神隠し編・桜庭白音という少年10
あの日から三週間が経った。
別に何かが劇的に変わったというようなことは無い。
いつも通りの日常をいつも通りに過ごしている。
強いて言うなら以前よりも少しは頻繁にギルドに行くようになったかもしれない。
面倒な事に巻き込まれることもないから行きやすくなったのかな。
あとは……
「おはよー! 今日も朝から忙しそうだね!」
「おはようルカ。そう思うなら少し手伝ってほしいんだけど?」
「うーん、じゃあ私は見返りに一緒にギルドに行くことを要求するよ!」
「……エリカさんに頼まれてることが多いから今日は無理かな」
「む、本当にママはハクト使いが荒いね!」
「……アハハ、どっかのバカ娘がもっと手伝ってくれればハクトの仕事ももう少し減りそうなもんだけどねぇ」
「ひゃっ!?」
ルカの後ろで仁王立ちしながら笑みを浮かべるエリカさん。
これを週五くらいの頻度で見せられてるわけだからルカの学習能力の低さも大概だと思う。
「ハクト、店の中の掃除はルカがするからあんたは外をお願い」
「え!? 私が外――」
「あんたこの間そう言って気付いたら居なくなってたわよね?」
「……」
「……じゃあ僕は外に行ってきます」
ルカの悪あがきも終わったようなので僕は僕の仕事に向かわせてもらおう。
★★★★★
「全く! ママは私達をこき使いすぎだよ!!」
「あはは……でもそれだけ頼りにされてるってことじゃないかな?」
「むぅ……でも、やっぱり将来のSランク冒険者におつかい頼むなんてどう考えてもおかしいよ!」
「それはほら……筋トレとかそんな感じだよ……たぶん」
「……こっちを向こうかハクト」
ルカ様はご立腹、というほどでもないけど少しご機嫌斜めだ。
理由は言うまでもなくエリカさんにおつかいを頼まれてしまったから。
昼ご飯を食べた後に寝っ転がってたのが運のつきだったね。
「えっと……まずは野菜からでいいかな……」
「ハークートー!」
変なこと言って更に機嫌を損ねるわけにもいかないのでここは大人しく野菜を探しているふりをするに限る。
……というかルカ。
頼むから自分の容姿をもう少し省みてくれないかな?
そうやって無防備に腕とか組まれると周りの視線が怖いやら恥ずかしいやらで僕には大変負担が大きいのだけど……
それになにがとは言えないけど当たってるし……
「おっ! ハクトにルカちゃんじゃねえか! 二人でデートかい!?」
「いえ、エリカさんに頼まれておつかいです」
普段からエリカさんが贔屓にしている八百屋さんに開口一番でそう言われた。
おじさん、デリカシーって知ってますか?
「……腕組んでか?」
眉間にしわを寄せ不思議そうにおじさんはそう言った。
……ごもっともすぎてぐうの音も出ない。
「ルカ、離して」
「えぇ、別にいいじゃん! ハクトの体いい感じにひんやりしてるんだよ!」
今の会話を聞いていてもなおまったく気にした様子を見せることなく僕の腕に巻き付いたままのルカ。
本当にこの子大丈夫……?
「……おじさん」
「……なんだ?」
「ルカに恥じらいを売ってあげてください」
「生憎当店では取り扱っておりません。まぁ苦労しな!」
「他人ごとだからって面白がってますよね……」
腰に手を当て豪快に笑うおじさんに半眼を向けるが全く気にとめた様子がない。
「なにさなにさ二人して!! 私だって恥じらいの一つや二つ持ってるもんね!!」
「……無理したらダメだよルカ」
「……そうだぜルカちゃん。俺はルカちゃんのそういうとこも魅力だと思ってるから」
「なんか失礼じゃない!?」
だって恥じらいを一つ二つなんて数え方をしてる時点で、ね?
