第3話 左手に感じるモフモフ感
ベッドにもたれながら矢を弄ぶ。
弓道に使われる物は見た事があるが、それよりもだいぶ短い50センチほどの長さで、矢じりの部分には平たく尖った石がくくりつけられている。
一緒に回収した弓の方も小さく作ってある。威力より取り回しを優先した物なんだろう。それとも……使う者に合わせた大きさなのか。
もたれかかったベッドの上を覗うように、首を後ろに向ける。
ベッドの上では白い髪の女の子が丸くなって眠っている。
この体勢が落ち着くのか、何度か布団をかけ直してやったのに、いつの間にか跳ね飛ばして丸まっている。
肩ぐらいまでの白髪の隙間からピョコンと生えた犬か猫のような尖った耳が、寝息に合わせてたまにピクピクと動いている。長くて太目の尻尾は抱き枕として丁度良いみたいだ。
いやあエライもん拾っちまったな。
自分の命を狙ってきた相手だが、気を失って倒れている子供……に見える相手をさすがに放置する気にはなれず、部屋に引きずってきた。
かなり薄汚れていたので風呂場に投げ込んで、着ていたボロっちい服をはぎ取った時、ようやく女の子だということに気付いた。
ボサっとした髪の毛のせいで顔がよく見えなかったのもあるが、小学校に入るかどうかぐらいの子供の性別なんて、ぱっと見ではよく分からない。
ここが日本だったら幼児ナントカみたいな罪で捕まるかなコレ。
熱中症に軽い脱水症状あたりだと判断して、気を失ったままの女の子に冷水シャワーをぶっかけながら、念入りに髪や尻尾を洗った。一旦、罪悪感には蓋だ。大体、俺には幼女趣味なんてない。これで捕まったら冤罪だと言い張るつもりだ。
そしてやっぱり尻尾はくっついていた。人間にも新種が現れたのか?アフリカかアマゾンの奥地ならそういうのもいるかもしれない。
超強力接着剤の可能性もない事はない。でも多分、ない。めっちゃ引っ張った。
タオルとドライヤーで水気を取っている時に、うっすらと目を開けたので水を飲ませてやった。普通の水だと脱水症状には良くない。体からミネラルが失われているからだ。
即席の経口補水液を作ってやった。水1リットルに砂糖30グラムぐらい、塩3グラムぐらいで出来る、まあいわば簡易スポーツドリンクだ。レモン果汁でもあれば良かったんだが、もちろんそんな物はない。俺が欲しいぐらいだ。
よっぽど喉が渇いていたんだろう、すごい勢いで2リットルは飲んだだろうか。その後すぐにまた気を失ってしまった。
そんな謎の動物少女は今、大きめのTシャツを着てハーフパンツを履きベッドに寝かされている訳だ。
「くそう、いいやつなのに」
有名なアウトドアブランドのハーフパンツに丸く空けられた穴。そこから出たフワフワになった白い尻尾は、触り心地が最高だった。だったが、穴を開けるのはジャージで良かったんじゃないかと後悔している。
少女の持ち物を床に並べてみる。弓と矢。矢筒っていうのかな、筒に矢が10本。小ぶりのナイフが1本。
腰から下げていたポーチにはジャーキーのような物が数枚。1枚、手に取ってかじってみたが味がない上に固い。後でラーメンに入れてみよう。もちろん持ち主の許可をとってからだ。かじってしまった物はしょうがないので証拠隠滅したら少し歯の間に詰まった。
革袋みたいなこれは……水筒だろうか。中は空だ。革で出来た簡素な靴は玄関に置いてある。
近くに家……巣か?まあ住んでる所があるんだろうな。ちょっと出てきましたって感じだ。お泊りセットのような物は無い。
着ていたボロいシャツとズボンは、あまりにも汚かったので洗濯機に投げ込んである。外が暑いから干せばすぐ乾くだろう。問題は……
「こんなもんいたらニュースになるだろ!なんだよもう、意味わかんねえ!誰か説明しろ!」
『説明しよウか』
「おーマジか!頼むわ」
急に聞こえた機械のような声に、咄嗟に少女の持ち物であるナイフを手に取り、跳ねるように立ち上がって部屋中を見廻す。
足がテーブルに当たりガタッと派手な音がしたが、動物少女は変わらずベッドで寝息を立てている。他には誰もいない。
気のせいか……?
