第8話 緑ウサギの名前は緑ウサギ
盗賊ハイエナ達を見送った後、ペタの村に向けて移動を再開した。
余計な時間をとられたせいで予定より大分遅れてしまった。ゆっくりと陽が落ちてきているのが木々の隙間から漏れる光で分かる。
「ペタ、このペースで暗くなる前に村に着けるか?」
「よゆーだ!らくしょうだー!あとごろっぷんだー」
ペタはサクサク進みながら答えてくる。右手にナイフ、左手に剣。背中には弓と矢筒を背負っている。殺人鬼だなまるで。子供の殺人鬼、そんな映画あったな。
重そうな剣ぐらい持ってやろうと思ったが、あまりに嬉しそうに抱きしめているのでやめておいた。体の大きさからして振り回されると思うんだが使えるのか?
あと、さっきのハイエナ達もそうだが、この星の住人たちは、かなり運動能力が高いようだ。子供のペタですらこれだ。それに5感も鋭い。獣みたいな要素が詰まってるんだろうか。そういう意味では、俺は劣等種になるんじゃないのか?
ハイエナはパワーもスピードもあったが、技が致命的に無かったから簡単にあしらえた。でもこの先、本格的に戦闘訓練を積んだようなのと出会ったら嫌だ。剣とか普通に使ってくるし。っていうか象人間みたいな巨人とか出てきたら流石にダッシュで逃げる。
って、戦う事前提で考えてるけど、よく考えれば会話ができる相手なら友好的にいけるんじゃないのか?盗賊みたいなやつじゃなけりゃ。おお、そうだよ。村や町があるんだったら、ある程度秩序もあるはずだ。イカンイカン。野蛮人は俺だった。よし、できるだけ友好的に接していこう。平和が一番だ。
でも弓矢は練習しとこう。弓と矢筒はバックパックに金具で固定してある。これは肉を獲るためであって、人を撃つためじゃない。
「ハルキー!ついたぞー!」
森が切れている所でペタがピョンピョン跳ねている。やっと到着か。移動だけでも4時間ぐらいかかったんじゃないか?しかも結構なスピードで移動してきた。
しかし途中で休憩したりハイエナと戯れたりはしたけど、不思議とあまり疲れていない。俺こんなに体力あったっけ。まあ毎日鍛えてたから自信はあったけど、それでも森の中だぞ。俺って森向きだったのか。
とか考えてるうちに森を抜けた。村だ。森の開けた所に村がある。
そして大雑把な作りの木の柵が村をぐるっと囲んでいる。
森の木を切って作った村なんだろう、かなり広いスペースに木で建てられた小屋みたいな家がかなりの数並んでいる。30軒?いやもっとあるか?
もう少しこぢんまりとした所を想像してたんだが、思ったよりでかい村だ。日本の過疎みたいなのを想像してた。いや日本の場合は、田んぼや畑や森とかひっくるめて村だから、家の数だけならこんな物なのかもしれない。
俺が立っている森の端っこと、村を囲む柵の間には小川が流れていて、丁度境界線みたいになっている。
だがやっぱり大分水が減っているんだろうな。元々の河原らしき所に比べて実際に流れている水が少なすぎる。子供だったら流されるかもしれないぐらいの川幅があるのに、今では子供が飛び込んで水の中でゴロゴロ寝転がれるぐらいしか無い。
「なにやってんだ、ペタ」
そう、今ペタがゴロゴロと全身水びたしになっていた。
「きもちーぞ!ハルキもはいるといいぞ!ごくらくごくらく!」
荷物を河原に投げ出して服のまま飛び込んでいる。濡れた尻尾の体積は半分ぐらいになっている。あー確かに気持ちよさそうだ。このクッソ暑い中ここまで走ってきたからな。よしいっちょ俺も入るか。
「とうりゃ!」バシャ、ゴン
バックパックを河原に置いて俺もペタの近くに飛び込んだ。そして脛を川底の石で打った。いてぇ……軽く涙目だ。
