第7話:罠
三日後、総司は日も落ちる頃に指定されていた町屋に着いた。
本当はもっと早く来ることも出来たのだが、そうするにはあまりにも心も体も疲れきっていた。
意を決して、コンコンと扉を叩く。
出てきたのは作太だった。
「よう、やっぱり来たな。」
下品な笑いを浮かべて総司を迎える。
「―すずさんは無事なんでしょうね?」
「おーこわ。そんな怖い顔しなさんな。ちゃんと無事だって。おっと、吉兵衛さんに会う前に、これは預かっとかないとな。」
そして総司が差していた刀を有無を言わさず抜き取ると歓声を上げる。
「うおー。これがうわさの菊一文字かー。一回拝んでみたかったんだ。」
「話が終わったら返してくださいよ。」
総司は必死の理性でこらえる。
「もちろんだぜ。さあ、吉兵衛さんは隣の部屋だ。」
作太は愉快そうに笑ってふすまを開けた。
総司の前に視界が開ける。奥に小さな人影。すずさんだ!
「すずさん!」
部屋の奥で縛られているすずを見つけて総司は思わず駆け寄ろうとした。その瞬間―
ガンッ
頭に衝撃が走った。
不意の攻撃に思わずよろめいた時、数人の男たちに取り押さえられ手足を縛り上げられてしまった。
いつの間にか吉兵衛が総司の前ににやにやしながら立っていた。
「総司くん!―吉兵衛さん!あなた話が違うじゃない!なんで、こんなことするの!」
すずの声は震えていた。
「俺たちは長州藩士だぜ。最初っから新選組なんて手を組む気はねえよ。こんな奴ら早いうちに叩き潰しておくに限るんだ。そうすれば、俺たちもこの国も幸せになれるんだ。」
そして総司の方を下目遣いに見た。口元の端がいやらしく上がっている。
「自分ちが焼かれるのを指をくわえて見てな。それからゆっくり相手してやる。おい、行くぞ。」
吉兵衛はその場にいた浪士たちに出て行くよう合図した。
総司は何とか縄から抜け出そうともがいた。
しかし、もがけばもがくほど縄が食い込む。
総司はふう、と大きく息を吐くと、隣の同じように縛られているすずを見た。
「すいません、すずさん・・・。変なことに巻き込んでしまって。」
女の子一人助けられない自分が本当に情けない。
「いえ・・・私が総司くんの足を引っ張ってしまったんです。ごめんなさい。」
消え入りそうな声だ。
「なんとかあなただけでも、と思ったのですが・・・っつ。」
「私のことより総司くんの方が・・・屯所が焼かれちゃうんでしょ? だめよ。そんなの。止めなきゃ。」
そうだ。いくらはずみで土方さんと言い合いをしてしまったからといって、黙って見ているわけにはいかない。
歳三の冷徹な目が頭に浮かんだ。ぞっとする。でも、それとこれとは話が別だ。
―何か手はないのか。
ふと、総司は胸元の冷たいものに気づいた。―かんざし!
総司は体を激しくひねった。
胸元から光るものが落ちる。カチッと金属音が響いた。
あわててそれを口でかみ、素早く辺りを見回す。
「総司くん・・・それ・・・。」
すずのつぶやくような声。
総司はそれには答えない。
「―!」
少し高めの窓に一つだけすり硝子がはまっているのが目に入った。
当たれ―! 祈るような気持ちでかんざしを飛ばし上げる。
ガシャ。
硝子は鈍い音をたてて、これを待ってたかのように崩れ落ちた。
総司は尺取虫のように硝子が落ちた所に近づくと、その破片のうち大きそうなものを自由にならない手で挟む。
そしてすずの手にかかっている縄をそれで擦りだした。
早く切れろ、切れてくれ―
額からは汗が滲み、手はあちこち切れ、血が次から次へと流れ落ちてくる。
いつくらいそうしていたんだろう。意識が遠くなりかけたとき、急に手元が軽くなった。
切れた!
思わず床に倒れこむ。
「総司くん!」
すずが総司の体を抱き寄せる。そして彼の縄を解き、自分の着物の袖を破ると彼の傷だらけの手に巻いてくれた。
あー、なんて暖かいんだ。すずの体温を感じながら総司は思った。
「すずさん・・・ありがとう。」
「何を言ってるの。本当にごめんね。ごめん。」
すずの涙が総司の手に落ちる。
これ以上すずさんを泣かせてはいけない。総司は立ち上がった。
「私、行きます。」
にっこり笑った。
「はい。ご武運をお祈りしております。」
すずも微笑んだ。
もう迷わない―
総司は駆け出していた。
行き先は、もちろん、壬生。