表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1-2

 始業式から4日後、入学式が行われた。

 上級生である二、三年生にとっては、さほど関わりのある行事ではなかったが、この日から部活動の新入生歓迎期間に入るため、各部活のユニホームや道具を持ってチラシを配る生徒と、その説明を立ったまま受ける新入生とで、生徒玄関までの道のりはかなり混雑していた。

 晴樹は軽音楽部に所属しているが、今日は彼が新歓活動を担当する日ではなかったため、仲間や先輩たちの姿を見つけ、軽く挨拶をして教室へ向かうことにした。

 のろのろと人の波に揺られながら各部活動のチラシを見たり声を聞いていると、二年生ながら一つだけ興味の湧く部活があった。写真部だった。

 ふらふらと写真部の前に立ち止まり『活動報告』と書かれたコルクボードに貼られた写真を眺めていると、頭の上から女性の声が聞こえた。

「ねーねー、君写真興味あるん?二年生でも全然ウェルカムだよ!」

 なんとなく頭の上から聞こえたため背の高い女性をイメージしていたが、顔を上げると晴樹の目の前に立っていたのは150センチほどの小柄な女性だった。

 校章の色を見る限り同じ二年生であるようだった。

「いや、なんていうか、ふらふらーっと立ち寄っただけで」

 晴樹は笑顔で言った。

「そうなんだ!でもせっかく立ち止まってくれたわけだし見てってやー。これとかこれとか私撮ったんだよ!」

 二年生の彼女はニコニコと三枚の写真を指差した。素人目だが、なるほどよく撮れている、と感じた。

 指差された写真から彼女に目を移そうとした時、一枚の写真に晴樹は目を奪われた。それはその風の吹く草原、青空と白い雲、一本の大きな木とその木陰に腰を下ろす男性とその子供、という構図の写真だった。素朴と言われれば素朴だし、ありきたりと言われればありきたりな写真であった。でも晴樹はそのどこにでもありそうな写真に目を奪われたのだった。

 その様子を見ていた二年生の彼女は何を勘違いしたのか、自分の写真に目を奪われていると思ったらしく、上機嫌になった。

「あれれお兄さん、私の写真に心奪われちゃった?」

「え?あ、うん。綺麗な写真だね」

「そやろそやろ?自信作なんよ」

 彼女は満足そうに何度もうんうんと頷いた。

「ちなみに、なんだけどさ、この写真とこの写真は誰が撮ったの?」

 晴樹は目を奪われた一枚と、もう一つは適当に選んだ一枚の写真の撮影者を尋ねた。こう聞いておけば彼女の機嫌を損ねることはないだろう。

「えーと、海の写真がソウシ君で、草原の写真がレイカさんやね」

「レイカさん……」

 晴樹は小さくその名前をつぶやいた。

 おそらくさん付けしているということは三年生の先輩なのであろう。

 あまりレイカさんの写真の前で長居して勘ぐられても困るので、晴樹は、どれもいい写真だった、と一言添えてその場を後にした。



 生徒玄関に入り靴を履き替えると先ほどの喧騒が嘘のように遠くなった気がする。

 二年四組の教室へと向かうと伊都希が晴樹の姿に気がつき、片手を上げた。

「ふぁーあ。おはよー」

 伊都希は大きく伸びをした。目尻に涙が溜まっている。

「おはよん。眠そうだね」

 晴樹は自分の席について筆箱や教科書を中にしまった。

「うんー。めちゃ眠い。眠いといえばハレ、優子ちゃんと別れたん?」

 何が眠いといえばなのだろうか。

「うん。別れたー。友達に戻ろうってさ」

「ああー。ハレって友達としての方が楽しそうだもんねー」

「全く同じことを向こうにも言われたわ」

 苦笑しながらも晴樹は驚いた。なぜこの親友はこんなにも俺のことがわかるんだろうか。

「ねーねー、伊都希さん。なぜこの桜井くんは割とモテるのに長く続かないんでしょうか……」

「んー、なんでだろね……」

 ややあって伊都希が口を開いた。

「まぁー、良くも悪くもちょうどいいんじゃない?見た目も中身も悪くないけど、1番ではないじゃん。だいたい二、三番目くらいっていうか。ファーストチョイスではないというか。ってごめん傷つけてる?」

 伊都希が笑いながら肩を揺すってくる。

 晴樹はスラスラと問題点が出てくるのが悲しかったのだろう。最初はニコニコ聞いていたが、だんだん顔が歪んできていた。しかしさすがは物心ついた時から一緒にいた幼馴染だと晴樹は感心した。

「まぁでもいいじゃん次に繋げれば。ハレの魅力に惹かれる人はいっぱいいると思うよ。まだ気づいてないだけ。もったいないねー」

 これもまたさすが幼馴染。傷心していた晴樹の心をすぐに癒してくれる。まあ実を言うと晴樹はあまり物事を深く考えるタイプではないため、別れた時はちゃんと悲しかったが、次の日にはけろっとしていた。

「お前は本当によく俺のことをわかっているなぁ。うんうん。元気でた」

 伊都希の肩を叩きながら晴樹はその幼馴染に感謝した。

 伊都希と付き合っちゃえばいいのに、と思う人もいるだろう。晴樹自身もできることならそうしたいと思っている。しかし伊都希には恋人がいるのだ。可愛らしい恋人が。そして晴樹も伊都希も同性愛者ではない。『伊都希』という名前は、なんとなく女性ぽく感じると思うが、そう、彼は男性である。



「そうそうあとさ、伊都希に聞きたいことあったんさ!彼女さんさ、写真部だったよね?レイカって人知ってたりしない?」

 伊都希は少し笑みを浮かべた。

「あー、知ってるよー!知り合いではないけどね。見たことはあるくらい」

「ほうほう。なんだよその顔は」

 伊都希の表情は笑みというより、にやけに変わっていた。

「まぁ綺麗な人だよね〜。でもハレってああいう人が好みだっけ?」

「ちゃうわ!そもそも見たこともないし。ただたまたま今日学校来る時写真部のところ立ち寄ったんだけど、レイカさんの写真見てビビっと来ちゃったんよねー!」

 伊都希は説明しているうちに、少しずつ興奮していく晴樹を愛らしく感じた。

「あんまし写真とか興味なかったんだけどさ、ああいう写真を撮る人ってどんな人なのか気になっちゃうやん?」

 晴樹は少し前の別れたことをイジられて沈んでたことを忘れてしまったかのように、笑っている。

「なるほどなるほど。じゃあ説明会行こうぜ?沙織に話通しとくからよ」

「まーじ!?頼むわ!めちゃ楽しみだ!でも緊張するなぁ。まあでも人見知りしないしなんとかなるか!」

 ふははっと晴樹は笑った。

「ハレはさ、やっぱり面白いね。なんで付き合うと面白くなくなるんだろね」

 伊都希は茶化した。

「うるせえ!はやく沙織ちゃんに話通してこい!」

「はいはい」

 伊都希は喜んだり、悲しんだり、笑ったり、めまぐるしく変わる表情を見てまた微笑んだ。そして、やっぱり晴樹は名前の通り、明るい時が1番好きだと思った。もちろん友達として。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