第69話 俺にもプリーズ
「お客さん、なんで果物ナイフをそんなに使うんで?」
金物屋の店員、髭モジャのちっさいおっさんに不審がられた。まあそりゃそうだ。ちょっと前に同じ物を5本買った。そして今は更に3本買おうとしている。
ちっさいおっさんは俺の太ももをジロジロ見る。特注のベルトに投げナイフ用の果物ナイフが3本刺さっている。怪しいよな、怪しいよ。日本だったら通報される。だが、ここは剣や槍が普通の星だ。堂々としてればいい。
「動物の解体によく使うんです」
投げますとは言えなかった。だって、これも安物とはいえ工場で作った訳じゃないだろう。職人さんの手作りだ。それを武器にするとか、ねえ。
「ハルキー、これがちょうどいいとおもうぞ!」
ペタが中ぐらいの鍋を頭に被って呼んでいる。オイ待て、それも職人さんの心のこもった鍋だ。お前の頭には丁度いいかもしれんけど、兜を探してるんじゃないんだ。店員さんの目が怖い。
「あの鍋も頂きます……」
考えてた2人用の鍋より大きいのを買ってしまった。また貧乏に1歩近づいた。
「ペタ、それは脱ごうか」
店を出てすぐペタの頭から鍋を奪う。ついでにラーメンを鍋の中に入れておこう。バックパックの中だと衝撃で粉々になるんだよ。金属の鍋の中に入れとけば多少ぶつけても大丈夫だろう。やっぱりラーメンは長くないとラーメンじゃない。ついでに万が一なくしても、まあいいかと思える。ペタは悲しむだろうが。
ラーメンを袋ごと鍋に入れて、背負い袋に突っ込んだ時、ペタが涎を垂らしているのが見えた。パブロフのペタめ。晩飯に確実にねだられるな。
「ペタがもつ!」
背負い袋を握るペタ。うん、それはいいけどもう振り回すなよ。金属の鍋と木製の食器類が入っている。誰かに当たったら大ごとだ。ストラップでペタに背負わせてやる。長さが調節できるのもいいな。じゃなかったらコイツ引きずる。
ああ、そういえば普通のナイフも買っとくべきだったかな。腰がさみしい。
折っちゃったもんなあ。でもまたどうせ折れるんだろうから貰える所で貰うか。いつもと同じだ、ナイフはどこかに落ちてたりする、何故か。折れる運命の物に金を払いたくない。
買い物はこれで終わりだが、すぐ近くに狸族の親子の服屋がある。明日、町を出る予定だから挨拶しとかなきゃ駄目だろう。
他に、この町でお世話になった人といえばライオン姉さんだが、あの人はどこにいるのか良く分からないからいいや。向こうからフラっと来ないと見つからない。傭兵ギルドは後で顔出す予定だし。
マスターさんはとっくに狸族の村に帰った。まあ、帰りに寄るからそれもいいだろ。馬のおっちゃんなんか、生きてるかも分からない。
「ピックー!いるかー!」
狸族の服屋に入りながら、ペタが大声で男の子の名前を呼ぶ。俺は毎回忘れるが、そんな名前だったな。うん。
ただ、店内にボヤーっと幽霊のように立っている旦那さんをスルーするのは良くないと思う。気配が薄いって言っても見えるんだから。
「どうも、こんちは。奥さんと息子さんいますか?」
ちゃんと声を掛けると、
「奥にいますよ。どうぞ入ってください」
と言ってくれた。奥か……あの女性下着ゾーンを抜けなきゃいけないんだよな。俺にとってはかなりの抵抗を感じるエリアだ。なんかオーラが出てるんだ。聖域なんだ。じゃあ俺は悪魔か?
