第174話 優しい会社
「まず、謝ってください!」
リカータさんが本気で怒っているのは初めて見た。
ミーアキャットは本来、マングースの仲間だ。当然、肉食動物だ。その口の中にはかなり鋭い牙が生えている。
そんなリカータさんが牙を剥き出しにしているのを横から見つめる。怒りの相手は俺じゃない。謝られるのも俺じゃない。ああ、ペタでもない。
「むう」
怒られてるのは、渋い表情をした髭もじゃドワーフだ。そして謝られるべきは、その後ろに立っている男の子ドワーフ2人だ。下を見てモジモジしている。
「良いですか!あの大銅貨は労働に対して支払われた、正当な報酬です!それを、理由も聞かず一方的に叱りつけるとは何事ですか!」
まあ、そういう事だ。
俺達が、広場でラーメン売りを手伝ってもらった2人の男の子。この子達は帰って、この保護者ドワーフに話した。そして、お金を盗んで来たのかと叱られたらしい。でも、あれは給料だ。こっちの星では子供だって働く。まあちょっと高額ではあったが。
家の手伝いならともかく、給料の出ない労働なんて商売人のリカータさんには許せない。そしてそれ以上に、子供の話を聞かない大人が許せない、ってとこか。割と世の中の大人ってのは、そんなもんだと思うが、この人はお嬢様だからな。
とにかくすげえ剣幕で、怒鳴り込んだ。
とは、言っても家じゃないよなあココ。周りをコッソリと見回す。あまり堂々とは見ない。だって、目の前で大人が大人に叱られてるんだ。空気を読むぞ俺は。神妙な顔をして静かにしてるぞ。あ、ペタは堂々と首をグルグル回している。
ここってデカい倉庫みたいだけど、多分アレだよなあ。リカータさんが見たがってた武具の工房。
しかも今、叱られている頑固そうなおっちゃんは、多分ここの偉い人だ。髭もじゃ作業員達が、心配そうにこっちをチラチラ見ている。手はちゃんと動かしながらだ。動きが染み付いてるんだろうな、プロだなあ。でも集中しないと怪我するぞ、馴れた作業ほど危ないんだ。スマホをいじりながら歩いたりしたら駄目なんだ。
建物のもっと奥に入れば、実際に鉄を叩いたりしてんだろう。キンキンという音も聞こえるし間違いない。それに恐らく、アレもある。木炭を焼いている窯だ。企業秘密はこんな入り口には無い。
「分かった分かった!ワシが悪かった!謝りゃ良いんだろうが!」
お、ようやく頑固オヤジが折れた。だけど開き直りは良くないなあ。
「何ですかその言い方は!あなたそれでもこんな立派な工房の親方ですか!私だったら、あなたの様な人の話を聞かない人族とは取引しませんね!」
ほらリカータさん、もう噛みつきそうだ。これはちょっとヒートアップしすぎだろう。止めた方が良いかな。
と、思ったら子供達がリカータさんと親方ドワーフの間に入った。
「おねえさん、もういいから。おやかたをゆるしてあげて」
「おかねもいらないから」
いや、お金はお前らのだから貰っとけ。その件でリカータさんは怒ってるんだ。
でも、どっから湧いてきたんだこの子達。最初からいた男の子2人以外に、何人もの子供ドワーフが顔を出した。年齢もバラバラっぽいし女の子もいる。武具の工房に似つかわしくない。まるで、学校か何かだ。
「お金はあなた達の物です!もらっておきなさい!自分の物を、自分の物だと主張するのは義務です!子供であろうが関係ないんです!」
あ、リカータさんの怒りの方向がおかしくなってきている。よし、止めよう。
「すみません、お金の事となるとつい熱くなってしまって……大変、失礼な事を」
リカータさんが頭を下げれば、親方ドワーフも頭を下げる。
「いや、おめえさんの言う事はもっともだ。完全にワシに非があるわ。すまんかった」
そうそう。そうやってお互いに過ちを認めれば、世の中から戦争は無くなるんだよ。そんなサイズの話じゃなかったか?まあ、人を殴るのを商売にしてた俺が言うのも何ですが。
「ふたりとも、れいせいさを、かいてはならん!」
ペタが腕組みをしながら偉そうだ。どこの老師様だ。お前はかなり部外者だから余計な事を言うのは止めようか。ほら、出してもらった干し肉でもかじっとけ。あ、もうかじってやがった。食いながら喋るな。
