第6話 宇宙人サンキュー
相変わらず外は暑い。水は節約しながら行かないとダメだな。ペタの村に水道とか……ないな。絶対ない。
出発する前に小屋の外をグルっと回ってみる。丁度ワンルームがスッポリ入るサイズだ。つまり小さい。そしてドア以外には窓も何もない。ベランダ側にもだ。改めて違う空間なんだなあと思う。
庭のように芝生が広がる不自然な地面は、小屋を中心に後ろ側にも広がっていた。上空から見ると綺麗な円形になっていそうだ。
ミステリーサークルだな。宇宙人めワザとか?
ドアの横に半年間世話になった松葉杖を立てかける。足元を石で固定して、ペタが元々着ていた服を掛けておく。まあこんなボロだし誰も盗んだりしないだろう。風で飛んだとしても惜しくはない。俺は。
ドアにカギを掛け、バックパックの内側にある貴重品を入れてほしそうなポケットにしまっておく。
万が一この部屋に入れなくなったら死ねる自信がある。最高級の貴重品だ。財布なんかよりもだ。っていうか財布は持って来てない。お札とかカードとか、地球以外では多分役に立たない。
「ハルキ!はやくいくぞ!よるになるとあぶないんだ!」
ペタがピョンピョン跳ねながら呼んでいる。
「なんか、危ない動物でもいるのか」
「いっぱいいるぞ!」
「一杯いるのか……」
ドアに貼ってある【HARUKI】ステッカーに手を合わせる。美咲大明神様、無事に帰って来れますように。
俺はとうとう森の中に踏み込んだ。
それから2時間ほど走らされた。森の中をだ。
「あぢぃ。喉渇いた」
ブツブツ文句を言いながら、手当たり次第に木に傷を付けつつペタの後を追う。
童話でパン屑を目印に残していく少年がいたが、あれはダメだ。と子供心に思ったもんだ。大体、食べ物を粗末にするなとか教わらなかったんだろうか?不思議で仕方がない。森のお友達に、ご奉仕するつもりなら許すが。やあリスさんこんにちは。
というかペタが速い。想像よりずっと速い。このペースで半日行くのか?
と思った矢先にペタの動きが止まった。するっと自然な動きで弓に矢を番えると、一呼吸も置かずに矢を放つ。
「とったーーー!」
嬉しそうな声を上げながらペタが草むらに飛び込んで行く。
今のうちに、と水筒を取り出し飲んでおく。うん。水筒はもうちょっと取り出しやすい所に入れといた方がいいな。移動しながらも飲めるような工夫を……俺のサバイバルスキルが少し上がった。
すぐにペタは戻ってきた。手にはウサギ……だよな?緑色だが、ウサギだ。緑ウサギを持っている。今の一発で獲ったのか。すごいな。
「すごいな」
思った事がそのまま口に出てしまった。少し疲れているのかもしれない。
「すごいか!えらいか?ペタ、えらいか?」
すげえ嬉しそうに緑ウサギを振り回している。
「ああ、えらいえらい。で、どうすんだ、その……ウサ、ギ?」
「くうぞ!きゅうけいはだいじだって、じっちゃんもいってたからな!」
「やっぱり食うのね……」
いや、俺も元々そのつもりだったはずだ。だが目の前にモフモフを持ってこられて無邪気に食うと言われると、やっぱり複雑なものがある。しかも獲ったご本人もモフモフだ。
俺の葛藤に気づく様子も見せず、ペタは少し開けた場所を見つけると早速緑ウサギを解体し始めた。
「すごいな!このナイフちっちゃいけど、すごくきれるぞ!」
嬉しそうだが、中々グロい光景が繰り広げられている。ああTシャツに血が……ああ、なんか出た。うわーそんな……おい、ナイフをTシャツの裾で拭くな。
みるみるピンク色の肉と、緑色の皮と、その他のぐちゃっとした物に分けられた。コレ、俺も出来るようにならなきゃいけないんだろうか。村に着いたら誰かに教わるか。ペタに教わってもいいけど年長者のプライドが邪魔をする。
「このナイフ、すごくきれるけど、ちっちゃいからきりにくい」
今度は文句を言いだした。さっきと言ってることが反転してるじゃないか。そりゃ果物ナイフなんだから仕方ないだろう。リンゴ以外、何を切るのか俺は知らない。病室で彼女とか奥さんに「はいアーン」ってやってもらうための道具だろ?そんなナイフで肉をさばいたペタはすごいわ。野生児だわ。弓も使えるし。もしかして、ここではこれぐらいできて当然なのか?子供でも。じゃあ大人のレベルは?俺って赤ちゃんレベルなのか?うわ、ヤバイ、めっちゃ不安になってきた……
「ハルキ、たべないのか?」
気が付くとペタの口がムグムグ動いている。手には切り分けられた生肉。
「え。お前、生で食うのか?焼いたりしないの?」
「むぐむぐ。んっ。やいたほうがうまいな!でも、火つけるどうぐわすれた……」
ペタの表情がコロコロ変わる。耳と尻尾も一緒にペタンとなった。くそ、可愛い……いや、ここは俺が大人のチカラを見せるチャンスだ!
