第4話 動物好きに悪い奴はいない
見てる。チョー見てる。
ベッドの下で左膝を抱えて脂汗を流している俺。
ベッドの上からそれをジーっと見つめている白い髪の女の子。頭から生えた動物の耳がピクピク動いている。
相手が子供とはいえ、今、何かされたら反撃するのは無理だ。しかもこの子供は一度、俺を殺そうとしている。
実はマネキン宇宙人と話をしている途中から、この子供が目を覚ましたのに気付いていた。握っていた尻尾の感覚の変化からだ。それからはおかしな動きをさせないために尻尾を握り続けていた。
だが今こっちは床に転がっている。折れたナイフと弓矢も転がっている。足をえぐられるような痛みに耐えている状態では勝ち目は無い。
宇宙人達の言う通りなら、この動物少女は【向こうの惑星】の住人のはずだ。見た感じ知的生命体だし今すぐ襲ってくる様子はない。ただ見られているだけだ。意思の疎通が計れるかもしれない。
あの宇宙人……アフターケアが不十分だろうがっ。
心で毒づきながらもどうにか声を出す。
「……お、おはよう?グッモーニン……グーテンモーゲン?」
「おまえ、まほう使いぞくか?」
……はい?
今、日本語が聞こえた気がした。ちょっと意味は分からなかったが。
動物少女を見上げていると再び少女の口がはっきり動いた。
「おまえ、わるい、まほう使いぞくか?」
日本語だ。いや、今はどうでもいい。ここで答えを間違えるとヤバイ。
「お……れは、魔法なんて、使えねえ」
「そうか!」
ピョンっとベッドから飛び降りて顔を近付けてきた。
「おまえ、たすけてくれたからな!わるいやつじゃないとおもった!」
お前は俺を殺そうとしたけどな。とは言えない、今は。動物少女は遠慮なく俺の様子を観察しながら聞いてくる。
「びょうきか?いたいのか?何かほしいものとかあるか?」
「み、水を……」
「ミミズ?そんなのたべるのか?」
そんなベタなボケいらねえよ!本気で嫌そうな顔するんじゃない!
正直しんどい。痛みの相手だけでも大変なのに子供の相手までしていられない。ただ、すぐに襲ってくる状況ではなくなったようだ。
「水は……いいから、ちょっと、おとなしくしてて……くれるか」
「水がほしいのか!わかった!」
……コノヤロウ。
動物少女は床に並べてあった自分の荷物から革袋を持ち上げると、中を覗き込んで悲しそうな顔をしながら言う。
「のんじゃったから、ない」
ちょっと……ほっとこう。痛みも少しマシになってきた気がするし。黙って目を瞑る。
… … … ガタン!ガタガタッ!なんだこれ!ゴンゴン!
……勘弁してくれ。
目を開けて少し首を上げる。ベランダに続くガラス戸にへばりついている動物少女が見えた瞬間、痛みを忘れた。
「開けるな!」
叫ぶと動物少女は全身をビクッと震わせて振り返った。
「だ……って、あそこにおおきい水たまり、へんな、かべが、行けないから……」
声が震えている。
「あっああ、泣くな、泣くなよー、頼むから。ごめんなーお兄ちゃんが悪かったなー大きい声出して悪かったから……」
「もう、おおきいからな!なかないぞ!あははは」
動物少女はコロっと表情を変えて笑い出し、俺は床に崩れ落ちた。
10分後、俺はキッチンに立っていた。両手で動物少女を背中側から持ち上げてやっている。その少女は水道の蛇口から水を出したり止めたりして興奮している。
「すごいな!すごいなハルキ!やっぱりまほう使いぞくだろう!」
「だーから、魔法じゃないって。ほらそんなに飛び散らかすな」
しかし本当に治るとはなあ。宇宙人の科学力恐るべし。
少し違和感の残る自分の左足と、すごい勢いでブンブン動いている白い尻尾を見下ろす。
「お前が腹減ったって言ったんだろうが。いつまでも遊んでると飯作れないぞ」
少女はぐっと頭を上げると、俺を見上げながら頬を膨らませる。
「おまえじゃないっていった!ペタはペタってなまえがあるんだ!」
「はいはいそうでした。ペタね。ペタペタ、ペタペタ」
「ペタペタじゃない!ペタ!ペタ!」
体をくねらせて俺の腕から脱出すると、足をバタバタさせて抗議を続ける動物少女……ペタか。それを見て軽く笑いながら言ってやる。
「足音がペタペタいってるじゃないか。やっぱペタペタで合ってんじゃないのか?」
「おおおお……」ペタは驚きの表情で部屋の中を歩き廻りながら呟き始めた。
「ほんとうだ。ペタのなまえは、ペタペタかもしれない……」
今のうちにラーメン作っちまおう。
「ペタ、お前の持ってた肉、ちょっともらうぞー」
あの固いジャーキーみたいな肉もスープで戻せば食えるだろう。
でも、これでラーメン終了だな。やっぱり何か取って来ないと。正直、都会しか知らない俺には憂鬱でしかない。
