第2話:偵察
さて、そんなことがあってから数週間後。
場所は変わって、京都、壬生。
八木邸の前にこの鄙びた土地とはおよそ不釣合いな人影が二つあった。
「あの〜。ここのご主人ですか?私は長州藩士、桂小五郎と申します。ここに新選組局長の近藤勇殿はいらっしゃいますでしょうか?」
礼儀正しい青年であるが、どこか顔色が青い。
「はい。少々お待ち下さいませ。」
主人が奥に入っていくのを見計らって、もう一つの影が動く。
「こいつら本当に気にかけねばならん奴らか?ただのごろつきの集まりじゃねえの?」
「まあ、下はそうかもしれませんが、幹部あたりはかなり腕が立ちます。昔江戸にいたとき彼らの道場に伺ったことがありますが、実践的で荒っぽい剣法でした。私は要注意かと。」
「ふーん。荒っぽいのはともかく、実践的っていうのがきになるな。近頃の剣法は形ばかりのちゃらちゃらしたのが多いからな。」
歯に衣着せぬ言動に小五郎は思わず苦笑する。
「ときにお前、胃の調子はどうなんだ。まだ胃薬常備か?体弱いな。」
「仕方ありませんよ。江戸詰めから京都詰めになって気苦労が倍増ですから。訳も分からず京都に出てくる長州の連中が多すぎてまとめきれません。まあ、誰が仕組んでるかは明白なんですが。」
遠目に長刀を持った親友の姿を思い浮かべる。
* * *
「やあ、桂さんではないですか。わざわざのお運びありがとうございます。」
突然の大声で二人が振り仰ぐと、そこには満面の笑みで出迎える大柄の人物が立っていた。これが局長、近藤勇か―。
「江戸ではお世話になり申した。ささっ、どうぞ中へ。」
「近藤さん、相変わらずお元気そうでなによりです。近くまで来たものですから、ちょっとご挨拶にと。残念ながらすぐに出なければなりませんので、玄関先で失礼させていただきます。」
「そうですか・・・それは残念。・・・はて?こちらにおられる方は?」
「あっ、申し訳ない。紹介し遅れました。こちら肥後熊本藩士、宮部鼎蔵です。私の古い友人です。」
「宮部です。どうも。」
宮部が差し出した手を無意識に近藤が握る。
「近藤です。よろしくお願い申す。」
お互いしばらく顔を見合わせたまま動かない。
一時して、
「では、そろそろ参りましょうか。」
小五郎が声をかける。
「ああ。」
「では、またいつでもいらして下さい。」
近藤が深々と頭を下げた。
* * *
壬生から二条に向かう道すがら小五郎が口火を切った。
「どうでした?」
「あれだけでは何ともなー。ただ。」
「ただ?」
「手が厚かった。」
「?」
「竹刀だこができていた。あれは今も相当鍛錬している手だ。」
宮部は自分の分厚い大きな手を見た。
「・・・何を考えてます?」
小五郎がけげんそうな顔で宮部を見た。
「何を考えてもいいですけど、あんまりややこしいことしないで下さいね。頼みますよ。」
「ああ、分かっている。」
言いながら、宮部の目は鋭く光っていた。
* * *
一方、八木邸の近藤勇は―
そのまま金縛りにあったかのように、ひきつった笑いを浮かべながら硬直していた。
そして、一時経って大きなため息をつくと、のそのそと部屋の中に入り、畳の上にごろんと仰向けに大の字になって倒れこんだ。
そして第一声、
「は〜。やばかった〜。」
あまりの大声に隣の部屋にいた永倉新八が顔を出した。
「大丈夫っすか?」
「大丈夫じゃねえよ〜。今さっき、桂さんが来やがった。」
「ええ?!」
「なんか宮部っていう浪士連れててよ〜。なんか目がまともじゃなかった。あれきっと偵察だぜ・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「芹沢さんたちが外出中で良かったですねえ。あの人たちがいたら何しでかすか。」
「・・・俺、敬語上手くしゃべれてたかなあ〜?使ったことねーもん。」
近藤の不安はそこらしい。目はあさっての方向を向いている。新八はため息をつくと、すたすたと隣の部屋に行ってしまった。