『気のセイ、とかでハ、あー、ナー、なイよ』
「……どこだ」
心を読んだような答えに驚いたが、表情に出さないように呟く。素早く視線を廻らせる。
『警戒しなクテいい。隠しカメらもナイ。探してモ、アーウン、アー』
『先輩。それでは逆に警戒します。すみませんヒムカイハルキさん』
最初の声より少し高い別の声が混ざってきた。やっぱり機械の合成音みたいだ。高い方の声が言う。
『テレビをつけていただけますか』
警戒を緩めずに、ゆっくりとリモコンに手を伸ばしボタンを押す。真っ白な空間を背に見覚えのある男女が並んで映った。
「夕方の、天気予報の……?じゃあコレやっぱり」
『いヤ。ちガウよ。ドッキリじゃないヨ。わかりやスク、姿を借りテルだけさ。』
右にいる40代ぐらいの男性キャスターの口が動く。気味の悪い事に口元以外はピクリとも動いていない。身じろぎもしなければ、まばたきすらない。
「俺が今、何考えてるか分かるか?」
『情報として、疑念、不安、不快等を感じているのが伝わっています』
今度は左にいる20代の女性キャスターが口を開いた。そのまま続けて口だけが動く。美人が台無しだ。
『説明の前に先輩、調整し直してください。音声が非常に不明瞭です』
『ごめンね。音での意思ソツウは久しブりなんデネ』
男性キャスターの口は最後の形のまま固まった。気持ち悪い。
『では、先輩の調整が終了するまで私からご説明させて頂きます』
「おう、早めに全部教えてもらえるかな」
あんたの方も十分不気味だよ。と思ったが口には出さない。どうせ、なんとなくでも伝わってるんだろう。
『まず、ヒムカイハルキさんが今居る場所は、宇宙空間です。そちらに見えるのがあなた方が地球と呼ぶ惑星になります』
チラッとベランダの外を見て、すぐ画面に目を戻す。
「ってか見たまんまだな。続きよろしく」
『ヒムカイハルキさんは我々が【捕獲】しました。これから別の惑星に【移住】して頂きます』
こいつサラっとエラい事言いやがった。
「ってーことは、あんたらは」『あなた方が宇宙人と呼ぶ存在の一つです』
間髪入れずに返してきた。やっぱりSFじゃないか。
「捕獲……って言ったな宇宙人。俺は地球には帰れるのか?」
『移住ですので。戻る必要はありません』
女の口は淡々と動く。捕獲された立場のこっちの意志なんか関係ないと言わんばかりだ。瞬間的に血が逆流するのを感じた。
「ふざけんな!」
握ったままだったナイフをテレビ画面に向けて全力で投げつける。が、
キィーン
高い金属音を残してナイフの先端が折れて床に転がった。
テレビは大きく揺れたが、画面にかすり傷一つ付いていない。何度もナイフとテレビを見比べる。
『今の行動の結果についてお話しします。ヒムカイハルキさんの住居は、地球に存在する物の複製です。ここが移住先でのヒムカイハルキさんの【巣】となりますので、生命活動に必要なエネルギー類以外の物体は、外部の物体の干渉による摩耗、劣化、損壊が起こる事のないよう調整されています。つまり【外】の物体であるそのナイフでは、このテレビを傷つけることは出来ません』
なお、エネルギー類は消費されたら我々の方で補給いたします。と続けた。
エネルギー……だから水道やら電気は生きてるわけか。で、ナイフが外の物だから何だって?難しい事ばっか言いやがる。ギリギリ全く付いて行けないぞ。悪いけど勉強は苦手なんだ。噛み砕いて教えてください。
『……この部屋の物は壊れません』あ、分かりやすかった。
「えらく好待遇だな」
皮肉のつもりで言ったんだが女の表情は変わらない。これが本当の体じゃないなら動かなくても不思議じゃないが。この宇宙人には感情とか無いのか?
