窓際クランの新人探索者
サンティア王国の王都は周囲を大きな城門に囲われた城塞都市だ。
城壁は野良の魔物が街に入り込まないようにするため堅牢に作られている。
中央に王城、四方に大きな城門がある。
王都は南西部にダンジョンを有する迷宮都市として知られている。
そんな王都の南門に春の日差しが差し込む中、一人の少年が王都に到着した。
街壁は形の揃った多くの石を積み上げられて作られており、通りは馬車でも通りやすい様に凹凸が少なくなっている。
それらは訪れるものに王国の力を見せつけるためのものだ。
だが、整った風景も少年には効果がない様だ。
「おぉ!でっけー!!」
少年は大きな顔を上げて喜色をあらわにしていた。
「でかい城!たくさんの亜人!よく訳のわからない屋台!まさに、これぞファンタジーって感じだな!」
王都の大通りで大声をあげていても、周りの人は大して反応しない。
田舎から出てきた少年がこのような行動を取るのは大して珍しくないからだ。
しかし、一般人が距離を置く少年に声をかける者がいた。
「そこの君」
「はい? あ、衛兵さん」
少年に声をかけた男性は槍を持ち、サンティア王国の紋章がついた軽装備を身にまとっている。
これは門にもいた衛兵も同じ格好だ。
一般人は気にしなくても、街を警備する衛兵は違う。
彼のような「おのぼりさん」が問題を起こさないようにするのも衛兵の仕事の一つだ。
とはいえ、元気のいい少年を叱りつけて黙らせるために声をかけたわけではない。
困っているなら助けようとという善意から声をかけた様だ。
「はっはっは。そう硬くならなくてもいいよ。別に取り締まろうとして声をかけたわけではないからね」
「あ、そうですか」
少年は少しだけ肩の力を抜いた。
「君みたいな子はよくいるからね。いちいち取り締まっていたらこちらの身がもたないよ」
恐縮する少年に衛兵は優しく声をかけ、衛兵は肩をすくめるような動作をした。
衛兵は改めて少年に向き合い、質問をした。
「君、王都は初めてかい?」
「はい! 成人したので、王都にきました」
少年が元気に答えると、衛兵は優しく笑った。
彼の様な前途ある若者を衛兵は好きだった。
衛兵は少し興味が湧いたので、少年について少し聞いて見ることにした。
「そうかい。商人の丁稚か何かかい?」
「いいえ、探索者になりにきました」
少年が元気にそういった。
探索者はサンティア王国で最も人気のある職業だ。
そして、探索者はいかにもファンタジーな仕事だ。
少年にとって、探索者になることはとても楽しみなことだった。声も弾んで当然である。
しかし、衛兵は申し訳なさそうに少し顔を潜めた。
少年はそんな衛兵の様子を訝しげに見た。
「?」
「あー、探索者になるにはどこかのクランに所属する必要があるんだ…。」
探索者はこの王都で最も人気のある職業だ。
迷宮と呼ばれる洞窟に潜り。
魔物と戦い。
魔物の核となる魔石を採取する。
この魔石がサンティア王国の主要な輸出品となっている。
優秀な探索者は国のお抱えとなったり、爵位を与えられることもあるくらいだ。
その分、規制もあり、探索者は国から認められたクランに所属する必要がある。
それを知らずに王都にきて夢破れて帰っていく若者がたくらんいる。
「あ、それは知っています。紹介状をもらってきました」
「そうかい! 少し見せてもらえるかな? クランハウスの場所がわかるかもしれない」
「本当ですか!?」
どうやら、今回の少年はちゃんと探索者になれる様だ。
人のいい衛兵はホッと胸をなでおろした。
そして、少年のために一肌脱ごうと、案内を申し出た。
衛兵の仕事として町のことをよく知っている。
ほとんどのクランのクランハウスを知っている彼にとって案内することは簡単な仕事だった。
「これです!」
「どれどれ?・・・!!『紅の獅子』!?」
手紙の宛先を見て、衛兵は驚愕の顔をした。
