第172話 食うぞ
全力で投げたナイフは狙い通り45度ぐらいの角度で飛んでいく。ここから、重力に引っ張られて落ち始める筈だ。
そこで人面鳥にヒットすれば完璧だ。
……あれ、落ちない。
フラフラ飛ぶ人面鳥の、更に上空を回転しながら飛んでいくナイフ。あ、落ち始めた。
うん、完全に計算をミスった。ああもう。この体はいつの間にかスペックが変わるからやりにくくて仕方ない。絶体アレだ。荷台牽きのせいだ。足腰の強さは上半身にモロ影響する。言ってしまえばリカータさんのせいだ。
ブツブツ文句を言いながら壁の上を走る。人面鳥に近づく方向だ。
45度から落ちてきて当たる、ってのにこだわるなら離れなきゃいけない。だが今のナイフの軌道を見る限り、深く考えずにもっと近くから投げた方が良い。威力も精度も上がる。
つまり角度だの距離だの色々考えたのは無駄になった。
だが、1回全力で投げた経験は無駄にはしない。あと、町に響いたかもしれない奇妙な叫び声もだ。くそう、恥ずかしい。後で何か言われないだろうか。いや、人命が懸かってるんだ。そんなの無視だ。
「ふぬりょあああ!」
2回目の叫び声がこだまする。ちょっと変わったが、ナイフの勢いは同じだ。
声が途切れる前に走り出す。最短距離で鳥の真下を目指す。上手く命中すれば、あの捕まってる人が落ちてくる。受け止めなきゃいけない。当たるか?いや、当たる。イメージがピッタリ合った。
壁から飛ぶ。誰かの家の屋根に着地だ。ちょっと中の人はビックリしたかもしれない。でも人命第一だ。許してください。軽く屋根にヒビが入ったけど気が付かないでください。
屋根から屋根へ飛び移りながら走る。
石造りの家は屋根が平坦で走りやすい。ありがたい。でも普通は走ったらダメだぞ。これは不法侵入の繰り返しだ。こういう映像を見た事があるが、あれはちゃんと事前に許可をとってる。はずだ。俺は許可なんかもらってない。
視界の端で、人面鳥の人面部分が破裂したのが見えた。命中だ。グロい。
もうナイフじゃなくて爆弾だなこりゃ。だが、狙いは完璧だった。俺の投擲人生で1番良い投擲が出来た。投擲人生って何だ。いつの間にそんな人生送ってたんだ。
あ。もし少しでもズレて、人の方に当たってたらヤバかったんじゃないのか。うわ、考えてなかった。
モンスターに攫われるのと、俺のナイフで爆発するんじゃ、結果は同じでも俺の扱いが全く変わるぞ。一気に殺人者だ。今更かもしれないけどそれは嫌だ。
地球だったら、ペタやリカータさんの目にモザイクがかけられてインタビューだ。もしくは首から下だけが映される。音声も変えております。あんな事をする子じゃなかったんです。とかリカータさんが言えば、ペタは、いつかやるとおもってましたー。とか無責任に言うんだ。どっちを信じたら良いんだ。まあ、どっちも信じなくて良いか。上手く命中したんだから。結果オーライってやつだ。
いや待て。落ち始めたあの誰かを無事に助けて、初めて結果オーライだろうが。お家に帰すまでが人命救助だ。
全力で踏み切って、空中に跳び出した。また屋根を少し破壊したっぽい。雨漏りの請求は人面鳥の女王様に頼みたい。
トボトボと歩いて宿に戻る。
町のあちらこちらで、ドワーフ達が片づけをしている。ドワーフだけじゃないな、色んな種族が出て来てやってる。大人も子供も総出だ。良い町だ。ちょっとお酒と女性関係がだらしないかもしれないが、一つになってる感じはある。
ただ、やっぱり泣いている人や落ち込んでいる人も多い。家族の誰かを連れ去られたか。
あの人面鳥が、仮に日本で見かけるような、一般的な蟻に似た習性を持っているとしよう。攫われたら終わりだ。蜘蛛のように糸でグルグル巻きにして生かしてくれたりはしないだろう。というか、蜘蛛だってアレは消化活動の一環だ。糸を解いた所でもう助からない。消化液みたいなのを注入済みだ。ファンタジーな映画とかなら助かるんだろうけどな。
そんな中で1人だけ助けたって、あんまり変わらないかもしれない。だがきっと家族は喜んでくれているはずだ。そこだけは未来を変えられた。と思う。
他に変わったのは、町の人が俺を見る目だ。それと変な呼び名。
「あ、奇声の兄ちゃん。頑張ったなあ」
「はあ、どうも」
軽く会釈をして歩く。まただ。また声を掛けられた。今度は髭もじゃドワーフのおっちゃんか。さっきは小さい子供に指を差された。