そりゃ、子供のペタがゴロゴロ転がれるぐらいの深さしか無い所に飛び込んだらこうなる。そして川底には大小様々な石が転がっているものだ。当たり前だ。都会っ子のダメなところが存分に発揮された。
「あははははは!ハルキ、ごんって、ごんって!」
くそう子供に笑われた……脛もいてえ、ジンジンする。でもひんやり気持ちいい。あー水最高。そういえば、さっき走りながら水筒の水も飲み切った。この川の水は飲めるんだろうか?それとも井戸とかあるのか?あ、脛痛くなくなってきた。
下半身を川の流れに投げ出して体を起こす。
「ペタ、ここの水って飲め……飲んどる」
「ぷはあ!なにかいったかハルキ!」
「イヤ、ミズ、ノメルンデスネ」
「水はのむものだぞ?」不思議そうな顔をしている。
野生児のペタに飲めても俺に飲めるかは分からない。だが、部屋に戻らなければ水道水にはありつけない。幸いここは村だ。もし腹を壊しても誰か……ペタの家族とかが看病してくれるかもしれない。なんならリンゴをむいてくれるお姉さんがいるかもしれない。覚悟を決めて両手に水を掬い上げて口に運んだ。
「……うめえ」
カルキ臭さの無い澄んだ水が、暑さで乾いた身体を潤していくのが分かる。これはもう我慢できない。ペタと同じように頭ごと水に突っ込んで思う存分水分を取り入れる。もう腹を壊してもいい。俺、何しにここまで来たんだっけ……水飲みに来たんだ。間違いない。誰だ肩を揺するのは、俺は今忙しいんだ。この水をペットボトルに詰めて売り出せば、間違いなくトップシェアに食い込める。見ろ、この透明度。川の底がこんなにハッキリ見えるぞ。数センチ先だけど。ちょ、揺するな。
「何だよ!」
「ハルキ!いきてたあああ」
ペタが俺の肩を後ろから引っ張っていた。全力でホっとした顔をしている。俺そんなに長く潜ってたか?まあ確かに、ちょっとトリップしていた気はする。
「悪い悪い。ちょっと水が美味かったからな……ペタ、お姉さんとかいる?」
「いない」
「そうか……もし俺が倒れたら、看病頼むな」
「なんだ!ハルキびょうきか?どこかいたいのか?」なんか聞いたことあるな。
その時、村の方から男の声が聞こえた。
「ペタ、その者は誰だ」
村に向かってわずかについた傾斜の上に若い男が立っている。シャツの上からでも分かる引き締まった体。ペタと同じ形の耳と尻尾。だが毛の色が違う。黄色、いや薄い茶色……キツネ色か?そうか!分かった!
「柴犬族か!」
「狐族だ!」何か怒られた。
ペタと俺は荷物を持ち、少し下流の方に移動した所にある橋から律儀に村に入った。柵の隙間からでも入れそうだったんだが。見れば橋のある所から、川沿いに少し整った道が伸びている。こっちが本来この村に来る時の道なんだろう。
「知のない獣は川を渡る。知のある人は橋を渡る」
とかいうこだわりを、いや、しきたりを教えてくれた20代半ばぐらいの青年は、エジャという名前で、この村で【狩猟頭】という役職に就いているそうだ。
最初は警戒されていたが、ペタが俺を「いのちのおんじんだ」とか「とうぞくをやっつけた」とか持ち上げてくれたおかげで割とすぐ警戒を解いてくれた。だが「まほう使いぞくだ」と聞いた時は少し眉をひそめていた。
今はそのエジャに付いて、この村の一番偉い人の家に向かっている。家の数の割に全然人がいない。家の中に籠っているのかとも思ったが、どうも気配を感じない。
いや、たまに家の窓から視線は感じるが……静かすぎるな。異常気象でみんな倒れてしまったんだろうか。そして関係ないが、スニーカーを履いたまま川に入ってしまったので足元が気持ち悪い。
