第18話 毛抜きの脅威
「名付けて、【貝の舞】!」
メリルを倒したカイザーは、誇らしげに技の名前を叫ぶ。
──奴の攻撃は、貝で挟んでむしり取るのか……。
確かに痛そうだ。さらに、脱毛ショックも合わせてダブルショックだ。問題は貝……あの貝さえどうにかできれば!
「さあ~つ~ぎは~。ど~な~た~ですかぁ~(カッチャカチャカチャカチャッ!)」
勝ち誇ったようにカイザーは耳障りな貝の音を鳴らす。
「僕が、相手だ!」
一つだけ、あの貝をどうにかする方法を思いついた。奴がもう一度回転技を出せば、貝を無効化できるかもしれない。フィオラに僕の合図でとっておきの攻撃をするように指示する。
「だ、大丈夫なのかニャ」
「ああ、絶対うまくいくはずだ!」
成功する前提で実行するしか、ここを切り抜けるには道はない。あとは伸るか反るかだ。定石通り、僕はカイザーを挑発する。
「【貝の舞】は見切った! 僕の勝ちだ!」
「見切った~それは~本当~ですかぁ~(カチャカチャ)」
カイザーは、疑いの目で睨み付けてくる。挑発の効果はあったようだ。僕は、体を低くして獣モードに入り、素早い動きでカイザーから離れたところを通って、白い部屋を出た。
「まさか~逃げるの~です~か~」
カイザーが踊りながら挑発してくる。だが、僕はそれを無視して通路の土塊を奴にばれないようにひろった。これで仕込みは完璧だ。
「ここじゃ狭いからな」
「どちらも~同じのよ~な~気がしま~すが~」
いや、同じではない。そして、地の利は僕にある。カイザーは、僕を追ってラビィのいた部屋から出てきた。ならば、今のとっておきのスキルを打ち込んで、奴を本気にさせるだけだ。
「【ウサピョンキック】!」
スキルを使用する。僕の体は軽くなる。豪快にジャンプし、両足を合わせた飛び蹴りを繰り出す。
だが、それをカイザーは、腕を交差し、貝を開いて受け止める。
「な~かなかの~い~りょく~で~すね~。で~もだ~めだ~めだ~めぇ~! よ~わす~ぎま~すぅ~(ガチャチャガチャチャチャッ!)」
カイザーは、僕を軽く吹き飛ばし、回転を始めた。【貝の舞】を始めたようだ。どんどん回転速度を上げて音を鳴らしながら近づいてくる!
──かかった!
カイザーが近づいた瞬間を狙って、持っていた土塊を崩し、カイザーめがけてばらまいた。
────ジャッ、ジャッ、ジャッ…………。
貝の音が変わった。貝が土をかんだおかげでかみ合わせが悪くなったはずだ。効果は一時的、馴染む前に決着をつけなければならない。
「フィオラ!」
僕は、フィオラに攻撃の合図をした。フィオラはそれに合わせてカイザーに飛びかかる。
「くらうニャ! ネコキックなのニャ!」
フィオラのネコキックは、カイザーの回転を止めた。だが、貝の攻撃は続くカイザーはフィオラの首元の毛をちぎり飛ばそうとする。だが、土をかんだせいで、綺麗に毛をつかむことができず、鈍い音をたてて滑る。
「この不協和音はな~んで~すか~ああああっ!」
「くらうニャ! ネコパンチ! ネコパンチ! ネコ……」
フィオラは、腕を回転させながら、パンチを連打する。そして、カイザーがひるんだところを押さえ込んだ。
「柔人! とどめなのニャ!」
「わかった! いくぞ! 【ウサピョンキック】!」
今度は、無防備なカイザーへのスキルアタックだ。僕の蹴りは、カイザーの腹部を直撃する。
「ぐほおおおおおお! ば、ばかなああああぁぁ!」
「油断した、お前の負けだ!」
カイザーは、その場で崩れるように倒れ、気を失う。勝負はついた。モヒカンの頭を晒したカイザーは、とても悔しそうな顔で伸びていた。