「よし、俺が火つけてやるから、燃えるもん集めてこい」
「ほんとか!」ピョンッと立ち上がるペタ。ピョンッと立ち上がる耳。
持っていた肉を大きめの葉っぱの上に置くと、草むらに飛び込んでいく。今のうちに石を集めて丸く並べておく。要は風よけになればいいんだろう、と思って適当に積み上げておいた。
村には早く行きたいが、生肉を食って腹を壊したりはしたくない。俺は都会人だ。多分……確実に当たる。
さすがに肉を焼くぐらいの木の枝となるとすぐには集めきれないだろうと思って、先に火だけ起こしておくことにした。
手近に落ちている小枝を集めて来て石の間に投げ込む。あとは新聞紙とか燃えやすい物に火をつけて、突っ込んでフーフーすればいいはずだ。新聞紙なんかないけどな。
落ちている枯れ葉を拾ってみるとカラカラに乾いている。異常気象のせいで雨も降ってないんだろう。これで十分だな。ついでに枯れ葉もいくらか投げ込んだ。
バックパックから安物ライターを取り出す。何かに使えるかもしれないからー。って言いながら、ジャムの瓶や買い物袋やらを集めている主婦がよくいるが、まあこのライターもその一種だ。花火にでも使えればいいなと思っていたが、こんな形で役に立つ時が来るとは。
枯れ葉の1枚に火をつけてそっと石の中に落とすと、すぐにパチパチと燃え始めた。よっぽど乾いてるんだろう。フーフーしなくてもよさそうだ。
「で、お前は何してんのかな?」
後ろを振り返りながら声をかけると、山盛りの枯れ枝がプルプルと……いや、山盛りの枯れ枝を抱えたペタがプルプルと震えている。まあ理由は想像できる。
「ペタは、ペタは、まほうをみた。てから火がでた」
「おーおー、その魔法の火が消える前に、その木を放り込んでくれるか」
肉は意外に美味かった。まさか直火に投げ込むとは思わなかったが。今度からフライパンか鍋でも持って歩くか。ああ、でもカチャカチャいうとうるさいな。まぁ今回は忘れるとしよう。
ただ、そのままではちょっと味気なかったので、持ってきた塩を軽く振ったら中々の味になった。ペタにせがまれて同じように塩をかけてやったら「かんどうだ!このにくじると、しおのバランスがぜつみょうで、いったいかんをかもし」この辺からは聞き流した。
ペタによると塩はやっぱり高級品で、町でしか手に入らないらしい。毛皮やらを売って、野菜や塩なんかを買ってくるんだそうだ。これなら村で何かと交換できそうだ。
野菜や果物、できればペタが持ってる弓矢みたいなのも欲しい。狩りは必須だろう。部屋にはガスコンロがあるから料理は問題ない。後は調味料ももう少し種類が欲しい。
食い終わったら火を消して、骨や内臓なんかの食えない部分を適当な穴を掘って埋めた。他の動物が寄ってこないようにするためだそうだ。勉強になるね。
そんなペタ先生はただいま絶賛ライターをいじくり中だ。使い方が分からないようで難しい顔をしているが、教えてはやらない。子供にライターは最悪の組み合わせだからだ。
俺は小さい頃、従妹の美咲がボヤを出したのを覚えている。俺が代わりに罪をかぶってやって親父さんに殴られた。美咲はもう忘れているだろうが。
「ペタには、まほうはむりだった。えらばれしものではなかった」
しょんぼりしているペタからライターを取り返した。こいつの言い回しはどこで覚えてきたんだろうか。町とやらか?そうだ、言い回しといえば気になっていた事があった。
「そういえばペタ。お前、日本語どこで覚えたんだ?村の人もみんな日本語しゃべれるのか?」
自分の水筒からクプクプと音を立てて水を飲んでいたペタが不思議そうな顔をして首を傾ける。
「ニホンゴってなんだ?」
「今、話してるだろ。言葉だよ。こ、と、ば」
するとペタはぐっと胸を張って自慢気に言う。
「ペタは、コトバをはなすのが、はやかったってきいた!」
ガクっと肩が落ちる。
「そうか……すごいな。それでだな、いま喋ってるこの言葉は、この辺の人はみんな使えるのかな」
「うん!村でも町でも、コトバはみんないっしょだ!せかいじゅういっしょだって、じっちゃんがいってた!」
おや……?世界中?
