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とある少女と魔法使いの鏡  作者: 八剱ユウ
Ⅰ,ローグと切火
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 押し黙ってしまったローグの正面にしゃがみこみ、懸命に考える。

 なんとか励ましたい、けれど何も浮かばない。

 ただ眺めていることしかできないのが悔しくてたまらない。

 自分に何が言える?話の半分も解っていないのに。

 唇を噛み、父と比べてずっと小さい掌を見つめる。

(どうしよう。へんなこといったから!)

 ローグは自分を励ましてくれようとしてくれたのに。

(イヤなことおもいださせちゃった……!)

 気にもしなかった草の擦れるザラザラという音が厭に耳に残る。

 泣きもせずに無表情で押し黙っている十歳足らずの少年。ふいにある光景がだぶる。



 そしてその記憶を辿るように、母の顔を思い出す。

 衝動的に右手が動いた。―――眉間のど真ん中に。

 突き出した人差し指は、ローグの額を過たず正確に突いていた。

「なっ!?」

 ドスっと音がするほどの衝撃に、俯いていたローグは完全に不意を突かれた形で仰け反った。

 咄嗟に腹筋に力を入れ、背後の薮の中にひっくり返るのを防いだのは意地の成せる業か。

「ッおい……!?」

 いきなりの攻撃にローグは目を白黒させる。口元は強ばり、今にも怒鳴り出しそうだ。

 それでも切火は構わず、唇を引き結び、狭い眉間をグリグリと押す。その頭の中は…。

(……どうしよう)

 何も考ていなかった。ので、真っ白だ。

(あああああああ!どうしよう!どうしたらいい!?……ママこのさきなにしてたっけッ?)

 何年か前の母のことを思い出す。

 あのとき、父が落ち込んでいたとき、母は何と言っていた?

(たしかおばあちゃんがしんじゃったとき……)




 『おそうしき』の日、父はダイニングのテーブルに肘を付き、目の前で組んだ両手をじっと見つめていた。直ぐ後ろで切火が見上げていることにも気づかないのか、一言も口を開かず、動かない。

 石になってしまったのではないかと思って恐くなる。そんな父の向かいに母は無言で座ると、一度切火に目を向けて微笑んでから、今の切火と同じように唐突に父の眉間をパアンッと弾いた。

 続けて人差し指を父の首がのけぞるほどぐいぐいと押し付ける。

 それでも一言も発しない父に、母が唇を開く。



「眉間に皺……」

「は?」

「みけんにしわ!」

「眉間に皺?」

 更にぐいぐいと押す。五歳児とはいえ、渾身の力を込めた指は、爪が軽く刺さっていることもあって夢の中とはいえなかなか痛い。

 あまりの勢いにローグは慌てて手をどけさせるが、右手をどけたら左手が飛んできた。

「お、おいっ、退けろって!爪が刺さる!」

(あのときママは、)

 挫けないように目に力を入れ、母の言葉をなぞるように唇を動かす。

「湿気た面しないのッ」

「!?」

「し、しゃ、しゃんとしなさい!男の子でしょ!」

 ふん、と鼻息荒く言い切った切火の前で、ローグは口元を引きつらせて凍りついた。

「おま……今の、意味わかって言って、……るわけないよな」

「わ、わかってるもん」

 実は解ってない。しけたつらとはなんぞや、である。

 でも母がそう言ったら、父は一瞬ぽかんとした後でくしゃくしゃな顔で笑ったのだ。

 ちなみに続く台詞もある。『私達を無視してそんな湿気たツラ晒さないでもらえる?腹が立つの』だ。長いから言えないと思って口に出すのは止めていた。

 励ましているのか貶しているのか判別微妙な台詞。父の後ろで固まる娘に、母は父に何が伝えたかったのかをあとで教えてくれた。

「あなたの傍には私たちがいるってこと、気づいて欲しかったの」

 パパって意外と周りが見えなくなっちゃう人だから、ね。と悪戯っぽく笑っていた。

 かなり遠まわしだが、父にはそれが届いたのだろう。

 それからあまり暗い顔をすることはなくなった。ただ、それから母と切火を構いすぎるほど構うようになったが……。

「人間言わなきゃ解ってもらえない事って多いのよね」

 あ~あ、なんてめんどくさいんだろうね。

 茶目っ気のある黒い瞳を瞬かせ、舌をぺろりと出した様子が鮮やかに蘇る。




「わたしにはよくわからないけど、でも」

 そこで息を吸い込む。

「わたし、キミをぜったい、いじめないよ。キミのめ、すごくキレイだから!

