第52話 イカレた遊び
今回は、暴力的なシーンがあります。ご注意下さい。
太陽が大分登った頃、施設内に大きな声が響いた。
騒がしかった場内が静まり返る。時間は……まあ昼なんだろう。スマホを持って来ていないから分からない。
『只今より、太陽神の御名において、処刑の儀を執り行う』
会場中に伝声管でも通してるんだろうか、響きを持った無機質な声だ。まさかマイクやスピーカーはないだろう。声の主はここからじゃ見えない。
処刑場は、正に競技場だ。土のグラウンドを観客席が取り囲んでいる。ここからじゃグラウンドしか見えないが。さっきまでの喧騒からして満員御礼か?ひどいもんだ。野球でもやればいいんだ。丁度よさそうな大きさじゃないか。
大体、太陽の神様って誰だよ。アレはただの恒星だ。火の塊だぞ。誰が名前を使う許可をもらいに行ってきたんだ。
『本日、裁かれるのは、以下の15名である』
声が続けて名前と罪状を読み上げ始める。ほとんどが殺人罪だ。自分の名前が呼ばれると囚人がビクリと体を震わせる。中には自分の無実でも訴えているのか大声で叫んでいるのもいるが声は聞こえない。
グラウンドの中央に整列させられ、槍を持った騎士に囲まれた彼の声は、客席より近い位置にいる俺達にすら届かない。
『現時刻をもって、賭けの受け付けを終了とする』
名前を読み終わった声が言う。囚人達の首からは木の札が下げられている。数字が書いてある。1から15だ。覚えたばかりだから読める。数字に賭けるのか?
「どんな賭けなんだ?」
隣に立つライオン姉さんに声を掛ける。だが、返事がない。フードを被っているとはいえ、この距離で聞こえないはずがない。表情も見えない。ただ、手が強く握りしめられている。
囚人の内、実に8人がハイエナ族だ。さっき叫んでいたのもそうだ。仲間の顔があるんだろう、一緒に待機している連中も外を見ようとしない。フードを深く被ったまま通路の壁にもたれて座っている。グラウンドを見ているのは俺とライオン姉さんだけだ。
俺達がいるのは、グラウンド部分と直接つながっている石の通路だ。昼間だが外の光はほとんど入って来ない。ヒンヤリとしている。
この通路とグラウンドの間は分厚い木の扉で隔てられている。表と裏、両側から閂がかけられていて、ここから囚人が逃げ出したりは出来ない。俺とライオン姉さんは扉に開いている横長の覗き穴から外の様子を見ている。この隙間も縦は頭一つ分もないから通れない。
「全員だよ」
不意にライオン姉さんが呟いた。全員て……全員?あのハイエナ族全員が仲間なのか?15人中、8人……
床に座っているライオン姉さんの仲間の1人が声を出した。頭を抱えている。
「15人、全員、俺達の仲間だ」
そんなバカな、だってハイエナ族じゃない女の人もいるし、老人もいる。ラオイン姉さんの声が引き継ぐ。
「勿論、盗賊団って意味じゃ全員じゃない。だけどね、スラムの仲間がいる。犯罪なんかに関係ない善良なのもね」
じゃあ見せしめか?こうやって娯楽を提供するために捕まったのか?殺人罪ってのも嘘か、ふざけている。小さい声でライオン姉さんに囁く。
「俺なら、この扉を破れる。助けるか?」
一瞬だがピクリと反応した。でもライオン姉さんは首を横に振った。
「計画が崩れる。いや、もしかしたら罠の可能性もあるね。アタシらが助けに来るのを待っているのかもしれない」
そう、今回の計画では、今日行われる処刑は全て問題なく終了しなきゃいけない。だが、その為には仲間が15人、殺されるのを黙って見ていなければならない。しかもその死体を運び出すのも自分達だ。血を吐く思いだろう。
「分かった。だけど」
この場にいる全員に聞こえるように言う。
「もし、この計画を中止するとボスが判断したら、俺はこの扉をブチ破って連中を助ける。いいな?」
全員が少し顔を上げる。さっき喋った奴が小さい声で言う。
「出来るのか?」「出来る」
間髪を入れずに答える。顔バレを無視すれば出来る。今の俺なら。その時、再び場内に声が響く。さっきとは違う奴だ。
『親愛なる国民諸君。我は、白虎騎士団、副総長、ツグラである』
通路に居る全員の殺気が膨れ上がった。
『大変残念な事であるが、我が騎士団より、1名の魂を太陽神に還さねばならなくなった』
騎士が処刑される。それでトップが出て来たわけだ。これが今日という日が計画の実行日になった理由だ。
ライオン姉さんが天井を指さしながら言う。
