第35話 ハリネズミの仲間入り
今回は暴力的な表現があります。ご注意ください。
横倒しになった馬車の中。気を失った馬のおっちゃんと狸族の親子、そして親子の下敷きになっているペタ。だが今、皆を介抱している時間がない。
完全に、全身緑色の子供のようなモンスターに囲まれた。
とはいえ子供みたいな可愛げはない。黄色く濁った目、耳の近くまで裂けた口からは鋭い牙が見え涎が垂れている。その見かけによらない知能の高さはここまでで痛いほど感じた。
組織立って動いている奴らの次の手は分かる。安全圏からの毒付きの弓矢で一斉攻撃だ。幌も突き破ってハチの巣にしてくるだろう。
どの程度の毒かは分からないが、掠ってもアウトだと思わなければいけない。眠り薬みたいなヌルい毒じゃないはずだ。
俺の服は宇宙人品質だ。矢は貫通しない。だが鋭い先端は服の繊維の隙間を縫ってわずかにでも体に傷を付け毒を流し込んで来るだろう。破れないだけのただの服だ。当てには出来ない。
ペタが気になる。二人分の体重を転倒する馬車の中で受け止めている。普通に考えて大怪我は免れない。打ち所が悪ければ……
駄目だ、そっちに気を取られていたら、それを確かめる間もなく俺もやられる。ペタを助けたかったら、まず俺が生き残らなきゃいけない。
深呼吸すると脳のスイッチを切り替える。
判断は速く、的確に。生き残る為に。
意識は広く、鋭く。鉛の弾丸を躱す程に。
背中側は荷台の床、今は壁になって矢は通らない。こっちからは来ない。
左手は御者台と倒れた馬が壁になって隙間は上半分だ。矢が来ても、馬車の前方の低い位置に固まっている皆には当たらない。
右手は荷台後方、いるのは3匹。荷台前方の俺とは遠い位置だ。俺が見えているからだろう、警戒して更に距離を取っている。弓には矢が番えられている。いつでも撃てる状態だ。
正面は幌の屋根、見えない面積が多い。だが破れた隙間からは奴らが弓をこちらに向けているのが見える。足音が多い。距離も近い。奴らにしてみれば離れる理由がない。
もうすぐ間違いなく第一射が飛んで来る。数秒もない。止める手段はない。
防ぐしかない。
矢が先に到達するのは距離の近い正面から。外からは幌で中の様子は見えていない。全体に満遍なく飛んでくるだろう。
俺は正面から見ると、中の4人を庇うような立ち位置だ。俺の腰から下、倒れている皆を守るにはここだけ防げばいい。
しゃがれた鳴き声が聞こえた。一斉に矢が放たれる音が響く。ゴングが鳴った。
腰を落とし、足元に転がっていた大きな背負い袋を盾のように持ち上げる。顔は隠さない。
矢が布で出来た幌を突き破る寸前、わずかに布が張る。その中で守るべき範囲に来る矢だけを選択、盾にした背負い袋をほんの少しだけ動かしながら受け止める。俺の頭に当たる軌道の矢は首の動きだけで躱す。
一瞬で背負い袋はハリネズミみたいになったが、貫通はしていない。この袋には5メートルのグリードベアの毛皮がぎゅうぎゅうに詰まっている。金貨がパアだ。この請求は高いぞ。
幌側からの矢が終わった。次は右だ。矢はすぐそこまで来ているはずだ。
右の3匹には俺が見えていた。当然、矢は立って動いていた俺を狙って飛んで来る。下手くそじゃなければ。だが目で確認している時間はない。体を捻りながら背負い袋を右に投げる。空いた右手で投げナイフを壁から抜き、荷台後方に向かって飛んで行く背負い袋の後を追う。
矢のうち2本はハリネズミの仲間入りをしたようだが、1匹下手くそがいた。背負い袋の下から1本頭を見せた。放っておけば守るべき誰かに当たる。
今度こそ宇宙人品質に頼る。飛んできた矢の軌道上に右足を伸ばす。スニーカーの側面に当たった矢が宙を舞う。矢の刺さらない靴底なんて冗談みたいだな。
飛んでいく背負い袋に向けてナイフを投げる。荷台後方に刺してあった投げナイフを2本、今は壁になった元、床から抜き取りこれも投げる。
