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とある少女と魔法使いの鏡  作者: 八剱ユウ
Ⅰ,ローグと切火
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少年 2

「……ねぇ」

「なに?」

「キミは……なにかさがしてたの?」

 少年の口が開きかけて、……再び閉じた。

「そんなの、何だっていいだろ」

 ふいと横を向く。

 けれど切火は構わなかった。

「わたしね、ママをさがしてたの」

 少年は肩を少し揺らしてから、戸惑いがちに向き直る。いきなり何を言い出すのだろうと。

「『ママ』って、お前の母さん?」

「うん。ママね、すこしまえにしんじゃったの」

「……」

 少年の口元が少しだけこわばる。

「……それで?」

「はじめてここにきたときね。ママがいたの」

 見えないものを追い、目を細め思い出す。

 月光に輝く湖面の上に、いつものように微笑む母を。

 あっという間に目が熱くなり、鼻がツンとしてくる。

「だから、またここにきたの。ママにあえるとおもって」

「居たの?」

 切火は力なく首を振る。

「もうわたしにあいたくないのかも。ママはわたしのせいで、しんじゃった、から」

 声を震わせる切火に、少年は「なんで死んだの」とは聞かなかった。少女の様子からおおよその見当はついたからだ。ただ「ちょっと座ろう」とだけ言って切火を促す。

 少年は、はじめの頃よりも僅かに丸くなった雰囲気で語りかけた。

「なぁ、ここは夢の中じゃないんだろうか。ここは、夢とは違った別の空間なんじゃないか?」

「……どうゆうこと?」

 言ってる意味がよく解らない。困った顔を少年に向けた。

 これが夢じゃないとしたら、一体なんだというの?

「実は、僕も母を探してた。見たんだ。一瞬だけ」

「えっ、おいかけなきゃ!」

「無駄だよ」

 慌てて立ち上がり、袖を引っ張っていこうとした切火を少年は存外強い力で引き留めた。どうにも放してくれないので、なし崩しに再び座り込んでしまう。

「なんで?あえるかもしれないのに……」

 少年は下を向いていた。

「僕の母は、両親は今から三年前に流行病で死んだ。お前と同じで、死んだんだ。そして、お前言ってたろ。二度と現れなかったって。そういうことなんだ」

 そういうこと?

「そういうことって、どういうこと!?」

 一向に意味が分からない。切火が癇癪を起こしかけて叫ぶと、その時初めて、顔を上げた少年の髪の間から感情が覗いた。

 そこには、苦しみと、それ以上の哀しみが溢れていた。

 切火はハッと息を止めた。

「『あれ』は、きっと幻なんだ」

「まぼ、ろし……?」

 切火は惚けたように繰り返す。

「そう。きっと、きっと僕たちが望んだから彼女たちは現れた。これが夢だったら、自分の思う通りに現れるけど、ここは違う」

「なんでそんなことわかるの?なにがちがうの」

「見たからだよ、僕は。今までの三年間、両親が生きていた頃の幸せな夢を」

 目が覚めたあとは哀しいだけなのに。苦しげに言葉を吐き出すと、再び顔を伏せてしまった。

「だって、それが夢ってものだろ?僕は今、この場所が、『死者は蘇らない』と言っているように感じる」

 唇が震えるのを止めることが出来なかった。

「わ、わたしも、そう、なの……?」

「解らない。でも状況が僕と似ている」

 混乱している切火を憐れに感じたのか、少し口調を和らげて語りかけた。

「訳わかんないなら、今は考えるのを止めな」

「……そんなの、いいの?」

「いいさ。僕だって三年かかったんだ」

 切火の頭に精一杯手を伸ばしてポンポンと叩く。その感触に、父に頭を撫でられたような不思議な安堵を覚えた。

「初めに睨んで悪かったな」

 それを聞いて少し笑ってしまった。すると当然相手はムッとしたようだ。

「何笑ってんだ」

「だってまえがみでみえなかったんだもん」

「ぐ……」

 巧い反論が見つからないのか、口をへの字に曲げて押し黙る。

 今まで見た中で一番子供っぽい仕草に、今度は切火のほうが年長さんになった気分で注意した。

「きればいいのに。めがわるくなるよってママがいってた」

「んなことお前に関係ないだろっ」

「う。そうかもだけど。それに、『せっか』だよ!」

「は?」

「おまえじゃないよ。わたし、『せっか』だよ。さっきゆったよ?」

「僕だって『ローグ』だ。さっき言った!」

「あ、そういえば…?」

「忘れたのか!?」

 だいたい女のくせになんて頭だとか、前髪長くて『きたろう』みたいとか、極めてちびっこ的な応酬が、月の下を軽やかに通り過ぎていく。

 時折笑いを挟みながら、お互い久しぶりの遠慮なく言い返すという爽快さを満喫する。

 唐突にそれは起こった。

 切火を見たローグが、血相を変えて叫ぶ。

「お前、体が透けてる!」

「えっ」

 透けてる?自分じゃいまいち分からない。が、急に視界が悪くなったのには気付いた。

 なんというか、急に周りが白っぽくなり始めたのだ。少年を含め、周囲の全てが絵の具が水に溶けるように薄くなっていく。

「わ、わ、わ、なにっ?」

 手足をバタつかせて慌てる切火に対し、ローグがすぐさま冷静さを取り戻す。

「多分もうすぐ目が覚めるんだ」

「そうなの?」

「多分だけど。……そうか、もう朝なんだな」

 この場所は未だに空の真ん中に巨大な月が陣取り、真夜中の様子を保っている。しかし現実ではもう陽が廻ってきているのか。

 どこか呆然と呟く様子に、思わず声をかけた。

「わたしまたくる!ローグ、は?」

 少年は驚いたように切火を見た。

「……僕も、また来てもいい」

「じゃあ、またあしたねっ!」

 視界が完全に白む寸前に、なんとなく、くすぐったいような顔をした彼が見えた。

「……うん。またな、セッカ」





「うー……ん」

「あ、切火ちゃん起きた?」

「パパ……?」

「うん?そうだよ」

 目の前には切火を起こしに来たエプロン姿の父がいた。周りを見ると、所々小花模様の散らされた白い壁と家具、朝日を透かして薄いピンク色に染まるカーテンがあった。

 見慣れたこれら全てに、夢の時間が終わったのだと実感した。

 なんと無しに父を見ると、ふと夢に入る前の会話が思い出された。しかし父は、昨夜の話は無かったかのように変わらずニコニコしている。

(ぜんぶゆめ?)

 すべて夢、だったのだろうか。昨夜の見たこともない父の表情に、鏡の夢の中で出会った少年……。

 思わず布団を握った手に力を入れると、硬い感触が返った。見ると、布団と一緒に小さな鏡を握りこんでいる。

(ゆめじゃ、ない)

 確信を込めてそう思う。あの子は、ローグは居たのだ。鏡の向こうの場所に。

「切火ちゃん、パパに『おはよう』は?」

 父は相変わらず笑顔で問いかける。

 父は知っている?この不思議な鏡のことを、母から。

 黙っている切火が心配になったのか、次第に慌てたようになってくる。

「どうしたの?もしかしてお腹痛い!?」

 そんな父をじっと見つめる。

(もう、いいや)

 父は何も言わない。でも切火を嫌っているわけじゃない。それがなんとなく解ったから、今はこのままでいいと思った。

「ううん、だいじょうぶ。おはよ、パパ」

 切火はニッコリ笑ってみせる。父は少し目を見開くと、ホッとしたように笑った。

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