第83話 俺のホーム
「ペタ、その子達は飼えません。捨てて来なさい」
「なんでだ!ハルキのケチ!ケチちょう!」
おい、あのケチ長と一緒にするな。猛獣を拾って来た子供を止めるのは親……じゃないけど保護者としての責任だと思うぞ。犬か猫なら許す。
何故かペタの後を付いて来る3匹の石ヤドカリ。こいつ道端にいた奴にも何かやったな?
この石ヤドカリは食える物なら何でも食うタイプだ。フォレストウルフを食っていた。積極的に襲っては来ないが、一度食う、というスイッチが入ったらアリのように群がって、巨大な相手でも食ってしまう。そういう奴だ。数もメチャクチャ多い。
地球の軍隊アリみたいに、進む先にいる生物は虫から馬まで食う、みたいな事は無いみたいだが、一度、群れに飲み込まれたらまず助からないだろう。
軍隊アリは100万匹以上で襲って来るとか。めっちゃ怖い。だが、この石ヤドカリの怖さは数だけじゃない。その殻の硬さだ。集まって来た奴を追い払おうにも、殴ろうが剣で斬り付けようが恐らく効かない。貫通力の高い鉄の矢を弾く硬さだ。
更に、このヤドカリとしては破格のサイズのこいつらは、ハサミの力が強い。沖縄に生息するヤシガニというヤドカリのデカいのは、挟む力が300キロを超える。分かりやすく言うと、ライオンに噛まれるより痛いって事だ。
そしてそのヤシガニよりデカいこいつらに挟まれたら、多分もっと痛い。いや、痛いとかじゃなく腕ぐらい一発でちょん切られる。
「イチとニとサンは、村でかうんだ!」
お前、名前が……いやそれはいい。ここは、ハッキリさせておこう。ペタにも分かるように簡潔にだ。
「ペタ、いいか。こいつらは……モンスターだ」
激震が走った。音は無いがそんな感じ。
ペタがポカーンとなったのを始め、リカータさんや商会の面々、護衛のギルド員達までもが唖然としている。こいつら、全員可愛いと思って見てたな?いや、俺もさっきまではそうだったけど。
「あの、でもハルキ様。この子達は襲って来ませんし」
リカータさんがあたふたと言う。この星ではモンスター認定されたら即処分だ。でも、この場に、この石ヤドカリを知っていた人族はいない。みんな可愛い動物だと思ってたんだろう。
だが今はハッキリさせた方が良いんだ。
「こいつらは、普段は大人しいですが、腹が減ったら襲って来ます」
森の中をビッと指さす。
「今も森の中でフォレストウルフの群れが、こいつら1000匹ぐらいに襲われて全滅していました」
うん。数とか色々大袈裟に言った。だけど危ない動物をモンスターと言うなら、こいつらはモンスターだ。間違いなく人だって食うぞ。
ペタが森に飛び込もうとしたのを片手で止める。
「みてくる!みてくる!」
バタバタ暴れるペタ。だが、今あそこは危ない。行かせられない。
足元には3匹の石ヤドカリが触覚をフラフラさせている。こういう所だ。この星のおかしいところは。どっちかしかない。モンスターか、そうじゃないか。
俺の感覚なら、自然界に生きる生物は全て何かしらの武器を持って自分の命を守っている。小さいウィルスから巨大な鯨までそうだ。そうなると、こっちの考え方では人族以外、全てモンスターになってしまう。それはおかしいよな。
俺の記憶では地球で1番人を殺す動物は、蚊だ。もちろん、血を吸い尽されて死ぬ訳じゃない。病気を運んで来る。だが、こっちの星でだって蚊をモンスターと呼ぶ奴はいない。一番危険なのに。
2位が人間なのは、まあ皮肉な話だが、確か4位あたりに犬が入る。あの人間の最高の友、犬がだ。
