第63話 嫌われて言う事を聞かなくなる
砦の中だよな?
砦って戦争用に建てられる建物で、騎士やら兵士やらがウジャウジャ生活してんだよな。いや町の中だし家は別にあるのかもしれない。だが、どうもおかしい。
俺が勇気を出して覗き込んだ部屋はそんなに大きくない。
さっきまでは誰かいたんだろう。ランプや蝋燭に明かりが灯っていてかなり明るい。だが今は誰もいない。隠れている気配もない。
いや、俺にも分からないレベルで気配を殺しているのかもしれない。だったら相当な手練れだ。細目長さんやライオン姉さん以上だ。うん、誰もいないな。
狸族の服屋の旦那さんの事は考えない。あれはイレギュラーだ。生きたお化けだ。
そしてペタは確実にいない。あのじっとできない子供はいたら目を閉じてても分かる。あー、あいつ忍者向いてないか。まあ村のマスコットキャラでいいか。
違う。問題はそこじゃない。
誰もいないと判断したが、少しだけ中に入ってみる。先を急ぐべきなんだが、妙な違和感が調べるべきだと警告を出してくる。
ここって、子供部屋だよな。
転がっているボールやブロック。投げ出された絵本。書いてある字が読めないあたり、俺の勉強不足が子供以下だと思い知らされてヘコむ。他にも色んなおもちゃが乱雑に置いてある。
そこまでなら普通の子供部屋だ。でもここは普通じゃない。
ぬいぐるみやクッションが沢山ある。そしてその大体が破れていたり穴が開いていたり引き裂かれていたりする。ナイフが刺さったやつもある。
メッチャ怖い。ホラー的な意味で怖い。
子供部屋だと思ったが、ベッドや布団はない。おもちゃ部屋って感じか。
ただ、子供がこんな気持ちの悪い部屋で遊ぶか?
気味の悪さは置いといても、この部屋は砦という建物には似つかわしくない。
国会議事堂の中にプールがあるみたいな違和感だ。無茶苦茶な発想だと思うだろうか。それがそうでもない。
さすがに日本の国会にそんなもんはないだろうが、アメリカのトップ、ホワイトハウスにはプールもあるし、ボウリング場まであったりするのは意外な事実だ。オーバースローで投げても怒られないなら、一度行ってみたい。
ここに気の狂ったようなおもちゃ部屋があったって、おかしい事はない。そういう趣味の奴がいるんだ。誰だ。そんな部屋をわざわざ砦の中に作るのは。
そんなバカげた事が出来るのは1人しかいない。皇子さんだ。
ここのトップじゃなきゃこれは怒られる。帝国なんていうデカい組織に反乱を起こそうとするような奴だ。誰も文句は言えない。
皇子さんヤバイ。想像以上にヤバイ奴だ。
引き裂かれた人形を見る。
ペタがダブる。
ヤバイ。
皇子さんはペタをただのおもちゃだと思っているかもしれない。
ペタが白くて珍しい狐族だから、さらった。それだけかもしれない。人質にされたと思ったのは俺の思い込みかもしれない。
何のんびりしてたんだ、敵の騎士の体なんか気遣って手加減したりしてる暇はなかった。
認識が間違っていた。これは、生死の懸かった戦争だ。
拳が壊れても門をブチ破れば良かった。レーザーを浴びても突っ走れば良かった。俺にはその為の装備と体があったのに。
後悔しても遅い。俺に今出来るのは1秒でも早く頭のおかしい皇子を捕まえてペタを助け出す事だ。生きている。生きていてくれ。
部屋を飛び出そうとした俺の目に見覚えのあるものが飛び込んだ。
ベルトに付けるタイプの革の小さいポーチが転がっている。
切り裂かれたぬいぐるみの間に隠れるように落ちているポーチは、この辺ならどこにでもあるような物だ。安物ではない。だが高くもない。アニさんの店でも売っていた。
そしてペタも着けていた。
心臓の音がやかましい。額から汗が出る。
持ち上げて開いてみる。中には干し肉が数枚と、銅貨が5枚。
そして……果物ナイフだ。取り出してよく見る。何度も触って確認する。鞘がプラスチックの安物だ。間違えようがない、これはペタのポーチだ。
いつの間にか両膝が床に着いていた。