★★★★★
「まいどありー」
最後に香辛料を買っておつかいは終わりだ。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
「ん~、そうだね! 帰って荷物置いたらギルド行こう!」
「あれ? なんか勝手にこの後の予定が決められてる……?」
「どうせ家に居たってママにこき使われるだけだよ!」
「……否定できない辺りがなんとも」
とはいえこの時間から依頼を受けるのは正直勘弁してほしいんだけど。
そろそろ夕方だし。
「それに――」
「ルカちゃん!!」
……そう言えばこの三週間で変わったことといえばこれもあるね。
「……何しに来たの? もう二度とハクトに近づかないでって言ったよね?」
「そ、そんなこと言わないでよ……この間のあれはちょっとした遊びみたいなものだったんだよ! ねっ! 説明すればきっと分か――」
「触らないでっ!!」
あの日、冒険者をクビになってから僕を殴った元冒険者達は毎日のようにルカに釈明をしに訪れている。
成果の方は……まぁ見た通りだけど。
「帰ろハクト!」
軽く頬を膨らませ『ムスッ』っと効果音でも聞こえてきそうな様子でルカは僕にそう言うと一人で先に進んでいってしまった。
「ま、待ってっ!! ね? お願い! 本当に誤解なんだよ! な? 俺達ちょっとじゃれ合ってただけだもんな?」
ひきつったような表情を浮かべながらルカを止め僕に笑みを向ける元冒険者。
僕の事あれだけ蹴ったり殴ったりしてたのに何でここで僕に縋るのかが本当に謎なんだけど……
「えっと……」
「ハクトに話しかけないで!!」
「なら俺達の話を聞いてよルカちゃんっ」
……なるほど。
僕に話しかければそれを止めにルカが入ってくるから……
「聞かないっ! どんなこと言ってもハクトに酷いことしたのは変わらないでしょ!?」
「いや、違うんだよルカちゃん!」
こうなってくるとけっこう長い。
たぶんあと三十分は帰れないだろうな……
……いや、それは困る!
エリカさんに早く帰ってくるように言われてるんだよ!
「ルカ、早く帰らないとエリカさんが!」
「あっ!」
「ちょっと待ってって! 今話してる最中でしょ!?」
腕を広げ通さないといった意思を示す元冒険者達。
「どいてっ!! 私とハクトは忙しいの!!」
「嫌! というかやっぱりどう考えてもおかしいだろ! そもそもなんでルカちゃんとそいつが一緒に暮らしてるのさ!」
「それはハクトは身寄りが――」
「それだっておかしいだろ! なんで身寄りがないからってルカちゃんの家に泊まれるんだよ! というかそれなら赤の他人だろ!? なんでそいつがちょっと怪我したくらいでルカちゃんに俺達が嫌われないといけないんだよ!」
「ちょっと!? あれがちょっと!? どうかしてるよ!!」
元冒険者の言い草が気に入らなかったのかルカがまたしても会話を始めてしまう。
ダメだねこれは。
帰れないや。
正直僕としては死んでないしもうどうでもいいから許してもいいと思うんだけど。
毎日来られるほうがよっぽど迷惑だしできることなら二度と顔も見たくないし。
「それにハクトは赤の他人なんかじゃない!! ハクトは……」
そこまで言って一度黙りこみこちらを見るルカ。
冷静に考えたら本当に赤の他人だったな、とか考えてないだろうか。
もし考えているなら今日は枕を濡らして眠ることになりそうだ。
しかし、僕のそんな心配をよそにイタズラっ子のような笑みを浮かべると
「ハクトは私の大切な恋人だよ!!」
彼女はそう言い放った。
想像できるだろうか?
場所は王都。
時は夕方。
当然、まだ多くの人が往来している。
そんな所でルカは言っちゃったのだ。
しかも間違いなく言ってはいけない相手に。
いや、たぶんこれはルカなりの嫌がらせなのだろう。
八百屋のおじさんめ……
あなたのせいでまたとんでもない面倒ごとになりそうですよ……
「…………嘘、でしょ?」
「違――」
「嘘じゃないよ!! 私とハクトは、えっと…………そう! 愛し合ってるんだから!!」
「…………嘘だ……そんなのって……」
否定しようとする僕を遮り、したり顔でこちらに満面の笑みを向けるルカ。
僕?
苦笑いすら浮かばないに決まってるよね?