これだって噛み殺されるとかは少ない。やっぱり病気だ、狂犬病だな。だけど、もし地球上の犬を全部殺せば、世界中で年間5万人の人間の命が助かる。それを知っていても殺さないのが地球の感覚だ。狂犬病を克服しようとする。そうすれば良い友でいられるからだ。
だけど、こっちでそういう事実が広まれば、犬はモンスター認定だ。見つかり次第、狩られるだろう。極端なんだよ。
大事なのは、種族として危ないかだけじゃない。その時、その状況で危険かどうかだ。動物園のライオンを危ないと言って外から撃つ馬鹿はいない。
今、足元で何も考えていないように見える石ヤドカリは正直、危なくないと俺も思っている。だが、森の中で食事中の奴らは危険だ。こっちの人族はそういう判断が出来ない。
モンスターなら危険、危険ならモンスター。としか考えない。ペタもだ。
だから俺は、こいつらをモンスターと言った。
こう言わなきゃ、この星では危険が伝わらない。
いや、地球でだって思い込みだけで似たような扱いを受けた生き物はいただろうな。現代ではかなりの動物の生態が分かっているから、危ない状況かどうかを判断する余裕ができたんだ。
この星もいつかそうなるだろう。そうなるといいなあ。博士を目指そうかな。
「ほんとだ、モンスターだった」
ペタがピョンッと森から戻って来た。あれ?ちょっと色々考えてる間にペタが腕から抜け出して森に入ってた。俺のアホ、何やってんだ。
リカータさんが慌てる。
「そんな、じゃあこの子達もやっぱりモンスターなのね」
「いちまんびきぐらいいたぞ」
ペタがなんかおかしな事を言っている。こいつが100までしか数えられないのを、俺は知っている。100を教えたのは俺だからだ。それに多めに言ったけど、いても2~300匹だろ。
「よいしょ、よいしょ」
ペタが3匹の石ヤドカリをひっくり返しはじめた。
そして、え?ナイフを?え?順番に?え?刺して……
「もってかえって、くってみような!」
「そうね、もし美味しかったら売れるかも」
そう言って笑い合うペタとリカータさん。護衛連中も、道端でじっとしている石ヤドカリをひっくり返して剣や槍で刺し始めた。
俺、この星やだ、もう。
「お前ら、あんまり獲り過ぎんなよー、毒でもあったら無駄になるぞー」
道端で石ヤドカリを見つけ次第、ひっくり返していくペタやギルド員達に声を掛けながら進む事、2時間ほど。
無事、モンスターに出会う事もなく、明るいうちに狐族の村の入り口に到着した。いや石ヤドカリはモンスターなんだが。
「うああああ!ただいまーーー!」
ペタが大興奮で村に飛び込んで行く。いや、俺もちょっと懐かしすぎてウルっとしそうだ。2週間ぶりぐらいか?石ヤドカリの事は一度忘れよう。
もうこの辺りは、狐族の村の至宝、ドラゴンの鱗の効果範囲内だ。普通のモンスターや動物は近づかない。
多分、ゴブリンとかには効かないと思うが、そもそもあいつらは滅多に森に入らないらしい。森は普通に危ないからだ。なんでそんな場所にこだわる狐族。
俺もササっと入りたいが、一応護衛任務だ。リカータ商会の馬車と一緒に村の入り口にかかっている橋を渡る。大雨が降ったからだろうな、小川の幅が大分広がって水も多い。
「ハルキ様!お帰りなさい!」
狐族の兄ちゃんが声をかけて来た。名前は全然覚えてない。だが、顔は見覚えがある。狩人の人じゃないな、皮の処理とかやってた人だ。だけどお帰りって言われると、俺のホームはここなんだなあってジンと来る。
「よう久しぶり。皆、元気?」
軽く手を挙げて返事をする。おもわず笑顔になってしまう。作った笑顔じゃないから怖くは無いはずだ。ホラーじゃないよな?