重力に引かれてわずかに落ち始めた背負い袋の上に3匹の顔が現れた。ちゃんと同じトコにいてくれたな。反撃が来るなんて思ってなかったんだろうが。
先に投げたナイフが背負い袋を追い越し、中心の1匹の眉間に突き立つ。続けて2本がそれぞれ両サイドの2匹を襲う。右の1匹の喉に刺さる。だが最後の1匹は仕留め損なった。当たったが肩だ。でもこれで弓は封じた。
金切声のような悲鳴を聞きながら荷台から飛び出す。幌側のすぐ傍にいた一匹を殴り飛ばしながら状況を見る。
多い。バカみたいにいやがる。だが勝ちを確信していたんだろう。矢の用意が出来ていない。でも、お前らに時間はやらない。俺にも時間がない。
近くにいた奴から順に殴り、蹴り、頭を両手で挟んで捻る。頸椎の折れる感触を感じながらそのまま集団に投げつける。横倒しになった頭を踏み潰し、目が合った奴の頭を掴み顔面に膝を入れる。
動く物の全てに拳と蹴りを叩き込み続ける。体格の小さい緑の怪物共は一撃で吹き飛ぶ。
視界が緑と赤で塗りつぶされていく。思考は白く塗りつぶされていく。
両手の拳は既に砕けている。感覚がない。
棍棒やナイフで襲ってくる奴が増えた。だが俺には当たらない。当たってやる暇がない。遅い。もっと速く来い。もっと向かって来い。
向かって来るのを潰す。向かって来ないのも潰す。逃げようとしているのも潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。
肘を打ち下ろし頭を陥没させた奴の後ろに、他とは明らかに違った服を着た奴がいた。緑の肌の上から何かの毛皮を着ている。体も大きい。
さっき号令をかけたのはコレか。コレをやれば終わる。考える前に足が動く
間合いを詰め、右ストレートを打ち込もうとした瞬間に、そいつの口が動いた。何だ?
真っ白になっていた俺の思考に小さな黒い影が落ちた。だがもう右拳は止まらない。脚から腰、腰から肩、肩から肘へと伝わったエネルギーは、その向きを変える事を許さなかった。
右拳が突き出され、目の前で頭がひしゃげる。口はもうそこにはない。そのまま胴体を残し首から上は何もなくなった。
「アンタ何者だい?」
「ああ、ライオン姉さんか。生きてたんだな」
「何さ、その呼び方は」
少し離れた所に剣を抜いたライオン姉さんが立っていた。戦ってたのか。他に動く物は見当たらない。
「そうだ、ペタ……」
大事な事まで抜け落ちていた。駄目だな。急がないと。足元が滑る。やっぱりスニーカーは滑りやすい所には向かないな。
足元に転がる塊や液体を跳び越し馬車に駆け込む。横になっている馬のおっちゃんや狸族の親子を避けるように矢があちこちに刺さっている。
どうやら誰にも矢は当たっていないみたいだ。良かった。
あとはペタを助け出さないと。
狸族の母親を動かそうとした時、両腕に激痛を感じた。見れば俺のなのか、誰のなのか分からないが両手とも血で真っ赤になっている。所々、骨も出ている。
さすがにこれは引く。引くけどそんな場合じゃない。動かない腕を無理矢理、狸族の母親の体の下にねじ込もうとしていると、肩を掴まれ引き離された。
そのまま穴だらけの幌に背中を預ける。バックパックが邪魔だな。次に外に出るときは置いてこよう。あの背負い袋みたいなのを用意しよう。
「無茶苦茶だね。アンタは休んでな、アタシがやる」
「悪い」
ライオン姉さんが2人を抱き上げ、馬のおっちゃんの横に寝かせていく。ペタはどうなってる?ペタを見せてくれ。
「こりゃぁ……」
何だよ、こっちからじゃ見えねえよ。腕だけじゃなく、全身が痛くて動けない。声も出ない。またか。何だよこの痛みは。脂汗が止まらない。
いや、俺はこの痛みを知ってる。これはあの時の痛みと同じだ。やっと分かったぞ宇宙人め。