どういう事だ?……あの宇宙人の話では、この星に住んでいるのは宇宙のあちこちから【捕獲】されてきた生物だったはずだ。目の前の動物少女以外にも色んな人間……というか生き物がいるはずだ。まあ言ってしまえば、みんな宇宙人だ。それが全部同じ言葉を喋る?
それはおかしい。そんな世界がまかり通るなら、俺がアメリカに渡ってからかなり苦労して覚えた英語なんかも必要ないじゃないか。しょせん日常会話レベル止まりだったが。驚いたのは、通じるだろうと思っていた、サンキュー。が、まさか「潜る」みたいな意味にとられた事だ。あと菓子のつもりで言った「スナック」も、何回言っても「スネーク?」と言われ手をニョロニョロされた。ネイティブの発音だけはもう真似しようがないと思い知った。それがこの星では、ない!?
いや、待てよ。そういえばあのマネキン宇宙人達も日本語だったな。まあ技術力が理解不能なレベルだったから、それはいいんだが……
左膝に手をやりながら考える。
あいつらは再起不能と言われた、この足を、文字通りあっという間に治してみせた。手も触れずにだ。しかもここまで走りながら様子を見ていたが、正直、怪我前より調子がいい。
理解不能なレベルだと思っていたが、そんな想像も遥かに置き去るぐらいの技術力を持っているんじゃないのか?
それこそ【移住】させた全ての生物の脳に同じ言語を刷り込むぐらいに……
俺は地面に大きく「あ」という平仮名を書いてペタに声をかけた。
「ペタ、これ、何て読むか分かるか?」
「ふむふむこれは」ペタがササッと俺の横に来て腕を組む。
「ペタは、まだ、じはよめない」
こいつに期待した俺がバカでした。
村に向けて木立の間を抜けて行くペタの腰には、緑色の毛皮が括りつけられている。それを見ながら考える。
もし共通言語みたいなものがあったとして、それで会話を成立させているんだとしたら、新たな言葉を覚える必要はないわけだ。だけど……
軽く頭を触ってみる。もちろん手術痕みたいな物は無い。だが、おそらく俺の脳もいじられているんだろう。
ということは、こっちに来てから日本語のつもりで会話をしていたが、俺の口から出ていたのは日本語じゃなく用意された共通言語だった可能性が高い。と、考えている思考も日本語じゃないんだろうな。
なんか気分が悪くなってきた。一旦保留にしよう。いやむしろ良い方向に考えよう。新しい言葉を覚えずにすんで良かったじゃないか。宇宙人サンキュー。
走りながら思考を現実に引き戻す。実はさっきから気になっている事がある。
「ペタ、村までは、まだ遠いのか?」
横倒しになっている木の幹にピョイっと飛び乗りながらペタが答える。
「もうちょっとだー!あとはんぶんのはんぶんのはんぶんぐらい!」
何基準の半分かはよく分からないが結構近くまで来てるようだ。
「じゃあ、さっきから付いて来てる奴らは、村の人か?」
ペタはクルっと向きを変えると俺が親指で示した方向をジーッと見ながら耳をピクピクと動かす。俺も立ち止まって様子を見る。主にペタの耳の様子を。やっぱ犬から進化した系なんだろうか……
「ちがうにおいがする」
おお、臭いで判断するとはやっぱり犬っぽい。
ペタは背負っていた弓を身体の前に構えると、矢筒から矢を引き抜く。
俺が見つめている耳をもつペタが見つめている木の後ろから、黒い影が1つヌッと現れた。
読んでくださってありがとうございます。
サバイバルできる日本人は少ないと思います。