『そうだね、君たちのような豊かな感情は、持っていないね。だからこそ移住してもらうんだけどね』
……無意識に声に出てたか?
開きっぱなしで止まっていた男性キャスターの方の口が動き出した。相変わらず機械の合成音のみたいだが、さっきより聞き取りやすくなっている。
『でも、後輩ほど冷淡ではないつもりだよ僕は』
『必要な事項のみを伝えるべきだと考えます。先輩』
こっちを向いたまま会話をする二人は凄く不気味だ。男の方が話し出す。
『では説明を続けようか。移住先の話だよ、気になるだろう』
返事をしなかったが構わず男は話を続ける。
『既に現地の生物と接触しているようだけど、玄関を開けて外に出れば移住完了さ。新天地へようこそヒムカイハルキ君』
「はぁ!?……お前、そこに地球あんのに、玄関開けたら他の星って何だよ!こんなに近くに人が住めるような星があるなんて、聞いた事ないぞ!」
思わず声が大きくなる。ベランダの向こうにはガラス戸いっぱいのサイズで地球が見える。こんな距離だと月や、下手すりゃ人工衛星なんかより近い気がする。
だが、男は問題は何もないとばかりに答える。
『それはそうだね。この巣は地球のすぐ傍に作られている。というより、僕達の宇宙船の中にあるからね。ああ、君達が考える様な、おかしな形はしていないよ』
『あなた方程度の知的生命体に発見されるような物ではありませんので。我々がこの惑星を発見し、この場所に拠点を作ったのは、あなた方の基準で2000年以上前です。』
『ちょっと後輩。僕が話しているんだから、取らないでもらえるかな』
『先輩の話は回りくどいのです』
『後輩はもう少し、気持ちに余裕を持ってだね』
『先輩の……』『そもそも後輩は』
また動かない二人が会話をはじめた。しかも今回は長いな。
こっちとしてはいい加減、驚き疲れて麻痺してしまった。というか他人のやり取りをボーっと聞いているのに飽きてきた。
ベッドに腰かけて口だけが動くマネキン達を眺めつつ、左手で未だ眠っている動物少女の尻尾をにぎにぎする。気持ちいい。
あと、先輩後輩の上下関係が適当だなーとか考えている。コレも伝わってんのかな。
『先輩のせいで、ヒムカイハルキさんが退屈しています』
『僕のせいなのかな?まあいいや。ごめんごめん。そんなわけで、君を我々の経営する惑星に、地球初の、知的生命体のテストケースとして招待したわけさ』
経営に招待ときたか。
「うさんくさいな。2000年も見張ってたんなら、俺が初だとか、テストケースだとかってのは何でだよ?いくらでも捕まえ放題だったんじゃないのか」
少し頭が冷えてきたおかげで落ち着いて疑問をぶつける事ができた。左手に感じるモフモフ感のおかげかもしれない。気持ちいい。
対して男の方が感心したように答える。……あまり感情は感じないが。
『いいね。君を選んで良かったよ。質問の答えだけど、まず2000年は上の許可待ちだったのさ。捕獲はね、してたよ結構。ただ輸出になると面倒な手続きが多くてね』
背筋がゾワッとした。こいつらは人間を虫か動物のように見ている。
『感情が動いたね。うん。いい感じだ。さて、玄関を開けたら他の惑星。の質問に答えていなかったね』
宇宙人の常識なんか考えてなかった。
2000年の間にどれだけの人間がこいつらに捕まったんだ。その後はどうなった?こっちの感情が伝わっているはずだが男は構わず続ける。
『その玄関と、向こうの惑星を文字通り【扉】で繋いでいるのさ。そういうお話や理論が、君の惑星にもあるだろう?君はテストケースだからね。向こうに馴染めるか、分からないからこの【巣】を用意したんだ』
『先輩。情報を与えすぎです。行動に影響が出ます』
『まだ規定の範囲内だろう。いいじゃないか。』
女の声を流して男は続ける。
