26.野営をしてみよう
雫が魔法を完成させました。
自衛隊が20階層を攻略している時を同じくして、怜と雫は神奈川ダンジョンの18階層にいた。
雫の並行詠唱獲得から3週間、5階層を突破するパーティが溢れ、10階層を突破したパーティもちらほらと出てきた。
一般的に、最前線は14階層という中、雫には、怜という絶対的守護者と、ルーン語という大きなアドバンテージに加えて、新たに並列思考という圧倒的技能を手に入れた。
そのため、対等なレベルのモンスターでは、もはや相手にならず、多少格上で丁度良い相手として戦闘を行っていた。
多少格上と、一戦一戦を集中したレベルの戦闘をこなしていくと、レベルが上がることと、最低限の魔法の威力で処理できるようになっていったことでMPに余裕が出始めた。継続して戦闘をこなせるようになったことで、TPを速度や精神力に多く振ったお陰で、さらにレベルの上がるスピードがが早くなっていった。
しかし、いくら怜が一気に移動しているとはいえ、10階層を超えてくると流石に日帰りという行為を行うことが厳しくなってきた。ましてや午前中に学校へと通っている雫は、午後からダンジョンに潜っている。時間がもったいないし、せっかくならばここらで一度、野営の練習をしようと考え土日両方をダンジョンに費やそうと考えた訳だった。
ここには、6年間野営をし続けた野営のエキスパートたる怜がいる。いざ野営プロの技術を披露せんとしていた。初級ダンジョンには、モンスターが寄り付かないことと、水源があることからゲームになぞってセーフティエリアと呼ばれるようになった空間が、3階層に一か所程度存在する。だから、野営をするならば、基本的に3の倍数の階層となる。
10階層でジャイアントスネーク、15階層でオークの群れを討伐した後、17階層でコボルトやウルフの群れを相手にする事に限界を感じた雫を、怜が18階層のセーフティエリアまで一気に運んだため、現在2人がいる階層は18階層だ。
…ちなみに、1〜10階層は遺跡エリア、11〜15階層は草原エリア、16階層から18階層までは今のところ森林エリアだ。雫は、使用する属性を完全に、火からルーン語で理解したことによって習得した氷属性と雷属性に変えた。
残念ながら魔力効率といった点でマジックテントは完成していないため、ここに持ってくることはできなかったが、マジックバッグは循環魔法陣を完成させたことによって作ることに成功していた。
だから怜は、雫には、雫がデザインしたワンショルダー式の新しいマジックバッグをお試しにと、時空のダンジョンで宝箱の中から手に入れた魔法袋の二つを持たせていた。もしもの時のためにほとんど物は入れていないが、今回異常がなかった場合は量産する予定だ。
現在はとてもシンプルなデザインで、怜と雫好みのバッグになっているが、販売するときにはデザイナーにデザインを依頼することも良いと思っている。
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明けて次の日、怜は雫にアドバイスをしながら18階層から徐々に上層に登っていった。
「『アイシクルランス』!からの『サンダーボルト』!よし!」
「今のは良かったぞ!多数が相手になった時は一体一体確実にじゃなく、多くを足止めする事が大事だ!昨日の今日でよく気づけたな!」
「えへへ、昨日の夜、兄さんがダンジョンに潜っていた時の話を思い出しました」
雫には、ダンジョンのエキスパートと言える人物が常に付いているのだ。だから雫は、失敗を恐れずに戦闘をすることができている。しかも、魔導具ショップを始めたいというくらい大きな行動力があるため、言われた事だけをせずに戦闘したり、アドバイスを鵜呑みにせず自分で考えるという行為ができていた。
確信を持って行動する理論派の怜に対し、新しいことをトライ&エラーで検証していく行動派の雫は、ある意味とても相性が良かった。
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「よし!豚肉軍団は俺がやるか?それとも、また雫がやるか?」
「大多数も練習しましたし、昨日より効率よくやってみせます!」
戻ってきました15階層。一晩経つと既にリポップしているようで中には豚肉軍団…いや、オークの群れがいた。このオークの群れには、昨日雫が若干苦戦し、怜が何体か倒して突破していた。だが、雫はリベンジマッチへと挑戦するようだった。
「行きます!『ダイヤモンドダスト』!」
完成した雫のオリジナル氷魔法:ダイヤモンドダスト。一気に気温を下げ、敵の動きを鈍らせるとともに、視界を奪う。
「『アイシクルランス』!からの『ブリザード』!」