いや、確かにルカの爆弾発言でもれなく全員死にそうになってるけど……
この人たちはそんな可愛らしい人種じゃない。
十中八九、ショックから立ち直ったら逆上するのが目に見え――
「そ、うか……それなら…………ははっ……ルカちゃんが怒るのも当たり前だよね……」
「そう、だよね…………ひひっ……うん」
「……うん……ふふっ……うん……うん」
……あれ?
意外に大人な対応……?
あの件で学習したのかな?
「とりあえず俺達今日は帰るよ……」
そう言うと少しおぼつかない足取りでまっすぐ進み、そして僕の隣を通る時に
「今日の深夜、『ビアンカ』の裏にある路地に来い。もし来なかったりチクったりしてみろ……一生後悔させてやる」
ゾクリ、と身体中に悪寒がはしるような憎悪を含んだ声でそう言って元冒険者達は去っていった。
……結局そうなるんだね。
★★★★★
時刻は深夜。
場所は裏路地。
なぜここにいるのか、なんて言うまでもないだろう。
出来ることならあんな言葉無視してしまいたかった。
けど、『一生後悔させてやる』って言葉がどうにも頭にこびりついて離れなかった。
嫌な予感とでもいうやつだろうか。
まぁともかく僕はここにいる。
これが今の状況。
そして、僕のことを呼び出した人達は……
「で? どういうことか詳しく聞かせろや」
当然のごとくご立腹である。
「どういうこと、と言われても……」
「なんでてめえごときがッ! てめえのせいでっ! マジで殺すぞっ!」
「いえ、別に僕達は――」
「誰が喋っていいって言った!? 調子こいてんじゃねえぞコラッ!!」
「――グフッ!? ゲホッ……ゲホッ」
弁明しようとしたら蹴りがとんできた。
「話を――」
「うっせえカスがっ!!」
「てめえの! てめえのせいでルカちゃんはなっ!」
「そうだっ! 全部てめえのせいだっ!!」
……あの時とまるで一緒だ。
分かってはいたけど自分のやったことが悪いなんてこれっぽっちも思ってないんだね。
でも……僕だってただやられるだけだと――
「っと、違う違う、俺達はこんなことやりに来たんじゃねえだろ?」
突如、蹴りがやんだ。
リーダ格、とみられる男がなぜか止めたのだ。
こんなことをやりに来たんじゃない、ってことは一応僕から話を聞く気はあるってことかな?
「おい、カス」
「なん――」
「気安く喋ってんじゃねえよっ!」
「――グッ!?」
……応答しようとしたら普通に殴られた。
やっぱり僕の話を聞く気はないらしい。
「てめえは黙って俺の言うことを聞いてればいいんだよ。分かったか?」
「は――」
はい、と言おうとして変に喋るとまた殴られかねないのでとりあえず頷いておく。
言うことを聞くかどうかはひとまず置いておいてここは肯定の意を示しておくべきだと思う。
話し合い次第で解決できるならそうしたい。
「よし、それでいいんだ……」
「……」
「俺達はな、今日これまでにないほどのショックを受けた」
やけに縁起がかった言い方をする男。
「……」
「理由は……まぁ言うまでもないな」
「……」
「それで俺達は考えたんだ。どうしてこんなことになったのか、ってな。まぁこれに関してはすぐに答えはでた。考えるまでもなく全部てめえが悪い」
「……」
「その次に俺達は考えた。ならどうする? どうすれば俺達の気は済む? そして俺は閃いた」
そこまで言うと男は一度言葉を止め俺をじっくりとなめまわすように眺めるとニヤリと身の毛のよだつような笑みを浮かべ……
「なぁ……お前『ビアンカ』燃やせよ」
そう言った。
「…………は?」
……なに、言って……?