「今、喋ってやがるのが、このイカレた遊びを作った奴だ。この真上にいる」
俺も天井を見上げる。だが当然喋っている奴は見えない。間には何トンだか分からないぐらいの石がある。今はまだ届かない。
だが、その言い方だと、この処刑ショーは以前はなかったのか。俺がおかしい訳じゃなかったんだな。皆、繰り返される内に麻痺したんだ。
『騎士の処刑は、賭けの対象にはならんが、最後まで見守ってやって欲しい』
偉そうに、ふざけんな。名前は覚えたぞ、ツグラだ。呼びにくいな。後で話がある、待ってろよ呼びにく野郎。話を聞いた後、死なない程度には殴る。
急に会場が騒がしくなった。歓声が上がっている。
目を覗き穴に戻すと、槍を構えた騎士達が下がって行くのが見えた。始まるのか。だが、騎士はいなくなった。残された囚人たちは、中央で身を寄せ合っている。何をする気だ。
ライオン姉さんをチラっと見る。止めるなら今しかないぞ。
「決行だ」
ライオン姉さんが呟く。あの野郎の声で覚悟が決まったのか。そして、あの囚人達の運命も決まった。
俺達から見て右斜め奥にある木の扉が開いた。いくつかの影が飛び出して来る。あのフォルムは、
「フォレストウルフか、そういう賭けなのか」
出て来たのは5匹のフォレストウルフ。目が血走って涎を垂らしている。何か薬でも使われているのかもしれない。
ライオン姉さんが答える。
「誰が最後まで生き残るか、そんなバカげた賭けさ」
通常、ある程度の大きさを持ったイヌ科の動物は、人間よりはるかに戦闘能力が高い。訓練された軍用犬をけしかけられれば鍛えた人間でも簡単にやられる。
だが、この星の人族は、地球人よりも身体能力が高い。例え素手でもなんとか出来るかもしれない。今もハイエナ族が牙を剥き出している。他にも、ナイフを買った金物屋で見た人と同じような、人間にそっくりな背の低いおっちゃんが、猫族の女性や老人を庇うように立っている。筋肉がかなり発達しているのが分かる。
5匹のフォレストウルフ達が一斉に飛びかかった。連携も何もない。薬のせいだろう。これなら捌ける。
ハイエナ族8人が飛び出した。1人1匹で受け止める。8-5は3だ。3人のハイエナ族がそれぞれ自由に動き回り狼達に拳や牙を突き立てて行く。
途中で抜け出した狼が1匹、後ろの猫族の女性を狙ったが、小さいおっちゃんに殴り飛ばされた。引っくり返った狼の喉に、ハイエナ族の1人が喰らいつく。
腕や頭から血を流してはいるが、まだみんな立っている。対してフォレストウルフは動かなくなって行く。いける。これなら誰も死なない。
とか思った俺は甘かった。これは頑張って生き残ろうって戦いじゃなかった。処刑だ。絶望は左奥の扉から現れた。
見た目は猫科の獣だ。だが異常に発達した牙、あれはもう地球では絶滅した獣、サーベルタイガーに似ている。だがでかすぎる。肩の位置がハイエナ族の頭ぐらいにある。
巨大なサーベルタイガーは一声吠えると、戦えないグループに飛びかかった。唯一、そこを守っていた小さいおっちゃんが立ち塞がろうとする。だが、自動車に飛び込んだ子供だ。弾き飛ばされた。そのまま2人が長い牙の餌食になる。小さいおっちゃんは動かない。
殺戮が始まった。俺の拳がミシミシと音を立てて木の扉に食い込む。だが俺以外の誰も動かない、何も言わない。皆が耐えている。俺が行ったら全てが無駄になる。ライオン姉さん達の覚悟も、死んだ人達の命も。その全てを無駄に出来る権利も勇気も俺にはない。ただ見ている事しか出来ない。
俺が暴走しそうな時、俺の心が悲鳴を上げた時、いつも支えてくれたモフモフ尻尾はここにはない。俺が、自分で自分を押さえなきゃいけない。
1人、また1人、牙にかかる度に歓声が上がる。悔しがっている声が聞こえる。応援する声が聞こえる。誰を応援してるんだ?あのモンスターを応援するのか?アレがお前に向かって来てもそんなに興奮できるのか。
こんな場所、ミサイルでも降ってくればいい。今ここにいる人族全部吹き飛べばいい。そうすれば痛みが分かるだろう。
ここから見えるのは殺戮の現場だけだが、観客席では、あの地下リングのような気持ちの悪い笑顔が溢れているんだろう。あの頃は、みんなリングに上がって来いと思った。安全な所で笑ってんじゃねえ。
俺の心が黒く染まっていくのが分かる。戻らないと飲み込まれる。
