第23話 はじめてのモフモフ
しばらく考え込んでいると、突然フィオラが、沈黙を破り、声をあげた。
「方法なら……あるニャ」
そう言って横やりを入れたフィオラは、持っていたバックから緑色の首輪を取り出した。少し、ミントの香りのようなものが漂ってくる。
「フィオラ……それは?」
「これは、『ガイトルリング』といって、自分の体に害をなすものから身を守るリングニャ。とにかく、これをつけてみるのニャ」
フィオラは、そう言うとペレイのほうに視線を向ける。「わたしが……つけるのか?」と、ペレイが答えると、フィオラはペレイにそのリングを渡す。ペレイは不思議そうにそのリングを眺めている。
「本当にこんなもので……」
ペレイはゆっくりとリングを首にかけた。だが、何も起こらない。
「な……なにか変わったのか?」
ペレイはフィオラに尋ねる。するとフィオラは言った。
「ラビィの体を触ってみるのニャ」
フィオラは、ペレイの左手を取り、強引にラビィの所まで持っていく。
「や……やめないか……! このわたしに、毛を触れと……!」
ペレイの左手は、ラビィのフッサフサな毛の中に吸い込まれる。
「は……早く……手を放せ……」
ペレイは強引にフィオラの手を振りほどき、ラビィの体から手を抜いた。
「わたしの手がまた……あれ……なんともない……」
ペレイの左手は、そのままだった。
「フィオラ、今のが効果なのか」正直、僕には効果がわからない。フィオラに説明を求めた。
「もとは、虫よけにつかってたものなのニャ。最近では性能が上がって毛や皮膚の保護も兼ねてるのニャ。それ一個で3か月はもつニャ。色が白くなったら交換するのニャ」
──そんなもので、アレルギーを防げるのか!?
いろいろと考えていた僕の立場は? というか、それ使って3か月過ぎたら? 体質は改善しなくてもいいのか?
いろいろと考えた。だが、結局、どうでもよくなった。
──ああ、そうだ。ここは異世界だった。現実のルールを適用して考えていた僕がばかだった。ここは彼女たちに任せよう。
ペレイは、何かを試したいようなそぶりでラビィに話しかける。
「ラビィ……もう少し、触らせてはくれぬか?」
「え……別にかわまないけど……」
ペレイがラビィをモフり始めた。フッサフサなラビィの腕の毛にほっぺを当てる。
「もふもふ、もふもふ……」
「はうぅ」
ラビィが変な声を上げる。それをペレイは無視して、背中の方に全身をこすり付ける。「もふもふ、もふもふ……」そして、どんどん顔を埋め始める。
「ふああぁ」
「こ……これが……もふもふ……このふわふわでふっさふさが……たまらなく触覚を潤す……そしてほんのりと暖かい体温……ああ、なんて幸せな気持ちにしてくれるんだ……」そう呟きながら、ペレイはモフモフを続けていた。
──まさか、ペレイがモフモフを……。
それは、ペレイにとってのはじめてのモフモフだったのだろう。正直、ペレイがモフモフするとは思いもよらなかった。モフモフは、こうも簡単に人をとりこにしてしまうものなのだろうか。
「もうだめぇ~」
ラビィの嫌がる声に気がついたペレイは、動きを止める。
「おっと……すまない。なんだか、とても良い感触だったのでな」
フィオラは自信満々に語る。
「こんな方法もあるニャ。体質なんて簡単に改善できるものじゃないのニャ。それを道具で補うのニャ」
「本当に……毛が汚れているのではなく……わたしの体の問題だった……そういうことになるのか……」
ようやくペレイは自分の間違いに気づいたようだ。だが……問題はペレイ自信の意思だ。
「なあ、ペレイ。こんなことはやめよう。もうじき、モフテンブルクの兵がやってくる。そうなったら、ここは潰される」
「そうか……すでにそこまで手がまわっているのか。だが、それはできない。わたしの体が原因だったことは認めよう。だが、わたしはここを守る責任がある。まあ、これから、毛を綺麗にするだけの、モフモフソサエティーにでもしようかと思う」
──な……なんてことだ! そんなものを作ったら……! いや、作ってほしい!