俺と、工房の従業員の皆さんで2人を止めた。この事務室みたいな部屋に通されたあたりで、ようやく2人とも落ち着いたみたいだ。
ってか、子供達だ。あれが気になる。この部屋までは付いて来なかったが、従業員の子供でも預かってるんだろうか。保育施設のついた会社とかだったら、かなりのホワイト企業だぞ。この親方は間違いなく良い人って事になる。ちょっと早とちりで頑固なだけだ。
「あの、喋っていいっすか?子供がいっぱいいましたけど、何でなんすかね」
ようやく聞ける雰囲気になったと判断して、声を出す。
「おお、奇声の人。おめえには礼を言おうと思っとったんだ。娘を助けてくれたそうだな。ありがとうよ」
この髭、俺の事忘れてやがったな。奇声言うな、今は出してないだろうが。いや、そこじゃない。娘……ってドレがそうだったんだ?いつ助けたっけ。
「めちゃめちゃ、ホワイト企業じゃないすか……」
思わず声が出る。奇声じゃない、普通の声だ。いつもなら心の中で済ませる内容だが、俺は感動した。この親方さんは、すげえ良い人だ。ちょっと早とちりで頑固なだけだ。
「ほわいときぎょうってなんだ」
ペタがモグモグしながら聞いてくる。それは、社会や社員に優しい会社だよ。と、こっちを心の中で言っておく。
この親方さんは、モンスターや病気なんかのせいで親を失った、いわゆる孤児を引き取って育てている。つまり、この工房のドワーフは子供から従業員まで全員そういう人だ。子供の頃から仕込んで、立派な職人にまで育て上げている。
孤児院プラス、仕事まで提供してる。そんな会社知らない。しかも、子供達に慕われている。早とちりで頑固だが。
「だからよ、この工房のガキは全部ワシのガキなんだよ。真っすぐ育ててるつもりだ」
この親方さんも、全力で真っ直ぐっぽいしな。そんな直線的な親方さんが、壁に掛けてある剣を見上げる。シンプルな剣だな。でも、使いやすそうだ。騎士が持ってる剣なんか、宝石やら装飾が邪魔そうにしか見えない。あの余計な労力とお金を節約して、孤児院でも作れよ。
「曲がった心で打った剣は曲がっちまう。だが、今回はワシが自分のガキを信じられなかったってこった。曲がってたのはワシだったな」
おおう、人格者。俺なら恥ずかしくて、そんなかっこいいっぽいセリフは言えない。あとはちょっと早とちりを治そう。
「おめえに助けられた娘も、さっきいたはずなんだがな。誰に似たんだか、照れ屋でよ。また、後で挨拶させるからよ」
俺が助けたってのは、あの子だった。ハルなんとか鳥から叩き落した子だ。つまり俺が「奇声」と呼ばれるキッカケになってくれた子だ。複雑だ。だが、元気なら良かった。
リカータさんが何かブツブツ呟いている。
「子供の頃から孤児に英才教育……アリですね。商売のノウハウを叩き込んで……」
あ、こっちの大人は微妙に利益優先だ。まあ、それでも良いとは思う。お金は大事だし、やろうとしてる事は同じだ。理想だけじゃ食っていけない。ペタや狐族みたいに自給自足できるレベルの狩人じゃない限りは。まあ狐族の技術も、英才教育みたいなもんか。
「ちょっとお話が変わるんですが、この工房を見学させて頂けませんか?」
リカータさん、やっぱ図太いな。お互いに謝ったとはいえ、さっきまで牙を剥いてたくせに。
「ああ?こんなとこ見て面白いかね。まあ、ウチでよけりゃ見てってくれや。ガキどもに案内させるからよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
リカータさんちゃっかり目的達成だ。やり手ですな。
「おやぶん、ここが、よろいのしあげをしているとこだよ」
「ほうほう。よろいの。なるほどなるほど。よろいはいいものだ」
同じぐらいの年齢だと思われる子供達に囲まれたペタが頷いている。絶対、分かってない。そして、あの子供達はいつの間にかペタ軍団に入団していた。何故だ。ペタのどこにそのカリスマ性があるんだ。白さか。
ただ、あの中に入ると、ペタの背が高く見えて面白い。ドワーフってやっぱ小さいよなあ。