1回目の大声で注目を浴びて、2回目でキッチリ姿を見られた。壁の上で騒いでたんだ、目立って当たり前だ。いや、それは仕方ない。問題は呼び名の方だ。
俺はもう「奇声」で通るようになってしまった。最悪な2つ名だ。まだ「銀章の魔法使い族」の方がはるかにマシだ。宿に戻ったら引きこもろう。そしてこの町には2度と来ない。
俺が受け止めたのはドワーフの女の子だった。顔が若かったから子供だと思う。サイズは大人より少し小さいぐらいだったけど、ペタよりは年上っぽかったな。俺よりは年下かな。分からない。
空中で受け止めた後、近くの屋根に着地した。というか俺がクッション代わりになってプチっと潰れた。すぐ治ったけど、結構痛かった。女の子に言うのも何だが、ドワーフってちょっと重いな。筋肉質なんだろう。あの子も戦ってたんだろうか。それとも後片付けの手伝いにでも出て来た所だったのかもしれない。あのタイミングはそういう人も多かったみたいだ。つまり俺の叫び声と姿はかなりの人に聞かれ、見られている。
助けた子は気絶してたから、適当にその辺のドワーフに預けて来た。名前?言わないですよ。こんなのは黙ってカッコ良く立ち去るのが紳士ですよ。
で、名前が広がるのは阻止出来た代わりに、
「奇声の人だ!」
また、子供が指差してきた。はーい、俺が噂の奇声のお兄さんですよー。指は差しちゃいけませんよー。食うぞ。ギロっと睨んでやったらキャッキャと笑いながら逃げて行った。どうしても子供には手加減してしまう。もう少し気合いを入れて怒りを表現しないといけないなあ。
何で人を助けたのに、こんなにやさぐれた気持ちになるんだろう。
分かってるんだ、別に目撃者の皆さんに悪意は無い。むしろ好意だろう。子供だって純粋に見たまま、聞いたままを言ってるだけだ。
そもそも奇声の何が悪いんだ。オリンピックでもハンマーや槍を投げてる人は叫ぶじゃないか。無酸素の状態から瞬間的にパワーを爆発させれば自然と出るんだ。多分。と、自分に言い聞かせる。恥ずかしくなんかないんだ。ないんだ。ない……んだ。
トボトボ歩きがいつに間にか早足になっていた。あ、宿が見えた。あんなに苦手意識を植え付けてくれた宿なのに、今は我が家のように見える。
ペタの尻尾までもう少しだ。心の平穏が近付いてきた。
「ハルキ!きせいをはっしてたな!」
「え、あの妙な奇声はハルキ様だったんですか」
毒のない2人に止めを刺された。消えたい。もう厩舎に住む。
「スカート、ストーカーとースカートー」
俺の左手を握ったペタが、上機嫌でオリジナルソングを歌っている。少し間違った歌詞だが、スカートにかなり興味があるのは分かる。尻尾がグルングルン回っている。その動きをすればスカートが捲れると思うぞ。
「可愛いのを買いましょうね。値切り交渉は任せてください」
リカータさんもヤル気満々だ。大商会の社長様が本気にならないでくれ。別に適当なので良いんですよ。言ってしまえばスペアなので。ホントはスカートより普通のズボンとシャツとかが良いんだが、ペタがスカートが良いっていうなら仕方ない。
俺は出来るだけ顔を伏せて歩いている。だが、たまに「奇声」という声が聞こえてくる。
そりゃそうだ。遠目に見た人は、俺の事を服で覚えている。顔を隠したところで意味がない。マントを着てくれば良かった。そこまで頭が回らなかった。逆にわざわざ背負い袋から出してきてしまった。だって今から買い物なんだ、こっちじゃ買い物袋なんかくれないんだ。変装も考えたが、サングラスとマスクしか思いつかなかった。無い上に意味も無い。
一応、外に出たくないと訴えたがペタに駄々をこねられた。いや、駄々をこねたのは俺の方だな。確かに服を買ってやると言い出したのは俺だ。
更にリカータさんには、
「武具工房の見学にも行きますしね。約束、破ったりしませんよね」
と、笑顔で言われた。分かってもらえるだろうか、その笑顔がすげえ怖かったんだ。仕入れもします、とか言い出されても断れない気がする。書類作っとけば良かった。作らないように誘導されたんじゃないだろうか。この人は嘘はつかないが、人を操る。心理に付け込むのが上手いんだ。あれ、これって詐欺師とどう違うんだろう。俺の周りには詐欺師が集まるのか?