キノコとか毒あるかもだよなあ。頭の中からサバイバルの知識を引っ張り出そうとしながら、出来上がった1人前のラーメンを小さめの器2つに分ける。
「ほれ、出来たぞ。何してんだ?」
ペタはベッドの上をゴロゴロ転がりながら行ったり来たりしている。
「すごいな!こんなフワフワかつだんりょくのあるベッドは、町にもなかったぞ!きもちいいな!」
「お前は、レポーターかなんかかい。ほら、伸びる前に食うぞ」
ペタはスチャッと音がしそうな勢いでベッドから降り、テーブルについた。
「うおお!このスープすごいいいにおいだ!うおお!」よだれよだれ。
おあずけを食らった犬みたいに待っているペタに、フォークを渡す。ついでに、持ってきたタオルをTシャツの首元に差し込んでやった。こいつは絶対こぼすタイプだ。
「熱いからゆっくり食えよ。あと、食いながらでいいから色々聞きたいんだけど」
「ナフデモ、キイフェイイフォ!ウマヒナホレ!」
「まず飲み込んでから喋れ。な?」
タオルが功を奏した。Tシャツは無事なようだ。タオルは後で洗おう。そういえばこいつの着てた服、もう洗い終わってるな。干しとかなきゃな。
「ウグウグ……んっ!うまいなこれ!あじがこいい!ほそいのもうまいな!あと……」
「おう、よかったな。で、聞きたいんだけどな」
またレポートが始まりそうだったので止めてやった。お、肉も味が染みて美味くなったな。久しぶりのタンパク質だ。
「なんで俺を殺そうとした?」
矢を1本つまみ上げて聞くとペタのフォークが止まった。
「それについては、たいへんもうしわけなく、おもっていますごめんなさい」
「政治家か。で、理由は?魔法使いがどうのってのと関係あるのか?」
宇宙人がいたんだ、魔法使いがいてもおかしくはない。でも俺はそんなもんになった覚えはない。
ラーメンを食べながら聞き出した情報によると、ペタの住んでいる村は森の中にあって狩りをして生活しているらしい。
だが、本来ならまだ暑い時期……夏の事か?まあそういう時期じゃないのに、ここしばらくの間、異常に暑い日が続いているそうだ。
川の水も減って魚が取れなくなったり、熱さで倒れたりする村人が出ているとか。異常気象ってやつだな。
ペタが空になった自分の器と俺の器を見比べるようにしているが、これは最後のラーメンだ。やるわけにはいかない。少し抱え込むように食べる。
「それで、悪い魔法使いがいて、魔法で暑くしてると思ったわけか」
いかにも子供の考えそうな事だ。ペタは首を縦にコクコク振りながらも、こちらの器から目を離さない。仕方ないから少し残っているスープだけ飲ませてやった。
「だからって、急に弓矢で殺そうとする事ないだろうが」
「えっと、だって、ここはもっと木とかあって、いえなんてなかったんだ」
なるほど、それは魔法に見えるかもしれない。
という事は俺が殺されそうになったのは、考えなしにここに小屋をぶっ建てて扉を繋げた宇宙人どもが原因ってことか。マジでアフターフォロー最悪だな。あいつらに何か期待するのはやめよう。
「でも、もうだいじょうぶだ!あついの、おわったみたいだから!」
嬉しそうなペタだが、申し訳ない、その認識は間違っていると思う。
「あー。ちょっとこっちこっち」
キョトンとするペタの手を引っ張って玄関に移動する。鍵だけ開けてから、
「ちょっと開けてみ」
促すと、ペタは両手でドアノブをガシッと握り、少し動きを止めた後、悲しそうな目でこっちを見上げてきた。こういうタイプのドアを知らないのか。
「回すんだよ。左に。左って分かるか?」
「わかるぞ!ひだりはこっちだ!」ガチャ。ドヤ顔やめい。
勢いよくドアを開けるペタ。入ってくる熱気。ドアを閉めるペタ。くるりと向きを変えると俺を指さして叫んだ。
「まほう使いぞくだ!」
さてどうやって説明したもんか。
今にも飛びかかって来そうなペタ。耳と尻尾が逆立っている。
玄関に立ってるから、丁度、頭の上に子猫のカレンダーが見えて動物だらけだ。なんだか緊張感がない。ついでに言えば、半年間動かなかった左足が動くようになった今、子供がいくら暴れたところで取り押さえるのは容易い。
「いいかペタ、落ち着いて聞け」
だが俺は子供をいたぶる趣味は持っていない。フーフーと鼻息を鳴らすペタにゆっくりと語りかける。
「……そうだ、お前の言う通り、俺は魔法使いだ。だけどな」
ペタが子供とは思えない瞬発力で俺の脇をすり抜けた。部屋にはまだ弓矢と折れたナイフが転がっている。だがペタの体は武器に届く前にガクンッと止まった。俺が腕を掴んだからだ。
「最後まで聞け!いいか、俺は魔法使いだけどな、この家の中でしか魔法は使えないんだ!」