エジャはあまり言葉数の多い方ではないらしく、はっきり言って無口だ。そのため俺は結局ペタに色々聞いている。例えばこんな感じだ。
「ペタ、お前、狐だったのか」
「うん。わりと、キツネぞくなほうだ」
「ペタ、この村は、人が少ないのか?」
「町よりはすくないぞ。町はすごいぞ。ひとがごみのようだ」
「ペタ、その剣どうするんだ?使えるのか?」
「かえさないぞ!」
「……ペタ、お前、家族はいるのか?」
「みんなかぞくだ」
こいつを教育したのは誰だ。まあ重要な事は村のエライ人に教えてもらおう。野菜や果物も、その時交渉しよう。
少し歩くと広場に出た。
広場の中心に何か変な物がある。相撲の土俵みたいな土台があって、その更に真ん中に……犬小屋?なんだか妙に飾り付けられた犬小屋みたいな小さい建物が建っている。守り神のおキツネ様でも住んでいるんだろうか。
気になってちょっと近寄ろうとすると、エジャが、
「お客人、祭壇には近づかないでくれ」
と言ってきた。そうか祭壇か。おキツネ様が本当にいるのかもしれないな。それとエジャさん、今ちょっと殺気が出てたぞ。最初から思ってたけど、この兄ちゃん強いな。さっきから前を歩く姿に隙が無い。まだ警戒されてたか。
祭壇のある広場から少し向きを変えて歩いたらすぐ、他よりも少しだけ大きい家が建っていた。エジャが言う。
「ここが村長の家だ」
やっと今回の目的地到着だ。なんだかんだとペタに振り回されたおかげですっかり夕方だ。俺の部屋がある方角に太陽が沈みかけている。そうか、あっちは西か。まあこの星の東西南北が地球と同じシステムなら、だが。
ペタがタタタっと走って行って、扉の取っ手を引き大声で叫ぶ。
「ただいまー!」
ペタは村長さんの身内だったのか。
家に飛び込んで行ったペタに続いてエジャも入っていく。俺は最後に入る。家の中はすこし薄暗い。直射日光じゃないから少しは涼しいかと思っていたが、意外に暑い。空気自体が熱い感じだ。暖房かけてるんじゃないだろうな。
「おジャマしまっすー……」
そこそこの広さの部屋には木で出来た棚や家具があり、大きめの木のテーブルが置いてある。壁には光を取り入れる為の窓がいくつかある。ガラスは嵌っていない。数個のランプに火が点いていて薄暗い部屋を少しマシにしていた。
そのテーブルの奥に、薄茶色の毛と耳のある老人が座っている。ペタが、その老人の隣の椅子に飛び乗り「じっちゃんただいま!」と言っている。持っていた荷物は部屋の隅の方に雑に投げてある。この辺は子供らしいな。いやこいつは子供の中の子供だった。帰ったら荷物を片付けるとか、手を洗うとか、そういう考えはないんだろう。
「村長、お客人をお連れした」
エジャが老人に近付きながら俺を紹介してくれる。
「ペタの命の恩人だそうだ。……魔法使い族と名乗っている」
「ハルキだ!つよいんだ!いいまほう使いぞくで、とうぞくをやっつけたんだ!」
ペタがすかさず老人の腕をとって、ブンブン振りながら訴える。おいおい、そんなに振ったらじいさんの腕が抜けるぞ。ほら首もガクンガクンしてる。
「どうも、日向悠生っていいます。ペタさんにここまで連れて来てもらいました。えーっと、まぁ、魔法使い……族?って事らしいです」
「あはははは!ハルキかたいな!」
ペタうるさい。俺はこういう見るからに目上の人ってのは苦手なんだよ。
「ホッホウ……」
じいさんの細かった目がキランと輝いた気がした。耳もシャキっとした。
「魔法使い族とは珍しいですな!」