「は?じゃねえよ。燃やせって言ったんだよ。このクソ宿をな」
「な、んで……ここにはルカやエリカさんに達が……」
また殴られるかもしれないけど背に腹は変えられない。
だって何を言ってるのか意味が分からない。
なんでそんなことを……
「だから燃やせって言ってんだよ」
「だからなんで! あそこにはルカが――」
「あそこにいるのはルカちゃんじゃねえ。あんなのは……ただの売女だっ!」
「――ッ!?」
こいつ……何を……
「てめえが来るまではルカちゃんは本当に完璧な女の子だった。優しくて、強くて、誰にもなびかなくて。なのに……なのにてめえがルカちゃんを唆しやがったせいで……もうあんなのは俺達のルカちゃんじゃねえんだよ。全部てめえのせいだ! あんな売女生きてる価値がねえっ!」
「……」
「だから俺達からルカちゃんを奪ったてめえが責任とって殺せっ! いくらお前が雑魚でも夜中に放火ならまず間違いなく殺せるだろ? ついでにルカちゃんがあんな売女になっちまうのを止められなかったクソ親どもも処刑できるしな。もしお前が今日来ないようなことがあったら俺達で燃やすつもりだったからお前が来てくれて本当に助かったぜ。お前に放火の罪を背負わせられるからな」
「…………」
……本当に意味が分からない。
ルカのことが大事だったんじゃないの?
なんでこんなことを言えるのさ……
何が……俺達のルカちゃんだよ。
ルカは誰のものでもないだろ。
なんで……なんで……
「おら、酒と火は貸してやるから早くやれよ」
こいつらは……こんなに身勝手なんだっ……
「………………ろ」
「あ? なんか言ったか?」
「そんなことできるわけないだろっ!」
ふざけるな。
「『オールエンハンス』」
見せてやる。
お前らが雑魚と言ってバカにしてた奴の底力を……!
「――ッ!? てめっ!」
オールエンハンスで底上げした身体能力を武器に殴りかかると元冒険者は一瞬虚をつかれたような表情になったもののなんとかこちらの拳を受け止めてきた。
「雑魚がっ! 調子に乗るな!」
左右から斬りかかる元冒険者達。
目の前の敵を相手にするので精一杯の僕ではその攻撃はかわせない。
否。かわす必要すらない。
「『ホーリーレイ』!」
「――ッ!? クボべッ!?」
右から迫っていた元冒険者の足を光線が貫く。
支えを失った体は走っていた勢いを殺すことができず元冒険者は盛大に前のめりにこけた。
これで一人の動きはほぼ封じたと言っていいだろう。
ただ、それでも左から迫る元冒険者にはなんの対応もできていない。
それが示すのは
「死ねッ!!」
「――グ、アッ!」
斬られた箇所が焼けるように熱い。
けど……まだ大丈夫!
「『リザレクション』!」
体から痛みがひいていく。
これなら即死してしまうような攻撃を受けない限りは死なないで済む。
「――ッ! おいっ! 心臓でも頭でもいいから一発で殺せっ! 回復魔法を使わせるな!」
「『ホーリーレイ』!」
「んなもん当たるわけねえだろっ!!」
目の前の敵に光線を放つが自分に来るのを分かっていたかのように体を捻りかわされてしまう。
闘い慣れという奴なのだろうか。
この男はちょっと大変かもしれない。
でもそれでも……
長期戦に持ち込めば僕のほうが絶対に有利になるはず。
「長期戦に持ち込めば、とでも思ったか?」
「――ッ!?」
うすら寒い笑みを浮かべる男を前に一瞬僕の動きがとまる。
そしてそれはこの男の相手をする上では致命的な隙となってしまったらしくて。
「『クロスフレイム』」
「――グッ、ア゛ァッ!!」
自らの肉が焼ける異常なまでの熱と痛みに僕は悶え苦しむ。
当然、そんなことをしている余裕はない。
「『リザ、レクション』!」
「させるかっ!」
僕が回復する前に殺してしまおうということなのだろう。
迫る刃を僕は無様に転がりながらもなんとかかわす。
「『ホーリーレイ』!」
そして地面に剣を突き刺した元冒険者に光線を放ち動きを封じる。
あと一人。
あとはあの――
「終わりだな」
「――ッ!」
残る一人は『ビアンカ』のある方に手を向けると
「『クロスフレイム』」
炎を放った。
着弾した炎は木造の『ビアンカ』を朱に照らす。
消さないと。
じゃないとルカ達がっ……!
