第203話 見張ってるフリ
頭上からの僅かな灯りを頼りに、壁に沿って走る。
普通に西側の1つ隣の門が目的地、西門だった。ただ、デカい町だ。到着に2.3分ぐらいはかかった。結構、起伏もあるし大きめの岩も転がっている。まあ普通の人族なら……って、それどころじゃない。
3人の兵士が倒れている。押し込まれてる。
倍以上の数の豚族達も倒れているが、立っているのも同じぐらいいる。西門ヤバいじゃないか。
階段に続く鉄の扉に取り付こうとしている豚族に向かって、矢が何本も降っている。門の前は放棄したのか。
襲ってきた相手を殺したくないなんて、甘い事を考えてるのは俺だけだ。普通なら、例え敵が同じ人族だろうと当然のように反撃するお国柄だ。ペタですらこのルールに従ってる。
戦える能力があるのにやらない、それで自分が死ぬなら自業自得だ。でも、助けられたはずの命を見殺しにしてどうする。正体がバレたから何だって言うんだ。上層部は知ってるんだ。一晩ぐらい牢屋に入ってやる。良い経験だ。
本物の戦場を前にして目が覚めた。俺の甘さは逆効果だ。
相手がモンスターだろうと人族だろうと、出来るだけの事はやるべきなんだ。無理に殺さなくてもいい。戦えなくすれば十分だ。盗賊ギルドと揉めた時には散々やったじゃないか。
ここからは全力で行く。
上体を下げて地面を蹴る。何が起こったのか分からない内に終わらせてやろう。
すれ違い様に、豚族達の足を連続で掬い上げる。ほぼ同時に、豚族全員が空中に浮いた。
そいつらが引っくり返るのを確認せずに走り抜ける。確認は必要ない。完全にバランスは奪った。あれで転がらない奴はこの世にはいない。この世の者じゃない幽霊ならそもそも足を払えない。フワーって浮いてるはずだ。足がないという噂もある。
ここはこれでいい。後は兵士達に任せる。角煮にするなり焼豚にするなり好きにすればいい。命懸けの戦場で転がるってのがどういう事なのかぐらいは分かる。止めを刺さなくても俺は参加した。全員で背負うのが戦争ってもんなんだろう。
やっぱり戦争なんか嫌いだ。でも始まった物は簡単には終わらない。
足を止めず、次の門に向かう。このまま全力で町の外を1周する。最初の門まで戻って、状況を見て2周目に入る。
一晩中でも繰り返してやる。今夜はマラソン大会だ。
「うわあ!ハルキがしゅんかんいどうした!」
走って行った方向と逆から現れた俺を見て、ペタが大袈裟に騒ぐ。瞬間じゃないだろう。30分以上はかかってるはずだ。そういう超能力みたいなのは貰ってないんだよ。あれば堂々と魔法だって言い張る。
「できるか、そんなの。1周してきたんだよ。ちょっとこれ預かっててくれるか」
びしょ濡れになったマントを脱いでペタに渡す。流石に邪魔だ。見張り用の防寒着だったが、こうなってしまったら逆に寒い。
「つめたい!あめふってないのに、おもらしかハルキ」
不満そうに受け取るペタ。漏らしてません。お前と一緒にするな。まあペタがおねしょをした所はまだ見てないけど、そのうちやるだろうと思ってはいる。
2回目の襲撃は無かったみたいだ。まだな。安心はできない。
頼りになるおっちゃん兵士に声をかけておく。
「あと何周かしてくるんで、この子が眠そうにしてたら壁の上に連れてってやってください」
「あ。はい。ご苦労様です」
なんか、おっちゃんの反応がおかしくなったな。妙に固い。まあいいか。この人はしっかりしてるし、良い人なのは間違いないから大丈夫だろう。
マラソン大会、再スタートだ。
いや、トライアスロンに近いかな。自転車はないが、水泳はあった。
まさか、お城の真裏があんなにデカい湖だとは思わなかったなあ。思わず突っ込んだじゃないか。
いや、止まろうと思ったら止まれた。迂回だって出来なくもなかった。ただ、少しやってみたい事があったんだよ。
右足が沈む前に左足を出したかったんだ。要は水の上を走ってみたかった。忍者の血が騒いだんだから仕方ない。きっと先祖が忍者だったんだ。
結果、服もマントも着たままの水泳になった。水もめっちゃ飲んだ。給水所にしては飲みすぎた。