紹介状の宛先が『紅の獅子』という名前のクランだったからだ。
このクランはある意味有名で、今の王都に知らない者はいない。
そんなクランだった。
衛兵の顔に少年は何かを感じたのか。
少し不安そうな顔をして衛兵に尋ねた。
「?知らないところでしたか?」
「・・・あ、いや。・・・知っているところだったよ」
「!!よかった!クランハウスはどこにあるんですか?」
衛兵の様子は気になるが、とりあえず行き先が分かることに少年は笑顔を見せた。
衛兵は、そんな少年にこのクランのことを伝えるか悩み伝えるべきか少し悩んだ。
そして、とりあえず、クランハウスへの道順を伝えた。
「・・・クランハウスはこの道をまっすぐ行って3つ目の大通りを左に曲がった後、黄色い看板のパン屋の横の路地に入ってすぐのところだ。真っ赤なライオンの看板がかかっているから見つけるのは簡単だと思う」
「そうですか。ありがとうございました。それじゃあ」
少年は衛兵の様子は気にかかった。
しかし、考えてもわからないので、とりあえず紹介状を返してもらうと衛兵の案内の通りに目的地に向かって歩き出した。
衛兵は少し迷っているようだが、意を決したような顔をして少年に声をかけた。
「・・・あ、きみ・・・」
「? なんですか?」
「あー、なんだ・・・」
衛兵は声をかけたはいいが、少年の純粋そうな目を見て、その次が続かず、言葉を探してしまった。
数度言い淀んだ後、衛兵は結局伝えることを諦め、浅く息を吐いた。
「・・・いや、なんでもない。頑張りなさい。1年くらい頑張れば君ならなんとかなるよ」
「?? はい! がんばります」
衛兵は結局かける言葉が見つからず、応援して送り出すことになってしまった。
少年はよくわかっていなかったが、応援の言葉を受け取り、元気よく走り出した。
衛兵は走り去っていく少年の背中をなんとも言えない表情で見送った。
しばらくの間、衛兵はその場で立ち止まって、さっき走り去った少年のことを考えていた。
そこに、同僚の衛兵が話しかけてきた。
「浮かない顔してどうしたんだ?あの少年に何かあったのか?」
衛兵の同僚が少し暗い表情をしているのを見て声をかけてきた様だ。
どうやら、少年とのやりとりも見ていたらしい。
衛兵は、同僚にさっきの少年のことを伝えた。
「・・・さっき話していた少年、『紅の獅子』にはいるらしい」
「!?あの窓際クランのか?」
「あぁ」
「かわいそうに」
衛兵たちは去っていく少年の背中を見つめだがら呟いた。
彼らは少年に待ち受ける困難な未来を思って悲しい顔になった。
「来年潰れるかもしれないと教えてやるべきだったかな」
衛兵が伝えられなかったことはそれだった。
クランは国の主要産業を支える大切な組織だ。
そのため、素行が悪いクラン、成績が悪いクラン、問題が多いクランは解体されることになる。
そう、少年がこれから所属する『紅の獅子』は2年連続でクランでの魔石採取量が全クラン中最下位のため、今年も最下位だった場合はクラン解体となることが決まっているクランだった。
同僚は場を明るくするため勤めて明るい声で言った。
「まぁ、いいんじゃないか?すぐ知ることになるだろうし」
「そうだな」
「それに、1年ちゃんと探索者として働けば他のクランに拾ってもらえるだろ」
「そうだな」
衛兵はそんな希望をのべて、その話を終わりにした。
実際、探索者の世話をしていたり武器屋の丁稚をしていたり、冒険者として王都の外で活躍している人間がクランのメンバーの目に留まり、クランメンバーとして迎えられる例は少なくない。
弱小クランとは言え、『紅の獅子』のメンバーとして働いていれば他の仕事をしているよりはクランの目に留まりやすい。
その分、クランに誘われる可能性が多くなるのだ。
衛兵は名も知らない少年の未来が明るいことを祈りながら自分の仕事に戻っていった。




