私の妹と義妹がラブラブすぎて私の居場所がないんだけど
「もう男なんてこりごりだわ」
お母さんは常々そう言っている。
家族は三人。アラフォーと呼ばれる三十代の後半に入ったくせに二十代といっても通用するような年齢詐欺疑惑のあるお母さんと、今年大学受験で絶賛受験勉強中の私と、私より二つ年下の妹と。
妹が生まれるほんの少し前にお父さんとは別れたらしくて、私もあまり顔は覚えていない。
そんな私たちは三人で慎ましく、けれど幸せに過ごしている。
そんなある日の夕飯時、なぜかやたらと気合の入ったオムライスに私と妹のゆららが舌鼓をうっている最中の事だった。
「再婚しようと思うんだけど」
お母さんが爆弾を落とした。
私のオムライスを食べる腕が止まる。ゆららに至っては、口からケチャップライスがポロリとこぼれ、卵の明るい色をした切れ端が下唇のすみっこからだらりと垂れていた。
何時もだったらゆららの事をお行儀悪いなぁと文句を言っていただろうけど、それどころじゃない。
妹よりちょっとだけ早く硬直から復帰した私はお母さんに問いただす。
「……マジ? お母さん、あれだけ男はこりごりだって言ってたのに」
「マジよマジ。超本気です。それに結婚っていても籍入れるわけじゃないから、同棲? というより事実婚かな」
「ウソぉ……」
私とお母さんのやり取りを呆然と眺めていた妹もようやく硬直から立ち直り、信じられないと口にする。
「というよりお母さん、籍入れないんだ。それに、相手の人ってどんな人なの? 私達も知ってる人?」
私がそう尋ねると、お母さんはちょっと困ったように頬に人差し指をてて首を傾ける。
「んーとね、どんなことから説明していいか分からないんだけど、一言で言うとね、相手の人も女の人なのよ」
夕飯時に落とされた爆弾はただの爆弾ではなくて、超特大級の爆弾だった。
「それでね、相手の人は私の会社の同僚の人で私と一緒でバツイチなんだけど……「すとーっぷ! あたしらついてけてない。ちょっと時間頂戴」
しれっと続けて話そうとするお母さんをゆららが止めに入った。正直有り難い。私とゆらら、二人して深呼吸。
とりあえずの落ち着きを取り戻したところで、改めてもう一度お母さんに続きを話してもらう。
「えっと、もう一度初めから説明するわね。再婚なんだけど、相手の人も女の人なのよ。それで、相手の人は私の会社の同僚の人で、バツイチ。と、ここまではさっき話したわよね」
お母さんの言葉に私とゆららは頷いて続きを促す。
「それで相手の人も子供がいるんだけど、その子がゆららと同い年の子なのよ」
「男の子? 女の子?」
「女の子。といっても、私もまだその子には会ったことないんだけど……」
そんなこんなでその日はベッドに入るまで家族でお母さんの再婚の話をしてた。
「ねえゆらら」
「なに? お姉ちゃん」
「ゆららは新しい家族、不安? それとも楽しみ?」
「あたしは楽しみだよ。それに、再婚はお母さんが決めたことでしょ、お母さんが幸せだったらあたしはそれでいいと思うな」
もちろん少しは不安もあるけどね。と最後に付け加えて、ゆららは二段ベッドの上の段からから手すりを乗り越える様に私を覗き込んだ。
「ゆららは私なんかよりよっぽど大人だなぁ」
「そんなことないってば。お姉ちゃん、そんなに不安なの?」
「んー、私の場合、新しい生活への楽しみと不安と、受験の不安とがごちゃ混ぜになってドどれがどれなのか分からなくなってる感じ。結果的にちょっと不安の総量が多いからたぶん不安に感じてるだけなんだと思うけどさ」
「どんなに不安に思ったってなるようにしかならないよ。あたしたちの事も、お姉ちゃんの受験も」
「ゆららは私よりよっぽどお姉ちゃんらしいや」
新生活への数日前は、そんな会話をしていたのだ。
一週間後、引っ越した先は、一軒家。お母さんの再婚(?)相手の人と共同で借りたらしい。そして私たち子供組はお互いに、そしてお互いの親の再婚相手と初めての顔合わせである。普通は顔合わせが先で、順序が逆だと思うけど、そもそも親が女同士であるからにそんな問題は些細な事だと思ってしまう。
気にしたら負けだ。
「篠目十和子です……よろしくお願いします」
お相手の人の陰にこっそり隠れる様に、十和子と名乗った女の子はぺこりと頭を下げた。
「ごめんねぇ、十和子、結構人見知りするから」
お相手の人――――由紀さんは、困ったように笑っていた。聞いた話だとお母さんよりも二つ年上らしいのだけれど、若く見えるお母さんに負けないくらいに若々しい。どことなくのほほんとした女の人だ。
「私は山那麻夜、よろしく。上から読んでも下から読んでもやまなまや……なんつって」
「あたしは山那ゆららです。お姉ちゃんと違ってそんなネタみたいな名前じゃないんだけどね。よろしくね、十和子ちゃん」
「ゆらら酷い」
私とゆららのやり取りに、隠れていた十和子ちゃんがぷっと噴き出したのが分かった。そしておずおずと前に出てくると、お嬢様然とした容姿がはっきりと目に入る。
長くのばされた黒髪はきれいに手入れが行き届いているようで毛先までツヤツヤ。まつ毛が長くて目もぱっちり。背はちょっと小柄で百四十センチ後半くらいの、見た目は西洋人形と日本人形の良いところだけを総取りしたみたいな美少女だ。