初挑戦時は、認識阻害のローブを着ていたにもかかわらず居場所を特定された。最初は何故なのか分からなかったが、その原因は匂いだった。オークなどの動物系モンスターは鼻が良く、見えていなくとも場所が分かるようだと気づいた。
だから雫はアイシクルランス、氷の槍で血を流させる。そこから更にブリザードで気温を下げることによって、傷から凍傷を引き起こさせると共に、血の匂いによって雫の居場所を分からなくしたのだ。この氷の槍も、今までの欠点を補うために傷をつけることに注意を置いているため、細いツララのような形状で完成した。
「トドメです!『ライトニングピアス』!」
雫は、長期戦や連戦時に、魔力が足りなくなる事が多かったため、魔力消費を抑えて小さく、貫通力を高めた雷属性魔法:ライトニングピアスで急所を的確に打ち抜き、見事15階層のフロアボスを倒した。 流れるような一連の動きに、怜でさえも立ち止まってしまっていた。
「…完璧な流れだったぞ雫!やっぱり雫は細かい操作が上手いな」
「ありがとうございます、兄さん。ライトニングピアスはやっと完成した雷の速度を重視した魔法なんですよ、驚きました?」
急所を撃ち抜く芸当など、実戦ですぐできるはずがない。きっと雷属性魔法の研究をし、怜を驚かせるためにこっそり練習していたのだろう。そして、驚いたか驚いていないかで言えば、とても驚いた。一か八かなどといったシーンは存在せず、しっかりと組み立てられた勝利、敵のアドバンテージを潰して自分を優位に立たせる魔法、その辺の考え方が自分と似ていることに怜は嬉しさを感じ、素直に「驚いたよ」と伝えた。
雫は頬が緩みそうになるのを抑えながら上層への階段を進む。
「そろそろ戻りましょう、明日は学校なのですから」
「そうだな…」
その時、怜がいいことを思いついたと言うようにニヤリとし、雫をお姫様抱っこに抱える。
「わ、ちょ、兄さん!?」
「明日は学校だから早く帰らなきゃな?…ってことで行くぞっ!」
「きゃああああああ!」
隠密神のローブを被りそのまま一気に走り出す。ハイヒューマンの速度Sのダッシュは、地面をえぐり、風圧でモンスターを吹き飛ばした。
誰の姿も見えないダンジョンの中で、雫の少しうれしそうな悲鳴だけが木霊した。
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「まったく…ひどい目にあいました…」
「まあまあ、途中から楽しんでいたじゃないか」
「にしても…ダンジョンの中は晴れていて、外は大荒れってなんだか変な気分です」
昨日に引き続き、外は台風で大荒れだ。ダンジョンの中は擬似太陽と言うべきものがあり、常に天候が決まっている。未だ前例はないが、もしかしたら変化する場所もあるのかもしれないが…
怜たちは現在レアドロップは換金に出しているが、17階層の魔石は怜の魔導具の実験に使われている。
怜が持っている魔石は最上級ダンジョンから入手した魔石のため、ほとんどが高品質だ。だから、怜の魔石で作れても、もしかしたら現在手に入る魔石では量産できないかもしれないから、現状取れる魔石である雫と共に集めたもので試しているのだ。
…ちなみに、要らないとは言われているが、ダンジョン会館で決められている買い取り金額の1.5倍位の金額を雫の貯金に入れている。
そして、今回も2日間で手に入れたレアドロップを換金するためにギルドへ向かう。
「怜くん!少しきてくれないか!」
「ん?雫と一緒でいいのなら大丈夫ですよ」
入った途端、菅原隊長が駆けつけてきた。かなり焦った様子を見せており、ずいぶんと長い時間待っていたようだ。
「怜くん、力を貸してくれ。…山梨県が壊滅した可能性が高い」
なんと言った?怜は考える。山梨県は隣だし、ダンジョンは無いはずだ。と考えると可能性はひとつしかないだろう。
「まさか、竜が降りてきたんですか?」
「いや…龍ではない。龍だったら誰もかなわないだろう…。運が良かったのか、悪かったのか富士山の方から大量の魔物が現れたと、ここに急いで駆け込んできた冒険者が言っていた。実際、山梨県とは一切連絡がつかないし、壊滅したと判断していいだろう…」
「つまり、未発見ダンジョンか…」
神々が施した封印は魔力やモンスターの数をリセットするものでは無い。むしろ、時計の針を止めるようなものだ。もし太古に間引きがほとんどされていない状態で封印が施されたとしたら、未発見、未討伐で約4ヶ月間放置されていれば氾濫する可能性もあったのだろう。いや、どっちにしろ発見すらされていなかったのだから、いつかはスタンピートが起きたはずだ。
「それで、何を頼みたいのですか?」
「モンスターを誘導、又はバリアを張る魔導具は無いか?山梨を通った魔物の半分がこちらに向かっている。このままでは神奈川県いや、日本が危ない」
読んでくださりありがとうございます。




