第8話 ステータス
「つまり、僕たちが毛付きだと、ダメってことだな」
「そういうことニャ」
なら、方法はある。単純にこのまま黒装束を着て村に入ればいい。ただそれだけのことだ。村の連中は、ケゾールに頭が上がらない。あいにく僕たちはケゾールへ潜入するために、同じ格好をしている。
「着替えるぞ」
僕たちは一度馬車に戻り、黒装束に着替える。そして、もう一度大きな屋敷に3人で乗り込んだ。屋敷の中は広間になっており、そこには毛がフッサフサの羊のような老人と老婆がいた。老人はこちらに気づき、声を書けてきた。
「これはこれは、ケゾールソサエティーの皆様、きょ、今日は何ようで」
老人は、老婆をこの場から遠ざけると、ビクビクした様子で話しかけてきた。
「今日、一泊したいのだが、いいか? それと明日、橋を渡る」
少し怖声で話す。目一杯低い声で話したが、はたして……
「も、もちろん構いませんよ……あの、子どもたちは無事なのでしょうか……」
「もちろん無事だ! 何事にも励みたまえ(ハゲだけに)」
「は……ハゲはやめて……」
「ハッハッハ! 冗談だ。じゃあ、宿泊所に案内してくれるか」
「わかりました。おい、メイミー! ケゾールソサエティーの皆さまを宿泊所にお連れしろ!」
老人は、大きな声で叫んだ。奥の通路から、メイドの姿をした背が低くて若い羊っ娘が歩いてきた。その娘は、ミントの香りが漂いフワフワな毛並みだった。
──も……モフ……モフりたい……。
フッサフサのモッフモフだ。誰かが手入れしているのだろうか、しっかりとした毛並みだ。あれ、体が勝手に動く! 止まらない! 気がつくと、僕の体はメイミーに手を伸ばしていた。
「もっふもふー! もっふもふー!」
「ひゃっ! なに! 刈らないでっ!」
手で、肩のあたりのモフモフの感触を確かめた。ふわふわだあ!
「もっふもふー! も……」
──だめだ! ここでもふったら……!
モフってはだめだ。ここでモフったら、羊になってしまう。
──くっ……くそう!
僕は、モフモフを我慢した。
ここは、本能的に感じるものに従う。──羊より狼の方が強い──なので、羊になってはいけない。そんな気がした。ここは我慢したほうが良さそうだ。
「何してるニャ」
フィオラが、変態を見る目でこちらを眺めている。モフモフを理解していないやつの目だ。
「いや、なんでもない」
サッと言葉を発して受け流す。
羊っ娘は、僕に触られた瞬間、ものすごく怯えていた。黒装束に何かトラウマじみたことでもされたのだろうか、少しだけ心配になってきた。
──そういえば、ギルドの受付がスキルの話をしていたな。確かステータスが見れる、そんなものだと思った。ちょっと確認してみるか。
「【ステイト】!」
[
Name Yawato Ikenami (名前)
LV 2 (レベル)
GRA NOVICE (ギルドランク ノービス)
HP 110 (体力)
MFP 1100 (?)
AP 6 (アタックポイント)
DP 6 (ディフェンスポイント)
SP 6 (スピードポイント)
SK もふもふ (?)
RA 人間 (?)
▼(点滅中)
]
目の前に、文字の発光体が現れた。緑色に薄く光っている。
──これは、ギルドの契約書に書いてあったものと同じだ。それと下の方に下向きの黒い三角が点滅がある。これはいったいなんだろう。
僕は、その▼に触れた。すると、文字が上の方に流れ、新しい文字が現れた。
[
SRA 狼 LV 11
HP --(110)
MFP --(1100)
+AP 22(28)
+DP 10(16)
+SP 20(26)
SK 雄叫び
▼(点滅中)
]
──これは……今の獣人能力の上乗せステータス!?
見た感じで、どんな内容なのかは、自ずとわかった。狼と表示されているということは、今ので羊になったわけではないということがわかる。やはり、モフり倒さないとだめなのか、それとも条件があるのか、今の段階では分からなかった。
涙目になっているメイミーは、僕を振り払うように遠ざかり、宿の方を指差した。
「こっち」
羊っ娘は、やる気のない顔でこちらを睨みつけ、吐き捨てるように言葉を放った。一瞬、ムっとしたが、今はケゾールの姿なので、これぐらいはしょうがない。これが素直な反応なのだろう。
「よし、行くぞ」
僕は、フィオラとペスを連れ、羊っ娘の後を追った。薄暗い村の小道を抜け、集落の外れにある、少し大きな屋敷に着いた。客専用の宿なのだろうか、他の家より、少しだけ豪華だ。(さっきの屋敷よりは劣るが)
「ここ」
メイミーは、愛想のない声でそう言って、さっさとどこかへ行ってしまった。あの毛並み……モフモフしたかったなぁ……。
フィオラとペスは、真っ先に宿へと入っていった。
「立派な宿ですねぇ」
「豪華な宿に泊まれるニャ」
僕も、後に続いた。ゆっくりと屋敷へ入る。中は、かび臭く、埃っぽかった。外見とは裏腹に中は汚い。通路の奥の部屋に入り、寝室を確認する。小窓と簡素なベッドのある普通の寝室。ベッドのシーツは比較的新しいものが敷かれている。今日はゆっくり寝れそうだ。だが、その他はひどい有り様だった。
テーブルは割れて端の方に転がっている。タンスの引き出しは壊されており、壁にナイフを突き立てたような傷が複数、投げナイフでもして遊んでいたのだろうか。おそらく、ケゾールの奴等がやったに違いない。
辺りは暗くなる。僕とフィオラは、屋敷の広間でくつろいでいた。ペスは、馬車に積んである夕食を取りにいっている。ここの村人から食料を調達しても良かったのだが、今の僕達の印象は、村人にとっては最悪といっていいだろう。毒でも入れられたらたまったものじゃない。
それにしても……ペスが帰ってくるのが遅い。馬車までそう距離は遠くないはずなのに、約30分以上経っても戻ってこない。なにかトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。
「ペスはまだかニャ! おなか空いたニャ!」
「そうだね、ちょっと様子でも見てこようか」
フィオラが空腹そうにしていた。今にも餓死しそうな状態だ。仕方ないので様子を見に行くことにした。
屋敷から出ようと扉に手をかける。が、扉が開かない。押しても引いてもダメだ。
「あれ、この扉……壊れたのかな」
叩いたり蹴飛ばしたりしてみたが、開く気配はなかった。
──いったいどうなっているんだ、この扉は! まさか……閉じ込められた……!?
嫌な感じがしてきた。予想が正しければ、かなりやばい状況だ。もし、これが村人の仕掛けた罠だとしたら、僕とフィオラは危険な状況だということだ。そして、おそらく、食料を取りに行ったペスも、もしかすると狙われているかもしれない。
──そうだ、部屋の小窓からなら……。
僕は大急ぎでフィオラを呼ぶ。
「フィィオォォラァァ~」
「どうしたのニャ……飯まだかニャ」
フィオラがやる気なさそうに歩いてくる。
「この屋敷から出るぞ」
「いったいどうしたのニャ?」
「こっちだ!」
僕は、真っ先に部屋に入り小窓に向かって走った。だが、小窓の外は炎に包まれ、煙を上げながら激しく燃えていた。