そして気づいた。
自分には炎を消せるような魔法がないことを。
「――ッ!」
それでも……それでも今ビアンカに入ってルカを起こせばルカの魔法で消してもらえる。
「おっと、行かせると思うなよ?」
立ち塞がる男。
後ろには足を貫いた二人。
「長期戦なんてやってる暇ないよなぁ? あのクソ共を助けたいなら一秒でも早く俺達を倒さねえと」
表情をこれ以上にないほどに歪ませ愉悦に浸るようにそう口にする男。
胸のなかからこの男に対する嫌な感情が零れ出る。
でも今はそんなことどうでもよくて……
ルカ達を早く助けないといけない。
「どいてっ! 皆を――」
「だったらさっさと終わらせようぜ!! お前が死んでなっ!」
……後手も後手。
僕にこの男をすぐに倒すような魔法はないし倒したとしても意地でも足止めをしてくるかもしれない。
僕が甘かった。
もっと考えておくべきだった。
こいつらの目的はルカを殺してその罪を僕に背負わせること。
そのために自分達で火をつける可能性を考慮しておくべきだった!
「――ッ!!」
ダメだ。
重い。
このままじゃ間に合わない。
どうすれば……
せめてあの炎を消すことだけでもできれば……
…………消す?
……あれを使えば……でもあれは……
ゴウッ!!
突如として風が吹き炎は一層その勢いを増す。
迷っている時間はない。
僕に元冒険者達をすぐに倒す手段はない。
でも……あの魔法を使いこなせる気なんて全くしない。
距離をもっと詰めて完璧なサイズに膨張しないとルカ達を消してしまうことになる……
僕はどうすれば……
「苦しいか!? 悔しいか!? ざまあみやがれっ! 罪を背負って無様に死ねッ!! 絶望しろっ!!」
どうすれば……どうすれば……どうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば……!!!
外野が煩い。
何も聞きたくない。
何も考えたくない。
何とかしないと。
心が抉れそうだ。
心が痛すぎておかしくなってしまいそうだ。
心が……心が……
「俺達の純情を弄んで苦しめてたことを死んで償えっ!! 売女がっ!! アハッハハハハッ!!!」
この世界で一番不快な笑い声がした。
それから壊れる音がした。
無意識のうちに敷いていた一線が。
人として当たり前にあるその一線が。
その瞬間、僕の中から消えた。
即ち、人が人を殺すべきではないという一線が。
「……人は……太陽がないと生きていけません」
勝手に口が言葉を紡ぐ。
意味なんてあってないようなめちゃくちゃでどうかしてる言葉を。
「あ゛?」
「僕はルカの笑顔が好きです。見てるだけで安心できるあの笑顔が好きで好きで仕方ない。もはや中毒になってしまってるくらいあの笑顔が好きです」
脈絡なんてありはしない。
僕にとってはそうでなくても他の人にとってはきっとそう。
「何を――」
男が一歩後ずさる。
「僕はお前らがどのくらいルカを大事に思っていたのか知らない。お前らとルカの間にどんなことがあったのか、どんな日々を過ごしたのか僕は知りません。きっと僕はお前らに比べたらルカのことをほとんど知らない」
そもそも意味なんて別にいらない。
これは僕なりの礼儀だから。
「……何――」
男がまた一歩後ずさる。
「でも、それでも僕に分かることがあります」
右手を前に出す。
救いと終わりに誘う右手を。
「自分達の思い通りにならなければ逆恨みで掌を反す奴に、あまつさえ死んで償えなんて言う奴に……ルカを愛する権利はない」
せめて彼らに告げておくべきだと思ったから。
「何を……知ったようなことを……」
唱えろ。
終わらせろ。
始めろ。
「そしてルカは僕にとっての太陽だ。僕からそれを奪おうとする奴に……生きる権利はない」
自分たちの死ぬ理由くらいは。
僕は唱えた。
終わらせるために。
終わらせないために。
「絶対に僕が君を守る。たとえなにを犠牲にしても」
零れ出た言葉は誰の為のものか。
それは本人にも分かりはしない。
ただ一つたしかなのは……この日、この夜、『神隠し』は完成した。
次回からアキ視点にもどります。
次回の更新は27日とさせていただきます。




