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「お客さん、用意はいいですか? それじゃあ 出発しましょうか」
島太郎に有無はありません。
最早、それしかないのです。
マスターが引き戸を開けると、一台の軽トラックが停まっています。
島太郎は 助手席に乗り込みました。
…… 狭い。それに座席が固いな ……
いつも広い後部座席の、まるでソファーのような柔らか座席に ふんぞり返って座っていた島太郎 。
もう 一生 そんなこともできなくなるかもしれません。
マスターの運転する 軽トラックは、ゆっくりと走り出しました。
車は、細い道をいくつか曲がりながら、大通りに出ました。
大通りに出てからは、道並みに走ります。
道の両端には、相も変わらず、薄汚れたビルが延々と建ち並んでいます。
何やら 夢のような不自然さえ感じられます。
三十分も走った頃でしょうか。
いきなり視界が拡がりました。海です。
車は左に曲がり、海に沿うように更に走ります。
やがて車の左手に、倉庫群が現れました。さらに倉庫に付随する、コンクリートのビルも目に入ります。
海には、大小さまざまな 漁船らしき船。
作業をしている人もいます。
どうやら 波止場のようです。
大きな倉庫の前で 車がゆっくり停まりました。
「お客さん、ここが今日からあなたが働く会社ですよ。さあ 降りてください」
島太郎は不安を感じながらも、もう後には引けない と車を降りました。
潮の香りが鼻をつきます。
見上げれば 分厚い雲が、空を覆っています。
島太郎のこれからの生活を、暗示するようです。
「さあ、行きましょう」
マスターが向かったのは 倉庫ではなく、その横の 三階建てのビルでした。
ビルの入り口には『凸凹水産』の看板が。
寒い寒いこの日、島太郎は人生の大半を過ごすこの会社『凸凹水産』と出会ったのでした。