でも凄いぞ、思ったより走れたんだ。やっぱり伝説は本当だった。すげえ水飛沫だったけど。アレは忍ぶのには向いてないな。あと、途中で思いっきり転んだ。水の上で転ぶってのも新感覚だ。まあ、跳ねた跳ねた。首が折れるかと思った。
次はもう少し、上半身をこう……落として……足を水面に叩き付ける感じで……
5周した所で、腹が水でタポタポになったのでマラソン大会は終了した。トイレ行きたい。
兵士のおっちゃんは、ペタをちゃんと壁の通路で寝かせてくれていた。
結局、豚族達の襲撃にカチ合ったのは最初の1周目だけだった。本格的な侵攻だった訳じゃないのかもしれない。というか2周目からは水走りがメインになっていた気がする。いやあ、難しい。どうしても転ぶなあ。
壁の上で服を絞る。ついでに靴もだ。グチョグチョのスニーカーほど気持ち悪いものはない。でも、引きちぎる勢いで絞ったらすぐ乾く。今までも雨が降ったりするとこうして乾かしてきた。壊れない成分はマジで凄いわ。
もしまた豚族が攻めてきても鐘が鳴れば分かるだろう。後はノンビリ、ボーッとしとこう。ちょっと寝てても良いかもしれない。俺の役目は見張りだが、1回ちゃんと仕事したし。ペタなんか熟睡だし。
通路の手摺りに体を預けてボーッとする。このまま見張ってるフリをしながら寝る予定。
しかしなあ、あの豚族はバカだったんだろうか。あんな少人数じゃ、いくら守りが手薄になってるとはいえ、町を襲っても返り討ちになるのは目に見えただろうに。人口、10万人以上は居る町だぞ。もっとかな、そういうのは全く分からない。
もしドラゴンの影響がなければ、門に近付く事もできなかっただろう。これだけの巨大な都市を攻め落としたいなら、それこそ数千、数万の軍隊で囲むか、相当の策略を持ってこないとだめだ。
いくら武装してるとはいえ、合計200もいなかったと思う。立ってたのは全部ひっくり返してきた。
あいつらが、門の横に付いてる小さい扉を狙ってたのは分かった。でも金属製だし鍵もかかってる。開ける技術はあったんだろうか。入れたとしても、そこからがまた大変だ。壁の上にも兵士は居るし、町の中も合わせれば、動ける兵士や騎士だけでもあの豚族よりは遥かに多い。
まあいいか。後は騎士団やら皇女さんに任せる。俺みたいな派遣社員は言われた事をやるだけだ。つまり見張りだ。
じゃあおやすみなさい。
少し目を開けた。薄明るくなってきた荒野で何か動いている。
豚族がいるな。だが、少ない。様子を見に来ただけだろう。レーザーで確認しても襲って来たやつらみたいな武装はしていない。
悪いな。お前たちの仲間は全滅だ。恨むなら自分達を恨んでくれ。俺だって手は出したくなかった。出しまくったのはそっちから襲って来たからだ。主に足を払いまくった。
しばらく見ていると、豚族達は岩陰に隠れながら去って行った。
ああやって、ハイエナ族以上に迫害されていると、他の人族から奪わないと生きて行けないんだろうな。
いやもう迫害ってレベルじゃないか。モンスターだもんな。駆除だ。
どうにか、この星の真実を広められないだろうか。教会さんとかを上手く使えばどうだろう。ゲイカには話してもいいかもしれない。
あー、いやダメだな。帝国さんだけでも数百年の歴史がある。ぽっと出の俺が何を言っても、価値観は変わらない。
それにモンスターと呼ばれている方に、伝える手段がない。言葉が全く伝わらないんだ。こっちが仲良くしたくても、向こうが理解できないだろう。結局は何も変わらない。俺ったら無力。
少しブルっと震えた。明け方は寒いな。上着なしで寝てたもんな。
湖で水泳をしたせいでマントがびしょ濡れだ。手摺りに引っ掛けておいたが、まだ乾いてない。まあこれが普通だ。全力で絞ってもなんともない服の方がおかしい。もし、このマントを全力で絞れば、確実に千切れる。
「へぷちっ!おうぃえーい」
おかしなくしゃみが聞こえた。丸まって寝るのが好きなペタが更に丸くなっている。やっぱり寒かったんだろう。風邪ひいたら困るな。コイツはバカじゃない、多分ひく。俺はバカだから風邪ひかない。
壁から降りる為の階段に続く扉が開いた。お仕事終了かな。