この狂った部屋にペタのポーチがある。
ここは皇子のおもちゃ箱だ。ペタはおもちゃにされたのか。
姿は見えない。ここにいたかもしれないが、もういない。もうどこにもいないかもしれない。
初めて見た時は引っくり返っていた。汚い子供だと思った。シャワーをぶっかけた。ラーメンも食わせた。あいつはよく笑った。一緒に死にそうな目にも遭った。それでも笑っていた。真っ白な尻尾と耳がよく動いていた。
「ハルキ!」
そう俺を呼んだ。すげえ懐いてくれていた。なんか俺と結婚するんだそうだ。まあ子供の内にそんな事言ったって、中学生ぐらいになれば忘れてるもんだ。
急に現れた俺の事を信用してくれて、好意まで寄せてくれた子供を、この町に来て、泣かせたあげく守れなかった。
俺は、泣いた事がない。
いや、あるな。ただ、自分の事じゃないみたいに傍から見ているみたいな記憶だ。俺の目の前で実の父親が死んだ時だ。あの時は泣いていた。
そこで俺の一生分の涙は流れ尽した。そう思っていた。
だけど、今こみ上げて来ているのは何だ?何だこの感情は。
「ハルキ!ハルキ!」
うるせえ、俺は今ちょっと心の整理がつかないんだよ。
「ハルキ!ペタのナイフとっちゃだめだぞ!」
とらねえよ。やったんだから返せとか今更いう訳な……い?あれ?
俺の手からポーチと果物ナイフが取り上げられた。ん?
「えーと、お前、ペタか?」
「ペタいがいにペタがいたら、ぜひあってみたい」
ああ、このおかしな言い回しは本物だ。目の前に白い狐族の子供が立っている。
思わずガシッと抱き締める。ついでに尻尾をにぎにぎだ。間違いない。幽霊でもない。ちゃんと触れるし、このモフモフ感を俺が忘れるはずがない。
「ぎゃー!ハルキー!いきなりせくはらはよくないぞー!じゅんじょがだいじ!」
ジタバタするペタ。あー、うるさいな、落ち着く。なんだよこのやろうピンピンしてるじゃないか。
って、安心したら腹が立ってきたぞ。
「おいペタぁ、お前勝手にどこ行ってたんだ。何でこんなとこにいるんだあ」
膝を床に付けたまま、ペタの両肩を掴んで目を見る。子供を叱る時は目を見ながら叱るもんだ。
ちなみに犬もそうだ。目を見て叱れば言う事を聞くようになる。ただし、猫は逆だ。猫にこれをやると嫌われて言う事を聞かなくなる。注意だ。
「ペタのせりふだ!ハルキがかってにいなくなるから、さがしてたんだ!」
目を見て叱られた。クーン。
ペタがプリプリしながらポーチをベルトに着ける。尻尾もプリプリと物理的に揺れる。怒ってるみたいだがホッとする。不思議な吸引力で吸い寄せられる……
駄目だ。これ以上はもう変態の烙印を押された上に、ゴールまで強制的に一直線させられる。アニさんとかペタのお母さんとかに。おお、やばい。いつの間にかご両親公認になってるじゃないか。気をしっかり持て俺。
でも、それじゃあ何でここにいたのかが分からない。こいつは騎士に連れて行かれたと聞いた。分からない事は本人に聞くのが一番だ。
「ペタさん、勝手にいなくなってすみませんでした。ところで……」
もちろん先に謝る。これも基本だ。涙出そうだったのにどっか行ったな。さっき突っ込まれなかったって事は流れてはいなかったんだな。良かった、からかわれる所だった。
「お前はここにどうやって入ったんだ?」
「ばしゃで入ったぞ」
「馬車にはどうやって乗ったんだ?」
「だんがあってな、とびらをあけたらのれるんだ!」
おう、どうやって聞いたら聞きたい答えが返って来るのか分からない。こういう奴だったよ。思い出したわ。
「じゃあ、ええとだな、この部屋は何だ?」
「ここはデンカのへやだ!いっしょにあそんでたんだ!」
廊下を走る音が聞こえる。騎士達だ、追い付かれたか。だがペタがこっちの手に戻った以上、10人やそこらの騎士、全く怖くない。100人だったら怖いよ。まあ今はレーザー以外はどうとでもなる。焦る必要はない。
それよりペタだ。ペタの言ったデンカが気になる。やっぱりデンカって殿下だよな。じゃあここは皇子の部屋で良いわけだ。