「気を失ってるだけだね。怪我もほとんどない。よっぽど上手く受け身を取ったんだね。体が柔らかいのかね」
すげえ、野生児ペタ、俺の予想以上の身体能力だ。張りつめていた糸が切れたのが分かる。良かった。まあ心配なんかしてなかったよ。お前は絶対しぶといと思ってたからな。心配なんかするだけ損だ。そんな暇があったら今夜の晩飯を心配した方がマシだ。そういえばラーメンの約束の日って今日じゃなかったっけ?食わせてやらないとな。どっかで鍋を調達しよう。町に行けば売ってるだろう。
「他の連中も軽症だね。こりゃ神様ってやつがホントにいるのかもね」
馬のおっちゃんは俺が助けたんだよ。狸族の親子は……そうかペタか。俺の言った通り守ったんだな。偉いぞ。神様がいるかは知らんけど、偶然とか奇跡じゃないぞ。
「さてと、じゃあいい子ぶるのは、これぐらいにしとこうかね」
ライオン姉さんが、振り返って、動けない俺の頭を撫でながらニコっと笑う。八重歯が見える。健康的な美人だな。笑ったら可愛いじゃないか。あとはニャって言ってくれないかな。
「いやいや、アンタが一番重傷だ。それじゃ動けないよねえ」
何を言ってるんだ?
「そんなつもりはなかったんだよ?でもさ、みんな気絶してて、一番厄介そうなアンタが動けないんじゃ、ちょっと一仕事したくなるじゃないさ」
そんな事を言いながら、荷台に散らばっている荷物を集め始める。思ってたよりよく喋る人だったんだな。
「あー、やっぱり大して持ってないね。田舎者なんてこんなもんか」
小さい袋を覗きながらブツブツ呟いている。おいおいおい、盗んでるのか?
「ああ、そんな目で見ないでおくれよ。アンタの持ち物には手は出さないからさ。変な服だしね、どうせあんまり持ってないだろ?」
失礼な。このトレーニングウェアは上下セットで29,800円だぞ。こっちで言ったら銀貨3枚ぐらいだぞ。言い返したいけど、痛みで呻き声しか出ない。おいこら、その大銅貨はペタに返してやれ。
「あとは……さっき投げてた袋か」
馬のおっちゃんが身に着けてたバッグから取り出した袋をチャリチャリ鳴らしながら、軽い足取りで外に落ちている背負い袋を拾いに行く。ヤバイ、そこにはアレが入ってる。焼けるように痛む体を引きずりながら後を追う。
「うわー。スゴいことになってるね。まるでヘッジホッグだわ」
矢に触らないように袋を開こうとしている。ハリネズミか。それは俺も思った。じゃない。
「や……めろ」
声を絞り出した。
「おや?これもアンタのだったのかい?残念だったね、毛皮が台無しだ」
小さいナイフを取り出し、背負い袋を裂きながら言ってくる。残念だったのはお前だろうが。
「へえ!こりゃすごいね!まさかアンタが仕留めたのかい?グリードベアか、お宝じゃないか」
リンゴや干し肉が入ったスーパーの袋が落ちる。チラっと見たが興味がないようだ。良かった。もう毛皮は諦めていた。ただスーパーの袋は持って行かれるとちょっと問題だ。あれはウチの部屋の物だ。
ペタのパジャマ用に買ったばかりのズボンも駄目になってるだろうが、仕方ない。また買い直せば良いか。大銅貨2枚もしたのに大損だ。
「このサイズなら、金貨50枚は行ったろうに勿体ない」
……え?
「傷だらけだし毒も染み込んでる。廃棄処分だね」
え?
「あー勿体ない勿体ない」
え?
「じゃ、アタシは行くよ。アンタがそんな大怪我しなきゃ一緒に仕事したかったけどね。ま、縁がなかったって事だね。バイ」
そう言って笑顔で軽く手を挙げたライオン姉さんの腕をガシッと掴む。
「え?」姉さん。
「え?」これ俺。
「アンタ、怪我は……」
「金貨ごじうまい?」
ライオン姉さんの顔が引きつる。
「アンタ、本当に何者なんだい……?」
いや、そんなんいいから、金貨の件で話があります。
読んでくださってありがとうございます
お金持ちになんかさせません。