宿に直接戻ってフカフカベッドに入りたかったが、ぐっと堪えて傭兵ギルドに向かう。流石に報告なしって訳にはいかない。
再度、激しいくしゃみをして起きたペタと手を繋いで、通りを歩く。まだ朝早いが結構な数の人族がいる。もちろん、ひっくり返ったりはしていない。ちゃんと目が覚めたみたいだ。グッドモーニング町。いや、あまりグッドな感じの人は居ないな。
あちこちでザワザワと騒いでいる。ドラゴンの恐ろしさについて語り合ってるのもいれば、誰かを呼びながら歩いている人もいる。そりゃ迷子も出るだろう。ドラゴンが現れた瞬間、町中がパニックになったに違いない。そして、朝になって2度目のパニック中って訳だ。いやいや、ドラゴンさんよ。ほんとハタ迷惑だな。来る時は前もって言っといてくれよ。
だが、ようやく俺に付けられていた見張りも復活したみたいだ。しばらく気配がなくなっていたが、目が覚めたか。それとも、他の仕事に回されてたのかな。まあ、そうだとしても文句は言えない。大災害だったんだから。
よし、あのドラゴンの事は、災害龍ハタメイワクと名付けてやろう。もちろん、俺の中だけだし、こんなのはノリで名前が変わる。
ザワザワしていた人々が、一瞬静かになった。
数名の兵士に引かれた荷車が目の前を横切っていく。荷物は……数匹の死んだ豚族だ。鎧も服も、全部はぎ取られている。晒し者じゃないか。酷いな。
でもコイツらは町を襲った上に、モンスター扱いだ。俺が庇ったらおかしな事になる。それに、俺に転がされた結果、死んだのも混じってるかもしれない。
これがここのルールで、この結果は当然なんだ。そして俺もそれに参加した。だけど、やっぱり現実を見せつけられるとキツいな。軽くだが手を合わせておく。呪わないでください。
荷車が角を曲がって見えなくなった。墓場にでも連れて行って大きな穴に投げ込むんだろうか。処刑場で死んだモンスターはそうしてたよな。墓場かあ。うん、絶対見届けたくない。
再びザワつき始める一般人の皆さん。今度は、豚族の話になったようだ。
「美味そうだったな」
「あんなのは金持ちしか食えねえよ」
は?
思わず周りを見回す。今おかしな事を言ったのは誰だ?俺の聞き間違いか?
分からない。誰が言ったのかなんて分からない。だが、聞き間違いじゃないのだけは分かった。だって、ほとんど全員が同じような事を言っている。
あ、そうなんだ。食うんだ。
へえ。とか、ふーんとか。そんな感情しか湧いてこない。なんかおかしな薬でも嗅がされたみたいだ。いや、当然この体には薬は効かないはずなんだが、ボーッとする。
一瞬固まったが、頭を振っておかしな不安感を追いやる。
とりあえずギルドだ。傭兵ギルドに行って報告をしなきゃいけない。
「ペタ、さっきの豚の頭の奴って、食えるのか?」
歩きながら左手を握ったペタに聞く。
「さっきのはにくだな!はじめて見たからくったことはない!ペタのえものもいるのに、とてもイカンにおもう!」
プンスカと逆立っている白い耳。そうか、食った事はないか。少しだけ感情が戻ってきた。
いや、無理だわ。それは絶対に無理だ。ここのルールがどうだろうが、俺には食えない。だってあれはモンスターじゃない。
違うな、モンスターなんだった。討伐対象にだってなってる。そしてモンスターなら俺も食った事は何度もある。当然、狩った事もだ。イノシシだってヘビだって6本足の熊だって食った。何も変わらないんだ。ここでは。
よおし、分かった。これも俺への挑戦だな。やってやろうじゃないか。食う訳じゃないぞ。
人族モンスターと仲良くしろってのは、もう歴史的にも現実的にも無理だ。出来たとしても何百年後だ。どんな形であれ、俺は間に合わない。
じゃあ人族モンスターは食べ物じゃありません運動だ。賢いモンスターは賢いので食べないようにしましょう。クジラは賢いから食べるなっていう運動と同じようなもんだが、こっちの方が深刻だぞ。だって相手は同じ、人だ。
正直難しい。だがチビチビ広めるしかない。これは俺の為でもある。
いつ食わされるか分からないじゃないか。後から知ったら泣くぞマジで。
読んでくださってありがとうございます。
晩御飯が豚肉の方、すみません。




