第19話 毛焼きのゴリラ
少し、冷静に状況を分析してみることにした。すでに、子供たちはケゾールの洗脳下に置かれている。だが、その割には自分たちの毛を怖がっていない。なにか、理由があるのだろう。それと、白装束を着ていたラビィが毛を生やしていてもおとがめなしなのは、おそらく儀式と関係しているからだ。ならば、フィオラとメリルのいいわけが立つ。
「みんな、聞いてくれ。彼女達は、儀式のために毛を剃らないんだ!」
「「「儀式?」」」
子供たちがざわめく。
「そうだ。だから、おとなしく僕らの言うことをきいてくれないかな」
「「「はーい」」」
子供たちは一斉に素直に返事をした。
──どうやら、うまくいったみたいだ。
「メリル、子供たちの脱出、任せていいか」
「わかりました。必ずここから逃してみせます。柔人殿も、お気をつけて」
「ああ、必ずアンナを助けてここを出る」
子供たちに、メリルの後をついていくように命じると、彼らは素直についていった。洗脳状態を利用した形になるが、手っ取り早く逃がすことができたので、よしとしよう。あとは、アンナの救出だ。
「ラビィ、案内を頼む」
「わっかりましたー。やります。もう、やってやります!」
どうやらラビィは、子供たちを助けることに成功したのを見て、自分もやる気をだしたようだ。僕は、フィオラとラビィを連れて、このエリアを後にした。
広間にもどる。大きな入り口の門には、裸の女神像のような彫刻が掘られていた。僕たちは、その門をくぐり、先へと進む。市松模様の床のある通路をゆっくりと歩く。壁の横には、毛を刈り取った亜人の像が等間隔で並べてある。ラスボスへと通じる通路を歩いている気分だ。
「なんか、ソワソワするのニャ」
「どうしたフィオラ。まさか、洗脳じゃないだろうな」
「それとは違うのニャ。なんていうか、今までとちがって空気がものすごく淀んでるのニャ。何かの焼けた臭い……不快な臭いなのニャ」
「言われてみれば……」
突然、ラビィが口をひらく。
「たぶん、それはジッポーが毛焼きをしたんだとおもう」
「ジッポー?」
「炎をつかう、ゴリラの亜人なんだけど」
「まさか、儀式場にいた、あのゴリラか!」
「その亜人、炎を吐いて毛を焼くのよ。で、ついた名前は毛焼きのジッポー」
「あの魔法陣で焼いたやつか」
「儀式の炎はペレイ様のものなんだけどね。彼の炎は普通の炎。永久脱毛じゃないけど、食らうと熱いわよ」
「なるほど……」
「熱いの嫌なのニャ」
それは、僕たちを焼き殺すこともできるということなのだろうか。炎の対策なんてしていない。遭遇したら、逃げるしか方法はないだろう。
だが、そうはさせてもらえなさそうだ。僕たちの後方から、黒装束を腰に巻いて上半身をむき出しにした、モヒカン姿の毛なしゴリラ、ジッポーが姿を現した。
「無駄毛を滅却すれば、火もまた涼し。お前たちのような不心得者は万年毛焼きの刑だ!」
低い声で、僕たちを威嚇する。どうやら、僕たちが侵入者だということば、ばれているようだ。ジッポーの後方で、黒装束の男たちが数名、通路を塞いでいる。
「毛のないゴリラなんて、ちっとも怖くないのニャ」
フィオラは負けじと牙を見せて、シャーッと声を出し、ジッポーを威嚇した。
──近くで見ると、強そうだ。鍛えられた筋肉、毛がないとはいえ、引き締まった黒色の肌、昔はやったゲームを思い出す。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。こいつをどうにかしなければ……。
とにかく、やぶれかぶれで僕はスキルを使った。
「くらえ! 【ウサピョンキック】!」
華麗に飛び蹴りを食らわす。ジッポーの巨体はよろめいた。だが、それだけだった。あまり、ダメージは入っていない様子だ。
「効かぬ、効かぬぞ、愚か者どもよ」
そう言うとジッポーは、大きく息を吸い込み始めた。このアクションは、間違いなく炎を吐く予備動作だ。
僕はとっさに黒装束を脱ぎ、前面に広げた。もちろん、ズボンは履いているので下半身の露出はない。予想通り、ジッポーは、口から火を吹き出し、広がる黒装束を一瞬で焼き飛ばした。
その後ジッポーは、上半身が裸になった僕の姿を、舐めまわすように眺めていた。
「んん、その体……ペレイ様と同じ、肌色の……まさか……。いや、お前のその黒い髪……ペレイ様と同じはずはない、お前のその毛は、悪魔の毛だ!」
僕の髪の毛を指差しながら、ジッポーは声を上げた。
「なぜ悪魔!?」
──勝手に悪魔呼ばわりするなっ!
ペレイのように金髪なら、神の毛と呼ばれるのか?
「お前、なぜペレイ様の真似をしている!」
「もともと僕は、この体だ!」
「嘘をつくな! 肌の色を生えても、そのドス黒い髪はまねることができなかったようだな」
そしてまた、ジッポーは息を吸い始める。
──くそ、こうなったら。
「行くぞ! フィオラ、ラビィ!」
先へ向かって全力で走った。フィオラもラビィも、それに反応してついてくる。さすが、足の速い種族だ。
「ま、まて! おまえら! ペレイ様の所にはいかせない!」
やつらは、出口をふさいでいただけだ。先へ進むことはたやすい。だが、これは時間稼ぎだ。フィオラとラビィの服を使って攻撃を防いでも、使えるのは2回きりだ。それ以外で、やつの炎に対する対策を練らなければならない。
「あ、あそこ。下の階段。そこ降りると宝物庫」
ラビィが指差しながら叫ぶ。その指差した場所に階段があった。宝物庫はたしか、アンナが捕まっている場所だ。
その瞬間、僕は、この局面を打開する作戦を一つだけ思いついた。だが、成功する確率は極めて低い。何もしないよりはましといった程度のものだ。
「ラビィ。宝物庫へ案内しろ!」
「わっかりました~」
僕は、ラビィの後を追った。通路は狭く、ガラクタのようなものがあちこちに散乱していた。
「ああ、これは! スパイスの壺! それに、ミルミルの実、ココココ羅針盤まである!」
どうやら、そのガラクタはフィオラにとっては、お宝の山だったようだ。だが、それを確保する時間はない。
先へ進むと、宝物庫の奥の突き当りに、頑丈そうな扉の倉庫を発見した。おそらく、そこがアンナが捕まっている場所だ。僕は、その扉に向けてスキルを使う。
「【ウサピョンキック】!」
──ドカッ!
扉は、僕の繰り出す蹴りで、勢いよく吹き飛んだ。倉庫の中を確認する。すると、倉庫の隅の方に立派なシッポを持った狐っ娘姫のアンナが、おびえるようにうずくまっていた。
「な……なんですか……わたしをどうするつもりですか……」
アンナ姫は、か細い声を上げた。
「アンナ姫……ですか?」
「そうです。わたしは、モフテンブルクの姫、アンナ・F・コンチェルトといいます」
「僕たちは、モフテンブルクの王、アルパッカード・モフテンから依頼を受けてあなたを助けにきました」
「まあ、おじ様が……こんなわたしを……」
「とにかく、ここを出ましょう。と、いいたいところなんだけど……」
「どうか、なされたのですか?」
「急いでいます! その立派なシッポを、モフらせてくださいっ!」
この局面を打開できるかどうかは、この娘のモフモフスキルにかかっている。僕は、このモフモフに運命をかけた。