ペレイは、モフモフの良さをわかってくれたようだ。このような人材は、絶対に淘汰されてはいけない。僕は、そう思った。
「生き残ったら、この首のリングを探しにでもいこうか」
「その時は、わたしが紹介するニャ」
「すぐにここから立ち去るがよかろう。これが今のわたしにできる謝罪だ。だが、その前に、アンナ姫。そのしっぽをモフらせてはくれないか」
「わ……わたしの……ですか……? す……少しだけ……少しだけですよ……しっぽは特に……」
「アンナ姫、感謝する」
そういって、ペレイはアンナ姫のしっぽに軽く抱きついた。
「ああ……こんなに……とってもよい毛並みだ……わたしはずっとこのような手入れの行き届いた毛を怠惰などと称して……本当にすまなかった……」
ペレイは、涙を流しながら、しっぽを大事に抱えていた。
────カッチャカッチャカチャカチャカチャカチャカチャッ……。
突然、カスタネットのような音と歌声のようなものが、らせん階段のほうから聞こえてくる。バルコニーに姿を現したのは、毛抜きのカイザーだった。
「あらら~それは~いけません~ね~。そ~れ~じゃ~。わたした~ちが~。毛を生やせなくなった意味があ~りません(カチャカチャ)」
それを見たペレイは「カイザー!」と、声を上げる。
──毛抜きのカイザー、もう復活したのか……。
「あ~な~た~。よくもやってくれた~わ~ね~。今度は~そうは~いかないわよ~(カチャカチャ)」
カイザーは、僕をにらみ付けてくる。
──まずい……無敵も超必殺技もない……耳もなくなっている……。
この状態で戦闘になるのは避けたい。だが、そうもいっていられない。
「おおっと~そ~の~ま~え~に~っ。ペレイ様~いやペレイ~。君が~ケゾールの~教祖をやめる~なら~。その金髪を~すべ~て~わた~しが~抜いて~あげ~ます~(カチャカチャ)」
カイザーの視線がペレイに向いた。どうやら、ペレイを狙っている。どうやら助かったようだ。僕としては、助ける義理はないが、助けてあげたい気もする。けど、そんな力を出すことは、今の僕にはできない。
カイザーの声にペレイは答える。
「カイザー。いいでしょう。わたしの神の毛をむしりなさい。それがあなた方への償いです」
「もの~わかりが~いいですねぇ~(カチャカチャ)お望み~通り~むしって~あげ~ます~(カチャカチャ)」
カイザーの両手の貝が開く。そして、ペレイに向かって魔の手が伸びる。
「まていっ!」
ペレイの前に、黒い物体が立ちふさがった。よく見るとそれは、僕が黒焦げにして吹っ飛ばしたジッポーだった。
「ジッポー、まだ動けるのか!」僕は、驚いて叫んだ。すると「ふんっ……主の危機に何もできないでどうする。だが、柔人……お前には一応礼を言っておく」と、言葉を吐いて、カイザーを睨み付けた。
「ジッポ~あなたもわたしのように~毛が~生え~ない~のに~なぜですか~(カチャカチャ)」
「おれはな、ペレイ様のために毛をなくしたんだ。後悔はしていない。」
そう言うと、ジッポーは、大きく息を吸い込み、火炎放射のように炎を噴射した。カイザーはそれを、竜巻のように回転して散らす。
「ジッポーはあれで、結構頼れる男です。あなたたちは、ここから出るのです。早く!」
ペレイは、僕たちをここから逃げるように促した。あの攻撃を受けて平気なジッポーなら、ここで倒れることはないだろう。(……て、なんで僕がやつの心配しなきゃいけないんだ……)
「みんな、逃げよう」
「わかったのニャ。みんな柔人に続くのニャ~」
僕たちは、このすきにバルコニーから飛び降りて壁の斜面を滑り降り、儀式場を駆け抜け、その場を脱出した。僕の任務はケゾールソサエティーの壊滅ではない。ただ、この狐っ娘のアンナ姫を助けに来ただけだ。それ以上、深入りするつもりはない。あとは、当事者の問題だ。
任務を達成した僕たちは、ケゾールソサエティーを後にし、モクテンブルク城へと向かった。