でも、ペタが悪人と遊ぶわけがない。じゃあ何だこのおかしな部屋は。皇子ってどんな奴なんだ。なんか気持ち悪いな。誰かに騙されてるみたいだ。
あえて開けっ放しにしていた扉の向こう側に騎士が何人か立った。だが、一気には入って来れないだろ。逆に警戒するもんだ。罠かもしれないと思うよな。
10人もいない。下の警備に残したか。
1人の騎士が進み出る。他の奴らよりちょっと派手な鎧。右手には力が入らずダランとしている。さっき下で蹴りを入れてやった隊長格のやつか。
「なぜここに居る、殿下を狙って来たのではないのか」
隊長格が言う。息が上がってるな。鎧重そうだし階段多いもんな。ついでに指も折れてる。折ったのは俺だけどな。
だがちょっと違う。俺は皇子に用があって来たんじゃない。
「俺は、この子を迎えに来ただけなんだよ。放っといてくれるならこのまま帰る。反乱でもなんでも勝手にやればいい」
これは俺の本音だ。正直レーザーの前にペタを連れて行きたくはない。後はこの国のやつらでやれば良い。
「迎えに……?」
「おばちゃん!これがまいごになってたハルキだ!みつかった!」
戸惑った様子を見せた隊長格の騎士に、ペタが嬉しそうに声を掛ける。って誰が迷子だこのやろう、お前だろうが。そして誰がおばちゃんか。え?この騎士か?
俺がちょっと付いて行けなくて固まっていると、隊長騎士は左手に握っていた剣を後ろに立っていた部下に手渡し、兜の前の部分を持ち上げた。顔が見える。
うん。虎だ。散々見慣れた虎だ。え、女アピール?ごめん分かんない。
虎族の口が動く。
「子供を迎えに来た、本当にそれだけなのか」
あ、兜がなくなって聞き取りやすくなったら、少し声が高い。マジで性別が分からんな毛有りは。
「そうだ、俺ここの国民じゃないから関係ないし。お前らがウチの子誘拐したから取り返しに来ただけだ」
「ゆうかいじゃないぞ!ペタがきいたんだ!そしたらさがしてくれるって!」
おや、これはちょっとおかしな流れだぞ。虎族の女性?まあ女性なんだろう。その女性も少し微妙な顔になった。毛有りの表情が結構分かるようになったな俺も。
「お前達、下に戻れ。ここは私が話をする」
「副団長、剣は……」
「良い。行け」
なんか騎士同士で会話をしている。あと、この虎女性、副団長とか言われたよな今。どれか知らんが騎士団の副団長さんか。偉い方だな。だけど第1の団長みたいな偉そうなだけの奴じゃない。ちゃんと腕もあった。
その副団長さんの言葉に従って騎士達は廊下を戻って行った。
「入らせてもらう」
「いいぞ!」
おい、ここはお前の部屋じゃないだろうがペタ。まあ俺の部屋でもないし、どっちかって言ったらお邪魔してる方だし。この副団長さんが律儀なのか。武士っぽいもんな。武士と騎士ってなんか似てるよな。イメージが。
それに、武器も持ってないし不意を打たれなければ負ける事はない。何か事情がありそうだしな。聞いたら帰してくれるかな。俺だって好きで人を殴ったり蹴ったりしてるわけじゃないんだ。野蛮人じゃない。
扉をキッチリ閉めた副団長の女性が頭を下げる。
「まずは、その子供をこのような時間まで引き留めてしまった事を謝りたい。申し訳ない」
さすが武士。礼儀をわきまえてらっしゃる。そりゃこんな事態になったら帰せなくなるか。ペタを叱るわけにもいかなくなったな。
副団長さんは、
「恥を承知でお願いしたい事がある」
と続けた。俺の銀バッジにも視線を感じる。
「先程、手合わせして解った。凄まじい使い手とお見受けする」
褒められてるんだよな。なんか言葉遣いが堅苦しい。馬鹿にされてないよな。ペタなんか一言も理解出来てない顔してるぞ。認めないだろうけど。
副団長さんが頭を下げる。
「何卒、殿下をお止め頂けないだろうか」
読んでくださってありがとうございます。
台風一過でほっかほか。
ていうか、ペタペタさんの登場が13話ぶりという事に気付いて思わず追記。