「はい、みんな毎日忙しく頑張ってます!そうだ、村長に伝えて来ますね!」
ほら、兄ちゃんも笑顔だ。忙しいのか、良い事だな。俺を信じて日常生活してたわけだ。そんなに信じられてたのか。
村の中心に走って行く兄ちゃんの背中を見ながら思う。俺が騎士の問題を解決するって誰も疑ってなかったのか。やべえ、嬉しい。だけど失敗してたら帰って来れなかったな、危ねえ。
ちなみにペタの背中なんかとっくに見えない。
馬車と一緒に村の中を進む。村人がみんな笑顔で声を掛けて来る。その度に手を振って返事を返す俺。その姿を見てリカータさんが、
「人気者なんですね」
と、微笑んでくる。この人はドラゴンの鱗関係の問題を知らないからなあ。まあ、もう終わったし言う必要もない。
「ハルキ様がいれば、商談がまとまりやすいかも……」
ほら、こんな事を呟く人には、あまり詳しくは話さない方が良い。それに、俺の護衛任務はもう終わる。広場に馬車が入った。
リカータさんの指示で広場に馬車が止められて行く。木箱なんかを降ろすのは手伝った。何も考えない肉体労働なら俺でも出来る。
馬も荷台から外されて、屋根のある所に連れて行かれた。どうやら、この村には商人用の家も用意されてるみたいだ。まあ、屋根と壁があるだけらしいが、テントよりは全然いいだろう。
リカータさんは、これから2、3日ここに滞在して、商談をしたり注文を受けたり出したり、まあ、お仕事だ。護衛も当然残る。俺とペタ以外は。
「ハルキ様、ここまでの護衛ありがとうございました」
そう言って木の札を2枚渡してくるリカータさん。あれ?現金じゃないのか。
「これを、町のギルドに持って行けばお金に換えてもらえますので」
俺が札をグリグリといじりながら見ていると、リカータさんが笑いながら言う。ああ、そっか。完了報告がいるのか。って、結局お金にするには町に戻らないといけないんじゃないか。
なんか納得出来ないながらも木の札を財布に入れる。2枚目はペタの分だな。数字が書いてあるのは、仕事の番号みたいな物か。
「それで……」
リカータさんが続けて言う。
「私は、村長さんの所に挨拶に行きますけど、ハルキ様はどうされます?」
ああ、俺も行くよ。ペタももう行ってるはずだし、色々話さないといけない事もあるし、エジャ宛の手紙も……あれ?
リカータさんの手には俺のサインの入った紙と、ライター。
おう。俺、借金あったんだ。石ヤドカリのせいで忘れてた。リカータさんは……忘れる訳ないよな。ナイフ代、金貨20枚。ウチの砂糖だけが頼りだ。
「暗くなるまでには戻ります!村長さんにもそう言っといてもらえますか!」
「はい分かりました」
ニコニコ手を振るリカータさんに言付けを頼んで、村の西に向かって走る。ちゃんと橋を渡らないとエジャに怒られるんだけど、ちょっとでも早く戻って来たい。晩飯に遅れたくない。森が相手だ。全力で急いでも往復を考えれば日暮れギリだ。
村でいつも泊まらせてもらっている家の近くから柵をくぐって川を飛び越える。10メートルぐらいの川はもう障害物にはならない。
あれ?
なんか景色が違う。ウチの部屋に向かう方向に……道がある。
その、森の中の小道、という感じの新しい道を前に少しだけ固まっていると、道の奥から数人の狐族の男達が現れた。
「ハルキ様!」「戻られたのですか!」
皆が声を掛けて来た。すげえ笑顔だなおい。
その内の1人、このおっちゃんは覚えてるぞ。
「あの、プティさん、これどういう事?」
爽やかに笑う集団はエジャの部下、狩人の皆さんだ。そして俺が唯一名前を憶えているのは、この名前と顔のギャップが激しいおっちゃん、プティさんだけだ。
てか、なぜに狩人がそんな、斧やらツルハシを持って土木作業員みたいな汚れ方をしている。
俺が声をかけたおっちゃん、プティさんが答えてくれる。
「はい!皆で頑張ってハルキ様の家と村の間に道を作りました」
「丁度、今日、開通しましたよ!」
「まだまだ整備はこれからですけどね、とりあえず歩いて1時間で行けます」
プティさんだけじゃなく、皆が口々にそう言っていい汗を拭う。
「目標は馬車も通れるぐらいの道ですね」
「ここに橋もかける予定です」
いや、ありがたいよ。ありがたいけど、村に入った時に聞いた「毎日忙しく頑張ってます」っての、ひょっとしてコレか?
おい狩人ども、狩りをしろ。
読んでくださってありがとうございます。
やっと帰って来れました。