とうとう1人になった。ハイエナ族の男が全身傷だらけで立っている。今にも倒れそうだ。毛のせいでハッキリは分からないが、かなりの出血量だ。放っておいたら死んでしまう。だが今すぐ処置すれば助かるかもしれない。
最後の1人を当てたんだろう。喜ぶ声があちこちで聞こえる。今、立っている1人は、俺も一番出来る奴だと思っていた。だがもう無理だ。サーベルタイガーが走り出した。終わった。
だが、誰一人考えていなかったであろう事が起こった。諦めていない奴がいた。
最後に残ったハイエナ族は大きく叫ぶと、突っ込んでくる巨大な狂気に正面から立ち向かった。潰される。と思った瞬間、スライディングするように腹の下に潜りこみ、同時にサーベルタイガーの首を両腕で抱き締めるように掴んだ。
首を振り回し振り落とそうとする巨大な獣。何度も地面に叩きつけられるハイエナ族の体。大きく首を振り上げて勢いを付けようとしたサーベルタイガーの、その勢いを利用して首の上に跨るようにしがみついた。もしかしたら偶然だったかもしれない。だが、頭上を取った。
赤と黄色の混じったタテガミを掴んで暴れ馬に乗るように耐える。落とされたら終わりだ。意識はあるんだろうか。だが、手は離さない。いや、手が動いた。左手でタテガミを握ったまま、右手をサーベルタイガーの右目に抉り込んだ。巨大な肉食獣の絶叫が響く。観客席はいつの間にか静まり返っている。
サーベルタイガーは狂ったように走り回りだした。石で出来た壁に何度も頭をぶつける。だがハイエナ族の男は落ちない。壁のあちこちが獣の血で汚れて行く。
とうとう動きが止まった。フラフラと俺達のいる扉の方に近付いて来るサーベルタイガー、そしてその上にしがみついた男。目が合った気がする。
扉から少し離れた所で、サーベルタイガーが倒れた。転がり落ちるハイエナ族の男。もうどちらも動かなくなっていた。
「何をしている、終わったぞ、片付けろ」
扉の外から声が掛かった。俺達は全員覗き穴から見ていた。ただ時が止まったように見ていた。終わったのなんか分かってる。
「行こう」
誰かが言った。閂が外される。扉が開いた。
俺とライオン姉さんは、ここで待機だ。他のメンツで片付けをしていく。黙々と荷車に仲間とフォレストウルフの死体を積んでいく。
フワッと空気が動いた。俺の隣に立っていたライオン姉さんも外に出た。ちゃんとフードは深く被っている。
最後まで戦ったハイエナ族の男の死体を担ぎ上げるライオン姉さん。そのまま、荷車と一緒に戻って来る。このまま一度墓場に戻って、大きな穴に放り込む事になっている。だが、彼らはそうはしないだろう。
最後に巨大な肉食獣の死体が残されている。荷車に乗らなかった。4、500キロぐらいはありそうだ。往復しないと無理だろう。
その死体の近くに数名の虎族の騎士が集まっている。扉が開いている上に観客席も静かだ、小さい声で囁き合っている程度だ。だから騎士の会話が聞こえる。
「まさか牙王がやられるとはな」
「新しいモンスターの捕獲を傭兵ギルドに依頼せねばなるまい」
「ハイエナ族ごときにやられるとは情けない、所詮はモンスターか」
持っている槍で倒れた獣を突き刺しながら喋っている。モンスターか。お前らの言うモンスターが何なのか俺には分からなくなってきたよ。
「すみません、片付けますので、失礼します」
フードを深く被っているので騎士達の顔は見えない。向こうからも見えないだろう。もちろん観客達からもだ。俺に見えているのは大きな猫の死体だけだ。
少し戸惑った雰囲気を感じたが、騎士達は道を開けた。俺はしゃがみ込んで猫の顔を見る。苦しそうに歪んでいる。潰れていない方の目を閉じてやって前足を1本肩に担ぐ。
「おい、お前1人じゃ……」
騎士が何か言いかけたがどうでもいい。ちょっと頭にきてるんだよ俺は。リングの外でギャーギャー言ってんじゃねえぞ。
脚を踏ん張って持ち上げる。両方の前足を肩に乗せる。完全に持ち上げる訳じゃない。ちょっとおんぶしてやっているみたいな感じだ。お前、でかいから足は引きずっちまうけど勘弁な。お前達の命が俺を黒い所から引き戻してくれたよ。ありがとうな。
そのまま通路に入った。フードを少しめくれば、あの、ツグラだっけか。あいつの顔が見えただろうが、どうせ後で会うんだ。今は良いだろう。
一度デカい猫を降ろして、扉をキッチリと閉めた。
読んでくださってありがとうございます。
ちょっと妄想をしている余裕はなくなりそうな主人公です。