 みせてくれて、ありがとう!

 草原一体に響き渡るくらい大きく叫ぶ。

 ローグはかなり長い間呆然と座り込んでいたが、やがて小さく頷いた。

「…………うん」

「…えへへ」

 胸がドキドキする。顔を赤くして一気に言い切る切火を、ローグは不思議そうな顔をして見ていた。

 未だ剥き出しになったままの蒼い両眼は、戸惑ったように揺れている。切火がじっと見つめていると、 パッと俯いてしまった。

 その拍子に再び目元が隠れて見えなくなり、自然と額に当てていた指も離れてしまう。

「お前、変だよ」

 変?まだ解ってくれないのか。

 解らんのならばと腕を戻した切火はこれでもかと力説する。

「へんじゃないもん!ローグのめはすごくキレイだよ。わたしはスキだよ!」

「それが変だって。……今まで同じ一族からしかそんなこと言われてことない」

「それって、『ながれのたみ』?」

「そうだよ、母親譲りだなって……。セッカは、そんなふうに感じたんだな」

 顔は見えないが、今まで(といっても昨日まで)に聞いた中でも断トツに真剣な声で言われると、俄に照れる。切火は珍しくわたわたしながら、なぜか草の上で正座した。

「そう、なの?でもほんとうにキレイだから。わたしなんかよりずっといいから!」

「セッカだって綺麗だよ。ちょっと珍しいってだけで」

「……ほ、ほんとうッ!?」

 目元に手をやる。

 自分の瞳を家族とおじいちゃん以外の人に褒められたのは実は初めてだ。

 だからなんだか、なんだか、すごく……嬉しい?

(うわーっうわあああああっ)

 嬉しいけど恥ずかしい気が…。

 切火は有頂天になった勢いでローグの細い肩に頭突きをかましていた。至近距離だったので当然ローグは避けられない。

ゴチッ

「だっ……オイッ!!」

「ッわわわ!ごめんっ」

 今度こそひっくり返って草むらに頭から突っ込んだローグは、体を起こすと蒼い瞳を半眼にして切火を睨む。

 調子に乗りすぎていた切火は冷や汗ダラダラでただ固まる。

 マズイ、非常にマズイ。

「だいたいお前は女のくせに活発すぎるぞ!昨日だって人の前にいきなり飛び出してきやがって!」

 ぎゅうっと切火の鼻をつまむ。怒り半分、動揺半分からの一撃。鼻をつままれた切火は狐のような変な顔で抗議するしかできない。

「ひた~いッ、はーなーしーて~!」

「しらん!」

 このとき思わず目を閉じていた切火は、ローグの赤くなった顔を見ることができなかった。要は、彼なりの照れ隠しだったのだ。

 しばらくしてやっと鼻つまみの刑から開放された切火は、ふと周囲が霞み始めたのに気づく。

夢の時間はもう終わりらしい。視界が白み始めた。

 切火は一つ「うん」と頷くと、さっきからこっちを見ようとしないローグの背中に声をかけた。

「ローグ、わたしもう『め』のこときにしないことにするね」

「それがいいよ。もう一回言われたら、そいつの脛でも蹴っ飛ばしてやれ」

「うん!」

 切火と同じように体が透け始めたローグの姿を見て、心のそこにある勇気が増した気がした。

(ローグもがんばってるんだから、わたしもあんなやつにはまけないからね!)





 なんだかんだで、この一件を切欠に、二人は屈託の無い友達同士になる。毎晩とは言わないが、鏡を通して夢に入り、広い無人の大地を駆け回った。

 切火にとって、何よりもローグにとっても、この出会いが今後の人生を大きく変えることになるとは思いもしなかっただろう。



そして切火が七歳になったとき、一度目の転機が訪れた。

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