「よろしくお願いします。お義姉さん、ゆららさん」
これが、小動物みたいにぺこりとお辞儀をする十和子ちゃんと私達姉妹の初邂逅だった。
一週間ほど経ったある日の事である。
学校から帰って来た私は最近の乾燥した空気にのどを憎らしいほどに痛めつけられて、帰宅してすぐに何か飲み物を飲もうとキッチンへとむかった。扉を開けると、すぐ近くにうろうろしている十和子ちゃんがいた。
「どしたの?」
「あの、紅茶を飲もうと思ったんですけど、いつも私が使ってるマグカップが見つからないのです」
「今朝お母さんが――――うちの方だけどさ、みんなのマグカップ漂白してるの見たからたぶんキッチンの下の扉の中じゃないかな――――ほら、あった」
私が未だ不慣れなキッチンの扉を開けてみせると、十和子ちゃんはくりくりとした目を輝かせて嬉しそうに笑った。
十和子ちゃんと私達姉妹はこの一週間でかなり打ち解けた気がする。初めて会ったときは一メートル以内に近づくとなんだか警戒されていた気がするけれど、この一週間でその距離は六十センチまで短くなった。目指すは私とゆららみたいにお互いゼロ距離でも緊張しないくらいの親しさだ。
生まれながらに長年積み上げてきたものには届かないだろうけど、少しでもこの距離は近づけていきたいなぁ。
と、そんなことを考えていたら、リビングに今度はゆららが入って来た。姉妹全員そろってなんだか私はテンション上がる。
それはゆららも一緒だったようで。
「いぇーい!」
私と、そして十和子ちゃんとハイタッチ。
……え? 十和子ちゃんと距離近ない?
「あ、ゆららちゃん。マグカップ見つかったよ。お義姉さんが見つけてくれたんだ」
「マジ? ナイスお姉ちゃん! これでお茶できるね」
ゆららはそう言って、十和子ちゃんと再度ハイタッチ。
……ねえ、ゼロ距離。
妹、一週間で距離近づきすぎじゃん。確かに私は十和子ちゃんよりちょっと年上だから関わりずらいかもしれないけどさ。ゆらら、いくら同い年だっていったって仲良くなるの早くない?
口に出すわけにもいかないから、喉のあたりまで出かけた言葉を飲み込む。乾燥したのどに追加でダメージだ。
そしてそのさらに二週間後、新生活が始まってから三週間たった日の事。
その日は私リビングのソファーでうたた寝をしてしまっていた。お昼から夕方までぐっすりだ。おまけに目が覚めた理由というのが居眠りをしたせいで受験に遅刻した夢を見たせいという、非常にリアリティーのある夢だった。
そして慌てて部屋に戻った私は見てしまったのである。
一言にまとめるなら、ゆららと十和子ちゃんが、ゼロ距離だった。
文字通りのゼロ距離、密着。
二人してカーペットの上に座り込んで、抱き合うように上半身を密着させて、おまけに顔までゼロ距離である、ありていに言えばキスをしていたのである。それも、部屋に入った私に気付いて顔を離したとたんに涎が糸を引くほどのすっごいディープなやつ。
「ちょお姉ちゃん! ノックしてノック!」
「ここ私ら三人の部屋じゃん」
何時もの飄々とした様子はどこへやら、動揺を隠しきれていないゆらら。
十和子ちゃんは顔を真っ赤にして俯いている。色白できれいな肌が今日は耳まで桃色に染まっていた。
「あー、お姉ちゃん、勘違いしないでね」
「何をよ。明らか現行犯だし、誤解する余地ないんじゃないの?」
「いや、あたしらそういう関係だから、その……いい機会だしちゃんとお姉ちゃんには知っといてもらおうかなって」
「…………いつからよ」
間があったのは、ゆららの回答が想像の埒外だったから頭が追い付かなくて。けれどなんとか疑問を絞り出すことが出来たのは、お母さんたちで多少は耐性がついていたからかもしれない。
「……先週です」
答えたのは、十和子ちゃん。消え入りそうな声だったけど、やけに静かな部屋の中にはよく響いた。
「マジか……」
漏れた言葉は、目の前で起きていた事実にではなく、一週間前にはゆららがこの人見知りの美少女とゼロ距離でいたことに対してのものだった。いまだに私は四十センチ以内に近づくと十和子ちゃんの人見知りが発動して少し身構えられるんだぞ。
「お母さんたちには当日にばれたんだけどさ」
「マジか……」
私、さっきからマジかとしか言ってないな。どうやらまだ驚きから復帰できていないらしい。
「まあそんなわけだからさ、お姉ちゃん」
何がそんなわけだというのだろう。十和子ちゃんの手を握りながら照れたように頭を掻くゆららを私は複雑な気分で見ていた。
その後は受験勉強が全く手につかなかった。ペンを握って落ち着こうとすればするほど、夕方の光景がフラッシュバックする。
おまけに気付いてしまった。家族の中で私一人ボッチなのである。母と義母、妹と義妹でくっついているのだ。そしたら血は争えないとかそんな不吉な言葉が頭をよぎり、たぶんそれはない……はず。と頭をふってその考えを追い出した。
早くひとり暮らしを始めよう。
私以外誰一人として甘い雰囲気とイチャコラを隠さなくなったその日の夕飯時、お母さんがやたら張り切って作ったオムライスを半ばやけくそにほおばりながら、そう心に決めた。
血は争えないとかいう伏線を残しつつ、続く予定はありません