じいさんは勢いよく立ち上がると俺をビっと指さして叫んだ。ああ、間違いないわ。ペタの家族だコレ。俺の中で、このじいさんにはあまり敬意を払わなくていい事になった。
「村長、興奮されぬよう」
エジャが慣れたようにじいさんを椅子に座らせる。ヨロヨロと座り直すじいさん。この辺は歳相応なんだな。しかし、いきなりテンションアップする村長か。エジャも苦労してそうだ。そのエジャは村長の斜め後ろにそのまま黙って立った。
「まあ、お座りくだされ魔法使い殿。ペタ、水をさしあげなさい」
じいさんが声をかけてくれる。正直座るタイミングが分からなかったので助かる。ただ水はいらない。さっき川でアホみたいに飲んできた。逆に見たくない。あれだけはしゃいでた少し前の自分が信じられない。
「あ、水はいいっす。……おいペタいらないって、お前飲めよ」
荷物を足元に降ろし、入口に一番近い椅子に座りながら返事した時には、もうペタは水を持ってきていた。ペタは俺の顔と自分の手に持った木のコップを見比べて、
「ペタもおなかタポタポだから、ざんねんながらここはゆずる」
と言って立ったままのエジャにコップを押し付けた。何も言わず受け取るエジャは偉いと思う。というか、そうかこの村はツッコミ不在なのか。そしてペタはトテトテと俺の傍まで戻ってくると隣の椅子に座った。
「魔法使い殿、ペタがお世話になったようで、まずはお礼申し上げますぞ」
じいさんが頭を下げてきた。同時に耳も下がった。やっぱり面白いな動物人間。
「ああ、ついでだったんでいいっすよ。むしろこっちも助かったぐらいで。途中でウサギも食わせてもらったし」
「ペタがとった!いっぱつだ!」
ペタが偉そうに胸を張り、床に投げ出してある緑ウサギの毛皮を指さす。じいさんは、ホッホウと笑いながら。
「ペタも、一発で緑ウサギを仕留められるようになったか。よくやったのう」
と、嬉しそうだ。そして緑ウサギの名前は緑ウサギで良い事が分かった。
「さて、魔法使い殿、そろそろ夜が来る。腹は減っておらんかね?よければ、飯を食べながら色々聞かせてくれんかね」
じいさんが言う。するとペタがピョンっと飛び上がって俺に声をかけてきた。
「ハルキ!いっしょにつくろう!ハルキの火がひつようだ!」
「火、ですかな?」じいさんが不思議そうだ。エジャの顔にも?が見える。
「ほいほい、わかったよ。でも俺は料理はしないぞ」
バックパックからライターを取り出し、ペタに腕を引っ張られながら部屋の奥から台所へ移動する。かまどみたいな感じか。
ペタはかまどの脇に置いてあった石ころを2つ持ち上げるとカチカチぶつけながら見せてくる。
「これが火をつけるいしだ。でもペタはにがてなんだ」
カチカチ、カチカチ。確かに火花が出ている。火打石とかいうやつか。確かこれで火花を散らせて、燃えやすい物に着火させて、その上に薪とかを置いてフーフーするんだったな。森で忘れたって言ってたが、本当は苦手だからわざと持って行かなかったんじゃないのか?生肉平気で食ってたし。
「よし、じゃあここに着ければいいんだな」
かまどの前にしゃがみ込む。薪が突っ込まれている。面倒だったので細めの薪に直接火を着けてやった。ちょっと長めに炙ればすぐに燃え上がった。ペタの目がキラキラして「おおおおおおおお」という鳴き声が出ている。2度目なのに慣れない奴だ。
「おおおおおおおおおお」
別の声が聞こえたので頭を上げると、台所の入り口からじいさんとエジャが頭だけ出してこっちを見ていた。声はじいさんの口から出ていた。
ペタはこのじいさんの後継者として立派に育っているようだ。
読んでくださってありがとうございます。
村にも何かありそうな。