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第4話:取り引き

 その頃、総司はすずとはずれの茶屋の中にいた。

「あの・・・話って?」

あの初めて会った日から何度か会ってきてはいるが、こんな早い時間に呼び出されるのは初めてだ。

(今日なら、あれを渡せるかもしれない・・・。)

恥をしのんで原田さんについてきてもらって買ったかんざしだ。なにしろ、総司自身では何を選んでいいか全く分からなかったのだから仕方ない。

・・・とはいえ、全く渡す勇気もなく未だに胸元に入ったままになっていた。

「ごめんね。こんな早くに。うちのお客さんがね。どうしても総司くんに会いたいって言うから・・・。」

すずは本当にすまなそうな顔をした。

「お客さん?・・・って?」

すずが答えるより前に殺気を感じた総司は気づくと刀を鞘から抜いていた。切っ先は一人の浪士の首元についている。

「あなた方、何者です?」

総司は周りを見回す。

いつの間にか四、五人の浪士たちが総司とすずの周りを取り囲んでいた。


 しばらくにらみ合いが続く。


 隙だらけの浪士たちである。大柄で力もありそうだが腕は二流、いやそれ以下か―。


 ここで倒してしまうのは総司としてみれば簡単である。しかし、すずがいる以上むやみに刀を振り回すのはためらわれた。

 なによりすずにただの殺人鬼だと思って欲しくなかった。


 しばらくして、浪士たちの輪をかき分けて一人の男が出てきた。

「まあまあ、沖田総司くんとかいったな。噂に違わずすごい腕前だ。試すような真似をして悪かったな。とりあえず刀をおさめてくれ。オイ、お前らもだ。」

声を掛けられて周りの浪士たちは刀をおさめた。周りが刀をおさめれば、総司もおさめざるを得ない。

 総司とその首領格の男は差し向かいに座った。周りを他の浪士が取り囲む。

「とりあえず自己紹介をしよう。私は吉野吉兵衛という。長州藩士だ。」

「・・・沖田総司です。」

(長州藩士?今最も京都を騒がせている奴らだとは聞いているが・・・。)

けげんそうな顔をした総司に吉兵衛が言う。

「君は今のこの国のことをどう思う?」

「・・・私には国のことはよく分かりません。」

「てめえ、ふざけてんのか!開国とか攘夷とか聞いたことねえのか!」

横から別の浪士の怒声がとぶ。

「そんなこと言われても・・・。」

知らないものは知らない。近藤さんや土方さんがよく二人でなにやら今後の話をしているのは知っていたが、自分には関係ないものと思っていた。だが―。

「まあ落ち着け、作太。―沖田くん、我々は今来ている異国を追い払うのがお国のためだと思っている。だが、幕府の腰抜け共はあっさり開国しやがった。我々はそれが許せない。だから。」

「だから?」

「我々と手を組まないか?」

「は?」

あまりの意外すぎる言葉に総司は言葉を失った。

新選組は市中警護が役目である。それゆえ特に常軌を逸した長州藩士を取り締まることが多い。そんな自分と手を組む―?!

「いや、私は・・・。」

「君はなぜ幕府に味方する組にいる?思想がないなら、なおさらそこにいる必要は無いはずだ。君は腕が立つ。我々と組んで、一緒にこの世の中を変えていかないか?」

「あの、私は―。」

言いかけた言葉をさえぎったのは作太と呼ばれた男だった。

「あんたは断ることはできないぜ。ほら。」

見ればすずが作太に手首をつかまれている。あまりの痛さにすずが顔をしかめる。


 提案という名の脅迫―。


 総司は背筋がぞっとした。

見れば吉兵衛もうすら笑いを浮かべている。

「そういうことだ。三日後にここに来い。もし万一手を組まないのならば、その時は壬生の八木邸と前川邸を焼き討ちする。まあ、それまでこの女は預かっておくぜ。来なかったらどうなるか・・・分かってるだろ?」

そして卓の上に紙を置いた。

総司は怒りで真っ赤になった。手が震える。刀に手が触れる。

「おっと、今騒がない方がいいぜ。手元がくるっちまうかもしれねえからな。」

作太がすずを引き寄せ刀を突きつけ、せせら笑う。

総司は精一杯の理性で絞り出す声で言った。

「ここに来ればすずさんは無事に帰してくれるんですか。」

「もちろんだ。いい返事を期待してるぜ。―っと、そうそう大事なことを言い忘れてた。お前、他の連中には言うなよ。言えばこの女は見せしめとして殺してやる。お前の目の前でな。」

いやらしい笑い声を残して吉兵衛以下長州藩士たちはすずを連れて茶屋を出て行ってしまった。

「総司くん―。」

声にならない声ですずが総司を見たのが目に焼きついて離れなかった。


 総司は卓に残った紙を見つめた。紙はだんだん輪郭をなくし、白いかたまりになっていく。

総司は目をこすり、やおら紙を荒っぽくつかむと茶屋を飛び出していった。


 そして、その日は組の屯所に戻らなかった。

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