とうとう自ら魔法使いになってしまった。言ってて恥ずかしい。でも、もう引っ込みがつかない。
「ほら、水がいくらでも出ただろ。あんな感じだ。家の中でちょっとした事が出来るぐらいで、外を暑くしたりなんて出来ない」
動きを止めたペタが、そろそろと振り返る。
「ほんとか?」
「本当だ。家の中が涼しいのも俺の魔法だ……」恥ずかしさが頂点だ。
「じゃあ、わるい、まほう使いぞくじゃないんだな?」
「そうだ。俺は……いい、魔法使いだ」誰か助けてくれ。
ペタがニカっと笑った。
「やっぱりか!わるいやつだったら、たべものくれたりしないもんな!」
なんだか説得できたみたいだ。さすが子供、単純だ。ペタの力が抜けたのを感じて手を放してやると、嬉しそうにピョンピョン跳ね回っている。こいつウサギの親戚か?でも、あの耳と尻尾はウサギというよりは犬とか、そっちっぽい。
可愛いな……
違う。何度でも言うが俺は幼女趣味じゃない。ただの動物好きだ。動物好きに悪い奴はいない。だから俺はいい奴だ。いい……魔法使いなんだ。
心の中で盛大に自爆してうずくまる。
「なあなあハルキ!なあハルキ!」
いつの間にかベッドに腰かけて足をぶらぶらさせながらペタが声をかけてくる。
「じゃあ、あついのは、なんでだ?まほう使いぞくでもわからないのか?」
「あー、多分、異常気象とかじゃないか……」
「イジョウキショウ?」首をコテンと傾ける。
こいつを基準に考えるのは問題があるが、服や武器からして地球の文明よりはだいぶ遅れた惑星っぽい。
「んー、わからない!いっかい村にかえるな!」
ペタはベッドからヒョイと降りると、散乱していた自分の荷物をまとめ始めた。そういえば。
「なあペタ、お前の村って遠いのか?」
「そんなにとおくないぞ。ここから半日ぐらいだぞ」
半日は遠いんじゃないか?しかし食い物を探して、森の中を都会っ子の俺が一人で彷徨ったら確実に遭難する自信がある。サバイバル能力で子供に負けるとか……
「悪いけど、俺も村に付いてっていいか?さっきのでもう食い物が無いんだわ」
「いっしょにくるのか!いいぞ!」
嬉しそうだ。嫌われなくて良かった。情けないが今はこの野生児を頼るしか生き延びる道はない。
慎重に選ばないと。小学生の頃の遠足を思い出しながら荷物を漁り、準備を始めた。
さっき使っていたのとは違う、大きめのバックパックを引っ張り出す。40リットル以上入るメッセンジャーバッグと呼ばれるタイプで防水加工されているやつだ。食べ物を見つけたら持って帰って来たい。
中に入れるのは、スマホ、水筒、着替え一式にタオルを何枚か。スーパーの買い物袋も役に立つかな。あと、村に着いたら何かと交換できるかもしれないから、砂糖と塩もタッパーに詰めて持っていく。半分ぐらい残しとけばいいだろう。
タバコは吸わないが、安物のライターがいくつかあったので1つ持って行こう。なぜあるのか、自分では分からないが不思議と溜まっていく物の1つだ。
容量のデカいバックパックは今はスカスカだが、帰りは一杯にして戻りたい。
ペタの水筒に水を入れて渡してやろうとしたら、折れたナイフを悲しそうに見つめている。折ったの俺だしな……
「ほれ、これやるから」
小さい果物ナイフを渡してやる。鞘もついてるから手を切ったりしないだろう。俺は子供に裸の刃物を渡すような事はしない。
「これ、ちいさいな」なんか不満そうだ。
「買ったばっかりだからな、よく切れるから我慢しろ」
それに宇宙人が、この部屋の物は壊れない、みたいな事を言ってたから折れたりもしないだろう。多分な。それより気になる事がある。
「なあペタ、その服、着てくのか?」
「うん!これすごくきごこちがいいんだ!ズボンも、いれるとこいっぱいあってきにいった!」
嬉しそうにTシャツの裾をビーッと引っ張りながら言う。ああ、伸びる、伸び……あ、戻った。
やったつもりはないんだけどなあ。まあズボンは尻尾用の穴を開けた時点でもう俺には穿けない。Tシャツは安物だしいいか。
時間は昼をちょっと回ったぐらいだ。今から行けば暗くなるまでに、なんとか村に着けるだろう。俺がペタに付いて行ければ、だ。
体力的な不安はない。ケガをしてからも体力、筋力は落としていない。治った左足も問題なさそうだ、気持ち悪い。
一番の問題は森歩きだ。全く経験がない。コンクリートジャングルとは訳が違うだろう。
「じゃあ、案内頼むぞ」不安は見せない。大人だから。
「あける!」
ドアノブに飛びついたペタの尻尾を握って引き戻し、靴を履かせた。
読んでくださってありがとうございます。
そろそろ出発かもしれません。
ほんのちょっと修正しました。