『扉の向こうには、地球とほぼ変わらない環境があり、たくさんの先住民が暮らしている。全て僕達が色々な惑星で【捕獲】して、繁殖させたものさ』
ベッドで眠る動物少女がモゾモゾと動いたが、すぐに寝息が復活した。尻尾は放していない。
『君が保護した、その個体も、君の先輩達の1体ということさ。もちろん、テストはとっくに終わっている。数も増えて今はとても自由に暮らしているよ』
「向こうの惑星とやらで俺は何をさせられるんだ?」
『何も。特に何もしなくていいよ。好きに生活してくれればいい。ああでも、できるだけ外には出てほしいな。テストにならないからね。君のテストで大きな問題がなければ、ある程度の数をまとめて送り込む事になる訳さ』
「……動物園かよ」
呟きに男の声が反応した。今まで感情を出さなかった声が少し嬉しそうに聞こえる。
『そう。そうだね。とても近いよ。僕達は観察したいんだ。君のような知能の高い生物や、君達が虫とか獣と呼ぶような生物。みんな多種多様の感情の動きを見せてくれる。娯楽の少ない僕達にとってどれだけ重要な事か分かるかい』
『先輩。その情報は必要ないと判断します。ヒムカイハルキさんのストレス値が上昇しています。一時、先輩の権限を停止します』
『もう少し話がしたいんだけどね。後輩は真面目すぎ』
男の口が再び中途半端な形で止まった。
『失礼しました。ヒムカイハルキさん。必要な情報は伝わったと考えますが、まだ質問はございますか。あと1点のみ、お答えします』
男の方は不気味だけど、この女の方も事務的で好きになれないな。まあ人を動物園で見世物にしようとしてる奴らなんか好きになれる訳ないけど。
そんな事を考えながらも質問するべき事を探す。もうこいつらの中では地球に戻してくれないのは確定のようだ。何を聞いておくべきか……向こうの惑星の危険度か?どんな生き物がいて、どんな文明を築いているかとか?とにかく生き延びなければいけない。そもそも……
「なんで俺を選んだ?」
穴を見つけたかもしれない。唾を飲み込みながら最後の質問を投げかける。
『選択基準には膨大な項目があり、全てを説明する事は現実的ではありませんので、簡潔にお答えします。ヒムカイハルキさんが、若く、健康で、生命力が強い個体であると判断されたからです』
……よしっ。
「だったら、選択ミスだな。俺は健康なんかじゃない」
ズボンの裾をまくりあげ、左膝を固めているサポーターを外す。露出した膝の上あたりに円形の傷跡がある。
銃創だ。
「神経が傷ついてるらしくてな。膝から下は、ほとんど動かないんだよ」
今まで、打てば響くように答えを返して来ていた女の口が一瞬固まる。よし、いける。
「これじゃテストには向いてないんじゃないか?すぐ死んでも困るだろ」
『ヒムカイハルキさんが選定されたのは288日前になります。その時点では、健康体であったと確認しています』
「ああ、だったら知らないよな。ベガスに居た頃にやられたんだ、半年ちょい前かな。残念だったなあ。そゆ訳で別の人間に……」
『では治療します』
……はい?
『ヒムカイハルキさんの自己治癒力を高め治癒させます。強い倦怠感を感じます。また、痛みも伴います』
「え、ちょ、まっ」
やべえ、宇宙人ナメてた!そうきたかっ……っ……!
左足を中心に神経をえぐるような激痛が走る。あまりに痛いと悲鳴も出なくなるらしい。息もできない。左足を抱えるように床に倒れこんだ。脂汗が止まらない。
『これで、全ての説明を終了します。それでは良い新生活を』
女の声がどこか遠くに聞こえる。意識が朦朧としてきたが、今、気を失う訳にはいかない……今はヤバイ。
ベッドの上で白い姿がムクリと起き上がった。
読んてくださってありがとうございます。
そろそろモフモフ要素が増えます。
ちょっと修正しました。




