第6話:すれ違い
一方の総司。
あの後茶屋を出てから、どこをどう歩いたか分からない。
気づくといつの間にか鴨川のほとりに来ていた。
―どうしたらいいのか―
彼らが置いていった紙は五条大宮の辺りの普通の京町屋を記していた。
川の流れを見ながら、回らない頭で考える。
私が奴らの仲間にさえなれば、すずさんを無事逃がしてやれる。屯所も焼かれずにすむ。組の皆を死なせずにすむ。
だが―。
私に組を裏切れというのか・・・それしか手はないのか。
誰にも相談できない苦しみ。それが、総司の理性の歯車を徐々に狂わせはじめていた。
「裏切るしかない・・・。」
ぼそっと独り言を言ったその時、
「―!」
いきなり黒い影が総司の目の前に落ちてきた。
黒い影の主は一瞬鋭い目を総司に向けた。
山崎さん?! 山崎さんだ! でも― なぜ?
山崎さんが身内で動くのはよっぽどの大罪の事態の時のみ。
よりによって、その山崎さんに――
(聞かれてしまった?!)
総司は目の前が真っ暗になった。
思わず後ずさりする。
その手を容赦なく山崎はつかんだ。
「土方副長の命令だ。即刻来てもらう。」
その声は無機質で、既に目は全く何の感情も写していなかった。
一言の弁解の余地もなく、総司は壬生に引き戻されてしまった。
* * *
気がつくと、総司は歳三の前に座っていた。
そこまでどうだったのか意識も定かではない。
歳三は目を瞑っている。
―土方さんは、私を疑っている―
山崎さんが現れた時にそう思った。「裏切るしかない」という独り言も聞かれてしまった。
でも、ここを切り抜けなければすずさんは助けられない・・・。
総司は覚悟を決めた。
歳三は目を開けた。
その目は冷徹そのもの。青白い光を放っていた。
―目を見ちゃだめだ。
総司は目を伏せた。
「総司。昨日はずいぶんお楽しみだったようだな。」
ぐさっとくる。涙が出そうだ。
「―はい。」
「隊士たる者、あまりふらふら出歩かれては困る。総司。お前はしばらくこの屯所を出るな。これは命令だ。」
「な、なんですって?!」
思わず顔を上げて歳三の顔を見る。
だめだ、そんなことをしたらすずさんは―。
「何をあわてている。ただ数日屯所にいるだけだ。何も不都合はないはずだ。」
「いえ、それでは困るんです!」
総司は必死になった。
「どうしても行かないといけないところが―。」
「どこに。」
「え―、それは・・・。」
総司は言葉に詰まった。言ってしまえばすずさんが目の前で殺されてしまう・・・。元来ウソのつけない性格が裏目に出てしまった。
歳三は語気を強めた。
「言えないような所なのか!総司。何を隠している?あまり隠し立てすると裏切り者とみなすぞ!」
「もう裏切り者だと思ってるんじゃないですか!」
思わず総司は立ち上がっていた。目に涙が浮かぶ。
「山崎さんが来た時点でそう思いました。私は土方さんに信用されていないって。ならば、私は土方さんに何も言う必要はありません!失礼します!」
歳三も負けてはいない。
「俺はお前を信用していないなんて言った覚えはない!
―だが本気なんだな? なら、そのつもりでかかってこい。俺もそのつもりでいる。覚悟しとけ。」
歳三の冷酷な声が総司の心に突き刺さった。
―もう戻れない。
「失礼します。」
総司はきびすを返して部屋から出ると、誰の顔も見ずに飛び出していった。
―もう戻れない。ここには。
歳三の冷徹な目が重かった。