紳士オブザ紳士の亀さんならきっと俺を慰めてくれるだろう。だがいない。あの人は本来、休養日なんだから引っ張り回せない。特に今日は激しい戦いを繰り広げたんだ、ゆっくり休んで欲しい。それにこの町は細い道や段差も多い。亀さんは単純に動き回りにくい。
町はどうやら通常営業に戻っている。見事に襲撃の痕跡は消えた。あちこちから炭を焼いているっぽい煙も上がっている。いや、あれはずっと上がってたか。炭焼きって何日もかかるイメージがある。生で見た事は無いが。
しかし、髭もじゃドワーフがいないな。さっきは大量にいたのに。
働いてるんだろうが、そこらにある食べ物の店なんかには姿がない。掃除や、犬の散歩をしてるのもいない。女性や子供はたまに見かける。ええい、指を差すな。ヒソヒソまでにしといてくれ。
それでも髭もじゃがいないおかげで、かなり「奇声」呼ばわりは少ない。あの時の目撃者は、ほとんどドワーフだった筈だ。助かった。
「男のドワーフ族がいないっすね」
先を歩くリカータさんに声をかけてみると、キョロキョロと店を覗きながら歩いていたリカータさんが振り返った。
「彼らは大体、武具工房か鉱山で働いていますから。後でちゃんと会えますよ」
すげえ笑顔だ。やっぱり仕入れとかする気じゃないのか。いや、会いたくはないんだよ。でも、その工房とやらに行かない訳にはいきませんよね。あ、お腹痛い。
大通りに出た。ここら辺は観光客や、仕入れに来た商人向けの店が多いのかもしれない。やっぱり賑わっているが、宿の近くの落ち着いた感じとは大分違う。お祭りみたいな賑わい方だ。ペタが肉の屋台に引き寄せられて行くのを、クイックイッと修正しながら歩く。これぞ犬の散歩。
「ここを見てみましょうか」
リカータさんが1軒の服屋の前で立ち止まった。今までも何軒かあったよなあ、似たような店。何でここなんだろう。
先に入ったリカータさんに続いてペタが飛び込んでいく。
「たのもー!スカートはどこだ!」
今、お前の横に大量にぶらさがってるぞ。しかし、入ってみればやっぱり普通の洋服屋だな。値札は読めるが、高くも安くもないって印象だ。まあ懐かしの狸族の服屋に比べると安いか。あそこはドレスとか置いてたもんなあ。
庶民的な服が多い。うん、こんなんで良いんだ。それこそドレスでも売ってる店に連れて行かれるかと思った。
「とか、思いましたか?ペタちゃんに動きにくい服は似合いませんから。それに、この店は生地の質が良いですし、地元の人も買いに来ているみたいです。信用もできますよ」
リカータさんはたまに俺の心を読む。やっぱりライオン姉さんとあまり仲良くならないようにしてほしい。最強の詐欺師コンビが生まれる。
「いらっしゃいませー。あ、奇声の人」
店の奥から出てきたドワーフのおばちゃんに言われた。店を変えませんか。
リカータさんに念を送ってみたが、今度は気付かれなかった。
読んでくださってありがとうございます。
かっこいい2つ名が増えました。