奥から嬉しそうに男の子が出て来た。ペタの手を取って引っ張っていく。なかなか積極的になってきたじゃないか。……子供のくせに。
「お邪魔します」
俺も聖域を突破して店の奥の部屋に入った。もう子供達はテーブルに着いてキャッキャと喋っている。その笑顔、俺には向けないよなこの子。
「あら、いらっしゃい。ペタちゃん見つかったんですね。良かった」
狸族のお母さんが顔を出してそう言った。あ、ヤバイ。そういえばペタ行方不明から3日も経つのに伝えてなかった。
「あ、えっとあの、はい見つかりました。ご心配おかけしました。ちょっとバタバタしてて遅くなりましたスンマセン」
スポーツジム通ってました。スンマセン。
「それなら良かったです。気になってたんですよ」
と笑うお母さん。本当にスンマセン。
「今日は、何か御用ですか?」
「ああ、明日、町を出ようと思うんでご挨拶に来たんです。どうもお世話になりました」
「あら、そうですか。寂しくなりますね。また町に来たら遊びに来て下さいね」
狸族のお母さんがそう言ってくれる。この人にはなんだかんだと迷惑かけたな。
男の子がビクっとした。おっとペタ、まずそれを伝えとけよ。ああほら泣きそうになって来た。ペタが慌ててフォローする。
「ピック!またくるからだいじょうぶだ!」
「そうよ、落ち着いたらこっちから遊びに行っても良いし。ね」
お母さんも男の子に言う。そうだな、騎士団がちゃんと機能するようになれば、道も少しは安全になるだろう。決して狐族の村は遠くない。もし新幹線でもあれば2時間もかからないだろう。ないけどな。
元々、この辺をモンスターやら盗賊やらから守っていたのは第3騎士団だったそうだが、今後騎士団は編成し直して1本化するそうな。まあテッペンがあのバカ団長なのは気にくわないが。
「そうだ、もうすぐお昼だし、食べて行ってくださいな」
お母さんの提案。それは悪いなーと思ったが、ペタと男の子がちょっと可愛そうだからおよばれしようか。
「じゃあ……頂いて行きます。ペタ、いいよな?」
「たべることについて、ペタがはんたいすることはない」
だろうな。男の子も笑顔になった。その笑顔、俺にもプリーズ。
「じゃあ、何にしようかしら。お野菜はあるんだけど。そうねえ」
お母さんが少し考える。ああ、なんかちょっと献立が狂ったか。今日はお土産も持って来てないし、やっぱ申し訳ないな。
「ハルキハルキ」
なんだろう。ペタの目が光っている。涎も……ああそうか。
「このスープおいしいですねえ」
お母さんが言う。そうか、あの隠れ家で食った時は、このお母さんは倒れてたな。旦那さんの表情は良く分からないがモグモグしている。
「うまいか?」
俺が聞くと、男の子はニコっと笑って、
「おいしい!」
と言った。やっとこいつの笑顔がこっちに向いた。ラーメンありがとう。
3人家族にペタに俺だ。丁度5食分のラーメンだ。ナイスアシスト、ペタ。そしてペタ本人もニッコニコ。ただ、アニさんが今夜食べる事は出来なくなった。ペタが優先だ。
無言で食べていた影の薄い旦那さんが、ボソっと言う。
「これは、売れますよ」
流石は商売人。そういう事考えながら食ってたのか。まあなあ、売れるなら売りたいよ。お金欲しいし。だけど、店なんか開いたら動けなくなるし。かといって誰かに渡して代わりに売ってもらう事も出来ない。これも魔法使い族の遺産だからな、言ってみれば。俺は生きてるけど。
「確かに、こんな複雑な味わいのスープは食べた事がないですね。何が使われてるのか全然分からないわ」
お母さんも考え込み始めた。何が入ってるのかは俺も知らない。醤油味だから醤油は入っている、だが他は不明だ。そしていつものヤツだ。
「ペタは3日にいっかい、たべれるんだ!」
こいつはいつも自慢する。俺に向いていた男の子の笑顔がペタに取られた。
