持っていたのだ。無理もない。
フィーはユーリの胸ぐらを掴んだ。
「どうしてくれるのよ。この空気、どうしてくれるのよ!!」
「ごめん!ほんとごめん!!まさかこれがそうだとは思わなくて」
「・・・ユーリ間抜け。わたしはちゃんと置いてきた」
ガクガクと頭をシェイクされながら、ユーリは必死に弁明した。
そんな二人を見て、レイラは耐えきれないように笑い出した。
吊られるようにして、ユーリとフィーも笑い出した。
「・・・ふ。あはは」
「あはは。もー、何よレイラ。笑っちゃって」
「・・・なんでもない。このいつもの雰囲気が楽しかっただけ」
「ははは。レイラの言う通りだな」
三人だけのクランメンバーはとても楽しげに笑っていた。