毛を貝でつまんでちぎり飛ばす、こいつは、そんな攻撃を仕掛けてきた。こんな凶暴な奴は、あとどのぐらいいるのだろうか。
これ以上犠牲者を増やしてはいけない。僕は、ケゾールソサエティーの凶暴さを改めて認識した。
ほどなく、メリルが脱毛ショックから回復する。
「申し訳ない、柔人殿……」
「メリル、大丈夫か?」
「はい、倒してしまわれたのですね、さすが柔人殿です」
「ああ、それよりも、子供たちを早く助けに行かないと」
「そうですね」
僕は、ラビィに毛枯れの間への案内を頼む。
「案内してくれるか、ラビィ」
「あ……案内すればいいのね……大丈夫かしら」
「柔人がいるから大丈夫なのニャ」
フィオラはラビィの背中を軽く叩く。ラビィはさっきよりも笑顔を見せていた。黒装束の幹部を倒したことによって、安心したのだろう。
僕たちは、毛枯れの間を目指して先へと進んだ。途中から、石造りの通路が姿を現し、下へと階段が続いていた。まるで、塔の中にいるようだ。この下が毛枯れの間なのだろうか。
階段を降り、広間についた。広間の中央には台座があり、水晶のようなものが置かれていた。そして、それを囲むように、50名ぐらいの子供たちが祈りを捧げていた。さっきの儀式を思い出すような光景だ。
「あれは! ファム! それに、クリムも! そして、他のみんなも……無事だったのか!」
子供たちは、毛を剃られてはいなかった。いたって健康そうな顔色だ。あとは、この子たちを連れて逃げ出すだけだ。だが、これだけの人数を連れて逃げることができるのだろうか。
「わたしと柔人で、ボスを叩いているうちにメリルが連れて逃げるのニャ!」
「ああ、それはいい作戦だなって……ボスを叩くのか! 狐っ娘姫はどうするんだ!」
「倒してから救出してめでたしめでたしなのニャ」
──任務の内容が違うじゃないか!
「任務のハードル上げないでくれ! まず先に狐っ娘姫を見つけてからでもいいだろ。別に無理して倒す必要なんてないんだ。適当に注意を引き付けて、子供たちを逃がしたら僕たちも逃げればいいだけだ!」
「柔人なら、できると思ったのニャ~」
「いや、無理だからっ!」
「とにかく、先に狐っ娘姫を見つける。その後、ボスの注意をひきつけて子供たちと狐っ娘姫を逃がして、最後に撤退する。いいね!」
「わかったのニャ~」
なんとかフィオラを説得した。余計なことをして失敗でもしたら、たまったものじゃない。
「あの、わたしはどうするの」
ラビィが不思議そうな顔で聞いてくる。あまり難しい任務を与えるわけにはいかないが、状況が状況だけに、ラビィにも手伝ってもらうことにした。
「ラビィ、君は案内をお願いしたい」
「ええ~、わたしも逃げたい~っ」
「柔人を信じるのニャ」
だいたい作戦は決まった。手始めに、メリルに子どもたちを助けに来たことを伝えてもらう。
「みんな、助けにきた! わたしはクラウド村のメリルだ。もう安心だ。ここから出よう!」
子どもたちは、一斉にこちらを見る。すると突然何かに恐怖した表情をして、僕たちから離れていった。
「毛だ!」「毛だ!」「毛、こわーい」「毛だよぉ、こないでぇ!」「毛は出てけ!」「怠惰!」…………
メリルの姿を見た子供たちは、気が狂ったように毛を怖がり始める。まさか、洗脳されているのだろうか!
「メリル、これはもしかすると……洗脳されているのかもしれない」
「洗脳! な、なんてことだ……それでは、ここから連れ出すなんて……」
「だから扉がなかったニャか。それなら閉じ込めておく必要がないのニャ」
──これじゃ、作戦が実行できない。何か……ないのか……。