狸族の夫婦が商売人の顔を見せ始めたので、一応言っておくか。
「これは、売る程は作れないんですよ。ウチで食う分ぐらいで」
「なるほど。確かに、これだけの香辛料や調味料を揃えるのは並大抵ではありませんな。ハルキさんはお金持ちのようだ」
旦那さんは自分で納得してくれたようだ。だけどお金はない。お金欲しい。微笑んで誤魔化しておいた。多分引きつってる。
食後に紅茶をもらった。子供達はジュースだ。旦那さんは店に戻った。紅茶もあの食料品店では結構高そうだったな。逆に気を使わせたかもしれない。
だけど、こっちでは紅茶は無糖が主流なんだろうか。甘味がない。俺はちょっと甘い方が好きなんだが。ミルクやレモンはあってもなくてもいい。
バックパックから砂糖の入ったタッパーを取り出す。そんなに使わないと思ってちょっとしか入れてきていない。実際ここまで一度も使ってない。タッパーごと傾けて紅茶に入れる。微調整が難しいな……多すぎず少なすぎず……小さじがほしいな。
「それ、何を入れてらっしゃるんですか?」
「ああ、砂糖ですよ。いりますか?」
お母さんに聞かれたので答えてあげた。途端にヒッと小さい悲鳴のような物を上げるお母さん。何だろう、狸に砂糖は駄目なんだろうか。小動物に味の濃い物は与えちゃいけないのは知っているが、こっちの人族に関して言えば結構塩分の高い物も普通に食ってるし、大丈夫だと思ってたぞ。
「さとうかー!しおににてるな!」
ペタが興味を示した。砂糖と塩を間違えるとか良くあるもんな。漫画で。
いや、実際にやる事だってあるだろう。ただ普通、途中で気が付いて作り直すよな。何が言いたいかって、昔、美咲が作ってくれたクッキーを思い出したんだ。あいつ見事に間違えた上に、出来上がった岩塩の塊みたいなクッキーをニコニコと出してきやがった。そりゃ食うだろ?普通に。そしたら想像の遥か外側の味がするんだよ。なんだこれーって吐き出せたら良いんだけど、あまりに普通に出してくるから、こういう食べ物なのかなと思って必死で食ったよ。後半ようやく美咲も食べて「あ、間違えた」って、お前、味見とかしないのか。殺す気か。
なんかペタが手を出して来た。お前も砂糖と塩のギャップに悶えるがいい。
ちょっとだけ手に乗せてやると早速ペロンと舐めた。
「うあああああ!あまい!あまいしおだ!」
いや、塩じゃないって。だけど嬉しそうにペロペロしてるな。そうか、塩だと思って砂糖だった、ってのはあんまりショックじゃないのか。くそ。
「ハ、ハルキさん……その砂糖は本物ですか?」
「はい?そりゃまあ。ええっと、砂糖は嫌いなんすか?」
お母さんの顔が青くなっている。もしかして宗教上の理由とかか?だったらすぐ隠さないとヤバイかもしれない。
お母さんが深呼吸してから衝撃の事実を口にした。
「砂糖は、同じ重さの金貨で取引されてるのはご存知ですよね?」
はあ?キンカ?あの金貨?1枚10万円相当の金貨か?
金貨は俺の持った感じ1枚で3~4グラムだ。間を取って3,5グラムだって事にしよう。
俺のタッパーには今、200グラム弱の砂糖が入っている。そしてウチの部屋には800グラム残っている。
「ハルキ、また、かたまってる」
「ご存知なかったのかしら」
計算してるんだ。暗算だ。重大な人生設計だ。今までにないぐらいのスピードで脳が活動している。
俺のタッパーには金貨50枚分以上の砂糖が入っている。ウチの部屋には288枚分だ。手が震えてきた。
目を落とせば、程よい甘さになった紅茶。ここに金貨1枚ぐらい。ペタのおやつになったのが銀貨5枚。
落ち着け、俺。おちつつけけ。おれれれ。
手が震えて、金貨1枚分がテーブルにこぼれた。
読んでくださってありがとうございます。
とうとうお金持ちになるのでしょうか。