少し年上の子供達は俺とリカータさんに付いてくる。うーん、どの子が助けた子だろうか。女の子は何人かいるが、分からない。あと、俺はこの工房にそんなに興味は無い。
だが、リカータさんの目はギラギラしている。仕入れとかは言い出さなかったけど、何か狙ってるぞ。
「ねえ、あの奥の扉の向こうはどうなってるのかしら」
リカータさんにそう聞かれた女の子が、少しアタフタしながら答える。
「え、えっと。あの……あそこの向こうでは金属を溶かしたり叩いたりしています。危険なので、私達もまだ入れてもらえないです」
じゃあ、この見学でも見せてはもらえないって事だ。
ああ、リカータさんの狙いが分かった。あの扉の向こうだ。いや、正確にはその火力の秘密である木炭の製造方法だろう。
さあ、頑張れ女の子。リカータさんが攻めてくるぞ。
「あの向こうも見学したいんだけど、駄目かしら」
「あ、それは駄目だって親方に言われています」
ハッキリ断ったな、偉いぞ。だが、そんな事で諦める人じゃない。とはいえ、子供が後で怒られるような無理強いはしないだろう。
「じゃあ、親方さんに許可を貰えればいいのよね。そういえばどこに行ったのかしら、姿を見ないけど?」
まあ、忙しいんだろう。それか、あの扉の向こうで働いてるんだ。と、思うのが俺の限界だ。
「さっきの服って作業着じゃなかったわよね。油も焦げ目もなかったし。どこかにお出かけなのよね。それに、ここも作業員が少なくないかしら。この人数じゃ、時間がかかりすぎるわよね」
リカータさんめ、よく見てるなあ。女の子が、ちょっと困った顔になった。あんまり虐めないであげてほしい。
見学を短めに切り上げて、工房を出る。まあこの辺のさじ加減はリカータさん次第だ。見たがってたのはこの人だからな。これから買い出しでもして、明日の出発に備えるのかな。
外まで見送りに来た子供達がペタに手を振る。おい、俺達には無しか。
「あの……助けてくださってありがとうございました」
さっきまでリカータさんに色々聞き出されていた女の子が、小さい声でそう言って、ささっと建物に入っていった。ああ、あの子だったのか。
正直、顔は覚えてなかった。でもああやってお礼なんか言われると頑張って良かったって思えるな。人助け、良いじゃないか。
「奇声も、おねえちゃんもばいばーい!」
たとえ、子供に変なあだ名で、しかも呼び捨てされるようになったとしても、良い事は良いんだ。
歩き出したリカータさんに付いて行こうとすると、ペタに袖を引っ張られた。
「なあなあ!ハルキ!あ、まちがえた!きせい!」
お前はダメ。耳をグリグリ引っ張ってやると、
「ぴゃぁあぁぁ」ペタから奇声が出た。
「これは私の推測ですが、恐らく鉱山にハルピュイアのコロニーが出来ていると思います!」
リカータさんが左手を大きく挙げながら言う。あ、左手ってレフトちゃんの事だ。まだ明るい内に宿に帰ってきたから、買い出しはどうするんだろうと思っていたが、コレが言いたかったのか。
「まず、人口と労働者の比率に対して、お昼に細いスープを買いに来たドワーフ族が多すぎます!これは、鉱山で働いているはずのドワーフ族達が、町にいたんだと思います!つまり元凶は鉱山、もしくはそのすぐ近くにいます!」
ブンブン振り回されるレフトちゃん。コイツ、酔うんじゃないか。無駄に高性能なセンサーを持ってるみたいだし。なんかぐったりしてるように見える。
「そして工房の親方さんの他所行きの服装、町の有力者が集まって会合を開いているのです!議題はズバリ!ハルピュイアのコロニー殲滅でしょう!」
おお。ああ。へえ。熱いなリカータさん。
「工房に作業員が少なかったのは、回ってくる鉱石が減少しているからです!特に防具と剣の部署にはほとんど人がいませんでした!ところが!矢じりを製造している部署はフル稼働でした!明らかに対ハルピュイアです!」
ふーん、そうなんだー。でも明日出発するから関係ないよな。この町、戦闘能力高いし。相手の巣が分かってるなら多少の犠牲は出るかもしれないが、大丈夫だろう。
「なので、私達で倒しちゃいませんか?女王」
リカータさんがニコっと笑った。
読んでくださってありがとうございます。
こうやってズルズルと…果たして行くかどうか。